雑感雑念

VOL.12 MLB開幕記念 松井秀喜特集 〜チームに欠かせぬ存在からチームの模範へ〜
 4月3日、日曜日20:05(日本時間、4月4日、月曜日9:05)、2005年アメリカ・メジャーリーグ・ベースボールが開幕した。その記念すべき最初の対戦カードは、ボストン・レッドソックス対ニューヨーク・ヤンキース。80年以上に及ぶライヴァルの対決にニューヨークはブロンクスにあるヤンキー・スタジアムは熱狂に包まれた。
 54,818人が詰め掛けたこの開幕戦の先発は、レッドソックスが新加入のデイヴィッド・ウェルズ、ヤンキースが、これまた新加入のランディ・ジョンソン。どちらも41歳でしかも、完全試合を成し遂げたということもあって、好勝負が期待されたが、結果は9対2とヤンキースの圧勝。ジョンソンは6回投げて被安打5、失点1、奪三振6と好投したのに対し、ウェルズは4回3分の1で、被安打10、失点4、奪三振4と振るわなかった。またチーム全体で見ても、ヤンキースは15安打、9得点と打線が爆発したのに比べ、レッドソックスは6安打2得点。失策も2つあり、昨年のワールド・チャンピオンらしからぬ結果となった。
 なんと言ってもこの開幕戦、MVPを挙げるなら、5番・レフトに座った松井秀喜であろう。松井の攻守にわたる大活躍にヤンキースはチーム、ファンとも歓喜、レッドソックスはチームもファンもうな垂れてしまった。
 最初のハイライトは2回表、レッドソックスの4番、“ビッグ・パピ”ことデイヴィッド・オルティズが二塁打で出塁して、無死二塁。5番、ケヴィン・ミラーのレフトへ打った打球は誰が見ても先制2ランホームランかと思われた。だが、レフトを守っていた松井はフェンス際まで行くと、ジャンピング・キャッチ! 見事ホームランをもぎ取った。これを見たオルティズはあわてて二塁に戻ったくらいだから、強烈なビッグ・プレイであった。試合終了後、ヤンキースのジョー・トーリ監督もレッドソックスのテリー・フランコーナ監督も異口同音に、「あの松井のプレイが大きかった」 と言って唸った。ヤンキースのショート・ストップでキャプテンを務める、デレク・ジーターも、「まるでバスケットボールの選手みたいなジャンプだ」といって、褒めちぎっていた。ホームランを捕られたミラーに至っては「あれは完全にホームラン。本来2点入っているはずなのに…。試合の流れをつかみかけただけで終わった。松井のことは好きだったが、もう友達じゃない」と、嘆いていた。ま、ミラーのことだからジョークなんだろうけど、悔しさと同時に脱帽の思いもあったのだろう。
 さて、ミネソタ・ツインズのトリー・ハンター中堅手も目を見張るであろう、この「ホームラン・ハンティング」。失礼だが、去年7失策と、外野手としてはリーグワースト二位を記録した松井とは思えないファインプレイだった。試合後このプレイについて松井は「思いっ切りジャンプして手を伸ばしたら、そこにボールがあったんです」と言っていたが、キャンプからグラブの改良や、走り方をそれまでの踵着地からつま先着地に変えるなど、守備面の強化を入念に取り組んだ賜物であろう。が、この日に限って言うならば、それだけではない。
 試合開始数時間前、松井はマンハッタンのマンションの自室で、昨年7月1日のレッドソックス対ヤンキースの試合の再放送を観ていた。彼なりのメンタルトレーニングだったそうだ。この試合は延長13回までもつれ込み、最後はヤンキースが代打、ジョン・フラハティのサヨナラタイムリーヒットにより、5対4で勝利したのだが、この試合の12回表、トロット・ニクソンの三塁後方のフライをショート・ストップのジーターが全速力で追ってキャッチ。勢いあまって客席に飛び込んで、顔を負傷、そのまま退場となったのである。
 おそらく、松井にはこのときのジーターのプレイが脳裏にもう一度焼き付けられたのではないだろうか? 常に全力プレイを心がける松井ではあるが、このジーターのプレイが焼きついていたからこそ、あの時、自然と「ホームラン・ハンティング」が出来たのではないだろうか。7月1日の試合でのジーターのプレイがサヨナラ勝ちにつながったのと同様、松井のスーパープレイがこの日の勝利につながったと思っている。
 そして、打撃でも松井は輝いていた。この日は5打数3安打3打点3得点、1本塁打と爆発。まさに“GODZILLA”だった。ウェルズをものともしないと言わんばかりの2安打も素晴らしかったが、圧巻は8回裏1死一塁で回ってきた第5打席、6番手としてあがったレッドソックスのマット・マンタイ投手から放ったバックスクリーン右への今季初ホームラン。これが今季メジャー全体の初ホームランなのだから、先のミラーの悔しがりようも理解できると思う。球速こそ156kmだったが、改めて見ると、確かに真ん中やや低めの甘い球だった。これでは打たれて当然であろう。バットの先に当たったが、しっかり振り抜いたことで、スタンドへ持っていくことが出来た。パワーアップの成果もはっきりと出た格好だ。ちなみに、この松井のホームランはヤンキース史上55人目の開幕戦ホームランだった。なんとも55に縁のある選手だ。
 それにしても、レッドソックスとしては悔しくてならないだろう。ワールド・チャンピオンになったが、松井にカモにされていた。そして開幕戦もカモにされてしまった。これほど嫌な選手はいないだろう。逆にヤンキースにとっては、これほど頼もしい選手はいないはずだ。

