『睦まじいことだな』

 少女の声が含み笑っている――それは確かに乙女の華やかさを持つのに、言葉はいつも預言者の託宣に似る。
『――帰っていたのか。……何か用?』
 僅かに険しさを含んだ声に、少女は何がおかしいのかまた小さく笑った。
『帰ったのはたった今だ。そして特に用はない。おまえたちはどうしているかと珍しく気になったものでな』
 こちらから少女の表情はよく見えない。部屋の中はまっ暗で、少女が彼女の体の幅だけ開けたドアから角ばった明かりが差したが、それもわずかなものだった。
『じゃあ、ノックぐらいしてくれないかな』
 あからさまに不機嫌な声を隠そうともせず、少年は低い声で言った。


――時間は深夜。
 大部分の人間は眠りについている時刻で、この部屋の主たちも例に漏れない。


 その部屋は狭くもないが大して広くなく、寝台と机と、机の上になにやらの端末機があるだけで、殺風景なことこの上なかった。どちらにしろ仮寓に過ぎないし、彼ら三人――少年二人、少女一人――にしてもたいして執着する物を持つわけでもない。
 そのうえ、住まうというより身をひそめるといったほうがいい境遇だ。これで彼らには十分なのだろう。
 さて、その身を隠すささやかな部屋の主たる三人のうち、眠りについていたのは少年二人で、何も言わず突然ドアを開けたのは少女のほうだった。
 いつもどこで何をしているのか、夜といわず昼といわず、「出かけてくる」のひとことでふっと姿を消すこの少女の行動には少年もそろそろ慣れてきたが、それでも深夜にノックもなくドアを開けるなど。
『敵かと思うだろ』
『敵。……敵、ねえ』
 少女は少し目が慣れてきたのか部屋の中の、その寝台の様子をまじまじと見やった。
 寝台の上、「彼」は上半身を起こしたまま抜きかけた剣身を鞘に戻している。やれやれ、とすら言いたげだ。彼女はその少年の姿を見ながら肩をすくめた。
『――おまえはいつもそうやって、坊やだけでなく剣と添い寝か。用心深いのだな』
『いつ何が起こるかわからないからね』
 鞘には華美な装飾が施されているので儀式のためのものかと思われるのだが、その中身は十分に殺傷能力のある刃である。ドアから入ってきたのが彼女でなく、彼らに対して害意を持つ者であったなら、それこそもうこの瞬間には喉笛に切っ先が突きつけられていただろう。絶命してさえいたかもしれない。
 敵でないのはわかったが、少女がいつまでもドアを閉じて出て行こうとしないので、少年のほうもふたたび身を横たえようとしない。
 そのまま互いになんとなく緊張感を解きかねている沈黙の中――かすかな、だが十分すこやかな寝息が聞こえてきた。
 ふたりしてなんとなくその寝息に耳を済ませていると、やはり少し騒々しかったのか規則正しかった呼吸がぴたりと止まる。
 かすかな布を擦る音――起き上がったままの少年のすぐそばで、「もうひとり」の黒髪の少年が、すこし体を身じろがせた。
 だが完全に目を覚ますまでには至らない。
 横ざまに身を縮めてかすかに何事かを呟いたが、睡魔のほうがまだ彼を離し切らないようだった。
『なんでもないよ、ルルーシュ』
 優しく、恐ろしいほど優しく少年――スザクが囁いた。
 剣を持たぬほうの手で少し乱れた前髪をかきあげてやり、流れを整えるように撫でる。指の動きはあまりに優しく、なんて綺麗な寝顔だろうと感嘆していることを隠しもしない。
『まだ夜だ。ゆっくり寝ていていい。何かあればちゃんと起こすからね。……そう、おやすみ』
 年齢の割に頑是無い印象のある額に口付けると、それだけでルルーシュは安堵したのか再び眠りに身を任せた。すやすや、と言うのがぴったりなほど幼い眠りようだった。
 二人の間をなんとなくほっとしたような空気が漂う。
 少女のほうは柄にもない、というふうに肩をすくめた。――今の自分たちはまるで、赤ん坊が泣き出さずに寝入ったことに安心するようだったではないか。
『あどけないことだ。こんなふうに眠っているところを見たことがない』
『――最近は熟睡できているようなんだ』
『そのようだな。おまえがとなりにいるからかな』
『……』
『私の知る限りではあまり眠りの深いほうではないからな、そいつは。ちょっとしたことにも神経をぴりぴりとがらせて、夜中に何度も起きていたよ』
『それならなおさら眠りを妨げたくない。判って欲しい、C.C』
『はいはい、これからは気をつけることにしよう』
 もともとたいして部屋数のない小さなマンションで、その上少女にまるまるひとつ部屋を譲っている。ベッドを二つも置けるほどこちらの部屋も広くない。必然的に少年たちはひとつベッドの上に身を寄せるようにして眠ることになる。大の男がふたりで、などと最後まで文句を言っていたのはルルーシュのほうだったが、案外それが功を奏しているようだ。
 いつでも獣のように身構え敵に牙を剥くことのできるスザクの、そのふところ深く、ルルーシュは安堵して眠る。
 剣を手放さぬスザクの左腕は何かから彼をかばい抱くようにルルーシュの体を覆う。
いつもぴたりと寄り添い、互いの体温だけを感じ、暗闇に沈んで眠る。
――その姿は、この世にただ二人残されたような、それとも何かしら追い詰められたような。
 やがて、自分が屠られる祭壇へまっすぐに向かう者たちの。

