ぼっくは、ここですよぉ〜。貴女のナイトになれますかぁ?」 風に乗って歌声がドンドン大きくなっていきます。 桜子はついさっきまで泣きそうになっていた事も忘れて、 クスクスと笑ってしまいました。 と言うのも、歌声の主は、まるで壊れたレコードのように、 同じフレーズばかり、それも音程を外して歌声の主が歌っているからでした。 歌声を聞いた桜子はすっかり、安心してしまいました。 どなたかいらっしゃるわ。 そう思っただけで不安感が薄らいだのです。 そうこうしている内に、歌声はドンドン桜子の方へ近づいて来ました。 やがて、桜子の愛らしい瞳にもその姿がハッキリと映し出されました。 まぁ。なんて真っ白なんでしょう。それにすごく大きなウサギさんだわ。 顔をうずめてみたくなるほど素敵な毛並みね。それに蝶ネクタイが とってもよく似合ってらっしゃるわ。 あら?垂れた耳を使って、飛んでらっしゃる・・・の・・・? ウサギさんって、お空を飛べましたのね。初めて知りましたわ。 おまけに、ステッキを楽しそうに振り回してらっしゃりますわ! それにしても、おかしな歌ですわね。 あたり一面に桜子の可愛い笑い声が響いてます。 そして、彼女の笑い声は桜の花びらと一緒に、流れていきました。 桜子はついさっきまで泣きそうになっていた事も忘れて、 ウサギさんの事ばかり考えている自分がおかしくてたまりません。 「そうだわ。あのウサギさんならどうやったらお家に帰れるか、 ご存知かもしれない。大声でお呼びしたら、こちらに来てくださるかも?」 と考えた瞬間、白い大きなウサギさんは、 桜子の目の前で耳をパタパタさせながら空中で止まりました。 「迷子の、まいごの子猫ちゃん〜。みぃ〜つけた!!」 君だね。迷子の子猫ちゃんは。」 白い大きなウサギさんは、桜子の目をじっと見つめながら言いました。 「あ、あの、その、えっと、ここは、どこですか?」 少し緊張しながら、桜子は尋ねました。 「へ?君、ここがどこか解らずにやって来たの?珍しいね〜。 ここは、人間界と編みぐるみ王国をつなぐ途中の道だよ。 君も一度ここを通ったはずなんだけれどな〜。 あ、そっか〜。忘れちゃったんだね。 で、人間界に引っ越した君が、どうしてここにいるの?」 「あ、あの、その、わたし・・・」 どう説明したらいいのか解らなくなって、 桜子はオロオロしてしまいました。 「解った!なぁ〜んにも言わなくてもいいよ。 君、迷子・・・と言うより、迷いこんじゃったんだね。 あっちゃ〜。あそこの裂け目かな?たいへんだぁ〜! 早く修理しないと、女王様に怒られちゃう〜〜〜。」 桜子はニッコリ笑いながら、頭をカキカキしている、 白いウサギさんの顔を見ている内に、ドンドン落ち着きを取り戻しました。 このウサギさんなら、きっとお家に帰れる方法を知ってらっしゃるわ! そう確信した桜子は、ウサギさんに頼んでみる事にしました。 「あ、あの。私、家主さんと、おねえ様と妹と一緒に、 お花見に来ましたの。それで、桜の樹を見ている内に、何だか 懐かしい気分になったので、登ってみたくなっちゃって・・・。 そしたら桜の樹から下に降りる事が出来なくなってしまいましたの。 もしよろしかったら、あなたの背中に私を乗せて、 下へ連れて行って下さいませんか?」 桜子はあつかましいお願いだと思いつつも、 「いいよ。僕が連れていってあげる。」 と言ってもらえると考えたからです。 「え〜〜?来たばっかりなのに、もう帰っちゃうの? もったいない。君はもうちょっとゆっくりしていきなよ。」 白いウサギから返って来た答えは、意外な答えでした。 「え?だって、だって、それは困りますわ。それに・・・。 一人ぼっちで怖いんですもの・・・。 お願い。お家に・・・、春姫の所へ帰りたいの・・・。 下へ連れて行って。」 ついさっきまで不安だった気持ちを思いだして、 涙ぐみながら白いウサギに訴えました。 「怖い?ここが?どうして?よく周りを見てご覧よ。 こ〜〜〜んなに綺麗な世界なのに。」 ウサギさんに言われてゆっくり辺りを見回すと、 真っ白な雲の上に、桜の樹がたくさん植わっていました。 桜子がいる樹は、その中でもひときわ立派な桜の樹でした。 (どうして、こんなに綺麗な場所を怖いと想ったのかしら・・・?) と思った瞬間に、まるで桜子の心を見透かすかのように、白ウサギが 桜子の代わりに答えました。 「解った。春姫さんとやらの所に帰れない事が怖いんじゃなくて、 想い出せない事が、辛いんじゃないの? だから、お家に帰りたいんでしょう?」 白いウサギさんにズバリと心の中を指摘されて、 桜子は少し恥ずかしくなりました。 想い出せない辛くて、切ない気持ちのを考えたくなくて、 心の奥深くに封印している、自分の気持ちに気がついたからです。 そしてウサギさんの目を見ている内に、隠し事をしても仕方ないと 言う気持ちが湧いてきたので、正直に話す事にしました。 「えぇ。実はそうなんですの。でも、どうして私の心の中の事が解るんですの?」 「僕は、何でも知ってるさ〜〜〜。だって、この世界の管理人だからね〜。」 「なら、教えて。どうやったら春姫の所へ帰る事ができるの? もう、ここに来てずいぶん時間がたったわ。早く帰らないと、 春姫やみかんちゃん、ももお姉様が心配するわ。