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| 第一番 札 所 霊山寺 ( りょうぜんじ ) |
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四国八十八ヵ所霊場巡りの出発点である古刹。風格のあるどっしりとし た、仁王門をくぐり入った境内には、五智如来が祀られている600年
近い歴史を持つ多宝塔や、 緑鮮やか庭園、鯉が泳いでいる泉水池、大師堂、不動明王、釈迦如来 、文殊菩薩 等身大の十三仏の石像、そして弘法大師の作といわれ左手に玉を持っ ている坐像 の釈迦如来が安置されている甍造りの本堂などがある。発願の寺に相 応しく立派で、いつも多くの人で賑わっている。 |
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| 第二番 札 所 極楽寺 ( ごくらくじ ) ) |
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行基菩薩の開基と伝えられる。本尊の阿弥陀如来は四尺五寸の坐像 で弘法大師の作。左右の脇士、釈迦如来、薬師如来は行基の作。本
尊は、当寺に留錫された大師が三十七日間、無量寿の秘法を厳修された時、その結願の日に出現した阿弥陀如来の尊影を拝し、それを刻
んで安置したもの。ところが、この像発する 光りが遠くの海原にまで達して漁や航海の妨げになったので、前面に人 工の山を築いて光りを遮った、という故事から日照山と号したという。 |
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第三番 札 所 金泉寺 ( こんせんじ ) |
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聖武天皇勅願により行基が建立。当時は金光明寺と名乗ってい たが、のちに弘法大師が巡錫中、水不足で悩む地元住民の声を 聞き井戸を掘ると霊水が湧き出たため、堂宇を建てて金泉寺と 改称した。寺名の由来ともなって井戸は現在も湧き出ていて、 この井戸をのぞき込み、影がはっきりと映れば長寿、ぼやけて いると短命という言い伝えがある。また井戸の傍らに座ってい る北向き地蔵は首から上の病気に霊験があり、自分の悪い場所 と同じところをなぜながら願をかけるいいそうだ。 |
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| 第四番 札 所 大日寺 ( だいにちじ ) |
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寺の周りは渓流や森の木々に覆いつくされいる。まさに霊地というの に相応した幽玄な場所にひっそりと侘む。バックの緑に映え一段と目 お奪われる朱塗りの山門は、上部が鐘楼になっている鐘楼門で、一 階部分が角柱、二階部分が丸柱という変わった造りになっている。開 創年代ははっきりしないが、その後に弘法大師が長く滞在して修法し 、一尺八寸(約55cm)の大日如来彫った本尊としたという。この本尊 の大日如来は八十八ヶ所中六寺しかなく、真言宗では「宇宙の中心、 万物の根源とさねる人々にあまねく、慈悲をもたらす最高の仏」とさ れている。 |
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| 第五番 札 所 地蔵寺 ( じぞうじ ) |
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弘仁十二年嵯峨天皇の勅願を受けた弘法大師は、この寺を開くと共 に勝軍地蔵菩薩を刻んで本尊とされた。その後。紀州熊野権銀の神
霊を遷す勤めを仰せつかった浄函上人が、権現のお告げと霊木を授 かって下向し、二尺七寸の延命地蔵尊を刻みその胎内へ、大師の刻
まれた勝軍地蔵菩薩を納められた。 また、境内の裏山には五百羅漢がある。ともかく木造の五百羅漢とし ては現在 日本最大のものである。そのほか境内にあるイチョウは樹齢八百年 に余り、たらちね銀杏と呼ばれている。 |
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| 第六番 札 所 安楽寺 ( あんらくじ ) |
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弘法大師お手植えの「さかさ松」が残るかっての駅路寺。大師四十二 歳の時松の下で修業中に、猟師が猪と間違えて矢を射たものの、一本の松が矢をうけて一命をとりとめた。大師は、その折れた松を逆さ
まに植え、根元に薬師如来を勧請して、無病息災を祈願した。 それが現在も根付いているがこの[さかさ松」だというのだ。このよう な故事が今に伝わるこの寺は、寺周辺には、鉄サビ色の温泉が湧 き万病に効くとされ、 遠くから湯冶に訪れる人も多かったそう。四国行脚中にこの地に訪れ た弘法大師も、この土地が病疫から人々を救う薬師如来と深い因縁 で、結ばれていると直感し、坐像を刻み堂宇を建立して、八十八ヵ所 第六番霊場と定めた。 |
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