見上げれば、いつもより熱っぽい瞳をした男が見下ろしていた。
艶やかな黒髪が額に乱れ、こちらを見つめる黒い瞳。
微かに開かれた、形のよい唇。
襟元をくつろげているため、男らしく逞しい肩や胸もとが露になり、どきりとするぐらい精悍で色っぽい。
だが、それでも、彼だった。
どこか謎めいていながらも、出逢った時から、誰よりも優しかった彼なのだ。
「……大丈夫だな?」
土方の問いかけに、総司はこくりと頷いた。
手をのばし、ぎゅっとしがみつけば、優しく抱き寄せられた。頬に、額に、唇に、何度も何度も口づけを落としてくれる。
頭の奥で、警鐘は激しく鳴っていた。
彼と躯を繋ぐ事で、何かが変わる事への不安が、総司の胸を締め付ける。
だが、それから、総司は目をそらした。
好きだとか、愛しているとか。
そんなのはわからない。
でも、この人が自分を求めてくれている以上、素直に応えたかった。
愛してると囁かれれば、愛してると答えを返したいほど、彼を欲しいと願っていた。
だから、これは自分が望んだことだ。
黙ったまま彼の背にしがみついた総司に、土方は甘く優しく口づけた。中断していた愛撫を再開してゆく。
やがて、土方は総司の細い両脚を押しひろげ、間に己の躯を割り込ませた。とろとろになった蕾に、男の猛りがあてがわれる。
総司はびくりと目を見開いた。
「土方…さん……」
「躯の力を、出来るだけ抜くんだ」
「……うん」
不安と恐れは確かにあった。それでも、優しく愛してくれる彼に、抗えるはずがない。
土方は総司の膝裏に手をかけると、ぐっと押し広げた。それに、総司はぎゅっと目を閉じる。とんでもなく恥ずかしい恰好をとらされているのは、わかっていた。だが、もう引き返せない。
「息を吐いて……」
低い声で囁かれ、自然と総司は息を吐いた。それを見計らい、土方はゆっくりと腰を進めた。
男の猛りが蕾に埋め込まれてくる。
「っ…ぁ、ぅ……っ」
凄い重圧感だった。熱いもので串刺しにされてゆくようだ。否、実際そうなのだろう。
思わず上へ逃れようとするが、しっかり膝を抱えられた状態では逃げようがない。
両手がさまよい、土方の肩を縋るように掴んだ。鋭く爪をたててしまう。
「ッ、ぃ、ぃたいッ、痛い…やッ、いやっ、土方さ…っ」
悲鳴をあげる総司に、土方は眉を顰めた。だが、今更やめられるはずがない。強引に腰を進めた。
総司の躯を二つ折りにしてのしかかり、一気に最奥まで貫く。
「ぁああ──ッ!」
鋭い悲鳴をあげ、総司が仰け反った。涙がその瞳をおおい、ぽろぽろとこぼれ落ちてゆく。桜色の唇がわななき、小柄な躯も小さく震えた。
怯えきった表情で泣きじゃくる総司に、土方は酷い罪悪感を覚えた。だが、一方で、ようやく総司を我が物にした喜びが、胸の内にこみあげる。
男の性だと苦笑しつつ、なめらかな頬に唇を寄せた。優しく掌でその躯を愛撫してやる。
「もう全部入ったから……大丈夫だ」
「本当……に?」
涙目で訊ねてくる総司がいとけなく愛らしく、どうにかなってしまいそうなほど可愛い。
「あぁ」
土方は頷き、総司のものを掌に包みこんでやった。甘い愛撫をあたえながら、囁きかける。
「ふたり一緒に、気持ちよくなろう。俺もそれを望んでいるんだ」
「うん……」
そうして囁きかけているうちに、総司の躯が土方のものに馴染んできたようだった。頬に血の気がもどり、躯も柔らかく彼を受けいれはじめる。
その従順さは驚く程だったが、媚薬入りのふのりが効いたのかとも思った。でなければ、華奢な躯の総司が、土方を受け入れられるはずがないのだ。
体格の差がある以上、苦痛は当然の事だった。何しろ、男の腕の中に、すっぽりとおさまってしまうほど小柄なのだ。
