まもって守護月天! R.A
〜シャオ親衛隊 vs ルーアン連合軍〜




第1話


 深遠なる宇宙空間をスクリーン越しに眺めながら、ルナ防衛軍近衛艦隊所属戦艦アースグリム艦長七梨太助は不本意な現状を憂いていた。

 若くして少佐の階級を得て、昨日までいた参謀局では英才の名を欲しいままにしていた。

 幼馴染であり、国家元首でもある少女の傍らにあって彼女を補佐するのが自分の天職であるとさえ信じていた。或いはそう信じていられるだけ随分気楽な身分でもあった。

 今は艦にいる一〇〇〇人近い部下の命を直接預かる身の上だ。

 若すぎる英雄には少々荷が重かった。

 不意に操作卓のアラームが鳴り、来客の存在を声高に証言する。

 太助はモニターパネルに映る自分の部下の顔を見て、気乗りこそしないものの無碍に追い払うことなく自室に招き入れた。

「失礼いたします」

 慇懃な調子で入って来たブルーバード軍曹の顔を見ると太助はこっそりと溜息をついた。

「何かありましたか」

「お休み中、失礼かとも思いましたが先ほど奇妙な情報を入手しいたしました。副艦長より直接艦長の指示を仰ぐよう指示されましたのでお耳汚しをさせて頂きます」

 太助はソファに座るよう指示すると自身もその対面のソファに座り、問う。

「言語の過剰な装飾は要りません。それで、何をどこで?」

「先ほどMEGA-DOLLによる哨戒任務を行った際、連合軍の通信を傍受しました。それによると連合において大規模な反乱が起こったようなのです」

 ブルーバード軍曹の報告は太助の興味を引いた。僅かに身を乗り出すと先を続けるように促す。

「はい、連合の本貫であるタイタンに程近いコロニー・タイタニアにおいて反戦派のデモがあったようなのです。これは地球政府も既に認知していたことでしたし、本国でも知れ渡ったことではありました。受信した放送でもこれが狂熱を帯びて大規模な武力闘争になった、と報じていましたが、この話には続きがありまして……」

 やや躊躇うようなブルーバードの様子に太助は眉を顰める。

「それで、続きは?」

「は、どうも連合の情報を傍受した限りではこの叛乱がルナ政府の志操によるものだということなのです。それだけならば大した信憑性もありませんが、証言者として我が軍の統帥本部に所属する数名の士官の名が挙がっているのです」

 空気が固形化したように重くなり、太助は思案する。

 連合が今の時点でそのようなプロパガンダを行なう意味とはなんだろう。

「士官の名前は?」

「は、最上級者としてアルベルト・ホージンガー大尉、次席としてサエコ・シノミヤ中尉の名が挙がっています」

 そのふたりの名前に太助は覚えがあった。

 つい先日まで自分自身も統帥本部参謀局次長として勤務していたのだから覚えがないわけがない。

 ホージンガー大尉はくすんだ金髪と灰色の瞳をした偉丈夫で、軍主催のレスリング大会で並み居る海兵隊の強者を押しのけて優勝するほどの実力を持ちながら軍官僚としても群を抜いた資質の持ち主だった。

 少なくとも彼が管理する部門において物資の輸送が滞ったという話は聞いたことがない。

 また、サエコ・シノミヤ中尉も英才の名を欲しいままにするエリートであったはずだ。

 士官学校を卒業後、前線勤務がなく、常に後方勤務であったことを差し引いても彼女が軍人として有能なだけでなく学者としてもそれなりに名の通った人物であることを認めざるを得ない。

 彼女の博士論文「月面地下における植物層の形成と水成分の変質、それが及ぼす内在動物種の変化の多様性に関する一考察」を読んでみたが、彼女が地道な調査と分析を行なえるだけの根気と情熱を持ち、それらを補強する優れた知性の持ち主であることは分かる。

 太助は幼年学校を卒業してすぐに前線に出たから生物学に関してそれほど造詣が深いわけではないが、それでも独学で学ぶことは多かったのでこの論文の優れた点にはすぐに気付いた。

