シフトダウン2発行にあたり

日々安全運行に務められているみなさん、大変ご苦労様です。アンケート「多様な状況で」へのご協力大変有り難うございました。みなさんに回答いただいたアンケートを集約して、この度「シフトダウンU ― 危険な状況で ― 」が出来上りました。
 このシフトダウンは、個々人の危険に対する対処法を個人だけにとどめず、みんなに知ってもらう事により、日々の安全運行の一助になれば幸いと、編集発行しています。今後ともシフトダウンの発行を続けていこうと思っています。これからもみなさんのご協力をお願い致します。

全港湾 本四海峡バス分会 安全委員会

事故対策の要点と方向性
事故災害は注意力だけでは防げない
 事故災害が起きると「本人の不注意」が原因で起きたのだから、「注意喚起、処罰による不注意の戒め、云々」と、当事者の不注意だけを原因として考えがちですが、そういった考え方は再発防止の観点からも適切な安全管理とはいえません。
 多くの場合、不注意は、人間が故意に不注意になるのではなくて、人間である以上自然法則的に不注意という現象が起こると考えなければなりません。たとえばある対象に深い注意を払うならば、他の対象に対しては、自動的に「不注意」になってしまうのです。不注意現象は異常でもなんでもなく、極めて正常な状態であり“ヒヤリ”としたり、“ハット”したりするのも、その多くは注意低下期(不注意状態)に見逃しかけた重要な情報にかろうじて気付いたときの反応です。
 安全を確保するためには、こうした人間の特性を十分に理解したうえで、「不注意」をひきおこさないように、仮に「不注意」が起きても、それがそのまま事故につながらないように、設備や作業環境を整備し、そのうえに適正な人的システムを構築する必要があるということを、まず正しく認識しなければなりません。この認識を持つことが、安全対策の第一歩です。
アンケート集約
設問:以下のような多様な状況下で、あなたはどんなことに注意して運転していますか。
強風の本四道 夜間大雨の阪神高速
  • スピードダウン、ギヤダウン
  • ハンドルを両手でしっかり握る
  • 横ぶれに注意している
  • 速度規制以下までスピードを落とす
  • 橋柱は風を遮るので注意している
  • 中央車線を走る(3車線の場合)
  • 大型車との並走を避ける
  • 軽ワゴンや2tぐらいの幌貨物車が危険
  • 風向風速に注意している
  • 隣の車線の車に注意している
  • 落下物に注意している
  • トンネルの出口は特に注意している
  • 横風注意の標識や吹流し付近は特に注意している
  • 車間距離を長くとる
  • スピードダウン
  • スリップに注意して走行している
  • 下り坂や急カーブに注意している
  • 走行車線を走行する
  • ライトが暗いので側方から前に注意している
  • 緊急時でも車線変更が可能なようにしている
  • ライトを上向きにする
  • 料金所の道路の継ぎ目でのスリップを注意
  • 後続の車に注意している
  • 車線をオーバーしないように注意している
  • 前車のストップランプに注意している
渋滞の阪神高速 夜間大雨の一般道
  • あわてないように意識している
  • 何台も前方の車の動向に注意している
  • 車間距離に注意している
  • 乗客が立たないか室内に注意を払っている
  • 割り込み車両に注意している
  • 合流車に注意している
  • 低速ギヤで一定スピードで走行している
  • イライラ運転に注意している
  • 車線変更はあまりしないようにしている
  • 車の流れどおりの運転を心がけている
  • 渋滞で減速するときはハザードを点灯する
  • 大阪環状線では車線変更などの意思が明確になるような運転を心がけている
  • 車間距離を長くとる
  • スピードダウン
  • 歩行者や自転車がいないか特に注意している
  • 交差点は特に注意している
  • 信号の変わりにも注意している
  • 2輪に特に注意している
  • 特に左折時に注意をはらっている
  • 水はねに注意している
  • ヘッドライトが暗いため対向車が多いときは特に左前方に注意している
  • 前が見えにくいときは室内灯を暗くしている
交通量の多い一般道 快晴で交通量の少ない本四道
  • あわてないように心がけている
  • 車間距離を長くとる
  • スピードは控えめにしている
  • 交差点を特に注意
  • 信号無視の歩行者や自転車に注意している
  • 他の車との間隔に注意している
  • 歩行者信号で信号が変わることを予測する
  • なるべく流れに沿って走行する
  • 左折時に2輪車や歩行者に注意している
  • 大型車との並走は避けている
  • 車線変更などの車には道を譲る
  • 居眠り運転に注意をはらっている
  • スピードが出過ぎないように注意している
  • 等速運転を意識している
  • 制限速度より10km早く走る
  • 他車は猛スピードなので注意している
  • 分岐点などに注意している
  • マイペースで運転している
  • わき見運転に注意している
  • バス停進入時のスピードに注意している
  • バス停進入時に乗客が立っていないか注意している
  • 鳶に注意している
ダイヤ運行について その他
  • 回復運転をしない
  • 遅れていても意識してスピードを抑えている
  • 意識して時間にとらわれないようにしている
  • 渋滞で迂回してもスピード出さないようにしている
  • 遅れていても走行車線を走行する
  • 発着時が混雑しているときは注意している
  • 新神戸便は遅れるのであわてない運転を心がけている
  • 阪神や本四道で時間を取り戻す
  • 遅れているときは乗客の苦情を覚悟して焦らないようにしている
  • 焦って運転が粗雑になってしまう
  • ダイヤに遅れていると減速のタイミングを後らせてしまいブレーキが強くなってしまう
  • ETCの抜差しに注意している
  • ETCゲートは徐行するようにしている
  • 車内放送は危険で余裕のないときはしない
  • 踏み切りは自車スペースに注意している
  • 発車時に車内を必ず確認している
  • 緩やかな車線変更を心がけている
  • 濃霧のときの減速は急減速にならないようにしている
  • 乗客が多いときは降車した人に注意している
  • 三宮は坂に停車するので改札時に車から離れる時間を極力短くしている
  • 三宮は坂に停車するのでサイドブレーキを強く引くようにしている
  • 自転車はスピードが速いので左折時横断歩道を渡ろうとする自転車に特に注意している
  • 埋立地の交差点は優先関係が分かり難いので注意している
運行ダイヤについてのアンケート
 このアンケートは、2001年12月のダイヤ改正(運行時間短縮)以降の運転状況について、全運転士を対象に2005年に実施しました。(アンケート対象の運行ダイヤは、2006年2月のダイヤ改正で、徳島便と高速舞子から新神戸間の運行時間が見直され延長されています。会社は、まだ改正されていない淡路島内のダイヤの見直しについても、2006年度中に改正予定としています。)
  1. あなたが運行ダイヤから遅れる頻度はどれくらいですか?