新撰組にいる時は、凜と冷然としていたため、あまり感じなかったが、再会してからの総司は愛らしく可憐で、何よりも強い保護欲をかきたてる。
「愛しているよ、総司」
この男にしては驚くほど甘い声で囁きかけ、土方はゆっくりと動き始めた。緩やかに抜き挿しをくり返してゆく。
「ッ、んっ…ぅ、ぁ」
総司は怯えたように目を瞑り、男の肩に縋りついた。だが、その声もやがて甘い艶をおびてゆく。
それに微笑み、土方は総司の躯を優しく揺さぶった。いい処だけを擦りあげてやり、甘やかな快楽へと導いてやる。
「ふっ…ぁっ、ぁあん、あっ」
「いいか? 少しは気持ちよくなってきただろう?」
「ぅ…んっ、ぁ…あっ、そ…こっ……だめぇっ」
「ここか? ここを責められるのが、好きか」
土方は形のよい唇の端をつり上げ、総司の膝をしっかりと抱え込んだ。一気に、律動を速めると、総司が甲高い悲鳴をあげた。たまらないとばかりに身を捩り、泣きじゃくる。
「ひっ、ぃあっ、そん…なっ、だめッ、だめぇっ」
「すげぇな……とろけそうだ」
「やッ、いやっ、あッあぅ……あッ」
逃れられぬよう総司を抱きしめ、とろけた蕾の奥を己の猛りで穿った。熱い快楽が二人を彼方へとさらってゆく。
土方は息を荒げ、総司の躯を二つ折りにして、激しく腰を打ちつけた。もう余裕がない。
淫らな音が鳴るほどの激しい抽挿に、総司は仰け反り、泣き叫んだ。頭の中に靄がかかり、強烈な快楽に訳がわからなくなってゆく。
「ぁッ、土方…さ…んっ、やぁああーッ!」
甲高い悲鳴をあげた瞬間、総司の腰奥に男の熱が叩きつけられていた。耳もとで熱い吐息をもらしながら、土方は尚も腰を打ちつけつづける。
気持ちよさそうに全てを吐き出す男に、総司は泣きじゃくった。無意識のうちに腰が跳ね上がり、両手で男の背にしがみつく。
「ぅ、んっ…ぁ、ぁんっ…ッ」
そのまま余韻に浸ってしまいたかったが、それは許されなかった。あっと思った時には裏返され、褥に這わされる。
「な、何……っ?」
「まだ……俺は満足してねぇよ」
「え? いやっ、いやあッ」
慌てて上へ逃れようとしたが、すぐさま引き戻された。後ろから腰を掴まれ、太い楔を一気に打ち込まれる。
「ひ…いッ!」
鋭い悲鳴をあげ、総司は仰け反った。腰奥から熱い快感美が一気に突き抜ける。
震えながら褥に突っ伏してしまった総司に、土方が喉奥で低く嗤った。まるで、獲物を喰らう獣のようだ。
「まだまだ、これからだろうが」
「や、いやっ……も、許してぇー…ッ」
「極楽へ行かせてやるぜ?」
そう云って始まった律動は、凄まじいものだった。もう言葉にならぬ悲鳴をあげ、総司は泣きじゃくり、蹂躙される。
熱い男の鼓動と、吐息と、愛の囁きと。
すべてが総司をからめとり、抱きしめ、愛と快楽の彼方へと追いつめた。
二度と逃げられぬ、愛の檻の中へ。
(……熱い、熱いの……土方さん……)
啜り泣きながら首をふった総司の躯が、後ろから優しく抱きしめられた。その両腕に抱かれながら、総司は半ば気を失うように目を閉じたのだった。
夜明け前だった。
総司は、ぼんやりと天井を見上げていた。
細い躯は男の両腕の中に、しっかりとおさめられている。ゆるく総司を抱きしめるようにして、土方は眠っていた。総司が少々身動きしても、全く目覚めない。完全に眠っているのだ。
珍しいことだった。
土方は、やはり、諸刃の剣を渡るような日々を送る男だ。何しろ、あの新撰組副長なのだ。
物音や気配にも敏感で、総司といる時にも、どこか常に気を張っている処があった。もしかして、いつ敵が襲ってくるかわからぬ日々に身を置いている男なのかと思っていたが、やはりそうだったのだ。
その彼が心やすらかに眠っている。
それが嬉しく、だが、切なかった。
(本当に、これで良かったの……?)
