「はい、上手に出来ました」
総司はにっこり笑い、半紙を子供に返した。
天気のいい昼下がりだった。
総司の小さな家には子供たちがたくさん集まり、一生懸命学んでいる。子供たちは、とても優しくて綺麗なこの沖田先生がだい好きだった。近所の人々も喜んで、総司を受け入れている。
誰も、彼があの血生臭い集団の新撰組隊士──それも、精鋭一番隊隊長をつとめた沖田総司だと、気づいてないようだった。むろん、五日ごとに彼のもとを訪れてくる男が新撰組の鬼副長と呼ばれる土方歳三である事も、知らない。
総司自身、そんな記憶は全くなかった。
名しか覚えていず、ただ日々を穏やかに過しているのだ。ふつうなら、疑問を感じるところだが、総司の中で深く考える事を禁忌とする強い強迫観念があり、それを押さえ込んでいた。
総司は筆を置くと、顔をあげた。
「今日はここまで。また明日、会いましょう」
「はぁい」
元気よく子供たちが返事をし、ばたばたと片付けて出てゆく。
それを見送った総司は縁側に出ると、うーんとのびをした。
見上げた空は青く澄みわたっている。それがとても心地よかった。
今日、これから土方と逢う予定なのだ。
珍しく外で待ち合わせだった。
たぶん、何かおいしいものでも御馳走してくれる気なのだろう。
だが、こんな男の自分を相手にして、いったい何が楽しいのか。
「ほんと……よくわからないや」
呟き、総司は肩をすくめた。
が、あまり追求しないでおこうとも思う。あの男自身が何を望んでいるか、突きつめてしまうのが怖い気もしたのだ。
五日ごとにふらりと現れ、逢瀬をかさねて。
あの綺麗に整った顔で優しく笑いかけ、拗ねたり怒ったりする総司を、身も心もすっぽり抱きしめてくれる男。
とろけそうなほど甘やかして。
誰よりも優しくて。
(……なのに)
総司はふと唇を噛みしめた。
この頃、よく感じるようになったのだ。
土方は自分を甘やかしてくれるが、最後の瞬間ですっと身を引いてしまう。絶対に、ある位置以上は己の内へ立ちいらせない頑なな冷たさがあった。
しかも、それは互いの戒めのようで、土方自身、その事で己を抑制しているのだ。
総司はそれに何も言及しなかった。
口にするべきではないと思ったし、突きつめることも怖かった。
禁忌の箱を開けるような恐れさえ覚えたのだ。
「もう……考えても仕方ないかな」
総司はそう独り言を口にすると、踵を返した。手早く身支度を整えると、家を出た。
見上げた空は、やはり青く綺麗だった……。
「総司!」
それは突然だった。
いきなり後ろから名を呼ばれたかと思うと、腕を掴まれふり返させられたのだ。
「え……?」
驚いて見ると、そこには全く知らぬ男が立っていた。
年齢は土方と同じぐらいか、身なりのいい侍だが、彼とは全く違っていた。何よりも纏っている空気が違うのだ。
秀麗といってもよい顔だちと、静かで穏やかな雰囲気が好ましかった。
深く澄んだ鳶色の瞳が印象的だ。
「……あ…の……?」
戸惑う総司を前に、男は安堵とも喜びともつかぬ表情をうかべた。
ぐっと腕を掴んだ手に力がこめられる。
「やはり、総司。総司ですね?」
「え……はい」
「よかった! 突然、行方をくらまして、心配していたのです。何かあったのではないかと……」
「……あの……」
総司は何度も男の顔を見た。
が、どうやっても全く思い出せない。見覚えのない顔だった。
「あなたは……どなたですか?」
そう訊ねた総司に、男は大きく目を見開いた。
愕然とした表情になる。
「何を云って……」
「申し訳ありませんが、私はあなたに見覚えがありません。どこかでお会いした方なら、お詫びしますが……」
「総司」
男は困惑しつつ、総司の瞳を覗き込んだ。
「きみは総司でしょう? 沖田総司ではないのですか」
「そうです。私は沖田総司です。でも、あなたは……?」
「私は伊東です。伊東甲子太郎……これでも思い出せませんか」
「……」
総司は眉を顰めた。
一瞬、何かが頭の奥をかすめた。が、それは酷く辛い痛みを総司にあたえ、思わずそれを拒絶してしまう。
のろのろと首をふった。
「ごめんなさい……わからないんです。私は何も……」
「総司」
「すみません。失礼します」
頭を下げると、総司はくるりと背をむけた。そのまま脱兎のごとく走り出した。
とにかく、何でもいいから離れてしまいたかった。
怖かった。
あんなに優しげな人なのに、酷く怖くてたまらなかったのだ。
だが、幾らも走れなかった。
角を曲がろうとしたとたん、横合いからのびてきた手に腕を掴まれ、そのまま強引に路地裏へ引きずりこまれたのだ。
「!」
目を見開いた総司の唇を、誰かの手がふさいだ。ぐっと腰をさらわれ抱き寄せられる。
一瞬、手に噛みついてやろうとしたが、馴れた匂いに躯の力が抜けた。
「……土方さん」
確かに、彼だった。
いつもの黒い小袖と袴姿で、僅かに眉を顰めている。
従順になった総司をちらりと見下ろしてから、土方は表通りの様子を伺った。
すぐ傍を足早に伊東が歩いていった。秀麗な顔に、困惑の表情をうかべている。
その後ろ姿を見送り、土方は短く舌打ちした。
「ったく……京も狭いものだな」
低く呟き、土方は手の力を緩めた。
それに総司は吐息をつき、男の胸に両手をついた。