『それじゃあ、邪魔をしたな。ゆっくり坊やのお守りをしていてくれ』
『……』
『ああ、そうだ。これからはきちんとノックはするが、それに応じられる状況じゃないときはちゃんと空気を読むことにする。安心していて良いぞ』
『なんの話?』
『おまえたちがそこで仲良くしているときは、だよ』
『――? いつも喧嘩したりはしていないけど』
『そういうことじゃなくてだな』
『?』
『せっかくそいつとふたりきりなんだ。いろいろと込み入った状態になることもあるだろうし。そういう親密な場面をあまり他人に覗き見されるのも嬉しくないだろうからな』
 此処まで言えば判るだろう、と少女は思ったが、当のスザクはまだ妙に困った顔をして首をかしげているばかりだ。
『ふたりだから、話はよくしているよ。でも、別にキミにそこを見られたところで困ることはないんだけども』
『だから、そういうことじゃなく――』
 言いかけたが、少女はため息をついてやめた。何で其処まで自分が言わなければならないのか、と思い直したせいだ。
 半分以上確信を持ってかまをかけたつもりだったが、どうやらスザクには何のことか本当に、見当がつかないらしい。
 まあ、つまり――彼らは少女がぼんやりと思っていたような、『親密なあまりに込み入った状態』になるような関係ではないわけだ。
――……まさかこの期に及んで、同性だのなんだのとくだらんことを考えているわけじゃあるまいな。それとも本当に自覚なしか。
 たちが悪い、と少女は呟いた。
 寄りそうのも指が触れ合うのも、当人たちはまるであたりまえのように思っているらしいが、相当にその空気はなまめかしい。それはどこからどう見ても恋人たちの、睦みあうことに慣れたようすであり、同衾の床から目覚めて交わす眼差しであり、肌が触れ合うことが日常となった相手に対するしどけない身の預けようであったりする。
 これで互いの身体を知らぬというのなら、詐欺に近い。
『……見ているほうは目のやり場に困るものだ』
『だから、ほんとうに、何の話?』
『いや』
 ふっと少女は笑う。――彼女が笑うときは、いつも何か意味を含む。
『あどけない子供たちだ。本当に』
 あどけない、幼い子供たち。
 そして――なんと哀れな子供たち。

