
堕天使 〜Prinzipal der Finsternis〜
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なぜここに来たのか、自分でも全くわからなかった。来る必要なんか無かったはずである。じゃあ、なぜ来たのだろう。気まぐれ? 暇つぶし? 全然違う。はっきりわかっているのは、目的があって来たのではないという事だ……。では一体、何が彼をここへ向かわせたのだろうか? 彼をここへ呼び寄せる力が働きかけたのだろうか、それとも、自身の中に潜在する無意識の存在がここに足を向けたのだろうか。どちらにしても彼には、それが何を意味するのか、まったく理解できていなかった……。
五月の終わり頃、文成はある家の前にいた。全く人気(ひとけ)の無い家である。大きさはいわゆる、どこにでもあるサラリーマンの二階建てといった感じで、広くも無く狭くもなし、である。白い壁が印象的だが、生気は一切感じられず、いまや白骨といった方が良いくらい、虚しさに満ちている。なぜなら、その家には誰も住んでいないからである。
そこは文成がかつて住んでいた家だった。そのころはまだ家族がいた。父母と妹。幸せな世界がそこにあったのである。だが、その世界は6年前に消えた。今は廃墟と呼ぶにふさわしい故郷である。庭だったところを見ると、雑草が生え放題になっているかと思っていたら、ほとんど無かった。手入れされているのだろうか? しかし、廃墟になった家の庭を手入れしているようには思えない。雑草どころか、草木そのものがほとんど見当たらないのだ。草木も枯れるほどの廃墟と化したのだろうか。この家を追われた後、家は亡くなったと文成は思い込んでいたが、そうではなかったようだ。だが、廃墟であることには違いない。単に買い手がつかないだけなのだろうか? だが、こんな廃墟を買い取る人間がいるのだろうか。いるとしたら、よほどのもの知らずに違いない。
感傷にふけるのもバカらしく思えてきた。今の自分はそんな人間じゃない。いや、人間ですらない。少なくとも、人間の皮をかぶった、得体の知れない化け物だと思っている。ただの人間である事を捨て去った自分が二度と戻らない過去に思いを馳せる必要なんて、あるはずが無い。
これ以上、黙って眺めるだけでいる事に飽きた文成は引き返そうと思い、踵を返した、まさにその時だった。
「文成君? 文成君じゃないの?」
突然声を掛けられたので、文成はビクッ、として貌を上げた。目つきが異様にきつくなったかもしれない。声を掛けた方が慄いたような貌を文成に見せた。その瞬間、文成はほっとした。顔見知りだったのだ。しかも……。
「あぁ、叔母さん。有美子叔母さん」
「もう、おどかさないでよ、文成君。今すごく恐い貌してたわよ」
「叔母さんに言われたくないですよ。いきなり声を掛けるから」
「どうしたの? しばらく貌を見せなかったじゃないの?」
「一人で生きていますから。あまり余裕は無いんですよ……」
「そう。ね、ひさしぶりに会ったことだし、あたしの家にいらっしゃい」
「あ、はい……」
誘われるがままに、文成は有美子の後について歩き出した。
文成の叔母、萩原有美子。叔母とは言ったが、血のつながりは無い。文成の父、和弘の弟である萩原隆市の妻である。ただ厄介なのは、和弘と隆市は全兄弟(同母同父の兄弟)ではなく、腹違いの兄弟である。たまに文成は思う。
(どうしてこうも複雑怪奇なんだ、オレの家系は……)
文成は父である和弘から、祖父の文明(ふみあき)が他所で多くの女性に自分の子供を作らせていた話を聞かされていたが、その時は大して疑念を持たなかった。だが、今はそんな祖父を軽蔑はしなくとも、複雑な気分になる。自分自身、多くの女性と交わりを持とうとするのかもしれないと思うと、因果という言葉を脳裏に浮かべてしまう。
