土方が総司を連れてきたのは、京でも山間の方だった。
いくら花の都である京と云っても、少し歩けば田畑も広がり、小さな山や竹林もある。
竹林の傍を流れる小川は、膝丈ぐらいの水嵩で、足をいれると冷たくて心地よかった。
「気持ちいい……」
総司は着物の裾をあげ、そろそろと歩いた。それを、岩に腰をおろした土方が面白そうに眺めている。
「着物濡らしたくなきゃ、脱げばいいだろう」
「そんなの……できません」
「何で」
「だって……」
あなたが見ているのに、という言葉が喉まで出かかり、慌てて呑みこんだ。
意識しすぎていると笑われそうな気がしたのだ。
だが、総司の気持ちは伝わってしまったらしく、土方は意地悪く笑った。
「そうだな、俺が見ているものな」
「べ、別にそんな事……」
「けど、俺は見てみたいぜ? 昼間の日の下で、おまえの白い肌が拝めるなんざ最高の眺めだろうよ」
「土方さん……っ」
思わず頬が熱くなった。
逢った時とは違い、土方は機嫌が良いようだった。二十日も知らぬ顔をしていた男とは思えぬ態度だ。
だが、それを責める気にはなれない。
総司にとって、土方がこうして声をかけ、誘ってくれただけでも素直に嬉しかった。
ちらりと見やれば、土方は岩に腰かけ、かるく片膝を抱え込んでいた。黒い着物が彼の褐色の肌に映え、とてもよく似合っている。
時折、艶やかな黒髪を片手でかきあげる自然な仕草に、思わず見惚れた。
ばしゃばしゃと水音をたてて戻ると、土方はかるく小首をかしげてみせた。
「何だ、もういいのか」
「土方さんは……入らないのですか?」
「あぁ」
頷いたので入らないのかと思っていると、土方は立ち上がり、着物の裾をからげた。そのまま、音をたてて入ってくる。
「土方さんも着物脱がないのですか?」
「おまえが脱いだら、脱ぐよ」
「ぜ、絶対にいやです」
「今更、見慣れているのに」
小さく笑った土方は、「ほら」と手をさし出した。それに頬を染めつつ手を出すと、柔らかく握られた。川の中を、手を繋いでゆっくり歩く。滑りそうになると、土方が総司の躰を支えてくれた。
竹林を渡る風の音がとても心地よく、水も冷たくて涼しい。
他に誰も人がいないので、総司も気兼ねなく土方に身を寄せることができた。
「とても綺麗な場所ですね」
「あぁ」
土方は目を細めた。
「京に来てから暫くして見つけたんだ。夏の暑さをしのぐには、もってこいの処だろう?」
「土方さんって、色んな処を知っているんですね。お仕事、忙しいのに」
「鬼の副長らしくねぇか」
くすっと笑い、土方は総司の手に指を絡めた。今度は指をさし入れ、握りあわせてくる。
「そんな事ありませんけど」
「けど?」
「いちいち追及しないで下さい。答えるのに難しいこともあるのです」
強気な口調で云い返してから、はっと我に返った。
生意気な口をきいてしまった事に気づいたのだ。土方があの頃のような調子で話しかけてきたため、つい、はるの時のように返してしまった事に、身が縮む思いだった。
だが、そんな総司に、土方は微笑った。
「やっと……戻ってくれたな」
「え?」
「はるの時みたいに話してくれた。ほっとしたよ」
「……」
不思議そうな総司に、土方が云った。
「おまえ、はるじゃないとばれてから、ずっと緊張しっぱなしだっただろう? 俺の前で遠慮ばかりして、口答え一つしなかったし」
「それは……私は沖田総司ですから。土方さんに、生意気な事は云えません」
「どうして」
「どうしてって……」
言葉につまってしまった。
黙り込んだ総司を、土方はそっと優しく抱きすくめた。髪を撫でられる。
「おまえ……はるは自分自身じゃない、ふりをしていただけだと思っていねぇか?」
「……」
「それは絶対に違う。生意気な口を聞いて、甘えたり笑ったりするのもおまえなら、控えめでおとなしくて優しいのも、おまえ自身なんだ。もともと、おまえはそうだろう? 子どもの頃から、全部、おまえの中にある事じゃねぇか」
「土方さん……」
総司は息を呑み、土方を見上げた。それに、柔らかく微笑んだ。
「俺は、そんなおまえが可愛いのさ。おとなしいのも生意気なのも全部ひっくるめて、可愛いと思っているんだ」
男の言葉に、総司の目が見開かれた。
ずっと駄目なのだと思っていた。関心さえ持たれていないのだと。
だが、今、土方は、総司を知っていると云ってくれたのだ。おとなしい総司も、生意気な総司も、全部、受けとめてくれた。それがたまらなく嬉しかった。たとえ、そこに恋愛感情がなくても、土方が自分をちゃんと見ていてくれた事自体が、本当に嬉しかった。