 その松井も過去2年間、チームに欠かせない選手とは思われていたものの、そのスタイルは半信半疑の目で見られていた。しかし、誰もが認める中心選手となった3年目、チームの誰もが、松井を手本にしようと取り組むようになってきた。
 例えば、フロリダ州タンパでの春のキャンプで、「練習ではいっぱい汗をかきたいから」と日本時代から常に長袖のアンダーシャツを着ている松井を見習って、アレックス・ロドリゲスが連日、30度以上の猛暑の中を長袖シャツで汗を流した。また、松井が5本指のソックスを履いていると聞くと、ジェイソン・ジアンビやゲイリー・シェフィールドら数人の選手がそれに習って履きだしたのだ。
 あのロドリゲスやジアンビ、シェフィールドといった優れた実績のある選手たちが3年目の松井を手本にしているのだ。名門と謳われるヤンキースが松井を中心に回り始めているのだろうか。キャプテンのジーターに至っては、「松井を副キャプテンにする」とまで言っていた。そこには、松井に対する信頼と、松井に対してチームの模範となってくれ、という思い、そしてチームのほかの選手には松井を手本とするように、との思いがあるのだろう。いかに松井がヤンキースにとって重要な選手であるかを物語る話だ。
 チームだけではない。ヤンキースのライヴァル、レッドソックスも松井を賞賛する。エースのカート・シリングは「松井はあらゆる点で尊敬に値する。まったく憎らしいくらい良い選手だよ」と絶賛すれば、ブロンソン・アローヨ投手も「4回三振しようが4回ホームランを打とうが、投手を睨みつけたり侮蔑の視線を送ったりすることがない。自分の仕事に徹する控えめなキャラクターだね」と賞賛を惜しまない。
 そして、ヤンキースが嫌いだと言うファンでさえも、打席に入るときに捕手や審判に一礼する松井の姿にブーイングを飛ばすことが無い。
 そんな松井をニューヨーク・タイムズ紙は、「ヤンキースの良き伝統が薄れつつある中で、松井はその理想を体現している存在である」と称えた。
 これほど松井が敬意を集めている理由は何か? ヤンキースのゼネラル・マネジャー補佐、ジーン・アフターマンは語る。
「松井は自分の周りにいるすべての人に敬意を払っています。私は思うのです。尊敬は尊敬から生まれるものだということを」
 日本時代から変わらぬ松井のスタイルだが、そのスタイルがようやく認められてきたようだ。そればかりか、手本にしようとする人たちも増えている。

 開幕戦終了後、トーリ監督は「松井はイチローよりも輝いている」と絶賛した。そして、勝利投手となったジョンソンは戻ってきた松井に向かって、満面の笑みで「サイコー(最高)」と日本語で言って、ハイタッチを交わした。そこに敬意がこめられているのは言うまでも無いだろう。
 かつて日本のプロ野球を引っ張ってきたスーパースターは、今、アメリカ・メジャーリーグの名門、ヤンキースを牽引するリーダーになりつつある。これから先、彼はメジャーリーグ全体を引っ張るスーパースターへと成長するのだろうか。今日から始まった読売新聞ニューヨーク支局の担当記者、田中富士夫氏のコラムのタイトルは、『松井が翔ぶ』である。いったい、松井秀喜はどこまで翔んでいくのだろう。私はそれを最後まで見届けたい。
(GABRIELE)


戻る
次へ