文成に見せていた父・和弘の貌は真面目さと実直さを表していたが、その父とて、見せていない時はどうだったのか……? 数多くの女性に種を播いていたのではないのか。今となってはそんな疑念まで心の中で疼く。
「どうしたの、文成君? どっか飛んでるんじゃないの?」
また、いきなり声を掛けられ、貌を上げると、義理の叔母が微笑んでいた。今度はその微笑に驚いた。
(きれいだ……)
数年間ともに暮らしていた時期があったにも拘らず、文成は有美子の貌を意識していなかったのだ。いや、正確には忘れていたと言った方が良いだろう。破滅欲に走る獣と化してからは、あまり過去のことを思い出さなくなっていた。興味を持たなくなったというほうが近いのかもしれない。今、彼女に声を掛けられて、初めて美しさを意識に載せたのだ。この血の繋がりの無い叔母は現在32歳と自分のちょうど倍の年齢だが、それほどの年の差を感じさせない。熟女というには隔たりがあるような気がするし、そうかと言って20代前半の女性のような、たとえば、美樹や美雪のような女性が持つ、姉の雰囲気でもない。ある意味、絶妙のバランスを持った美しさかもしれなかった。セミロングの髪の美しさが文成の心をざわめかせていた。
「いつまで別世界に行ってるの。早く入りなさい。人に見られないうちに」
急(せ)かされて、あわてて文成は家に入った。入った途端、思い出したように、
「最後の、人に見られないうちに、と言うのは何?」
と、尋ねた。
「え? あたし、そんな事言った?」
有美子はやや声を高くして、訊きかえした。
「すっとぼけないでください。おもいっきり言いましたよ」
「そうかしら? でも、そんな事どうでもいいじゃない。今、お茶淹れるから、くつろいで」
「どうでもいいなら、なぜ言ったんです? 訳がわかりませんよ」
丁寧に言ってはいるが、態度はかなり崩している。
「そう言わないと、文成君、意識が戻らないじゃないの。何考えてたの?」
今度は有美子が問い質す。
「それこそどうでもいいでしょ。有美子さんに関係のないことです」
「そうかしら? 自分の生まれ育った家の前でぼんやりしていたけど。それはあなたの叔母であるあたしに大いに関係あると思うわ」
「無理に結び付けてません?」
「無理は無いわよ。それより今さっき、有美子さんと言ったわね。最初、有美子叔母さんと言ってたのに」
「知りませんよ。なんか、自分の倍の年齢の女性と思えなくなりましたよ」
文成は少し不機嫌そうに言った。
「あ、今、あたしに敬意を持ってないな」
「そうじゃなくて。親近感がわくと言うか、堅苦しさがなくなった気がして」
「ふぅん。今まではあたしと一緒にいた時は緊張してたの?」
「うん、結構ね。叔母さんは年下の男を嬲るのが好きなの?」
「こしゃまっくれた子ねぇ……。そういうのを見ると嬲りたくなるわよ」
そう言いながらも叔母は笑っていた。その笑い声が少年を興奮させていた。早い話が勃起していたのだ。
どうも、自分がセックスに対して貪婪になっている気分になった。女とあれば、誰彼構わず交わろうと夢想しだしているらしい。たとえそれが、義理とは言え、叔母にあたり、尚且つ人妻であっても……。
(なんか違うよなぁ……。W.A.S.P.の「ANIMAL」じゃあるまいし……)
そんなことを考えていると、叔母が声を掛けた。
「さ、お茶が入ったわ。ゆっくりしてくださいな」
急に他人行儀になった。10年以上も自分を見ていたとは思えない。何かある……。そんな疑念が高校生の心を捕らえる。
文成がソファに腰掛けてからしばらくあとで、キッチンから有美子が茶菓を持ってきた。紅茶にパウンドケーキ。イングリッシュ・スタイルを想わせる。実際、紅茶にはすでにミルクが入っている。正直ミルクは嫌いだが、表情に出さず、おもむろに紅茶を一口啜った。
「あら。お砂糖入れないの?」