「土方さん」
「何だ」
「あの人のこと、知っているのですか? 私もどこか懐かしい気がしたけれど……」
そう云った総司に、土方は鋭い視線をむけた。
「……懐かしい?」
「えぇ。初めて逢ったはずなのに、どこか懐かしくて。あ、でも……」
すごく辛く怖い覚えがあったので逃げようとしたのだ──と。
そう云いかけた総司は、見上げた土方の表情に息を呑んだ。
その黒い瞳は剣呑な光をうかべ、まっすぐ総司を見据えていた。固く引き結ばれた唇が彼の怒りをあらわしている。
「な…に? 土方さん、どうしたの……?」
「……」
それに、土方は顔をそらせた。ふっと苦々しい笑みが口許にうかべられる。
「懐かしい、ね」
「土方さん……?」
「俺には何も感じず、あいつにはそう思うのか。記憶を失っても、おまえはあいつのものなんだな」
「何を云っているの? いったい、どういう事なのか……」
彼の言葉の意味が全くわからず、総司は土方の胸もとに縋ろうと両手をのばした。が、それは逆に荒々しく掴まれ、乱暴に引き寄せられる。
はっとして見上げると、土方が酷く昏い瞳で総司を見つめていた。
「時をかけていくつもりだったけどな……」
「え……?」
「前みたいに横合いから掻っ攫われちまったら、たまらねぇよ」
そう低く呟くと、土方は総司の細い手首を掴んだまま路地裏から歩み出た。足早に往来を横切り、歩いてゆく。
それに、総司は驚き、戸惑った。
いつも土方は優しく甘やかしてくれたので、こんな扱いなど受けたこともなかったのだ。いったい何を考えているかわからず、総司は怯えながら男の横顔を見上げた。
やがて、連れこまれたのは一軒の料亭だった。
食事をするのかとほっとした総司は、おとなしく彼に従った。だが、それは間違いだった。最近は料亭といえど、茶屋との境が曖昧だ。そのため、隣室に床が敷かれてあり、情事のための用意をしてあるのが当然だった。
そんな事とは知らぬ総司は、渡り廊下奥にある離れの部屋に通され、落ち着かなげにそわそわと辺りを見回した。だが、土方は総司に声もかけず、無言のままでいる。
やがて、料理が運ばれてくると、土方は、総司が聞いたこともないような威圧的な口調で命じた。
「後はこちらで勝手にやる。呼ぶまで人を寄せるな」
人に命令しなれた声音だった。
それに、総司は呆気にとられた。
身なりからして相当の家の侍だと思っていたが、これは数人程度を従えている男の態度ではなかった。人に命じなれた、そして、それに人が従うことを疑ってもいない口ぶりだ。
仲居が出てゆくと、土方は障子を閉めた。
そうして、坐ったまま見上げる総司の傍に寄ると、その腕を掴んで引き上げた。
「来い」
「え……?」
戸惑う総司を連れ、土方は隣室への襖を開け放った。
そこに広がる褥に、総司は呆気にとられた。意味がわからない。
混乱は、褥の上へ押し倒された瞬間、さらに強くなった。
「な…に? 何なんですか、いったい……」
「わかってるだろ」
土方は手早く総司の襟元を抜いて、その白い首筋に唇をはわせながら低く囁いた。
「おまえを抱くんだよ」
「ちょっ……冗談! 私は男ですよ」
「わかっているさ。けど、俺はおまえが欲しいんだ」
「そんな……急すぎます!」
不意に、総司はどんっと土方の胸を拳で叩いた。怒ったらしい大きな瞳が、きっと彼を見上げている。
「こういう事には、ものの順序ってのがあるでしょう?」
「ものの順序?」
「そうです。だいたい、私はあなたがどこの家中の人か、どこの生まれかも、何も知らな……」
「新選組副長、土方歳三だ」
いきなり遮るように名乗られ、総司は目を見開いた、。
「え……?」
「おまえも聞いた事があるだろう。京都守護職御預かりの新選組だ。そこの副長をやっている」
「……」
市井に疎い総司でも、幾らなんでも聞いたことがあった。しかも、新選組の冷酷な副長の噂も。しかし、それ以上に、冷たい何かが胸奥を抉った。
思わず、きつく目を閉じる。記憶の奥で何かがざわめいた気がした。
だが、総司はそれを拒んだ。氷柱の切っ先を溶かし込むことで、己の中の何かを無理やり封じ込めてしまう。
「……新選組の副長」
「そうだ」
注意深く総司の様子を見ながら、土方は頷いた。
だが、総司は記憶を取り戻した様子はなかった。一瞬だけ目を閉じたが、それでも、目を開いた時はいつもの表情だ。
「身分はわかりましたけど」
「生まれか? 日野だ」
「そうじゃなくて、躯だけの関係が嫌なのです。もしそういう事を望むなら、色街にでも行って下さい」
「なら、おまえは俺に何を望んでいるんだ」
「え……?」
総司は戸惑ったように瞳を揺らした。それを見下ろし、土方は静かな声で訊ねた。
「俺はそれなりに、おまえに気持ちをあらわしてきたつもりだ。いずれ、こうなると思った事もあっただろう?」
「……それは、その……」
口ごもり、総司は視線をさまよわせた。自分を組み伏せる男を見上げ、仄かに頬を紅潮させる。
「えーと……私のことを好きだということ?」
「あぁ。俺はおまえが好きだ、心底惚れている」
「嘘」
総司はちょっと目を見開いた。
だって、信じられない。
この人はこんなに綺麗な顔して、格好よくて、いくらでも女の人にもてそうなのに。
なのに……何で、私?
