エピローグ

 日がさした。
 雪が急速に溶けていく。あっという間に雪が降っていたという痕跡がなくなった。それは、明らかに自然のなせる技ではない。黒木の呪詛の一部だったのだろうか。だが、その推測が解明されることはもうないだろう。
 その中。
 裕介は、茫然と立っていた。
 目の前に今までいたはずの一葉の姿は、ない。
 がっくりと、裕介は膝を落とした。
 地面に残る赤いリボン。それが一葉がそこにいた証。
 裕介はそれを拾いあげ、じっと見つめた。
 そこに水滴がかかる。
 水滴は後から後から落ちてくる。それが自分の涙と知ったとき、裕介はリボンを握りしめた。
 声を上げて泣いた。
 後悔が裕介を苛む。
 もっと早く動いていれば良かった。
 否。
 あのとき、一葉を信じていれば。
 黒木の戯れ言に耳を貸す必要などなかったのだ。一葉は完全な信頼でもって裕介を想い続けていてくれたではないか。この世で、それ以上のものなどないくらいの信頼で。それを疑ったばかりに……。
 ややあって、握っていたはずのリボンの感覚も失せる。
「そ、そんな……」
 裕介の上体は力を失う。がくっと地面に手をつく。
 涙がとめどなく流れ、地面を濡らす。
 その時。
「裕介、なにやってるの?」
 背後から聞こえる声。
 頭部の影が、裕介の見つめる地面を覆う。
 ポニーテールの影――。
「…………」
 裕介は目を見開く。驚愕で口を開くものの声が出ない。
「早く帰ろう。二葉が待ってる」
 裕介は振り向けない。ただ茫然と影を見つめ続ける。
「ど、どうして……?」
 やっとのことで、それだけを口にする。
「さあ」
 返答はにべもない。
「そんなことはどうでもいいわ。あたしにとってはね」
「……お前らしいや」
 裕介は苦笑する。
 そう。どうでもいい。裕介は、また涙が溢れてくるのを感じた。その涙は、勿論先ほどとは違う涙である。
 まあでも、と後背から楽しそうな声がかかる。
「あたしたちは切り離せるものじゃないから。裕介がいて、あたしがいない世界は存在し得ない。だから、その事実の前には、どんな理屈も真理も通用しないのよ」

〈了〉


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