いつのまにか浦島太郎 

2002年6 月15日 記

 数日前のこと、JR大阪駅から西明石行きに飛び乗った。
ほぼ満席というところ、私は熟年の女性の前に立って、吊り革を持とうとした瞬間その人は、さーっと席を立って「どうぞ」といわれた。会釈して座らせてもらったが、「ガアーン」と頭をブン殴られたような、衝撃を受けた。

 何故ならどう見ても、その人は私より年上のように思えるからだ。これは全く私の勝手な「目利き」だが、誰でも同年輩の人には鋭い観察力が働くものである。まずまず間違いの無い判断をとっさにして、表面なにくわぬ顔ですましているものである。
 「どうしたことだろう、目上の人から席を譲られるなんて、デパートであれこれ歩き回った疲れが顔に出たのかしら?」。しかし何と不埒な考えをするのだろう私は! 許せない自分をもて余しながら複雑な心境でじいーっと座っていた。

 乗り物の中で席を譲ってもらう事は今までにもあったし、会合にいっても年長者だからとの配慮を受けている事は、よく分っている。しかし、この場合は違う。それは、自分の「目利き」が誤っているのではないかと感じたからだ。そして、「自分自身」がよく分って無いのではないかという恐ろしさであった。心は若い時と同じように華やいでいても、姿はとっくに俗にいう「おばあさん」になっていたのに違いない。
 再び「グヮアーン」と、きた。

 近ごろの、世の移り変わりは激しい。
IT革命。経済不況。一番気になるのは、道徳観、倫理観が希薄になったこと。わたし達が生まれ育ちの中で受けた教育の尺度ではとても考えられない事が多すぎる。いつか軌道修正されるだろうかと、先のことが案じられる。
 しかし、よく考えてみたら、その変貌は、現代だけのものではなく人間の歴史上ずっと続いてきたものかもしれない。例えば明治維新にしろ、太平洋戦争にしろ、それは大変な激動期であった。人の世はいつも津波や、大波が押し寄せてくるものだから、ハラを据えて置くことだと思う。

 パソコンをさわるようになって2年がたった。少しの文章と絵を描くことを楽しみにしているが、そのたどたどしい歩みは自分でもあきれるほどのものだ。先日、孫娘(3番目)の描いたイラストを見てびっくりした。プロのグラフイックデザイナーが描いた作品のようだった。生まれて13年で身長は167cm、よく伸びた手で打ちこむキーは自由自在に動く。ごく自然にコンピューターを扱える頭の組織がうらやましい。

 「昔々、浦島は助けたカメに連れられて…」で、始まる童謡の浦島太郎の後半は、 

帰ってみればこはいかに もと居た家も村も無く
 道に行き逢う人々は 顔も知らない者ばかり
 心細さにフタとれば 開けてくやしい玉手箱
 中からパッと白けむり 太郎は忽ちおじいさん

 太郎のように、忽ちおじいさんにはなりたくないが、刻々と過ぎていく時の中で細胞の老化は否むことはできない。今まで過ごしてきた年月が夢幻のように思える事もあるし、フィットネスクラブなどで若い人と一緒にいる時は、ひとり取り残されているのではないかと思うこともある。そんなもろもろの不安焦燥を感じながらも、根がボンヤリ者のわたしは、いつものように「明日はきっといい事があるにちがいない」と明るく、さわやかに生きることにしている。