有美子が少し驚いたようにたずねる。まるでおかしな物でも見たかのように。
「砂糖は入れないんですよ、僕は。コーヒー飲むときもそうだけど。近頃はメープルシロップを入れてますね」
「あ、そうなの」
「これ、アッサムじゃないですね。どこのです?」
「よくわかったわね。ニルギリよ」
「そんなのあるんですか?」
「南インドの紅茶なの。アッサムもいいけど、あたしはこれが好きなの」
「あぁ、そう」
「あぁ、そう……って、紅茶の味、わかるの?」
「アッサムティーは子供の時になぜかよく飲まされたんですよ。しかもミルク入り」
「アッサムティーは普通、ミルクティーにするわよ」
「子供の頃はそんなのわかりませんよ。ただ、アッサムティーはなぜか必ずあったので。土・日のティータイムは、いつも家族全員で飲んでましたよ」
「ふぅん。そういえば、あなたのお母様はアッサムティーが好きだったわ。ティータイムは必ずアッサムティーを出してたわよ。あなたのお父様はお母様のミルクティーが大好きだったわねぇ……」
「聞いてると、すごく羨望交じりの声なんですけど」
「ほんっとに、こしゃまっくれた子ねぇ。つねられたいの!?」
「どうして死んだ人間に対して、今さらうらやましそうに語るんです?」
「うらやましいわよ。最後まで二人仲良く逝ったんだから」
「冗談じゃない! オレはたまったもんじゃない! 妹まで連れて行かれたんだ!」
一瞬にして文成は激昂した。表情は険しいどころか、憎しみに満ちている。瞳は怒りで焦げ付きそうになっている。
「ごめんなさい! あなたを傷つける気は無かったの! ただ、あなたの両親はほんとに羨ましかったの。それどころか、嫉妬していたのよ!」
かつての文成を知る有美子にとっては想像もつかない怒り顔に、驚くと同時に怯えてしまい、彼女は震えながら必死に許しを請い、そして叫ぶように弁解した。
「嫉妬?」
これには文成も怒気を殺がれた気分になった。まったく考えもしなかった言葉が出たからだ。気持ちを落ち着かせるため、ミルクティーを一口啜った。砂糖はやはり入れていない。
「どうしてオレの両親に嫉妬していたんです? そりゃ、仲は良かったけど。でも、嫉妬すると言うことは、隆市叔父とはうまくいってないんですか? 悪くない人だけど」
有美子も気持ちを落ち着けるためにミルクティーを手にした。が、文成のように啜るのではなく、一気に飲み干した。落ち着かないどころか、不安定になってしまったようだ。
「本当のことを言うわ。あたしが好きだったのは、隆市さんではなくて、和弘さん……、あなたのお父様なのよ」
文成は少し混乱しだした。話がまったく見えないからだ。
「ごめん。最初から話してくれない? まず、最初に出会った辺りから」
もう少年には、叔母に対する遠慮は全然無い。完全に対等な立場で喋っている。
「すっかり遠慮しなくなったわね」
有美子はまるで溜息をつくかのようにつぶやいた。
「いいから話せ」
とうとう文成は頭ごなしに言った。有美子は、到底自分の半分の年齢とは思えない喋り方をする少年に驚きながらも、ゆっくりと話し出した。
「初めて和弘さんに逢ったのは、高校に入学してひと月たった頃だわ。和弘さんが22で、倫子(ともこ)さんが19かな。まだ、文成君はいなかったわね。和弘さんたちがここへ越してきたちょうどその時だったわ。挨拶回りにウチへ来たんだけど、あの時の和弘さんはほんとに素敵だった。とても22歳には見えなかったわ。すごく立派な大人だと思った。それでいて、若年寄と言う感じじゃなくて、でも幼稚な雰囲気は一切無かったわね。