 この論文は実に分かりやすく書かれており、環境生物学に疎いものでも分かるように書かれている。

 そしてそれこそがドクター・シノミヤの天分なのだろう。

 そんな防衛軍の中にあって智と勇の代名詞のようなふたりがなぜ連合に与するような行為を行なったのか、また、一体いつ連合とコンタクトを取ったのか。

 現時点においては謎が多すぎた。

「なるほど。このことを他には誰に?」

「自分の部下の二名と副艦長にであります」

「……別命あるまでこの件に関しては口外しないように。それとチャオ大尉とグルック少尉を艦橋へ呼んでおいて下さい。私もすぐに艦橋へ行きます」

 今回の任務は飽くまでこの新造艦であるアースグリムの慣熟運転が目的のはずだった。

 にもかかわらずこのような大事に巻き込まれるとは。

「さても面倒な。……俺はシャオの隣で彼女の敵を追い払うという役目で満足していたものを」

 太助は軍服のベースジャンパーを羽織り、ベレー帽を頭に載せると部屋を出る。

 この場にいない複数の人物に呪詛の言葉を投げかけると、太助は艦内移動用のロボットカーに乗って艦橋へ向かった。



        ☆



 戦艦アースグリムはそれから一週間ほどしてルナの宇宙管制港に接岸した。

 後事を副艦長のチャオ大尉に一任すると太助は休むことなく防衛軍統帥本部ビルに向かう。

 報告を受けたあと、太助は統帥本部長七梨太郎助大将への面談を申請した。

 実の息子が父親に会うのに手続きを踏まなければならないという事実が太助には馬鹿馬鹿しかったが、そもそも彼の両親は子育てに関してあまり誉められたものではなかった。彼とその妻は親である責任以上にシャオリンという女王を戴いた都市国家の建設に力を注ぐのに忙しかった。

 なるほど、地球政府の干渉を排し、独力でMEGA-DOLLを開発させた実績は評価に値するだろう。

 サンライに滅ぼされた他の都市国家であるガニメデ、レヘレンヌス、レウケティウス、アラトル、ネヴェズのような道を辿ることはおそらくはないであろうから。

 軍人として、政治家としての太郎助は確かに有能であったが、それでも太助の考えるイデオロギーからすると彼の行動を素直に評価するのは難しいのだ。

 太助が本部ビルに着くと出迎えたのは幼馴染の山野辺翔子だった。

 典礼官であり、実体を伴わないものとはいえ少将の階級を持つ彼女に太助は敬礼する。

 翔子は苦笑を浮かべながら答礼すると太助を自分の執務室に誘った。

 太助はすぐにでも議長に会いたかったのだが先客が長引いているらしく、まだ時間があった。

「ま、そういうことだから大人しくついて来いよ。お前にとっても大事な話だからさ」

 翔子の言葉に従い、太助は翔子の執務室に入った。

 薄く紫檀の香りがする。

 来客を意識してか随分と高級な部屋として設えてあるこの執務室に太助はあまり好意を抱けなかった。

「ま、お前の価値観からするとここは居心地が悪いだろうけど我慢してくれ」

 翔子はそう言うと従卒の少年にコーヒーを二つ用意するように言いつけ、ソファに腰掛ける。

 目顔で促されたので太助も大人しくそれに従った。

「ま、取り敢えずおめでとうといっておこう。お前が帰ってくる二時間ほどまでにお前の中佐への昇任が決定した。アースグリムの正式な艦長の座とMEGA-DOLLの一個小隊も込みでな」

 従卒の少年がコーヒーを置き、退室したのを見計らって太助は口を開く。

「……それはまた。どのような政治力学が働いたので?」

「最近国内外の情勢もおかしくなってきたからな。強力な政府が必要な時期がきた、ということさ」

「不敏なる私にも分かるようにもう少し分かり易く言って頂きたい。政府は一体何を企んでいる」

 相手が翔子であるために太助は腹芸をするつもりはなかった。

 一切のウソを許さないという視線で翔子の目を見据え、返答を待つ。

 翔子はそんな太助を見て溜息をついた。

「七梨、お前だってあたしの言わんとすることが分からないわけじゃないだろう。今の政府は分離してる。象徴たる女王の座が空位だし、実権を握っている統帥本部長は政治に関与出来なくなってる。まあ、文民支配を謳った法令を条文化している以上、しょうがないといえばしょうがないがそれでもとにかく象徴が必要だ。政府と軍部が挙国一致してことに臨んでいるという意味でもな」

