魔法のクッキー

第5部

 とりあえず出雲と一緒に店を出た離珠だったが、特に行くあてもないので、そのあたりをうろうろするばかりだった。見かねた出雲が、

出雲「どこか行きたいところがあるんですか?」

 と聞いたのだが、離珠は出雲の言葉を聞きたくないかのように、ますます歩調を速めるのだった。出雲は変に思いながらも、そのままついていくことにした…と、突然離珠は足を止めた。そこはアクセサリーを売っている店だった。ずらりと並ぶ装飾品を目の当たりにした離珠はうっとりとそれを眺めていた。

出雲「…さん、梨果さん?」

 その声で離珠は我にかえった。今までずっと出雲を引っぱってきていたことに気づいたのだ。

出雲「いきなり止まってどうしたんですか…ってああ、梨果さんここに来たかったんですね」

離珠「え? いや、その…」

 実はただ闇雲に歩いていて、ここで止まっただけなのだが、出雲はそうはとらなかった。

出雲「隠さなくてもいいですよ。女性ならこういう店に行きたいと思うのは当然ですからね。さ、どういうのがいいですか?」

離珠「え、そんな…」

出雲「遠慮しなくていいですよ。別にそんなに高いものじゃないですし」

 そういわれた離珠はあらためていろいろなアクセサリーを見てみた…と、あるところで目が止まった。それは月の飾りがついたネックレスだった。手にとって見る離珠。

出雲「それでいいんですか?」

離珠「え? あ、はい」

出雲「わかりました。すいません。これください」

 会計を済ませた出雲は早速そのネックレスを離珠の首に掛けた。実はそのネックレスはクリスマスのときに太助がシャオにプレゼントしたものだった(しかしシャオはそれをかつおぶしが湿気らないようふさいでおく紐の代わりにしてしまった)のだが、二人は知る由もない。

出雲「よくお似合いですよ」

離珠「そ、そうですか?」

 照れてうつむく離珠。今までこの手のアクセサリーをつけたことがなかったし、シャオ以外にほめられることがあまりなかったので、非常に新鮮だったのだ。

出雲「そろそろ夕方ですね。遅くなるといけないので早く帰りましょう」

 そう言って出雲は離珠の手を取り歩き出した。その光景は端から見れば幸せな恋人たちそのものだった。

 本屋のあたりまで戻ってきたところで出雲は、

出雲「梨果さん、送っていきますよ。家はどこですか?」と離珠に聞いた。

 これ以上一緒にいるとやばいと判断した離珠は、

離珠「いえ、いいです。今日は楽しかったです。このネックレス、ありがとうございました」

 といって一目散に駆け出した。

出雲「あ、梨果さん。…変わった人でしたね。でもどこかで会ったような…そんなわけないですね」

 そう言って出雲はデジャヴを感じながら宮内神社へと戻るのだった。

 いっぽう離珠は、かろうじて七梨家の前まで戻ってきていた。しかし自分は今人間サイズだ。玄関から入るわけにはいかない。

離珠(そうでし! シャオしゃまの部屋から入れば…)

 シャオの部屋は1階にあり、縁側もあるので、外からでも簡単に入ることができる。中に人がいないことを確認した離珠は、そっと部屋の中に入った。

離珠(でも、シャオしゃまや太助しゃまに見つかったら…)

 人間サイズになった自分をわかってくれるだろうか、などと思っていた離珠だったが、突然意識が朦朧としてきたことに気づいた。

離珠(どうしたでしか? 体が…)

 そのまま離珠は意識を失った。

 実はあの手紙にはこう書かれていたのだ。

   なお、このクッキーの効果は約半日で切れ、元に戻るから注意しろよ。

 太助ががっかりした原因はこれだったのだ。



??「…、…珠」

離珠(?)

??「離珠、離珠!」

 その声で目を覚ました離珠は一瞬驚いた。なんと目の前にはシャオの巨大な顔があったからだ。あわてて体を確かめる離珠。

離珠(…って、いつものサイズでしね。あれは夢だったんでしかねえ。シャオしゃま、離珠は夢の中で人間サイズになってたでしよ)

シャオ「そんなことより離珠、これはどういうこと? 那奈さんの服を勝手に持ってきたりして」

 そう言ってシャオが示した先には那奈の服がまるで中身がなくなったかのように脱ぎ捨てられていた。

離珠(あれは、夢の中で離珠が着てた服でし。じゃああれは夢じゃなかったんでしか?)

シャオ「何を言ってるの、離珠? とにかく那奈さんに謝りなさい」

那奈「いいよシャオ、そこまで言わなくても。離珠、別に気にしなくていいからね」

シャオ「本当にすいません。あ、このネックレスもお返しします」

那奈「ん、それはあたしのじゃないよ。シャオのじゃないのか?」

シャオ「でも私のはここにありますよ」

 そのネックレスは間違いなく離珠が出雲に買ってもらったものだったのだ。

離珠(やっぱり夢じゃなかったんでし! あのクッキーは魔法のクッキーだったんでし。もう一度食べたらまた人間サイズになれるんでしかねえ)

 そう思い、ひそかに期待していた離珠だったが…

太助「ああ、あのクッキーならルーアンが全部食べちゃったよ」

 そういわれた離珠は愕然とした。ちなみにルーアンは一心不乱に食べ続けたため、何も願いはかなわなかったそうだ。

 こうして七梨家のにぎやかな夜は謎のネックレスを残したまま更けていった。

 もしあなたがクッキーを食べるときには何か願いながら食べるといいかも。もしかしたらそれは魔法のクッキーかもしれませんよ…

(終わり)

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あとがき

 やっと完結させることができました。結末の構想は最初から浮かんでいたのですが、そこに持っていくにはどうしたらいいのかがなかなか考え付かなくて、結局だいぶ遅れてしまいました。話の基本は、ありがちな離珠巨大化ネタです。離珠口調とかなれてないので、けっこう書くのに苦労しました。離珠と出雲はいいコンビだと思うので、こういう話になりました。離珠が主役なので、太助やシャオがほとんど出てきませんでしたね(ルーアンやキリュウは名前だけの登場)。もし次回作を書くときは、もう少し考えて見ます。よろしければ感想とかメールでいただけると非常にうれしいです。あと、小説やイラストの投稿もどしどし受け付けているので、送ってくださるとうれしいです。なお、このお話の中に、僕自身が体験したエピソードが含まれています。さてそれはどこでしょうか? ってクイズじゃないですけど。当たっても別に何もないですし。いろいろ想像しながら読んでいただけるとうれしいです。では、もし次の機会があればまた。


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