あたし、一目で好きになったわ。倫子さんはというと、それはもう、信じられないくらいに綺麗だった。この世のものとは思えないなんてよく言うけど、そう思ってしまうほど綺麗だった。いつも髪をショートボブにしていたけど、神秘的なのに親しみやすさがあったわ。もっと言えば、温もりがあったの。倫子さんという存在そのものが、温もりそのもののような気がしたわ。あの二人を見るたびに、お似合いのカップルってあの二人の事なんだなぁと思ったけど、同時に嫉妬を覚えたわね。羨望の方が強かったかもしれないけど」
「え、なに? じゃあ、有美子さんは、もう結婚していたオレの親父に惚れて、ママに嫉妬していたわけ? まだ高校生になったばかりで!? しかも、オレの生まれる直前じゃないのか!?」
最後まで黙って聞くつもりでいた文成だが、最初からとんでもない話に思わず口を挟んだ。
「まだ、倫子さんは妊娠していなかったわ。少なくともおなかは大きくなってなかった。だって、文成君が生まれたのが次の年の4月14日だから。仕込みは確か、6月初めのはず……」
「仕込み言うなぁ、仕込みぃ!」
すかさず文成は容赦なく突っ込んだ。
「もう、いちいち突っ込まないでよ。話進まないじゃないの」
有美子が不満げに言ったが、心底不満ではないらしい。事実、眼が笑っている。
「仕込みは無いだろ、仕込みは。キムチ作るんじゃないんだからねぇ!」
「キムチって……。とにかく、和弘さんや倫子さんにはいろいろとお世話になったわ。なにかと助けてもらったし。なんだか、お二人の妹になった気がしたわ。でも、やっぱり和弘さんは、ほんとにあたしに良くしてくれたわ。和弘さんの優しさ、すっごく心が暖かくなったの。今思えば、初恋の人だったわ」
喋るうちにだんだん叔母の貌が紅潮していくのが見て取れた。もっと言えば、やや汗ばんできている。目はとろん、と、惚けたようになっている。
「もうあたし、いてもたってもいられなくなって……、和弘さんに告白したの。あなたが好きです。愛しています。あたしを抱いてくださいって」
「そこまでいってしまう、と言う事は……、有美子さん、よっぽど親父に良くしてもらったんだ」
「そうねぇ。正直、あたしの家は……、居心地が悪かったから」
そういった有美子の表情が暗く沈むように翳った。自分の倍の年齢であるこの女性のことを半分以上知らない少年にとっては、初めて見る貌だ。
(有美子さん、意外と愛情を注がれなかったのかなぁ……)
文成の心に憐憫の情が沸き起こった。再会したときから芽生えた不明確な想いが、今はっきりとしてきた。
「で、親父は、有美子さんを……」
彼がゆっくり、と言うよりはむしろ、言葉を切らしながら尋ねると、彼女は寂しげに笑って、少しうつむいた。
「残念ながら、断られちゃった。和弘さん、あたしに……、僕も君を愛しているけど、倫子を愛するのとは違う。僕は倫子を選んだから、倫子を傷つけたくない。それに……、ここで君を抱けば、いずれ君を傷つけることになる。いい加減なことはしたくないんだ。倫子も君も愛しているから、二人とも傷つけたくない。それを、わかって欲しい。そう言われたわ。ショックだったけど、でも、和弘さんの気持ちはすごくわかった。だって、あたしがしようとしたことは、和弘さんと倫子さんを傷つけようとすることだったから。そう考えたら、納得できたわ。でも、あの時は泣いたわ。和弘さんの胸に、貌を埋めて。ほんとは甘えたかったんだと、今ではそう思うわ」
ふうっ、と一息つくと、有美子は可愛がっていた甥に貌を向けた。綺麗な目がはっきりと潤んでいた。
「そうだったんだ……。初恋の相手が親父だというのは、これでわかったけど。じゃ、叔父さんとは、隆市叔父とはどうやって知り合ったんだ?」
文成は両肘を両膝の上に乗せ、口元で両手を絡めながら尋ねた。
「隆市さんと初めて逢ったのは、あたしが高2の時よ。和弘さんに紹介してもらったの。隆市さんも優しいんだけど、内気だったわ。今でもそうだけど、最初からそうだった。和弘さんはすごく陽気なんだけど、隆市さんはおとなしかった。あまり、波風を立てたくない感じだったわ。でも、良い人だったから嫌いにはなれなかったわ」