 子供たちすら護れぬ、愚かな世界よ。







 ピ、ピ、と規則正しい電子音が響いている。
 部屋は薄暗い。あちこちに設置されている複数のモニターからのあかりで僅かに物の位置が判る、と言う程度であった。
 この部屋で治療を受ける人間には、僅かな灯りすら刺激になる。それこそ空気の流れひとつにすら細心の注意を払って調整された空間だった。
 諸々の大仰な機械は多数のモニタを忙しく明滅させ、それぞれに意味のある数字だの、刻々と変化する波形のグラフだのを描き出している。
 種々の機械からはこれまた無数のケーブルが伸びて、部屋の真ん中に設置されたガラスケースに繋がっている。ケースはちょうど人一人が身を横たえられる大きさで、周囲がそのように異様なほどの機械とコードに囲まれている中、ガラスケースの内部に昏々と眠る少年の美しさが妙にそぐわない。
 空気の成分まで調整されたケースの中で眠り続けているのはルルーシュだった。細い裸身をよく消毒されたシーツにうずめ、胸元の厳重な包帯が痛々しい。
 だがよほど危急の事態と言うわけでもないようで、彼を見守る咲世子の顔にはさほど焦りが見られなかった。

「スザク様」
 咲世子が気づいて顔を上げる。
「いらしてたんですか」
「はい」
 暗がりから、足音を殺して静かに現れたのは――誰あろう先刻の青年である。黒いフードのついたマントのようなもので全身を隠して、見るからに人目をしのぶ姿というところであった。
「申し訳ありません、突然。――ルルーシュはどうですか」
「ええ、少し擦り傷があるだけです。免疫力が低下しておりますので心配ですが、いまのところ熱も出ませんし大丈夫でしょう。――あとはいつものようにお薬をさしあげておりますので、心臓も落ち着いて、きっと朝までよくおやすみになれますわ」
「副作用も出ていないようですね」
「そうですわね、よい方向に動いているようです。裏を返せば、薬がなくては心臓が機能し続けないということではありますが、この回復状態ならいずれ薬になど頼らずにすみそうですわ」
「……」
「無論、時間はかかりますでしょうけどね」
 少年は眠り続けている。昏々と、と言っていいほど深い眠りだ。
 決して健やかな眠りと言うわけではないのだろう。時折眉を小さくしかめる。どこか、眠りについていても酷く痛む箇所があるのかもしれない。
 それでも最初に比べればよく回復したほうだった。
「本当によかった。今まではずっと、ちょっとしたことでもすぐに熱を出されていたのに。よくここまでよくなってくださいました」
「……すみません、咲世子さん」
 低い声が呟くように言った。
「接触しないつもりだったのですが」
 咲世子はわかっている、と言いたげに微笑んだ。
「ルルーシュ様が転んでいらっしゃったので思わず、と言うところではありませんか」
「……」
 スザクは答えなかったが、咲世子は心得ている、というふうに小さく頷いて、そのことについてはそれ以上触れなかった。
 眠るルルーシュに目を落とすと、淡々と話し出す。
「記憶の欠如、混在は相変わらず顕著です――わたしに対してもまだ少し緊張がおありのようで、なかなか以前のように……もっとこう、もう少し砕けた感じには戻ってくださいませんわね。お会いしたばかりのルルーシュ様のようですわ。ナナリー様のことをお話にもなりますし、それが時々ロロ様のお名前になっていたりもするのですけど基本的には以前のルルーシュ様です」
「――」
「ただお体のほうがこのように、薬頼りではありますが少しずつ回復なさっていらっしゃいますので、その混乱もゆっくり収まるのではないかとのことでした」
「――……ロイドさんがですか?」
「ええ」
 咲世子は頷いた。
「ご自分はあくまでデヴァイサーの身体調査のための医学知識しかないとおっしゃいましたけど、なかなかのお診立てをなさるように思いますわ。もちろん一番大事な手術に関しては専門の方を連れておいでになってくださいましたし。そのかたもとても腕の立つ、良い先生でいらっしゃいました」
「? 手術をしたのはロイドさんじゃなかったんですか。僕はてっきり」
「別の方ですわ。あの方のお知りあいだそうで」
「その医者は今何処に」
「――……」
 咲世子は答えなかった。
 表情がすっと消え、スザクを一瞥するとまた眠るルルーシュを見やる。判っているだろう、と言いたげであった。
「――すみません」
 スザクは察して、小さく目を伏せた。
「何故スザクさまが謝られるのです」
「咲世子さんにそんなことをさせました」
「――私でなければ、スザク様がなさっていたことではありませんか。……ですから、今お医者様の居所をお聞きになられた」
「……」
「ですがもう、おふたかたとも、これ以上何ひとつ背負われる必要はないかと思われます。わたくしで出来ることはわたくしの手でいたしますから。――もうこの件については」
 問うな、と言うことだろう。
 スザクは改めて咲世子に軽く頭を下げる。それで辞去の挨拶も兼ねていたつもりだったのか、ふっときびすを返した。
「お目覚めになるのをお待ちにならないのですか」
「――皇宮を空けてきました。『ゼロ』の不在のあいだにナナリーになにかあってはいけません。シュナイゼル殿下がいらしてくださっているので、大丈夫とは思いますが」
「ナナリー様はお元気ですの」
「ええ。彼女はとても頑張っています」
 スザクの答えは簡潔だった。
 そう、彼女は頑張っている。――見違えるぐらいに強く綺麗になって。
 無残な運命に慟哭し、絶望し、そこから這い上がった彼女は強い。過去と決別する強さでもある。
(そうだ、彼女は強い)
 過去と決別する。ひとことで言ってしまえはするけれど、それが時にどれほど残酷なことか。過ぎた時間を切り捨てるだけではない、自分の中の一部をもぎとることでもある。
 こころの痛みで絶命しないのは、時に不思議だ。
 血をはかないのが不思議なほど、このままここで息絶えぬ己は滑稽で浅ましいと絶望するほど。
 何故この悲しみは自分を殺さないのだと、天を糾弾するほどに。
 過去と分かたれる強さ。決別する勇気。自分には、それがないのだ。残ったただひとつのものを失うまいと――なんという無様さ。


