岩手山スケッチ旅行記

2009年5月15日 記

 
  4月の終わりに2泊3日の旅に出ました。いつもこの旅は山田先生と一緒です。
東北地方は今までに何度も行って、岩手山の豪快な姿は知っていましたから、そこへのスケッチ旅行といいますと、たいへん魅力的なことでもありました
しかし、ちかごろの私の体調では、3日間も絵を描くことは無理ではないだろうかとの不安もありましたが、思いきって参加することにしました。普通の観光旅行と違って、作品を作るのはエネルギーが要ります。一つのところに2.3時間座っていますし、1日に何枚も描くのですから。

 その日は伊丹空港から快晴の空を飛んで、花巻空港に着きました。そこから盛岡市内を通って南部片富士湖へ向かいました。片富士というのは、岩手山(2038m)は東の方から見ると富士山のように見えるのです。それでそのような名前で呼ばれているのです。すでに盛岡に入るまでに岩手山の雄姿は見えていましたし、車窓の右手には早池峰山(はやちねさん)も見えて心は躍るばかりでした。ガイドさんの話では、晴天の日でも山が見えないことはよくあるらしいです。まあー何とラッキーなこと。

 片富士湖のそばでそれぞれが描き始めることになりました。小高い岡の上で、山と対峙するような場所に座りました。深い紺碧の空に、残雪の山は真っ白に輝いていました。神々しいまでの秀麗な姿でした。まわりはサクラが満開でしたし、穏やかな春の陽が柔らかく辺りを包んでいました。
しかし、満点の絶景が整えられても、わたしはそれを描くことが出来ません。この感動を表現したいと思っても、それができないもどかしさ。絵というか、水彩画というのか、コツが掴めないまま子供のような稚拙なものを描いてはなさけなく思っています。

 そのあと、東北道を通って、宿舎の八幡平ロイヤルホテルに入りました。
岩手山の北側の 麓になるのですが、そこには全然違った岩手山が横たわっていました。岩塊としか言いようのない荒々しい岩肌が重なり合っていました。山頂部ひとつをとっても見る方角によって全く違った形をしています。

 二日目は「焼き走り溶岩流」へ行きました。この山が噴火した時に流出した溶岩がそのままの状態であるのです。 山の東側になりますがそこはよく整備されていて、一行20人はそこに座って描くことになりました。
空は群青で雲はありません。円錐形の山は頂上から真っ白の雪がきれいに山肌を流れていました。木々の芽吹きが未だしというところ。目の前に堂々と聳える岩手山にただただ圧倒されて、手も足も出ない絵となりました。

そのあとまた東北道を南下して、小岩井農場に行きました。ここからの山は落ち着いた形で鎮座していました。それをバックにした一本桜は見事なものでした。「まきば園」でまた道具を広げて描きましたが私はやっぱり山をめざしました。

 先生はいつも「早やく描きなさい」といわれます。山も野も、空も水も、瞬刻に変わっていくのです。空とか山など大きなものはそれが良くわかります。どこまでも深く透明であった濃紺の空が、刻々と色を変えていく様子が如実にわかります。青い山肌と白い雪、鮮やかなコントラストだったのに、いつの間にか霞んでたそがれの靄に包まれていくのです。
デジカメにおさめても自分の脳裏にインプットしても、追いつきません。「その時」を手早く表現することが大切かと思います。

 翌日は田沢湖と角館。田沢湖は水深が日本一のところ。ここでまた座りました。
秋田駒ケ岳(1637m)を向こうに見て、まだ蕾の桜の枝を少し入れてみました。「もう、山はいらん」という声が聞こえました。「いらん。いらん」と同調している人もいました。
私はやっぱり、駒ケ岳が描きたいのです。駒ケ岳は以前に来て印象に残っている山でしたから、ここで形にしておきたいと思いました。

 その後、角館(かくのだて)のサクラや武家屋敷を見て、秋田空港より帰りました。
水彩画で描いたのは5枚ですが、帰宅後はパソコンやパステルで描いてみたりして、 岩手山の旅行をもういちど楽しみました。

 私は、雪を頂いた高い山が特別に好きなのです。神を感じるのです。畏敬の念で大自然に手を合わせたい気持ちです。そしてこの美しいところに身を置いているしあわせに感謝しています