GO BACK!

2001.5.1 記

 「GO BACK!」と、凛とした声と共にAさんは鋭く後方の座席を指さした。すると、フランス人の女性は、すごすごと後ろの席にもどった。

 外の景色に気をとられていた私は、この場面で始めて気がついた。グランドキャニオンでの出来事である。 数年前、私は、西宮国際交流会から、姉妹都市であるアメリカのスポーケン市に行った。ライラック祭りに参加して、友好を深める目的である。

 スポーケンで、数日ホームステイをして、サンフランシスコからラスベガスへ行った。そこから、希望者だけが、グランドキャニオンに行くため、体重を量られてそれぞれのセスナ機に分乗した。到着したあとバスに乗りかえたときのことだ。私たち女ばかりの十人ほどは待っていた空のバスに乗った。しばらくして、白人の一団が乗りこんできた。

 後で聞いた話によると、一人のフランス女性が「日本人はクサイから、後ろに行け。前の席は自分達が座る。」といって、私達グループの日本人女性を後ろに行かせて自分がその席に座ったのだ。それを見ていて、Aさんは「日本人が前に座っているのは、早く乗ったからからで、あなた達はあとから来たから、後方の席になったのです。」と説明をして、「ゴーバック!!。」と毅然した態度で命令したのだった。他の白人達も、一言も発することはできなかった。

 Aさんは、本を出版したり、講演をしたりで、社会的な活躍はフルにされているすばらしい人だ。しかし、こんな外国で、日本人が理不尽な扱いを受けたからといって、しっかりと、理非を正し、相手を後ろの席に戻らせたのだ。私はこんな、女の人が日本にもいるのかと、嬉しさと、尊敬の念で、もう、頭がクラクラするほどの思いだった。

 その後、グランドキャニオンを見物したが、Aさんはひとりで落ち着いた様子で歩いておられた。断崖の上から峡谷を見下ろすAさんは、風に飛ばされそうな、華奢な体で、なぜか寂しそうだった。

 ラスベガスに帰ると私はすぐに、待ち組みの大学教授に話した。「もう、聞いたよ、Aさんは誰も援護してくれなかったので、、、、、かなしかったらしいよ。」とのこと。アーアー、私が英語を流暢につかえたら、何とか言えたのに、、、、、。ごめんなさいね。

 いやあ、やっぱり、黙っていたと思う。その時、私の頭をよぎったのは、国際問題にならないかという心配だったのだから何と、私は姑息で気が小さいのだろう。ジャパニーズで良いのだ、その時、大切な言葉でフォローすることが出来たら、相手に分ってもらわなくても、Aさんは、どんなに救われただろうか。

 私の、グランドキャニオンはコロラド川が侵食した壮大な峡谷ではない。勇敢で、知的な日本女性の行動に感動した目のさめるような場所であった。