いつも遅れる

ほとんど遅れる

ほとんど遅れない

遅れない

無回答

46%

50%

0

0

4%

  1. あなたはこれまでにダイヤに遅れて、乗客から苦情(会社や営業所への苦情も含む)を言われた事はありますか?

ある

ない

無回答

96%

4%

0

  1. あなたはこれまでにダイヤからの遅れを取り戻そうと、気持ちがあせった事はありますか?

ある

ない

無回答

96%

4%

0

  1. あなたはこれまでにダイヤからの遅れを取り戻そうと、回復運転をしたことはありますか?

ある

ない

無回答

92%

8%

0

  1. (4)であると答えた人にうかがいます。その回復運転の制限速度からの超過は最高でどれくらいでしたか?

20km

20km以上30km

30km以上

無回答

46%

41%

13%

0

  1. (4)であると答えた人にうかがいます。その回復運転をした場所はどこですか?当てはまる場所全てを選んでください。(複数回答のため100%を超えています。)

本四道

阪神高速

一般道

西神戸有料及び
山麓バイパス

44%

96%

22%

17%

  1. (4)であると答えた人にうかがいます。回復運転をしているときや到着後、回復運転に危険を感じた事はありますか?

ある

ない

無回答

63%

29%

8%

  1. 今の運行ダイヤは、適正だと思いますか?

思う

思わない

無回答

0

100%

0

  1. ゆとりある運行ダイヤへの改正が必要だと思いますか?