和弘のことを話すときとは違い、彼女は今の自分の夫、隆市のことをさほど語らなかった。思い入れがあまりにも違いすぎる気がする。
(なるほど。昔から、目立つことが好きではなかったんだな……)
文成は心の中でつぶやいた。一時期、隆市に引き取られていたのだが、どうも積極的に喋る人間ではなかった印象がある。おもしろくない人間ではなかったが。
「ねえ、文成君。ガールフレンドはいるの?」
唐突に有美子が尋ねた。話が思いっきり変わってしまったので、文成は目を丸くして叔母を見た。
「なんです、いきなり。知ってどうしようと言うのです?」
美少年は動揺したのか、声が高くなり、口調も慌てていた。
「真剣に答えて。ガールフレンドはいるの?」
そう尋ねた有美子の瞳は、アルコール飲料を飲んでもいないのに、すわっていた。しっとりと潤んでいる。いや、それどころか、涙となって溢れそうである。
「真剣に答えよう。全然、いない」
さっぱりと話す文成に対して、有美子は確かめるように尋ねた。
「ほんと? ……幼馴染の草薙遥ちゃんとは付き合ってないの?」
「全然。へばりついては来るけど、ガールフレンドとは思ってない」
「そうなの……」
有美子がゆっくりと息を吐き出した。そのあまりにも切なげに息を吐き出す女性に、文成の心は完全に憐憫によって支配されていた。
(有美子さん、かなり思いつめてるなぁ。その理由はどうやら、間違いなく……)
文成は想いを巡らした。次に有美子が何を言うか、予想ができた。
「文成君。あたしのこと、どう思う?」
予想通りの言葉が出てきた。これで有美子が最初からモーションをかけてきたことがはっきりした。それならば、今の自分が抱いている想いの丈を洗いざらい喋った方が良い。
「……好きだよ、有美子さん。有美子さんが微笑んでいる貌を見ると、たまらない気持になるんだ。有美子さんが愛しくて、どうしようもなくなるんだ。それだけじゃない。今みたいに寂しそうな貌をしているのを見ると……、無性に護りたくなるんだ。正直、今……、有美子さんを見ていて、勃起してるんだ」
文成は何の躊躇もなく、一気に喋った。中途半端な好意を伝えるよりは、思い切って愛情を告白したほうが主導権を取れる。実際、有美子を抱きたいと想っているから、なおのことである。
有美子は文成の告白に絶句していた。まさか、一気に畳み掛けられるとは思わなかっただろう。しかもあからさまに、勃起していると言ったのだ。あまりにも直截的である。双眸はまんまると大きく広がっていた。
彼女はソファから立ち上がり、文成の隣に座った。そしてもたれかかり、頭を肩口に寄せた。なんともいえない芳香が少年の鼻腔をくすぐり、脳神経を痺れさせていく。
「ほんとに、あたしのこと、好きなの?」
「嘘じゃない。今、有美子さんと交わることができるなら、一つに溶け合えたら、どんなに素敵なことか。本当に、今ここで有美子さんと抱き合えたら……、こんなに感動的なことって、無いんだ。オレにとって、有美子さんはかけがえの無い、特別な女性なんだ」
文成は貌を紅潮させ、やや言葉を詰らせながらも、さらに自分の有美子に対する想いをはっきりと言ってのけた。多少、大袈裟ではあったが、嘘ではない。あけすけに言い過ぎとも思ったが、これくらい言ったほうが、むしろ応えてくるだろう。なぜなら有美子は隆市をもう愛していない。文成はそう読みきった。
はたして、有美子の貌は紅潮して汗ばんできた。少し息が荒くなってきている。
「ほんとに、そう思ってるのね。うれしい。文成君、ここで証拠を見せて。あたしの事を思って、勃起しているのを見せて」
有美子は目を潤ませながら、しっとりとした声でささやいた。
「立って」