「それで? シャオを即位させるのか」

「もちろんそうなるだろうな。彼女は前女王の唯一の遺児だ」

「それと俺の昇任がどうつながるんだよ」

「分からないか?」

 太助は二、三度口を開閉し、首を横に振る。

 翔子は先ほどよりも深い溜息をついた。

「いいか、七梨。建国の初期の段階において為政者が軍人であることは珍しくない。だがそれを続ければ結局出来上がるのは軍国主義に彩られた独裁国家だ。分かるだろう」

「ああ、それで?」

「立憲君主制をこの国が試行する以上、国家元首は最低ふたりいる。君主たる王と民衆の代表たる議会だ。そして今、議会はあっても王がいない。これは体制の危機だ。これも分かるな」

「ああ」

「これを解消するにはどうすればいいか。方法は二つある。ひとつは王制を廃し、完全な民主国家にすること。もうひとつは新たな王を即位させること」

「三つめもあるさ。今の王家を廃して新しい王家を興すこと、ってな」

「そいつは今の時点で論じることじゃない。今論じるべきなのは二つめの方法だ」

「だからシャオを即位させるんだろう? それとどう話がつながるんだ」

「簡単なことだろう。王家の存続は血統を維持し続けることにある。新しい女王にも伴侶が必要だってことさ。後ろ盾を得るという意味でもな」

「……まさか」

「そう、現在の最大実力者である七梨家と王家の婚姻だよ。七梨家唯一の男子にして若き英雄七梨太助とプリンセス・シャオリンの婚姻。これによって現体制は強化され、挙国一致の体制でことに望める」

「馬鹿な……。そんなことをしたらますます血統による独裁化が進むじゃないか」

「この際そういった要素を考えに入れることは出来ない。確かに議会の方でもそのことを問題にする向きもあったが連合の脅威が差し迫った今、そんなことは言ってはいられない。地球政府ですら連合軍には勝てないんだ。僅かでも勝機を得るためにはなりふりは構っていられないんだよ」

「そんな……でも……」

「よく考えろ、七梨。こうでもしなければお前とシャオは結ばれない。それこそ軍事独裁を恐れる議会によって潰されるだろう。今だからこそ出来る。お前が少しでも早く栄達して軍を掌握すれば本部長は議会を取り仕切れる。そうすればこの国は助かるかも知れない」

「馬鹿な……それじゃシャオの気持ちはどうなる」

「シャオがそれを拒むと思うか? 国家の安寧を護り、自分自身も最愛の男と結ばれる。誰にとっても不幸はないだろう?」

「しかし……」

「諦めろ七梨。理想は大事だがときに時代が理念よりも現実を求めることはいくらでもある。まずは目の前の現実に対処することを考えろ」

 翔子の言葉は太助には重かった。

 シャオを娶ることが出来る。

 それは半ば諦めていた夢であり、捨てきれない想いだった。

 だが自分は彼女の母親の語った理想を信じていたかった。

 翔子のいうことは間違っているとは思わない。

 確かに時代の流れが強力なリーダーを要求することはある。

 だが自分にもしそんな強大な権力が与えられたら自分は今のままでいられるのだろうか。

「……少し、考えさせて欲しい」

「ああ、いきなりで悪かったとは思ってる。だけど敵は待ってくれないんだ。お前が元帥になって軍を掌握しない限り、実用化されたばかりのMEGA-DOLLだけじゃ勝てないんだからさ……」

 太助は一礼して翔子の執務室を出る。

 まったくもって荷の重い話だった。

 自分はまだ十九歳であり、名望も実力も伴っていない。

「昇任は英雄にするための鎖か……」

 太助は大きく溜息をつくと気持ちを切り替え、本部長の執務室へ向かう。

 彼に課せられた期待と責任は重くなる一方であったが、それでも彼はそれを放擲するつもりはなかった。



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