思う

思わない

無回答

100%

0

0

  1. 今の運行ダイヤに対するご意見があればご記入願います。
 このアンケートで、運行ダイヤに「いつも遅れる」「ほとんど遅れる」と答えた人は96%にも上っていますが、「ほとんど遅れない」「遅れない」という人は一人もいませんでした。また、遅れを取り戻そうと「気持ちが焦った事がある」と答えた人は96%、回復運転をしたと答えた人は92%となっています。回復運転をしたことがあると答えた人の63%が危険を感じたと答えています。さらに、今の運行ダイヤが「適正でない」「改正が必要」と答えた人は、どちらも100%という結果となり、全員が適正な運行ダイヤに改正すべきであるとしています。このアンケート結果は、全運転士が、今の運行ダイヤには無理があり危険だから、「ゆとりのある運行ダイヤへの改正」が必要であると感じていることをあらわしています。

― 2001年12月のダイヤ改正(運行時間短縮)の設定時間と距離・速度の換算表 ―

<表の見方>
 左に記載しているのは区間と制限速度で、「距離」はその区間の距離を表しています。「平均速度」はその区間における走行の平均速度を表し、「走行時間」はその区間を記載の平均速度で走行した場合の走行時間を表しています。「設定時間」は、ダイヤ上の設定時間を表し、「設定時間走行」は、ダイヤ運行をおこなった場合の平均速度を表しています。

高速舞子〜津名IC(19分設定)(本四道

距離

平均速度

走行時間

平均速度

走行時間

高速舞子〜淡路IC(80km/h制限)

7.3km

80km/h

5.5分

75km/h

5.8分

淡路IC〜津名IC(100km/h制限)

25.5km

100km/h

14.6分

95km/h

16.1分

合計

20.1分

合計

21.9分

設定時間

19分

設定時間

19分

        高速舞子〜津名IC

距離

平均速度

走行時間

設定時間走行

32.8km

103.6km/h

19分

津名IC〜津名港(10分設定)(一般道)

距離

平均速度

走行時間

平均速度

走行時間

40km/h制限

0.9km

40km/h

1.4分

30km/h

1.8分

50km/h制限

4.9km

50km/h

5.9分

40km/h

7.6分

合計

7.3分

合計

9.4分

設定時間

10分

設定時間

10分

        津名IC〜津名港

距離

平均速度

走行時間

設定時間走行

5.8km

34.8km/h

10分

高速舞子〜高速鳴門(49分設定)(本四道)

距離

平均速度

走行時間

平均速度

走行時間

高速舞子〜淡路IC(80km/h制限)

7.3km

80km/h

5.5分

75km/h

5.8分

淡路IC〜西淡三原(100km/h制限)

48.1km

100km/h

28.9分

95km/h

30.4分

西淡三原〜淡路南(80km/h制限)

8.1km

80km/h

6.1分

75km/h

6.5分

淡路南〜鳴門北(70km/h制限)

7km

70km/h

6分

65km/h

6.5分

鳴門北〜高速鳴門(80km/h制限)

