飛ぶように 

2003年9月18日 記

 「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり。」

 芭蕉の「奥の細道」の冒頭の句を、時々思い出すことがあります。
月日が過ぎ去るさまは、「矢のように」とか「流水のように」とか表現はいろいろありますが、近頃の私はそんな形容の仕方では、もどかしい感じがします。
「飛ぶ」ですね。にちげつは飛ぶように去って行くのです。

2003.8.1 あざみ(乗鞍高原)

 私は、過ぎ去った事柄が夢のように思えるのです。
幼い頃の楽しい思い出の数々。戦争中の特異な体験。そして、無我夢中だった子育て奮闘記すべてがユメマボロシのように胸中を去来するのです。

 済んだ事は夢幻のように思えるのに、不思議なことがあるのです。本当に確かなことが一つあるのです。それは、心臓がコトコト動いていることです。生まれた時の私の心臓はそのままずうっと動いてくれています。永い永い年月を。

 そうそう、過ぎ去った思い出の中でとても強烈なものがあります。

私はある勉強会に属している仲間10人と長野県の中野に行きました。そこでリンゴ園を経営しておられるM先生のお招きにより、その地の人達と交流するためでした。それは、阪神が日本シリーズに優勝した時で1985年10月のことです。

 その当時は、野球といえば巨人ファンが多い中で、私達の熟女グループは地元の阪神を熱烈に応援していましたから、阪神の優勝をその地にアピールしょうという魂胆と、喜びを大きく表現したい思いで胸がはちきれそうでした。
 長野県中野市という所は志賀高原の麓にあり、有名な渋温泉があります。その旅館の舞台で、頭に黄色のハチマキをし、笛をならして、大きな身振り手ぶりで、

  「六甲おろしに 颯爽と蒼天翔ける 日輪のーーー」  

 と大合唱したのです。
 木々が紅葉し、秋深まり行く静かな志賀高原の山々にとどろき渡れとばかり、「六甲おろし」を絶唱したのですから、地元の人は仰天されたでしょう。 かなりキチガイじみた行動ですものね。
 ちなみにどこのファンか聞いてみたら巨人とのことでした。でも、その時、私達はそんな冒険をせずにおれないような衝動に駆られていたのです。今年の阪神の優勝では、パリやロンドンでも、六甲おろしを歌っていましたが、きっと、回りの人のひんしゅくを買ったことでしょう。でも、私にはその気持ちがよくわかります。

 あれから、18年も経ったのですって。えーっ、ええーっ

 西暦2003年9月18日早くも中秋の候となりました。
飛んでいく月日に追いつくことは出来ません。また、時の流れに合わすことも無理なことです。その日その日を愛でながら、広い心でゆったりと暮らしたいと思っています。