「また時間を作って伺います。一週間以内にはこられると思いますが」
「わかりました。――スザク様」
「はい」
「ひとつお聞きしてよろしいでしょうか」
「なんでしょう」
 スザクは生真面目に、咲世子に向き直った。
「今日のことは偶発的な事態にしても。……一週間と間をおかずお見えになるのに、何故いつもルルーシュさまにお会いにならずにお帰りになるのです」
「……」
「今日のことでも、ルルーシュ様は、スザク様のことはすぐにお分かりになったみたいですのに」
「――」
「確か友達だった、とおっしゃいました。――それ以上のことはまだ思い出せないけれど、友達だったはずなんだ、と」
「――全部忘れてくれていればよかった」
 咲世子が、ふっと顔を曇らせた。
「俺のことを全部忘れていればよかったのに。――そうすれば」
 ひょっとしたら。
 もしかしたら。
 また――最初から。

 スザクは頭を振った。何を馬鹿なことを、とでも言うように。
 何を考えたのだ、と。
 やり直すことが出来るはずがない。
 あの夏の日は帰らない。
 失われたものが戻らないのと同様に。
 思い出をなぞっているあいだは幸福だが、それは停滞に過ぎない。停滞は緩慢な死に近い。未来を与えられ、少なくとも歩く道が見えている間は進むしかないのだ。
 だが。
 だとしたら。

 失われたものが二度と戻らないというのなら、「あれ」は何だろう。 
 春の陽だまりの中に、ひっそりと生きていた「あれ」は。
 あの美しいものは。


 長い間臥せっていたためかわずかにやつれ、また漆黒の髪も少し伸びてはいたが、よけいに物寂しい、夜の精霊のようにも見える。
 力なく地面に倒れこんだ姿、見上げてくる面の細さ、青白さ。
 なんて細い体。なんて頼りない姿。見開かれたきれいな瞳。スザク、と呼んだ声の慕わしさ。――これほどか弱いものをよくあんなもので殺せた、と思うほど。
 来てくれる。此処へ来て、彼は自分を助け起こしてくれる、きっと――そう信じて疑わない、あどけないような眼差しも。
 嗚呼。
(嗚呼、君は。なんて顔を)
 駆け寄り、助け起こすよりも胸倉を掴みあげたい衝動をなんとか堪えた。
 そうしてみたところで罵声の言葉など思いつきもしなかったろうが、なぜか無性に腹が立った。
――どうしていつまでたっても僕の目には。
――どうして君はこんなにも、美しく映る。