土方は、いずれ、きちんとした筋目の妻を娶るだろう。
その時までの遊びであっても構わないと、一瞬思いはした。
だが、やはり辛い。悲しいのだ。
いつか捨てられるまでの日々を指折り数え、彼の訪れを待ちつづける日々など、堪えられそうになかった。他の事なら幾らでも堪えられる。
だが、初めて知った恋、それも嵐のように訪れた激しい恋を、総司は心から喪うことを恐れた。
(なら、いっそ……私から別れを告げようか)
そんな事さえ思いながら、総司は土方の腕の中で身を丸めた。そっと身を寄せれば、無意識のうちにか土方が優しく抱き寄せてくれる。
総司の髪に顔をうずめるようにして眠る男の寝顔は、あどけなくさえあった。まるで、少年のような寝顔なのだ。
形のよい眉、閉じられた瞼、微かに開かれた唇。
もれる吐息も、肌けた着物からのぞく逞しい胸もとも、何もかもが愛しかった。
恋を自覚したのは、昨夜だが、ずっと彼に恋してきたのだと思った。
否、愛しているのだ。
心から、それこそ身も世もないほどに。
自分でも不思議なぐらいだった。逢ってさほど時がたっている訳でもない。
なのに、どんどん惹かれてゆく自分を、感じていた。彼のことばかり考えてしまう自分も。
だが、どんなに愛していても、自分が傍にいることは、彼のためにならないのは明らかだった。
否、それどころか、彼の立場、地位をも危うくしてしまう。
自分との関係が暴かれ醜聞沙汰になれば、土方がどんな立場に立たされるか。それを思うだけで、身の内がすっと冷える気がした。
総司はきゅっと唇を引き締めると、ゆっくりと身をすらせた。
彼の腕の中から抜け出し、身を起す。
様子を伺ってみたが、土方は眠っているようだった。それに安堵の吐息をもらした総司は、脱ぎ捨てられた着物に手をのばした。震える手で小袖を着流しにし、帯を締めた。
その時だった。
「……総…司……?」
不意に、後ろから声をかけられ、びくりと肩が跳ね上がった。
おそるおそるふり返れば、土方が起きていた。片腕で目元をおおっている。
「もう朝…なのか? 総司……」
「……土方、さん……」
小さく答えた総司に、土方は訝しく思ったようだった。物憂げに身を起し、総司を見つめる。
寝起きの掠れた声で、訊ねかけた。
「どうした……何かあったのか」
「……」
「まだ、夜明け前だろう。なのに……」
「……」
黙ったまま、総司は俯いてしまった。端座し、じっと下を見つめている。
どこか重苦しい雰囲気に、土方は何かを察した。褥の上で、ゆっくりと片膝を抱えると、目を細める。
「……なるほど」
「……」
「逃げようとしていた訳か」
総司はきゅっと唇を噛んだ。云い訳は出来ない。彼から逃げようとしたことは、事実なのだから。
押し黙ったままの総司の前で、土方は目を伏せた。自嘲するように、低く嗤った。
「当然だな」
「え……?」
「昨日、おまえは俺に手込めにされたんだ。逃げ出して当然か」
「! ちが……っ」
弾かれたように、総司は顔をあげた。
「そんな、違います! 手込めだなんて……そんな事、思っていない」
「だが、実際、おまえは逃げようとしているだろうが」
「それ…は、そうだけど。でも、昨日の事は違います。あれは私も望んだ事だから、あなたのものになりたいと思ったから……だから」
総司は涙を目にため、両手をぎゅっと握りしめた。
「だから……そんなふうに云わないで。あなたとの初めての事を……そんな云い方しないで」
「総司……」
「私が、ここから出ようと思ったのは……あなたに相応しくないから。私なんかと関係を結んで、その事が暴かれたら、あなたの立場が悪くなると思って……」
「立場?」
土方は眉を顰めた。しばらく黙ってから、低い声で問いかける。
「立場って、何だよ。おまえを愛することで、何故、俺の立場が悪くなるんだ」
「だって、そんなの当然でしょ!」
総司は思わず叫んだ。
「あなたは、新撰組の副長なのでしょう? 大勢の人に信頼され、大勢の人を率いる立場なのでしょう? なのに、そんなあなたが、私みたいな子どもに……それも、男と関係をもっているなんて、そんなの……っ」
「総司」
土方はため息をつくと、手をのばした。いや、と首をふる総司に舌打ちし、「いいから、こっちへ来い」と強引に引き寄せ、膝上に抱きあげる。
それこそ子どもに対するような行動に、総司は羞じらい、顔を赤くした。男の胸に手を突っぱねるが、そのままきつく抱きすくめられる。
「おまえが心配する事じゃねぇよ」
「土方さん……」
「確かに、俺は新撰組の副長だ。だが、それとおまえとの事は別だろう。人を愛するのに、何故、体面や立場を気にしなきゃならねぇんだ」
「でも……っ」
