愛らしく少女ににっこりと微笑むとジェニファーは、
花を摘むべく少女から離れて行きました。

 ジェニファーの後姿を見送りながら、
あまりにいいお天気だったので、少女は笛を吹くのも忘れて、
綺麗なお花畑をうっとりと見つめていました。




本当に今日はいいお天気ね。
 あぁ。いい気持ち。う〜〜〜〜〜ん。お昼寝したくなっちゃうわ。

 と大きく伸びをしました。

 あら、いやだ。私ったら。くすっ。(*^^*)
  
 すぐにお花畑へ来た目的を思い出して、
少女は愛らしく小首を傾げて微笑み、
そして、カゴから笛を取り出すと、ゆっくりと時折風に乗って
キャッキャお花を摘みながら騒いでいるジェニファーの声を聞きながら、
その場に座って笛を吹き始めました。
お花畑一面に、少女の軽やかな笛の音が響き渡ります。
白い森に住んでいる小鳥も、少女の笛の音を聞きつけて、
愛らしい声で喜びの唄を歌い始めました。




静かにゆっくりと時間が流れていきます。

 少女の笛の音と小鳥の歌声は、お花畑から白い森へと静かに
ゆったりと風に乗って流れていき、
やがてその笛の音は白い森の住人達の耳に届きました。

 やぁ、とても綺麗な音色だぞ。
どこから聞こえてくるのかな?

 最初の内は森の木陰から、こっそりと覗いていた住人達でしたが、
やがて少女の側までやってくると、うっとりとその音色に聞きほれたのでした。

 少女は、最初の内こそ天上を飛び廻る小鳥の声や、
風に乗って時折聞こえてくるジェニファーの声、
すぐ側に近寄ってきた白い森の小さな住人達の
遠慮がちな声を聞きながら、笛を奏でていましたが、
やがてそんな小鳥の歌声や声も聞こえなくなる位
笛に集中するのでした。





 一体どの位笛奏でた事でしょう。
ふっとあたりの雰囲気が変った事を少女は肌で感じました。

 あら・・・?

 少女は、ゆっくりと笛から愛らしい唇を離して、辺りを見回しました。
今の今まで楽しげに歌を歌っていた小鳥さん達や、
きゃ〜きゃ〜騒ぎながらお花を摘んでいるジェニファーの声、
自分の側で、遠慮がちに小声で話していた白い森の小さな住人達も
どこにもいません。

 え?えええ??

 少女の小さな心臓は、急に激しく鼓動を打ち始めました。
ものすごく不安を感じた少女は、立ち上がって辺りを見渡そうとして、
はっっと身体を硬くしました。
誰かが私を見ている・・・。誰?

 でも、怖くて後ろを振り返る勇気が湧きません。

 ジェニファー?いいえ。違うわ。だって彼女だったら、
私を見つめる必要なんてないもの。すぐに声をかけてくるわ。
ど、どうしましょう。もし、怖い生き物だったら・・・。

 後ろを振り返ろうかどうしようか、たっぷりその場で悩んだ末、
とうとう我慢しきれなくなって、恐る恐るゆっくりと少女は振り返りました。

 暖かな優しい陽射しが降りかかるお花畑の真ん中で、
少女は白い森とお花畑の境目に、1匹のおサルさんが立っている事に
気がつきました。
そのおサルさんは小麦色の肌に、
お月様が出ていない夜のような優しい黒い瞳、
頭に小さな白い帽子をかぶっている、
すらっとした身体つきの、優しそうなおサルさんでした。




素敵な方・・・・・。

 今まで少女を包んでいた身体の緊張感が一気にほぐれました。
と同時に、身体全身を安堵感が駆け巡っていきます。少女は、
手を伸ばせばすぐに届きそうなおサルの男の子をじっと見つめました。
お互いどれくらい見詰め合っていた事でしょう。
ふと少女は、お花畑に来る道中のジェニファーとの会話を思い出しました。

「白い泉で出会った男女は、劇的な恋をするんだって。」
「恋が成就するまでは、すごく辛い恋になるのよ。」
「ご両親に猛反対されたそうよ。」
「白い泉で出会った男女は、この白い森では暮らせなくなるのよ。」
「貴女は劇的で、ロマンチックな恋がしてみたい?」

 ジェニファーの声が、
走馬灯のように少女の頭の中を駆け巡っていきます。

 (°∇°;) !!
早くこの場を立ち去らないと!

