笑ってる顔の方が可愛いよ。おちびちゃん。」 とても優しい声が桜子の頭の上から、聞こえてきました。 (こ、この声は・・・。あの方?) ぎゅ〜っとつぶった目を、桜子はおそるおそる開けました。 桜子の目に飛び込んできた優しくて、懐かしい笑顔。 「あなたは・・・あの時の・・・。」 「僕の事覚えていてくれた?」 「忘れませんわ!私、貴方に・・・」 貴方に逢いたかったんですの・・・。 と桜子は目の前の彼に伝えようとしたけれど、 涙があふれてどうしても言葉に出来ませんでした。 「泣かないで。おちびちゃん」 「私、もうおちびちゃんではありませんわ!」 「ごめん。でも、僕は君の名前すら知らないんだ。教えてくれる?」 優しい瞳で見つめられた桜子は、「さくらこ・・・」と答えるのが精一杯でした。 「桜子。とっても可愛い名前だね。」 桜子の耳元で優しく囁くと王子は、ゆっくりと桜子をおろしました。 そう。桜子のお見合いの相手は、編みぐるみ王国の王子様だったのです。 編みぐるみ王国の慣わしで、お見合いをする時は、 男性側には、女性の写真だけを見せて、名前は知らせない。 女性の方には、相手の名前・写真等は知らせないと言うのが古くからの慣習で、 お互いお見合いに乗り気でなければ、断っても良いというルールでした。 だから、桜子は、お見合い相手が大好きな彼であると 言う事が解らなかったのでした。 「君の家からお断りの話が来た時、僕はとても悲しかった。」 王子の左手が桜子の頬を触りました。 「だって、だって、貴方が王子様だなんて私、知らなかったんですもの。 もし、知っていたら、絶対お見合いをお断りしませんでしたわ! だって、だって、貴方以外の方とお付き合いなんて出来ませんもの!」 桜子の可愛い瞳から大きな涙の粒が、一つ、二つと零れ落ちました。 「お願い。泣かないで・・・。君が泣くと僕も辛くなる。」 王子は桜子の瞳から零れ落ちる涙を、優しく拭い取りました。 「ごめんなさい。私、もう、泣きませんわ。 だって、やっと貴方の事を思い出せたんですもの。」 王子を安心させるかのように、桜子は微笑みました。 「桜子・・・。ありがとう。君に出逢えて本当に良かった。 これを・・・。君が持っていて・・・。」 「これは?」 「願いを叶えてくれるお守り。」 イタズラっぽく笑った王子がそう答えました。 ボーン、ボーン、ボーン その時、遥か上空から重い鐘の音が聞こえてきました。 「もう、時間だ・・・」 端正な眉をしかめた王子が、ポツリとつぶやきました。 「城に帰らなくては・・・。」 「嫌!行かないで!やっと、やっと逢えたのに・・・。」 「ごめん。城での仕事が山済みなんだ。 城に帰らないと、皆が迷惑する。 本当は君を一緒に城へ連れて行きたいけれど・・・。 否・・・。ダメだね。家主さん達が心配するね・・・。」 王子はすっと、桜子の頬から手を離しました。 桜子は離れていく手をなんとか捕まえようとしましたが、 王子はするりと逃げました。 「本当にごめん。もう、時間がない。行かなくちゃ。 でも、これだけは、これだけは、信じて。 君が僕を想っていてくれる限り、僕達はまた必ず出逢えるから。」 そう言うと、電光石火の早業で桜子の愛らしい口唇に触れるか 触れないかのキスをした後、もう一度王子は桜子を見つめ、 そのまま桜子に背を向けて、見えない階段を駆け上るかのように、 去ってしまいました。 一瞬自分の身の上に何が起こったのか、桜子は理解できませんでしたが、 小さくなっていく王子の姿をみて、やっと我にかえりました。 「お願い!待って!王子様!」 桜子は自分が桜の樹の上にいる事をすっかり忘れて、 王子が駆け上っていった階段に足を踏み出そうとしました。 当然そこに階段などあるはずもなく・・・。白い雲を突き抜けて、 またもや、ものすごい勢いで、下へ下へと落ちていきました。 王子様! と心に強く願った瞬間に桜子の頭の中に王子の声が響きました。 願って。あなたのたった一つの願いを。 必ずそのペンダントが、貴女の願いを叶えてくれるから。 頭の中に響く王子の声に応えるかのように、桜子は必死になって祈りました。 わたし・・・私の願いは・・・。 王子様、あなたと一緒にいたい。いつも、どんな時も一緒にいたい! 桜子が願いを口に出した途端、まばゆいばかりの光が彼女を包みました。 王子様と一緒にいたい!!! |