4.2km

80km/h

3.2分

75km/h

3.4分

合計

49.7分

合計

52.6分

設定時間

49分

設定時間

49分

        高速舞子〜高速鳴門

距離

平均速度

走行時間

設定時間走行

74.7km

91.5km/h

49分

 この2001年12月に会社が実施した運行時間の短縮は、安全運行を推進するうえで大きな問題を抱えていました。
 前記の換算表を見て解るように、平均速度が制限速度という道交法の違反なくしては事実上不可能な設定速度においても、ダイヤ内の運行が不可能な設定時間となっていました。これは、いいかえれば、ダイヤにそって運行するならば、必然的に制限速度(100km/h)を大幅に超えて走行しなければならないということです。
 運転士は機械ではなく人間である以上、ダイヤがあればそれを守ろうという思いが自然と働き、到着時間を気にするようになります。さらに、乗客が人ということで、その思いが一層強く「あせり」として働きます。これは、人間のエラーを誘発する状況であり、過剰なスピードや「あせり」からくる車間距離不保持などは、エラーを事故災害へと導く状態を作り出しています。これはほんの一例であり、「あせり」は自動車の運転作業にとって、事故災害の重要な要因であることはいうに及びません。 この運行時間短縮は、経費削減を目的とした総労働時間の短縮であったと思いますが、経費と同時に安全をも削減する結果となっていました。また、会社の姿勢もさることながら、このようなダイヤを認可した運輸行政のありかたにも問題があるのではないでしょうか。また、常にダイヤに遅れ、スピードを上げて疾走するバスは、利用客にはどのように映っているのでしょうか。乗客や公共交通の安全確保は、バス事業を営む会社の義務であり、安全こそがお客様への最大のサービスであることは、誰もが理解するところです。
無理な運行ダイヤはミスを誘発
 有効な安全対策とは普段の安全があたりまえ≠ニ考えるのではなく、そこに介在する危険をより多く拾い上げ、一つでも多くの危険を排除し続けることであるといわれています。
 たとえば、ダイヤからの遅れを取り戻そうとスピードを上げて運転中に、左横に接近してくる並走車に注意を奪われ、前車の急ブレーキに気付くのが一瞬遅れて追突事故を起こしてしまったとします。この事故の主要因は、前車の急ブレーキ、並走車の接近、並走車の接近に気をとられたこと、速度超過、車間距離不保持です。この要因のうち一つでも排除できれば、事故にはいたらなかったであろうことは想像できます。では排除できる要因はあるのだろうか、前車の急ブレーキと並走車の接近は排除不能です。では並走車に気を取られたことや速度超過、車間距離不保持などはどうだろうか、たしかに運転手がもっと注意してダイヤにとらわれず安全運転に徹していれば℃膜フは防げたとも考えられます。しかしそうだろうか、接近してくる並走車に気を取られ前車に対して不注意になるのは人間である以上必然です。また、ダイヤからの遅れを取り戻そうという「あせり」は、速度超過や車間距離不保持をまねきます。このように並走車に気を取られたことや、急ぐあまり速度超過となり車間距離不保持になったことは、人間が人間である以上避けられないエラー「ヒューマンエラー」です。では、この事故は防げなかったのでしょうか。
 このバスは、ダイヤからの遅れを取り戻そうと、過剰なスピードで車間距離も不充分という危険な状態で走行していました。そのとき左の併走車の接近に注意を取られ前車に対して一瞬不注意状態となったまさにそのとき、前車が急ブレーキをかけ、それに気づくのが一瞬遅れたために止まりきれず追突事故に至ったのですが、速度超過と車間距離不保持というミスがなければ、追突事故までは至っていなかったのではないでしょうか。この二つのミスを誘発したのは、ダイヤからの遅れにあったことは見て取れるでしょう。このように不適切な運行ダイヤは、ミスを誘発し危険状態を作り出してしまいます。安全対策においては、ミスの誘発を防ぐシステムや環境作りが重要な対策の一つです。
歩車分離式信号
 最近大阪市内で、ちょくちょく「歩者分離式信号」を見かけるようになりました。この信号は、交差点での歩行者の安全を守るため、人と車の通行時間を完全に分離することによって、歩行者と車が同時に交差点内に進入しないように規制し、歩行者が横断歩道を渡っている時、車が横断歩道を横切らないようにする仕組みです。
 信号のある交差点で発生した歩行者事故は2000年で1万8062件に達し、5年間で2割近くも増加しました(7割が「歩行者に違反なし」)。警察庁は、歩行者保護が急務となっていることから、全国100箇所の交差点において2002年1月からモデル運用をおこなった結果、モデル交差点で半年に182件発生していた死傷事故が112件と約4割減少し、とくに「人対車両」の事故は30件から8件と約7割も減少しました。懸念されていた交通渋滞も大きな問題とはなりませんでした。この結果をもとに警察庁は、「歩者分離式信号」を全国的に拡大する方向で、2003年から本格運用をおこなっています。
 この「歩者分離式信号」は、人間工学の考えに基づいた安全対策の一環です。安全対策を進めるうえで絶対に切り離せない人間工学では、人間の注意力には限界があり、いくら注意をしていても、不注意やミスは人間である以上は、避けることができない自然法則的に発生する事象(ヒューマンエラー:human error)であるとの考えに立っています。そして、不注意やミスが起きても、それが直接事故災害につながらないような設備やシステムを構築することが、最良の安全対策であるとしています。
 人間工学では30年以上も前から、交差点で多発する人身事故や衝突事故について、車と歩行者が同時に交差点に入ることや、進行方向が交差する車が同時に進行するという信号方式が、事故の大きな要因であると指摘してきていました。この指摘は、何らかの原因で運転者が不注意となり、歩行者を見落とすような状況や、自車の死角に歩行者が入ってしまう状況に陥ったとしても、そこに歩行者が存在しなければ事故につながらないという考え方からきています。
【歩車分離式信号】野田阪神駅前交差点(大阪)