言われたとおり、文成は立ち上がる。有美子は蹲(うずくま)って文成のベルトに手をかけると、滑らかな手つきで外した。そして、ズボンのウェスト部分に手を掛け、ゆっくりと下ろした。
バーバリーの深紅と黒を基にしたチェック柄のトランクスが姿を現す。文成の言うとおり、凶器はしっかりと、テントを張っている。
「ふふふっ。どれだけ勃起してるのかしら?」
有美子が妖しげな表情でささやく。バーバリーのトランクスを両手でゆっくりと引き下ろした。
途端、文成の勃起した凶器は、思いっきり下腹を打ちつけた。そして、まっすぐ天に向かって、突き上げていた。
「いやん。すごい、文成君。こんなに大きいなんて」
はしたないくらい甲高い声を上げて、有美子は文成の7インチ銃をつかんだ。そして、自分に向けて折り曲げた。キャリアの浅い文成にとっては、強烈な刺激だった。ただでさえ勃起していたところへ、愛しい叔母が両手でつかんだのだ。こればかりは文成も予想していなかった。離れようとして腰を引いたが、逆効果だった。叔母の掌で擦られるも同然だから、却ってトリガーを引き絞る結果となった。たまった情欲を抑えきれず、文成は有美子の貌へ向けて十数度射精してしまった。有美子は避けずにそのまま受け止めて、美しい貌を白く濁した。
全身から冷や汗が流れ落ちるが、気にならない。いや、それよりも完全に狼狽しきってしまって、思考が儘(まま)ならなくなっていた。下半身を曝し、凶器は有美子にしっかりと握られている。あれだけ射精したにもかかわらず、萎える気配は全く無い。
そして、貌を白く濁した彼女は流れ落ちる精液をそのままにして、銃身を握ったまま、口を半開きにして、呆然としていた。完全に恍惚状態である。何が起こったのか理解していないと、とられかねない表情だ。
奇妙に間の抜けた静寂に耐えかね、ようやく文成が口を開いた。
「あ、あの……、ゆ、有美子、さん? お、れ……」
うろたえきって、まともに言葉にならない。このときの文成の表情は、決して学校やその後出場する甲子園などでは見られないはずだ。無論、人を殺すときでも。
文成の声が耳に入ったらしく、蹲っていた有美子はようやく口を開いた。
「す、すごい……。和弘さんより、全然……、信じられない」
惚けたように有美子はつぶやいた。
「あ、え、えぇ!? 何!? ちょ、ちょっと。どういうことだよ、有美子さん!? 親父よりすごいって、親父とセックスさせてもらえなかったって、言ったじゃないか。なんで!?」
慌てながらも文成は有美子に問い質す。むしろ、奇妙な冷静さを取り戻したようだ。そうでなければ、彼女のつぶやきに、反応すらできなかったはずだ。
「あ、やだ。文成君、できなかったのは、ほんとよ。ただ、あたし、見ちゃったの。和弘さんと倫子さんがしてるところ」
「なに、見てたの」
「えぇ。泊まりに行った日に、何度か、ね」
「覗きながらオナニーしてたんじゃないの?」
「もう、いやん。あからさまに言わないでよぉ。まるで、あたしが淫乱女みたいじゃないのぉ」
有美子はますます貌を紅くして、少女のように甘えた声で言った。すると、文成は妙に落ち着き払った声で返した。
「欲望を剥き出しにする女性は好きだよ。何もかも曝け出してくれるから。だからオレも何もかも曝け出す」
「文成君、すごく優しいのね」
「ありがとう。有美子さん、貌、洗った方が良いよ。オレの精液で変に白くなってる」
「そんな、勿体無いことできないわよ」
勿体無いって、と、文成が思った瞬間、有美子は貌に付いたリキッドを指で掬い、口元に持っていった。そして、見せつけるかのように、朱い舌で舐め取った。
「おいしい……。こんなにおいしかったのね、文成君のって」
そう言って、この年上の美女はうっとりとした貌で微笑んだ。
文成は慄然とした。大胆且つ淫靡な行動を取る叔母に、情念の炎を見た気がした。
(なんか……、急に性格、と言うか、人格が変わったんじゃないのか?)