 その美しい彼を、どうしたくて、自分は。
 彼をこちらに引き止めたのだろう。









 一度だけ、と懇願した。
 たった一度だけ、と。
『一度だけでかまいません。――もしそれで生き返らなければそこで諦めます。俺が、俺の名と声と意志でもってする、最後のわがままです』
 頭を下げる青年に、彼ははあ、と長いためいきをついてみせた。
 僕は医療のほうには明るくないんだ心得はなくもないけれどね、と言いながら。
『まあ、しかるべき努力はしてみてもいいよ。僕が出来ないことのほうが多いけど、それについては多少心当たりはあるから努力してみてもいい――でも可能性は無きに等しい』
『――』
『蘇生処置は時間との勝負だ。君が、君のなすべきことを果たすのはかまわないよ。けれどすぐに陛下の身体を移動させたら不審を買う。日本人の国民性として死者の体に鞭打つようなことは嫌われるだろうけど、陛下のやりようがなかなか強烈だからねえ、そのへんも保障できないし。あんまり慌しい移送は奇異に思われるかもねえ』
『ジェレミア卿にお願いしてあります。出来るだけ早く、彼の体を、例の場所へ。――ロイドさんとセシルさんがご存知の』
『んー、セシルくんには僕から話しとくけどねえ……』
『――』
『わかってるよう、そんな目でにらまなくても、僕とセシルくんだけね〜。あとは親愛なるオレンジ卿と、それから』
『僕と、咲世子さんです』
『――……それだけ?』
『それだけです』
 伺うような目で彼はこちらを見てくる。ナナリーは、ということだろう。
『必要な人間にだけ話しているつもりです』
『うんうん、なるほどお。いざとなったら、君ひとりでも口封じに殺して回るに楽な人数だねえ、うん』
『――ロイドさん』
 コワイコワイ、といつもの調子でふざけたロイドは、くるりとひとまわりしてみせた。
 壊れている、と思う者が多かろう。他人から見れば何処までも奇矯で、ひとつ間違えれば狂人のそれにも見えかねない。
 だが、彼は彼なりの主義を以って己の中の何かを捨て、ある一線を泰然と越えたのだ。だからこそ彼は「天才」足りうる。
『でもキミ大丈夫?』
『――何がです』
『そんなふうに頼みに来るのに。キミがこれからすることとは相反しているんじゃないの』
『それは大丈夫です――万が一にも手加減などしませんから』
『そお?』
『誰の目にも明らかに、象徴的に、皇帝暗殺は果たされます』
 それがための、白い衣装。命を奪われたことがなによりもはっきりと、遠目にも判るように。毒々しい赤で染まることこそを目的に。
『でも君。スザクくん』
『……』
『うん、これが最後だからね。答えなくてもいいよ。そうそう、君は死者だったものねえ。死人に問うのも虚しい行為だが、それなら答えはなくてもかまわない。なくてあたりまえだ。じゃあ、コレは僕のひとりごとってことで』
『――』
『皇帝ルルーシュを暗殺する。過たず心臓を貫き通す。――そのときには僕らは牢を出て、彼の蘇生処置の準備をして待つ。努力の結果、駄目だったならそれでいい。世界は何も変わらない。皇帝陛下の予定通り。けれど万が一、君が望むとおりに彼が生き延びたとしたら』
 スザクはかすかに眉を顰めた。
 この狂科学者の浮かべる薄い笑みに隠れて、普通の人間なら見逃すだろう。彼の目の奥にはその一瞬、スザクすら身構えたくなるような剣呑な光がきらめいた。

『きみ。――彼が息を吹き返したら、どうしたいの』





 
誰も肯定しないそのひとりぼっちの玉座に上って、裁きの剣を待ち続ける。
 その勇気がどれほどの者にあるだろう。
 己への呪詛と罵声と怨嗟の声を浴び続けることに耐えられる人間がどれほどいるだろう。



 世界を敵に回す。
 言うは易いことなれど。





 
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