「ありがとう、土方さん」
心からお礼を云った総司に、土方は微かに笑った。
「別に礼を云われるような事じゃねぇよ」
「でも」
「そろそろ行こうか。腹も減っただろう」
云われてみて気がついたが、茜色の陽光が辺りを包みこみ始めていた。夕暮の風がひんやりと感じる。
土方に手をひかれて川をあがり、かるく身づくろいした。
そのまま歩き出した土方についていくと、竹林の向こうは田畑が広がっていた。
山が遠くに霞み、のどかな光景だ。山際のあたりに何軒かの家々が建っていたが、どれも商家の寮のようだった。
「ここは……?」
不思議そうに問いかけた総司に、土方は軽く肩をすくめた。
「別宅みたいなものだろう。商家の寮がよくあるんだ」
「そうなのですか」
頷いた総司を連れて、土方は一軒の家の門をくぐった。小奇麗な佇まいの家だ。小さいが、整えられた前庭が美しく、家の中にあがると優しく懐かしい感じがした。
「ここは?」
てっきり店や宿屋に連れてこられると思っていた総司は、訝しげに土方を見上げた。だが、土方はそれに答えず、障子や襖をあけ放っていく。自分たちの他は誰もいないようだった。
三つの間があるだけの小さな家だった。だが、土間や風呂も整えられ、とても小奇麗だ。
土方は庭の方を眺めながら、云った。
「随分と探したんだ」
「え?」
「いい条件のものがなかなか見つからなくてな……ここも少し遠いのが難点だが、他は気にいっている。だから、手に入れた」
「ここ、土方さんの家なのですか?」
驚いて問い返した総司は、とたん、はっと息を呑んだ。
家を手に入れるということは、すなわち、妻か妾を意味するのだ。ここは彼の新居になるのか、休息所になるのかわからないが、とにかく女と共に住む場所なのだろう。
総司は慌てて身をひるがえした。だが、素早く手首を掴まれ、引き戻される。
「どこへ行く」
「か、帰ります。ここにはいられません」
「ここが何のための家か、わかっているのか」
「わかりません。でも、あなたの奥様かお妾さんが住まわれる場所でしょう? なら、私などいる必要も……」
「違うな」
土方はうっすらと笑った。黒い瞳が冷たい光を湛え、形のよい唇が笑みを刻む。
それを、総司は恐ろしいものでもあるように、見上げた。指先がすうっと冷たくなるのを感じる。
「ここはそんな場所じゃねぇよ」
「じゃあ、いったい……」
「おまえを囲うための家さ」
低い声が、そう答えた瞬間だった。
総司のわき腹を鈍い痛みが襲った。当身をくらわされたのだと知ったのは、後のことだ。
暗闇に落ちていく総司を、男の逞しい腕が優しく抱きすくめた。
風が頬を撫でた。
手足をのばすと、柔らかな肌ざわりの布がふれる。褥の上に寝かされているようだった。
竹林のさわさわと鳴る音が聞こえた。
「……」
総司は目を開き、周囲の光景をぼんやりと眺めた。
小奇麗な部屋だった。部屋の片隅に行燈が灯され、仄かな光を投げかけている。閉じられた襖の向こうに、人の気配がした。
不意に、その襖が開いた。
「……あぁ、起きていたのか」
土方だった。
総司が起きている事に気づくと、小さく笑う。
大股に部屋を横切り、歩み寄ってくると、褥の傍らに跪いた。そっと背中に腕をさしいれ、抱きおこしてくれる。
よく見れば、褥は麻のさらりとした生地であり、涼しげで贅沢なものだった。着物もいつの間にか、淡い桜色の浴衣に着替えさせられている。元結もほどかれていたので、まるで少女のような姿だった。
黙って見上げた総司を、土方は濡れたような黒い瞳で見つめた。そっと口づけられる。
「すげぇ可愛い……綺麗だな」
「土方、さん……」
「眠っているおまえより、やっぱり、起きているおまえの方がいい。綺麗な瞳が見られねぇしな」
柔らかく笑う土方は、いつもと変わらなかった。だが、どこか違うのだ。異常なのだ。
しかし、それは当然の事だった。
土方は、先ほど、総司に当身をくらわせ気絶させたのだ。あの時、聞いた言葉は今でも覚えている。
「おまえを囲うための家さ」
言葉どおりであるのなら、この家は休息所であり、総司は妾という事になるのだろうか。
「土方さん」
呼びかけた総司に、土方は無言で視線をむけた。それに、問いかける。
「私は……ここで、あなたに囲われるの?」
「あぁ」
土方は静かに頷いた。何の躊躇いもない答えだった。
それを呆然と見つめていると、手をとりあげられた。指さきから、手首の内側に、唇を押しあてられる。ぞくりとするような甘い疼きに、総司は唇を噛んだ。
土方さんは本気なのだろうか。
こんな事をして……いったい何がしたいの?