 たとえば、大型バスで交差点を左折しようとしたときに、左後方に近づいてきている2輪車の巻き込みに注意をはらえば、必然的に右側に対する注意はおろそかになります。まして、バスは動いているのですから当然進行方向にも注意をはらうことになり、右側に対する注意力は一層低下します。このように右側に対して不注意状態にあるとき、一瞬右側を確認しても十分な確認ができないうえに、そのときにたまたま歩行者がミラーやピラーに重なり死角になっていたり、交差点の右端からスピードの速い自転車が横断歩道に入ってくるのが目に入っていなかったりもします。また逆の場合も同様に、右側に注意をはらうことによって、必然的に左側が不注意になります。このように、人間の注意力には限界があり、不注意やミスは誰にでも起きるごく当たり前の現象であるということ、また、当然それは自分にも起こるし、相手の運転者や歩行者にも同様に起こりうる現象であるといえます。この認識のうえに車間距離の保持やスピードの抑制、交差点での最徐行などといった防衛運転の必要性を再確認することが、運転者の安全対策の第一歩であると言えるでしょう。また、管理者に求められる安全対策とは、人間の注意力には限界があり、それに頼った安全対策がいかに非科学的であるかを理解し、不注意やミスが起こっても、それが直接事故につながらないような環境やシステムを構築していくことが、正しい安全管理であると認識することだと言えるでしょう。
大型トラックの左折事故について
 大型トラックの左折事故は、1978年死亡事故が200件を越え、社会的関心を呼ぶ問題に発展しました。それ以後マスコミも大きくとり上げ、広大な死角が事故原因として認識されるに至りました。しかし、未だに年間100件以上の死亡事故が発生しており、事態は根本的には解決されていません。
 その理由の一つには、不幸にして発生した事故を、すべて加害者、被害者の二者関係で捉えて、加害運転者を取り巻く運転環境に対するシステム的思考(人間はミスをおかすものとして考え、ミスの侵入を前提とて、全体の作業環境の安全性を考える)は一切なく、注意義務を怠った運転者の過失によると認定して処理する傾向が強いからです。運転者が何故、被害者を認知できなかったのか、本当の原因を探るところまで踏み込まないで、注意義務だけで事故は防げるとの印象を社会に与えているためです。運転者の過失責任だけを判断する裁判所の判決は、社会的規範を形成しており、真の原因解明に寄与していません。従って類似する事故の再発が防げず不幸な矛盾を繰り返しているのです。
 左折事故の研究では話は簡単です。左折時に必要な視覚情報がないままに、左折をするため事故が起こってしまうのです。では何故、必要な情報が得られないのでしょうか、大型自動車は運転席が高く直接視界が狭いうえに、直近の左側方には小型常用車くらいは隠れてしまう程大きな死角が存在します。3点ミラーでも死角は有効に減少しないのが現状で、アンダーミラーは曲率が小さく像の歪みが大きく視認性が悪い、そのうえ対象物の実際の運動方向と鏡像のそれが逆転していて、瞬時に正しい判断をすることが困難です。このように車両構造が悪いため、人間の作業能力内での適切な情報の受容を妨害しているのが、左折時の情報が得られない根本原因です。
 また、道交法にも問題があります。交通強者と交通弱者が同一青信号で交差点に入り、空間を共用させる点が不合理です。死角が大きい車がなくならない限り、人車分離の信号方式に徹底すべきです。衝突相手がいなければ、たとえ死角があっても事故にはつながりません。