「云わせたい奴には、云わせておけばいい。俺はおまえとの関係に、恥じるべき事は何一つないと思っている。むろん、隠すつもりもない」
土方は、静かな、だが、きっぱりとした口調で云いきった。
「俺はおまえだけを愛してゆく。この先、おまえしか求めないし、おまえしか愛さない」
「……どうして……」
思わず、総司は訊ねていた。
「どうして、私なんかを……あなたみたいな人が、何故?」
「おまえだからだ、総司」
土方は総司の頬に、唇に、口づけを落しながら、囁いた。
「おまえに相応しくないのは、俺の方だ。だから、私なんかと云うな」
「でも」
「おまえは綺麗だ。可愛くて綺麗で優しくて気だてもよくて、誰でも好きになる。好きになって、当然だ。そのおまえを好きになるのに、理由なんかいるのか」
「あなたは、私を買いかぶっているんです」
総司は耳朶まで真っ赤になり、視線をさまよわせた。
「私、そんな気だてもよくないし、それに、き、綺麗だなんて」
「鏡を見たことねぇのかよ。すげぇ綺麗だし、可愛いぞ」
「……可愛いと云われて、喜んでいいのか…なぁ」
「喜んでいいのさ。素直に喜べ」
土方の強引さに、総司は思わず笑いだしてしまった。男の腕の中、鈴を転がすような声で明るく笑う。
ぱっと花が咲いたような、可愛い笑顔だ。
それに、土方は嬉しそうに目を細めた。
「やっと笑ったな」
「土方さん」
「おまえは、やっぱりそうして笑っている方がいい。一番、可愛い」
そう云ってから、土方はぎゅっと総司を抱きしめた。
「本当は心配だったんだ。昨日、強引に抱いてしまったから、おまえが俺を嫌ったんじゃねぇかと思ってな。挙げ句、逃げだそうとするし、笑顔一つ見せないし、心底嫌われちまったかと……」
「あれぐらいで、嫌ったりしませんよ」
「本当か?」
不思議そうに、土方は問いかけた。
正直な話、信じられなかった。
以前の総司なら、男に抱かれるなど到底許せぬ所業だったはず。
なのに、この総司は「あれぐらい」などと、云ってのけるのだ。
「確かにまぁ、強引だなぁとは思いましたけど」
総司はぽっと頬を赤らめつつ、云った。
「毎回あんなんじゃ私も壊れちゃいそうで心配だけど、でも、その……まぁ、気持ち良かったし」
「なるほど」
「真面目な顔で頷かないで下さいよ! どんな顔していいか、わからなくなるでしょ」
「え……すまん」
思わず謝ってしまった土方に、総司はまた楽しそうに笑った。
本当に、この総司はよく笑う。
よく笑い、色んなことを楽しそうに喋り、いつも明るく元気いっぱいだ。
いつも淋しげな表情で目を伏せ、一人孤独に戦いつづけていたあの姿を思うと、まるで別人のようだった。
だが、これも総司なのだ。
布団を上げ、運ばれてきた朝食を一緒にとりながら、土方はどこかまだ実感がわかないでいた。
総司を己のものにした、己の恋人にしたという実感がどうしてもわかないのだ。身も心も彼のものになったというのに、気弱な事だと自嘲した。
おそらく、以前の総司と今の総司の、違いが大きすぎるのだろう。
だが、ならば、どちらを愛しているのかと問われれば、どちらも愛していると答えざるをえなかった。
明るく元気な総司も、翳りをおびた冷たい総司も、同じなのだ。
すべて、総司のという若者の中にある部分。角度が違えば、見るものも違ってくるように、総司も、周囲によって大きく変わったに違いない。
ならば、どちらの総司も同様に愛しかった。
この世の何よりも大切な、掌中の珠のような存在だった。
「土方さん」
気が付けば、総司が箸を手にしたまま、彼を覗き込んでいた。
それに、「あぁ」と返事をかえし、慌てて湯飲みを口に運ぶ。
総司は彼の様子にちょっと小首をかしげたが、すぐ気をとり直し、訊ねた。
「この後すぐ、お仕事ですか?」
「いや」
土方はゆるく首をふった。
「昼頃に屯所へ戻る予定だ。それまでは、一緒にいられる」
「でも、忙しいのに」
「大丈夫だ。ちゃんとおまえを送ってゆく。放って帰れるか」
「ありがとう、土方さん」
総司は嬉しそうに頬を染め、こくりと頷いた。それを見つめながら、土方は目を細めた。
いつか、真実を話すべきなのだとは思う。
だが、あと少しだけ、この柔らかな幸せに浸っていたかった。
総司を失いたくなかった。
そうだ……記憶を取り戻せば、すべては終ってしまう。あの冷たく誇り高い総司が、罪深い土方を受け入れるなど、ありえるはずもないのだ。
(俺は、その日を恐れているのか)
土方は目を伏せると、固く唇を噛みしめた。
そんな彼を、総司が見つめている事に、気づかぬまま……。
これからまた大きく展開します。総ちゃん、ある人と再会します。今度は……?