 だって、私・・・。私は・・・。
いくら素敵な方でも・・・・・・。
やっぱり、辛い恋なんて・・・恋なんて・・・。

 頭の中を同じ考えがグルグル廻ります。

 いいえ!やっぱりだめよ!だめ。
どんなに素敵な方でも、白い森で暮らせなくなるんですもの。
お父様に、お母様、可愛い妹、そして優しいお友達・・・。
皆と離れて、心配をかけながら暮らすなんて、そんな・・・。そんな・・・。

 目の前の優しいおサルさんの目が
じっと少女を見つめています。
ねぇ。そこの君。
僕と一緒に行こうよ。2人ならきっと楽しいよ。

 優しいおサルの男の子の目が
そう語っているように少女の目に映りました。

 でも・・・。この方となら・・・。

 少女の迷いがドンドン大きくなっていきます。
その時です。少年の腕が少し動きました。
とたんに少女は我に返りました。

 やっぱりダメ!私には出来ないわ!
皆を置いて自分1人だけ幸せになるなんて・・・。
お父様やお母様、可愛い妹に心配をかけるなんて。
そんな事、絶対に出来ないわ!

 この時少女は時折寂しそうにしていらっしゃる
キャロラインさんのご両親の姿を思い出したのでした。

 何とかこの場所を移動しようと、
必死に身体を動かそうとするのですが、
まるで魔法にでもかかったかのように、身体がぴくりとも動きません。

 それもそのはず、目の前にいる優しいおサルの男の子に
惹かれていることもまた事実なのです。

 目の前の少年に気づかれないほどの小声で、
まるで自分に言い聞かせるように、少女は独り言を言いました。

 ダメよ!ダメ!ダメなの!今はっきりと解ったわ。
私は、皆に祝福されて、この白い森で一生幸せに静かに
暮らす事が私の夢なのよ。皆に心配はかけられないわ。
それに、辛い恋なんて絶対に嫌!

 何度も何度も自分自身に言い聞かせても、
目の前の優しいおサルさんから目を離すことが出来ません。



 とうとう、少女は泣きそうになりました。
理性ではここを立ち去らないといけないと判断していても、
感情がここを動きたくないと駄々をこねるのです。

 少女の緊張感がとうとう極限まで達してしまいました。

 嫌!
絶対に嫌!!

 少女はやっとの事で、自分自身の感情を押し込めて、
目の前の優しいおサルさんから目をそらすと、
後ろも振り返らずに、全力で走り出しました。
少女自身どこをどう走り、どこに向かって走っているのか、
まるで解っていませんでした。

 ただ一刻も早くあの優しいおサルさんから離れたかったのです。
でもその反面少女の心は、半分に引き裂かれたかのような
激痛を感じていました。

 一体どの位走ったことでしょう。
とうとう息が切れて、その場にしゃがみこんでしまいました。

 はぁ、はぁ、はぁ・・・もう・・・、走れないわ・・・。
ここはどこ?ジェニファーはどこ・・・?お家に帰りたい・・・。
お父様。お母様。助けて・・・。

「まぁ。どうなさったの?そんなに息を切らせて。」

 え??

聞き覚えのある声を聞いて少女は、はっと顔を上げました。

「ジェニファー!あぁ!ジェニファー!!」

 少女は、彼女に似つかわしくない大きな声で、ジェニファーの名を呼び、
彼女に抱きつくと、わっと大きな声を上げて泣き出してしまいました。





 ビックリしたのはジェニファーの方です。

 ルンルン気分で、お花を摘みながら彼女は
少女の笛の音に耳を傾けていたのに、
ちょっと彼女から目を離した隙に、いきなり笛の音が
聞こえなくなったかと思うと、親友の姿が掻き消えていたからです。

 ジェニファーは必死に少女の名前を呼びながら、
あちこち一生懸命探しました。やっとの事で、
澄み渡った空色のような彼女のワンピースを見つけて駆け寄ってみると、
うずくまって息を切らせている彼女を発見したのです。

 事情を聞こうと思ったや先に抱きつかれて、
大声で親友が泣き始めたのだから、さぁ大変。
ジェニファー自身どうしていいのかサッパリ解らなくなってしまいました。


「ねえ?大丈夫?どうして泣いているの?
 どこに行っていたの?急に消えちゃったから、
 私とっても心配しましたのよ。」

 ジェニファーの優しい両腕が少女を包みます。
少女は親友の質問に答えたいのですが、涙が次から次へと
溢れてきて結局何も答える事が出来ませんでした。



つづく
第二章・・・出会い
「白い泉の伝説」