    (上)低運転席と視覚をなくした運転席
                 (右)運転席からの左視界

 これほどはっきり客観的に車両構造や環境条件に問題点が示されているのに、真剣に事故原因除去をおこなわず、人間の注意力だけで事故の防止を図る非科学性を早く改善すべきです。多種多様な左折事故の原因の一つでも取り除ければ、再発防止に大きく寄与することは間違いありません。また、裁判の非科学性は、観念的に編み出した3つの注意義務の運転者への要求に如実に現われています。(1)死角進入前補足義務、(2)死角外追い出し義務、(3)死角消除義務がそれにあたります。(1)は、交差点で信号停車中に、バイクや自転車などがいつ左横にきて並行してもよいように、彼等が死角に入る前に補足するため、死角周辺を絶えず注視せよという内容です。この注意義務違反で有罪になるケースが多い。運転者は、前方にも、後方にも、右側方にも、左側方にも、また左前方からくる歩行者にも、道路の限界にも、車体の接触の危険にも、また徐行と左折操作や合図にも、信号にも、それぞれに注意配分しながら操作をしているわけだから、左側方だけ集中して気を配ることは不可能です。大型自動車の運転者をスーパーマンのような超能力者と見立てているのでしょうか。機械側の欠陥が大きい程注意義務の範囲は拡大してしまいます。運転労働の実態を全く無視した観念的な要求はただ驚嘆するのみです。事故件数が減らないのも不幸なことだが当然であろう。
疲労と事故災害
 疲労は、日常的に「あゝ、くたびれた」「あゝ、疲れた」等、日常生活の中で常に経験する現象です。人間が疲れを知らなければ身体を破壊する事になり、見方を変えれば疲労は一つの身体の防衛機能を果たしている事になります。このように疲労という症状は、誰にでも日常的に起きる現象です。
 人間の記憶能力は年令とともに低下しますが、それとは異なって疲れたときにも物事を忘れやすくなり、作業現場においても、作業にかかる前に注意事項を与えているにもかかわらず、疲れてくると、注意する事柄をすっかり忘れてしまい、事故災害の原因の一つとなる危険な動作をしてしまうというケースが見られます。たとえば、疲労したときに顕著にあらわれる症状として、動作をする事がおっくうになり、このようにすれば良いと分かっていながらしない、するにしても、かなりの意識的努力をしなければならないといった状態が起こります。このような状態のときには「適切な動作の手抜き」になってあらわれます。
過労はミスを誘発

 日常生活のなかでも引越しのときのように、始めのうちは高いところの物をとるにしても、きちんと踏み台を安定したところに置いてとっていたが、そのうち疲れてくると、物を整理して踏み台を置いた方が良い事は分かっていながら、散らかった上に踏み台を置いて、不安定な状態で高い所の物をとろうとして、踏み台ごと転倒して怪我をしてしまいます。これに類した行為を拾い上げたら限りがありません。こうした疲れによる意欲・意識の低下が、前述したように動作が“おっくう”になることにも影響しています。
 車の運転・航空機の操縦・船舶の操船などのように、情報処理という性格が強い作業においては、疲れが重大な結果をもたらすということを、当事者もそうですが、管理する側の人が十分に認識しなければなりません。同時に、このような疲労による症状は一過性のもので、十分な休息をとれば、もとの状態にもどるという事を理解し、休息の重要性も認識する必要があります。
 事故災害の防止を考えるにあたって、疲労がもつ意味を過小評価してはいけません。
初心者とベテラン
 ミスとは「初心者が犯すもので、ベテランは犯さない」といった単純な問題ではなく、初心者は初心者なりに、ベテランはベテランなりに、それぞれの理由でミスの罠に陥ります。「一見同じように見える事故においても、未熟者と熟練者との間には、その背景に大きく異なった点がみられ、その対策も、実は根本的に異なる場合があり得る」ことを認識しなければなりません。
 一つの例(「続・マッハの恐怖」より)として、航空自衛隊の調査によると、自衛隊機が脚を出し忘れて着陸(胴体着陸)した事例が、9年間に15件起こっていることがわかった。自衛隊が主婦や高校生などに出したアンケートの中で、『飛行機の着陸の時、パイロットのなすべき一番大事なことは何か』という問いに対して、回答の80%は『脚を出すこと』と答えています。この当り前のことを忘れるパイロットとは、どんなキャリアなのでしょうか?
【飛行時間と脚を出し忘れた事故の件数】
飛行時間 1,000時間以上 5件
飛行時間  700時間以上 10件
飛行時間  700時間未満  0件