だが、土方の熱っぽい瞳で見つめられているうちに、そんな事どうでもよくなってしまった。
ずっとずっと求めてきた彼が、今ここにいるのだ。ここにいて、抱きしめ、口づけてくれるのだ。
これ以上、何を求めるというの?
二十日間もふれあう事が出来なかった男の存在に、総司は躰の方が素直に反応していた。川でもずっと我慢していたのだ。本当は、彼が欲しくて欲しくてたまらなかったのだから。
こんな事をすれば嫌われるとか、軽蔑されるとか。そんな事もう考えていられなかった。
彼が欲しいという、ただそれだけの衝動に、気が狂いそうになる。
「……土方さん」
総司は両手をのばし、土方の首をかき抱いた。自ら抱きつき、口づけていく。それに、土方が嬉しそうに喉奥で笑うのを感じた。
そのまま二人して褥へ倒れ込む。
早く早くとせがむように身を寄せる総司に、土方は手早く帯をほどいていった。総司の着物を剥ぎとると、己も着物を脱ぎ捨てる。
のしかかってくる男に、総司は甘い吐息をもらした。ふれあう肌が心地よい。
「ぁ、ん…ぁ、ぁ……っ」
首筋や胸もとに、唇を押しあてられ、たまらず声をあげた。胸の尖りを丹念に舐められ、頬が熱くなる。
総司の胸の尖りは、少女のように桜色だった。それが男の舌で舐められ、蕾のようになる。
「可愛い総司……」
耳もとで囁かれ、それさえも快楽になった。
男の大きな手のひらで躰の線を撫でおろされた。わき腹から腰骨、下肢へと降りてゆく。
総司は一切抗わなかった。土方の手のまま躰を開き、己自身も奔放に求める。
やがて。土方が総司の下肢に顔をうずめると、小さく甘い声をあげてのけ反った。男の舌が総司のものを優しく愛撫し、快感へと導いてゆく。
「ふ…ぁ、ぁあっ、は…ァッ、ぁあんっ」
鈴口にぐりぐりと舌を入れられれば、もう一たまりもなかった。あっという間に、達してしまう。
土方はその白い蜜を指にすくいとると、それを蕾に塗りこめた。男のしなやかな指がさしこまれてくる感触に、思わず息を呑んでしまう。
すかさず、土方が総司のものを片手で愛撫した。
「わかっているだろう? ほら……力を抜いて」
「ぁ…んっ、は…ぁ…っ」
指で蕾を丁寧にほぐされた。焦らしているのかと思う程、何度も指を抜き差ししてくる。
くちゅくちゅ鳴る音が恥ずかしくて、総司は初め目を瞑っていたが、次第にそれどころではなくなった。
男の指が蕾の奥にある部分を押しあげるたび、鋭い快感美が突きぬけてくるのだ。ふれられてもいないのに、総司のものは果実のように濡れ、ふるふると震えていた。
「やっ、も…お願、い……っ」
総司は啜り泣き、懇願した。
「早く…ちょうだい…土方さん……」
「そんなに俺が欲しいか?」
土方は目を細め、訊ねた。それに、総司は潤んだ瞳で彼を見上げ、こくこくと頷いた。
だが、それでも土方は問いを重ねてくる。
「俺の何が欲しいんだ?」
「全部……土方、さんのこと……」
躊躇わず答えた総司に、一瞬、目を瞠ってから、土方は眉を顰めた。
「……全部って、躰だけではなく?」
「躰だけじゃ……いや、全部欲しいの……土方さんの心も、みんな欲し……っ」
泣きながら縋りついてくる総司を、土方は逞しい腕で力いっぱい抱きしめた。髪に頬を擦りよせ、目を閉じる。
今だけでもよかった。
快楽にうかされたゆえの言葉であっても、幸せである事には変わりはないのだ。
「俺もだ、俺も……おまえの全部が欲しい」