それに・・・ ここにいても、やっぱり想いだせないし・・・辛いだけだから・・・。」 想い出せない事が辛かった桜子は、 潤みかけた茶色の瞳でじっと白いウサギさんを見つめました。 「それはね〜、お家に帰れるかどうかは、君次第さ〜。」 歌うように白いウサギさんは、桜子の質問に答えました。 「え?私次第?」 「そう。君、次第。君は望んでこの桜の樹に登った。そうだね?」 急に白いウサギさんの口調が、しっかりしたものになったので、 少しだけ桜子は緊張しました。 「えぇ。とても懐かしくて切なくて・・・。」 「ここの世界・・・ええと編みぐるみ王国と人間界をつなぐ道の決まりごとでね、 用事をきちんと済まさないと、この世界から出ることは、許されないんだ。 だから、君がその懐かしい、切ない気持ちの原因を 想い出さないと、春姫さんとやらの所には帰れないよ。」 「そ、そんな・・・だって、だって・・・。」 「君は、懐かしい気持ちになった。切ない気持ちを想いだしたいと願った。 願った以上、その用事を済ませないと、帰れないよ〜ん。」 何度も、何度も想い出そうとしたのよ! でも、想い出せないんですもの!一体どうしたらいいの! 桜子はそう白いウサギさんに、悲痛な声で訴えようとしましたが、 そんな桜子には、お構いなしに、白いウサギさんはそわそわしだしました。 「ごめんね。僕もう行かなくちゃ。 編みぐるみ王国の、女王様に呼ばれているんだ〜。 遅刻しちゃうと、女王様に怒られちゃうよ〜。 女王様ってね、時間にすぅ〜っごくうるさくて、厳しいんだ〜。 怒ると、おに・・・あわわわわ。失言、失言。じゃ、頑張って思い出してね〜。」 ひらひら手を振りながら、桜子に言い残すとまた素っ頓狂な変な歌を歌いながら、 更に桜の木の天辺目指して、ピョンピョン跳ねて行きました。 きょおの、お仕事終了〜だ〜い。 おいしいごはんが、たっべたいな〜 ぼくぅわ、働き者のカッコいいウサギさん〜。 ぼぉ〜くの、かわいいおよめさん〜、いずこかな〜? 「お願い!待って!」 相変わらず変な歌を歌いながら天辺目指して跳ねていく白いウサギに、 何度となく「待って!」と叫びましたが、何度叫んでも、彼は 待ってくれる様子は無く、ドンドン上空目指してピョンピョン飛び跳ねていきまし た。 待って! また一人ぼっちにされる事を恐れた桜子は、 大きな白いウサギさんを追いかけようとして、 枝から足を踏み外し、絹を引き裂くような叫び声と共に、 地面目指してまっ逆さまに落ちてしまいました。 小さい桜子の身体はドンドン地面目指して、 急降下していきます。何度か枝に手を伸ばして、 樹にしがみつこうとしましたが、その度に細い枝は 無常にもポッキリと折れてしまいました。 もうダメ! そう思った瞬間、桜子の頭の中に今まで想い出そうとして 想い出せなかった出来事が走馬灯のように駆け巡っていきました。 初めて桜の樹を見た時、思わず登ってしまいお父さんとお母さんに怒られた事。 桜の花びらでネックレスを作って、お友達にプレゼントした事。 小さな可愛いカバンを持って、桜並木を通って、初めて小学校に通った日の事。 悲しい事があると桜の樹に登って1人で泣いた事。 桜並木で出逢った、素敵な名前すら知らない彼の事。 桜の樹に登って不注意で樹から落ちそうになって、彼に助けてもらったあの日ので き事。 待てど暮らせど、彼と出会えなくなってしまった悲しいあの日。 まだ12歳にも満たなかったのに、両親の言いつけでお見合いさせられそうになっ て、 お姉様達と一緒に人間界に逃げ出そうとした事。 でも結局、逃げ切れなくて、家出が失敗に終わったあの日。 お見合いを断って、人間界に行けるように両親を説得した日々。 どうしてこんなに大切な想い出を忘れちゃっていたのかしら・・・? あぁ。そうでしたわ。あの貯金箱の豚さんが仰ってらしたわ。 「貴方達編みぐるみは、編みぐるみ王国から1歩でも、外に足を踏み出すと、 大切な想い出を無くしてしまう事になるのよ。容易な事では思い出せないわ。 それでも、人間界に行くの?本当に後悔しない?」って。そうでしたわ。 私は・・私達四姉妹は、「それでもいい。」って、 お答えして連れてきてもらったんだわ。だって、だって・・・。 涙ぐみながら、桜子は彼の事を想い出しました。 「だって、あの方以外の方とおつき合いなんてしたくありませんもの。 お父様もお母様もお見合いに大乗り気で、あのまま家にいたら、 絶対結婚させられていましたわ。そんなの嫌。絶対嫌。」 色々な事を思い出している間にも、ドンドン身体は落ちていきます。 でも、今の桜子はもう落ちている事なんかどうでもいいとさえ思い 始めていました。それもそのはず心の中は、彼の事で一杯だったからです。 「もう一度だけでいい。女神様、お願い。せめて、もう一度彼に逢わせて下さい。 そしたら、わたし・・・わたし・・・、今度こそ・・・。 自分の気持ちを・・・。」桜子は心の中で、一生懸命祈りました。 するとどうでしょう。 急に桜子の周りを薄いピンク色のシャボン玉が取り囲みました。 今まで急降下で落ちていたのに、シャボン玉に取り囲まれたとたん、 下に落ちるスピードが減速しました。 ふわり、ふわり・・・ パチン。 と音がなった瞬間、桜子は、黒い腕にしっかりと抱きかかえられていました。 |