 
着陸前の戦闘機





 この結果から、ベテランであるという事実と、ミスを起こさないということは、けっしてつながらないことが理解できたと思います。
 人間は、物事に慣れるに従って、動作を『パターン化』して処理するようになります。つまり熟練です。ベテランになればなるほど、作業の正規に定められた方法や手順を省略したり無視するケースが増え、正規の方法、手順をふまずとも、その作業がたまたま能率よく実行されてしまい、いつのまにか「注意深く実行さえすれば」、この方法でも安全が確保できるという誤った過信が、その人に形成されてしまいます。つまり、過去の無事故災害を過信する事が、正規の手順を省略・無視させてしまうのです。ここにも事故災害の重要な要素が潜んでいます。
 「注意深く作業をすることによって、ミスを防止できる」という考え方は、これまでシフトダウンで述べてきたように、注意力に限界があるのは人間本来の性質であるにもかかわらず、ミスの防止をその人間の注意力だけに頼ることは、人間の性質を無視した方法で適切な安全管理とはいえません。
 
同時に同じ車線へ車線変更する
トレーラーとタクシー(大阪環状線にて)
又、過去の無事故災害を過信し、つい安全が「あたりまえ」と考えてしまいますが、そうではありません。事故災害は、決まって一つの原因から発生するのではなく、複数の原因が、たまたま時を同じくして重なり合ったときに起こります。過去に手順を省略・無視しても事故災害が発生しなかったのは、たまたま原因のうちの一つが、欠けていたという幸運な場合にすぎなかったのです。この幸運にも欠けていた原因が、次回にもまた過去と同様に欠けるだろうと、楽観し過信することは妥当ではありません。人間のミスを無くすことは、「注意深く行動せよ」といった精神主義を作業者に強いたのみでは解決できる問題ではなく、要は事故災害発生の原因となった諸問題を正確に把握し、それを、規則や作業標準・手順にとり入れ、作業者全員の理解と行動に結びつけるなどの方法を講ずることが重要です。
事故災害防止の基本的な考え方
 (ルビンの反転図形)
中央に白い盃が見えたかと思うと、二人の横顔に見えたりする。人間は一定の注意力を保つ事はできないという例材。
 これまで繰り返し述べてきたとおり、多くの事故災害には人間のエラーが関係している事実をふまえて、エラーを誘発する原因について作業環境の状況や状態・心的要因・疲労・熟練や慣れ・人間の注意力などについて、人間工学の見地から様々な視点で検証てきました。結果、人間は注意する対象が現れると、その他の対象については必然的に不注意となる事実が浮彫りになり、人間の不注意は極めて自然な現象であることが分りました。
 注意力は、今まで述べてきたような性質を持っています。一方私達はさまざまなエラーを日常的に起こしています。それは個人の生活場面においても、労働場面においても同様です。電話のかけまちがい。鍵束からまちがった鍵をだしてドアーを開けようとする。ポストに入れるべき手紙を一日中持って歩いてしまう。来客と話しをしている最中にかかってきた電話で異なる相手と話しをして、再びさきほどからの来客との話しに戻ったとき、すぐには話しの続きを思い出せなかったりもする。年賀状をたくさん書いているうちに、いつの間にか一層ひどい字になっていたりもする。何人かで談笑しながら食事をしている時、人の話しに刺激されて、ふと思いついたことがあり、その人が話し終ったら話しをするつもりでいたのに、いざの段になったら忘れていたりもする。
 こういう、日常の生活場面でしばしば体験するエラーは、労働場面でも同じように出現します。それは、人間であるならば、きわめて自然的な現象であって、しごく当然のことです。このようなことからも解るように、エラーを防ぐのに人間の注意力だけに頼っていては、適切な事故災害の防止策にはならないということです。安全を確保するためには、人間の特性を十分理解したうえで「不注意」を誘発しないように、仮にそれが起きてもエラーにつながらないように、さらにそれが事故につながらないように、物的システム、人的システムを用意するとともに、様々な労働環境を整備する必要があるということを、正しく認識することが安全対策の第一歩です。それは、人間のエラーや注意力の特性を考えれば自明です。


【参考文献】
      「安全管理の指標」 「安全の指標」 「続マッハの恐怖」
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