そう囁きかけると、土方は総司の両膝を抱え込んだ。蕾に己の猛りをあてがうと、そのまま一気に貫く。
「ぁあ…ァ、あーッ!」
悲鳴をあげ、総司がのけ反った。
男の太い猛りが狭隘な蕾を貫き、ずんっと最奥まで穿たれる。凄まじい重量感と圧迫に、総司は涙でいっぱいの目を見開いた。
「ぁ、ぁ…ぁ、ぅ……っ」
「総司」
土方がその汗ばんだ髪をかきあげ、顔を覗き込んだ。
「大丈夫か……?」
「ぅ…んっ、ぁ…ぁあ、土方…さん……っ」
「俺にしがみついていろ。爪をたてても、噛みついても構わねぇから」
総司の手を肩にまわさせ、土方はゆっくりと動き始めた。男の猛りが震える蕾に抜き挿しされる。
それに、総司が「いやあっ」と泣き叫んだ。男の肩に縋りつき、泣きじゃくっている。
苦痛よりも、こみあげる快感が怖いようだった。いつも総司は土方があたえる強烈な快感美に、怖くなるのだ。自分がどうにかなってしまいそうで、不安でたまらないのだろう。
だが、土方にすれば、何も知らなかった総司に、ここまで男を教え込んだのは自分だという、奇妙な満足感があった。可憐で清らかな総司もいいが、こうして、腕の中で艶めかしく色っぽい表情を見せてくれる総司も、愛しくてたまらない。
「総司……っ」
たまらず総司の膝を抱え込むと、ぐっと腰を入れた。小柄な躰が二つ折りにされ、男の猛りを深く受け入れさせられる。
すぐさま始まった激しい抽挿に、総司は泣き声をあげた。
「ぁっ、ぁあ、んッ、ぅッ」
「すげぇ……熱っ……」
「ぁっ、ぁああ、ぁ、やぁっ」
なめらなか頬を上気させ、甘い声で泣く総司は艶めかしかった。男の腕の中、躰の奥を穿たれるたび、泣きじゃくっている。
土方はたまらず総司の躰を膝上に抱きあげた。嫌がるとわかっているが、もっともっと欲しくなってしまったのだ。
「……っ、ひぃッ、ぁ」
総司は目を見開き、慌てて腕をつっぱねた。だが、土方は総司の腰を掴み、強引に降ろさせてゆく。両膝が左右に滑り、真下から剛直で貫かれた。
「ぁあ、あーッ」
ずぶずぶと根元まで受け入れる事になった男の猛りに、悲鳴をあげた。物凄い圧迫感に、息さえできなくなる。
泣きながら男の肩に縋りつくと、土方は総司の両腿に手をかけ、押し広げた。ぐっと持ち上げ、また落としてくる。その度に、蕾の奥を穿つ男の太い楔に、悲鳴をあげた。
「アッ、やあ…ぅっ、ぅっあッ、あぁッぅッ」
「……総司……たまらねぇ」
「ひぃっ、ぁッ、ぁあっ…も、だめッ、だめぇッ…っ」
限界がもう近いのだろう。総司が泣きながら、何度も首をふった。見れば、総司のものは勃ちあがり、今にも達してしまいそうだ。
土方は総司を褥の上に押し倒すと、再び両膝を掴んで押し広げた。そのまま激しく腰を打ちつけ始める。
容赦ない動きに、総司が悲鳴をあげた。
「ぃ、やあッ、ぁあっ、ぁ…ゆ、許し……っ」
「……総司…っ……」
「ぁ、ぁあっ、土方さ…っ、ぁああーッ!」
男の腕の中で総司がのけ反ったかと思うと、一気に白い蜜が迸った。それと同時に、蕾の奥に男の熱が叩きつけられる。
「……ぃ、ぁ…ぁ、ぁつ…ぃ…っ」
逃れようとする総司を引き戻し、射精をつづけた。蕾の奥に迸る男の熱に、総司が何度も泣き声をあげる。
それにさえ感じているのか、頬が上気し、躰が桜色にそまっていた。思わず見惚れてしまうほど色っぽい。
(……俺のものだ……)
土方は愛しい恋人を抱きしめ、きつく目を閉じた。
次で完結です。ラストまでおつきあい下さいませね。