総司は戸惑いながら、両手で自分の頬を撫でてしまった。
すべすべしているけど、でも……
「? 何をしているんだ」
「いえ。私のどこに、あなたは惚れたのかなぁと。綺麗な娘さんでもないのに……」
思わず云ってしまった総司に、土方は目を見開いた。呆気にとられた表情で見下ろしていたが、不意に声をあげて笑いだす。
優しい笑顔に、総司はほっと躯の力が抜けるのを感じた。
いつもの彼だ。いつも優しい彼に戻ってくれたのだ。
そう思ったことが表情にも出たのだろう。総司を見た土方はより瞳の色を和らげると、そっと細い躯を優しく抱きしめた。
「おまえは綺麗だよ」
甘やかな声が耳もとで囁いた。
「すげぇ可愛いし、笑うと白い花みたいだ」
さらりと言ってのけた土方に、総司は耳柔まで真っ赤になってしまった。恥ずかしそうに男の胸もとに顔をうずめる。
「やだ、もう。嘘ばっかり」
「嘘なものか。なぁ……総司、おまえは俺が好きか? 嫌いか?」
「え、嫌いじゃないですけど……でも、うーん……」
「嫌いじゃないなら、好きってことだな。よし、これで話は成立だ」
「はぁ? いったい何を……やっ、どこ舐めて……っ」
いきなり胸の尖りを、ぺろりと舌で舐めあげられ、総司は思わず声をあげた。
色白の総司のそれは綺麗な桃色だ。それがまた可愛らしく、土方は何度も丹念に舌を這わせた。唇にふくんで吸い上げてやると、ぴくぴく震えながら固く咎ってゆく。
「ぁ、ぁあんっ、んっ…やっ、ぁあ…っ」
「おまえ、絶対に素質あるな」
くっくっと笑いながら、土方は馴れた手つきで総司の着物を脱がせた。するすると解かれてゆく着物に焦ったが、がっしり押さえ込まれた状態では、どうする事もできない。
総司は身を捩りながら、喘いだ。
「な…に? ぁ…素質って…ふ、ぁあ…んッ」
「男に抱かれる素質だよ。安心しろ、すげぇいい思いさせてやるから」
「そんなの、いらなっ…や、ぁん…ぁッ」
躯のあちこちを愛撫されているうちに、抵抗したいのか、そのまま身を任せてしまいたいのか、わからなくなってくる。
土方は、まるで壊れ物にふれるように、丁寧に優しく愛撫してくれた。だが、それでも、総司は不安を感じて仕方がなかった。
本当にいいの?
よりによって、この人と、こんな事をしても大丈夫なの?
自分でもわからない問いかけが、頭の中をぐるぐる回った。
それに怯え、喘ぎながら何度も逃れようとするが、そのたびに優しく抱きしめられ、口づけられ、引き戻されてしまう。
土方は総司の蕾も丁寧に愛撫した。部屋に用意されてあったふのりを指に絡める男の姿に、総司は怯えたように目を見開いた。
「な、に……?」
「心配するな。おまえを壊さないためのものだ」
「え……?」
意味がわからない総司に微笑みかけ、土方は総司の下肢に手をのばした。そっと蕾を一撫ですると、びくびくっと震える。
「い、や! そんなとこ……」
「ほぐさないと、おまえを傷つける。俺にまかせろ」
土方はゆっくりと蕾に指を挿し込んだ。狭く熱い蕾を、濡れた指で探ってゆく。とたん、総司がいやいやと首をふり、男の腕に手をかけた。必死に上へずり上がろうとする。
「や…やッ……!」
「そんなに暴れるな。大丈夫だから」
土方は焦らず丁寧に、総司の蕾の奥をほぐした。指で擦りあげてゆく。
すると、媚薬のまざったふのりだったのか、総司の蕾の奥が次第に熱くなり始めた。その感覚にさえ怯え、総司が子どものように泣きじゃくりだす。
「ゃ…いやっ、怖い……」
「怖くねぇよ……総司。俺が相手なんだ」
「あ……」
総司は目を見開いた。
本番のお褥シーンへと続きます。