そう思うくらい、叔母の変わりようは急激だった。今まで見ていた人間とはまったくの別人だと思ったくらいだ。
「どうしたの、文成君? なにか、見てはならないものを見たような貌をしてるわよ」
艶然とした笑顔で有美子は話しかけてきた。
「……こういうことを言うのは気が引けるけど……、有美子さん、変わったね。それとも、それが本当の貌?」
まだあどけなさが消えない美少年は複雑な気持ちをそのまま声に表して言った。
「ふふふ。今の貌は、あなただけにさらしたい、ありのままの貌かしら。ねぇ、文成君? こんなあたしでも抱いてくれるの?」
なおも妖しく微笑んで話しかける美女に、戸惑いの気持ちを抱きつつも、文成は腹を括るように言った。
「好きだよ、有美子さん。ありのままの姿をオレだけにさらしてくれるから。これ以上無いくらい、交わりたいよ。その前に、貌だけは洗おうよ。そのままでは、さすがに……」
「いや。このままで良い。初めて文成君の精液ぶっかけられたのよ。それに、このままパックしたら、肌のつやが良くなるもん」
急に有美子は駄々をこねるように甘えた声で喋りだした。ころころ変わる叔母の態度に文成も少し呆れてきた。
「そんな子どもみたいに……。あとで好きなだけやるから。中でも外でも」
「ほんと?」
「そのために、とことん交わりつくすんじゃないか。さぁ、行こう」
言うと、文成は中途半端にわだかまっているズボンとトランクスをまとめて脱ぎ去り、叔母に手を差し伸べた。ところが、自分の倍の年齢の女性はまたも子供のように不機嫌な貌を作った。
「どうしたの、有美子さん?」
不審に思った少年が尋ねると、返ってきた言葉が。
「だっこ」
「へ?」
文成ならずとも、思考回路が停止してしまう瞬間であろう。今、目の前の美女は明らかに、幼児のような声を発して言ったのだ。
「今、なんて言ったの?」
わけがわからなくなった文成が訊くと、有美子は美しい貌を膨らませて言った。
「だから、だっこして。お姫さまみたいに」
どうやら、有美子は若い甥に甘えて、可愛がられたいようだ。恋人というより、妹として愛されたい。そんな気がした。
「わかった。だっこしてあげるよ」
文成は内心では苦笑しながらも、貌には出さず、少しだけ口元を吊り上げて笑顔を作り、屈みこんで年上の美女をひょいと抱き上げた。あまりにも、あっさりと華奢な美少年が自分を持ち上げたので、有美子は少し驚いた。
「すごい。文成君、いつからそんな力持ちになったの?」
「鍛えられてますから。野球部で」
「どんな風に鍛えられてるのかしら。バーベル200kgを持ち上げたりしてるの」
「まあね……、うん!?」
文成があいまいな答え方をした直後、急に有美子の貌が近づいたと思ったら、唇を塞がれてしまった。いつの間にか文成の首に両腕を巻きつけ、頚部を支点に自分の躯を引き寄せて、口付けたのだ。自分が放った精液の匂いと叔母の躯から発せられる香りが混ざり合って、表現しがたい感覚が鼻腔へと流れ込む。複雑な匂いではあるが、おかげで己の内奥から鋭角的なベクトルが、また突き上がってきた。
第33話へ続く
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