新秋の旅

2008年9月20日 記


 小さな秋を見つけようと思い立ちましたが、近頃はどうも体に自信が持てないので、 一人旅は気が重かったのです。が、何事にも挑戦とばかりに9月15日に3泊4日の旅に出発しました。

 ジパングクラブのツアーです。ゆっくりとした行程なので、家族も安心すると言うのです。
旅行好きの私は国内の旅はかなり回っているのですが、那須、日光、軽井沢は行っていなかったのです。秋の紅葉を満喫しようと思えば、やっぱり十月に入ってからですが、オープンカレッジの受講が始まりますからこの機会を逃すわけにはいきません。

 新幹線に乗り東京駅で在来線に乗り換えて、那須塩原駅に降り立ちました。
栃木県は昔の名は下野(しもつけ)といって、京大阪に住んでいる者にしては、武蔵とか坂東の国として遠い所という感じがするのです。
那須といえば皇室の御用邸のあるところですから是非見たいと思っていたのですが、その機会はありませんでした。高速道路が上を走らないよう低くしてあるそうです。
夕方から雲が多くなり、ホテルの最上階ロビーから那須岳の全容が見られるはずだったのですが、残念。

 17人のメンバーの中で5人は女性の一人旅です。旅馴れた人ばかりですが、85歳のMさんが一番の年長者です。お洒落なそれでいて慎ましい京美人でした。現役のお茶の先生でいらっしゃいました。旅の楽しみは、「何があるかわからないこと」と思っていますが、人との出会いもそうです。今回も個性豊かな人に囲まれて朝食もディナーも5人でテーブルを共にすることが出来ました。

 2日目は日光です。東照宮は思ったより社寺としては小さいほうでした。しかし、その一つ一つの手の込みようは感嘆の連続で徳川家の権力を感じました。やっぱり世界に誇るべき文化遺産に間違いありません。大切に守って行きたいものです。中禅寺湖を遊覧船で回ったあと華厳の滝を見に行きました。水量は多くボリュウムはあるのですが、那智の滝を知っているので、感動はいまひとつでした。

 山好きの私には、男体山がすっきりと姿を現してくれないのが気にかかります。中禅寺湖を前にした男体山の雄姿をみたいのです。見せて欲しいのです。私の旅の目的は山を見ることなのですから。その日のお宿は、中禅寺湖金谷ホテルです。有名なこのクラシックホテルは、温泉がとてもいいのです。男体山の麓、中禅寺湖に面した林の中に静かにたたずんでいるこのホテルはとても気にいりました。

翌日はバスで金精峠を越えて群馬県の北よりのルートを通って、軽井沢に向かいました。
途中、上毛の三山といわれる赤城、榛名、妙義の山を見られたことはうれしかったですね。
いつも国内を旅したとき、「なんと日本は美しい国だろう。」と思うのです。重なり合う山々の中には必ず湖沼があり、それもエメラルドグリーンの水をたたえて、静まりかえった深山幽谷の中でじっとしているのです。今回も丸沼、菅沼を見てそう思いました。

 軽井沢では、レイモンペイネの美術館に立ち寄り、宿舎の万平ホテルに入りました。一人部屋ですから窓を開けて軽井沢の空気を胸いっぱいに吸いました。木々の木立は秋の匂いを漂わせて、紅葉もところどころ始まっていました。翌朝、窓の外は雨がしとしと降っていました。林の中を散策したいと思っていたのに無理かと思われましたが、念願の浅間山も見えないし、思いきって一人で雨の中を歩くことにしました。フロントで教えてもらった散歩道を行ってみようと地図を片手に飛び出しました。


雨の軽井沢  2008.9.18 Toshi

 「カラマツの林を過ぎてカラマツをしみじみと見き、カラマツは淋しかりけり旅ゆくは淋しかりけり」
白秋のこんな歌をイメージして、滴る緑の雨を受けて一人でゆっくり歩きました。もう、シーズンが過ぎた別荘は人もいないようですし、周りはとても淋しいのです。
そろそろ帰ろうかと道を急ぎました。が、来た道に出てこないのです。どうして?確かこの道だったのに?林の中は同じような細い道です。目印もありません。

 方向音痴でもない私が林の中で遭難するのか!山で遭難する人もこういうことなのかと、うろたえました。パニック状態でしたネ。手のなかの地図は雨にぬれてシワだらけ、ホテルの電話番号が書いてありました。しかし、携帯はホテルのカバンの中。その時一台の車が来ました。
「Mホテルは?」と訊くと
「反対ですよ、あなたは反対の方に歩いています」と言って去っていきました。
が、言われた方向にいくら歩いても元の道に戻りません。
「とうとう軽井沢の林の中で遭難した」のかと頭の中は真っ白。しばらくして辺りを見回すと、灯りのついている一軒の別荘がありました。そこで丁寧に教えてもらいました。やっと、元の道に出られた時のうれしさ。膝の痛いのも忘れてホテルの玄関まで走りました。

 ロビーで、約束の時間には少し遅れたのですが、Mさんが待っていてくれました。
「どうしたの?そんなにハアーハア−言って、まだ時間が充分ありますよ」
とのことで、カフェテラスでお茶を楽しむことにしました。先ほどの怖い体験は一言もいわず、澄ました顔で緑の木々を眺めながらミルクを飲みました。その甘かったこと。胸のかたまりも柔らかく溶かして流してしまいました。