かみこうち

2009年7月17日 記

 6月26、27日に1泊2日の旅に出ました。上高地です。娘と一緒に行きました。
前回は、乗鞍や、新穂高を回りましたから2泊したのですが、今回はあまり歩くことが出来ませんので、上高地を散策するだけにとどめました。私は「穂高を見たい」の一念ですから、ただ快晴であってくれたらと願っておりました。

 いつもはバスで河童橋まで行ってしまうのですが、今回はゆっくり大正池を見ようということで、バスを早く降りました。
娘は「大正池が小さくなった」としきりに言っていましたが、そういえばそうです。後で知ったのですが、周りの山から流れてくる土砂によって池はどんどん小さくなったらしいです。焼岳の噴火によって梓川がせき止められて出来た池ですから、穂高をバックにして池の中に立ち木がハダカで残っているのがトレードマークでしたのに
今の大正池はイメージが変わってしまいました。


パステル画  田代池   2009.6.26 Toshii

 平日だったので人は少なく、快晴の穂高連峰は静謐の中で私たちを迎えてくれました。
大正池から田代池に向かう林の中にところどころ鮮やかなオレンジ色の花が群生しているのが見えました。「うゎーきれい」娘はすぐに図鑑で調べました。レンゲツツジとのこと。黄色いニッコウキスゲも咲いていました。2.3年前に来た時は同じ6月でも月初めだったので、ニリンソウがいっぱいでしたから、植物は季節とともに刻々と変化しながら、精一杯咲いているのですね。

 梓川の両岸にびっしり繁茂しているケショウヤナギが新芽を吹き出して、上高地を新緑に彩っていました。ゆっくり散策して河童橋の袂にあるSホテルに入りました。ここは部屋の窓から西穂、奥穂、前穂、明神の連山が見えるのです。下は梓川がさらさらと音を立てて流れている最高の絶景ですから、いつも宿はここに決めています。それに一番のお気に入りは食事がいいことです。朝はおいしいコーヒーをロビーでサービスしてくれます。
穂高の山々の懐に抱かれて眠りにつくうれしさは応えられません。

 翌朝は、朝焼けの焼岳や梓川の川面に立ち上る靄(もや)などカメラに収めました。
娘はここから2時間の道のりの徳沢まで歩くといいます。私はこの辺りでスケッチすることで別れました。午前中は梓川の左岸より穂高を見て描きました。スケッチするときの悩みは、アリや虫が気になって描くことに集中できないのです。午後は梓川をいくぶん下って、明神岳を描いてみました。いつもと同じくヘタクソで限りなく稚拙なものになりました。この時、野生のサルの大群に出会いました。どのメスも子ザルを背負っていました。およそ100匹ぐらいはいたと思います。移動中のようでした。

   

 約束の時間より早く、娘はホテルに帰っていました。徳沢まで往復4時間かかるところを娘は3時間で帰ってきたそうです。徳沢は前穂高の東岸壁が目の前に迫るところです。井上靖の小説「氷壁」のモデルになりました。
私も2年前に来た時はそこまで行ったのですが。もう歩けそうにありません。その時は、カモシカにもお目にかかりましたし、梓川の対岸に重なり合って屹立する穂高連峰を、目近かに仰ぎ見ることができました。

 山が好きだといって山を見に行き、絵が描きたいといっては描き、そんな気ままをさせてもらっていますが、いつまでもこの世の快楽を享受するわけにはいきません。必ず終わりはあるのです。それはハラに入っているようでも一抹の寂しさが心をよぎります。諸行無常です。近頃、目に見えて衰えてきた体力、気力これも補う術(すべ)はありません。

 私は、若い時から体が弱くて親に心配をかけどうしでしたから、元気に生きていることがとてもありがたく思えるのです。この地球の上に棲息していることがうれしいのです。だから毎日よろこんで暮らしていますが、ついついハードスケジュールになってしまうのです。そこには「老いに抵抗」している心がありました。
これからは柔らかい気持ちで「老いに従う」姿でありたいと思っています。


パステル画  穂高連峰(梓川左岸より)  2009.6.27 Toshi