「俺、転校するんだ」

付き合い始めて半年たった頃、彼氏の壱がそう言った。
その言葉に対してのあたしの言葉は、行ってらっしゃいでも、手紙書くねでも、会いに行くね、でもなく。

「別れよ」

だった。



「馬っ鹿じゃないの?」
「・・・何でよ」
「何で、転校=破局になるわけ? そこは可愛らしく、待ってるね、とか行っとくとこでしょ?」
「あたしがそんな台詞を言うとでも?」
「思わないけどさ。でもだからって何でそうなるのよ」
「だって、あたし遠恋とか無理だもん」

壱と別れたって言ったら、友達に心底呆れられた。

けど、絶対無理。

あたし達は、もともと喧嘩友達で顔を会わせれば憎まれ口の叩きあいだった。
付き合いだしてからもそれは変わらなくて、3日に1回は喧嘩するし、恋人っぽいこととかもしてこなかった。

最近様子がおかしいとは思ったのよ。
あんまり喧嘩、しなくなったし。
いつも通りの憎まれ口を叩いても、あっちが言い返してこないから喧嘩にならない。
その上、手料理が食べたいから弁当を作って来いとか。
前は、「腹壊しそうだから」とか言ってたくせに。

まさか、こう来るとは・・・



「だから、無理だってば」
「無理じゃねーよ!」
「無理だよ! ムリムリムリ!!」

壱とあたしの押し問答。
あの日からずっと、こればっかり。
もう、時間ないのに。

でも無理だもん。
だってあたし、可愛くなんてなれないもん。
口開けば余計なことばっかり言っちゃうし、喧嘩だって絶えなかった。
今までならそれでも良かった。
同じ学校だったから。

言葉を交わさなくても、顔を見れた。
まだ怒ってるか、とか呆れてるのか、とか、顔を見れば分かって。多分、それは壱も一緒で、謝らなくってもいつも何となく仲直りしてた。

でも、離れてたら分かんない。

今どうしてるのか、とか。

嬉しいことは、一番に伝えたいのに。
辛い時は、顔を見たいのに。
今まで当たり前にしてたことが、出来なくなる。

壱だって、環境変わって大変になるのは分かる。
ほんとは、「がんばって」って言うべきなんだと思う。
でも、無理。
大人になんて、なれないよ。

「向こうで可愛い彼女作ればいいじゃない!」
「馬鹿なこと言ってんじゃねーよ! 俺はお前が――」
「やだ! 聞きたくない!!」

耳を塞いで、言葉を遮る。

だって、前に好きだって言ってくれたのは、転校するって話す直前だった。
付き合い出す時だって、言わなかったのに。

好きって言ってくれて嬉しかった。

けど、いらない。

壱が止めるのも聞かずに、逃げ出した。
だって、泣いちゃいそうだったから。


言葉なんていらない。
好きだなんて言ってくれなくていいから
だからお願い。



―――離れて、いかないで・・・・・








「まずった・・・」

閉じ込められてしまった。in体育倉庫。
何でそんなとこにいるのかって?
人が来ないかな、と思ったのよ。
泣いてたせいで、鍵をかけられたことにも気付かず、気付いた時には時既に遅く。
携帯も持ってないし。
・・・今度から持ち歩くようにしよう。
中から大声で助けを呼んでみたものの、人通りの少ないこの場所で発見してもらえる率はかなり低く。
ていうか、のど痛くて声でないし。

まあ、最悪明日の朝には出られるだろう。多分。

・・・明日。

明日になったら、いなくなる。
見送り出来なさそうだな。
もっとも、行ったかどうかも分からないけれど。

まあ別れる、とか言っちゃってるわけだし、行かなくても問題ないだろう。

別れたい、なんて嘘。

でも笑顔で見送るなんて、きっと出来ない。
けど泣いて見送るのは、もっと出来ない。

行かないでって言っちゃいそう。
そんなの、言えない。

言ったら困らせるから。
なんだかんだ言って優しいから、困らせたくないんだ。


―――嘘。


ほんとは、壱の気持ち考えてる余裕なんてない。
拒絶が怖いだけ。謝られるのが、嫌なだけ。


「やだよぉ・・・」


行っちゃ、やだ。


聞きたい言葉なんてない。
ただ、ずっと一緒にいたかった。

でももうそれは叶わないから。



―――ガチャガチャ


乱暴に鍵を開けようとしてる音がした。
やっと開いた扉のとこにいるのは壱で。

「な・・・なんで?」
「――お前がまだ帰ってないって聞いて、教室に鞄あったから校内にいると思って、学校中しらみつぶしに探してた」

そう言った壱は、息を切らして、髪もちょっと乱れてた。
しらみつぶしって・・・校内どれだけ広いと思ってんのよ。

「ば・・・馬鹿じゃないの?」
「・・・馬鹿はどっちだよ」

いつの間にかすぐ傍まで来てた壱は、あたしの頬に手をあてて、涙を拭った。
しまった。泣いてたのばれた・・・

「一人で泣いてんじゃねーよ」
「・・・何怒ってんのよ」
「阿呆! 怒りたくもなるっての! 転校するって言えば別れるとか言われるし! ちゃんと話そうとしても逃げるし! 家に行けばまだ帰ってないとかいうし!! 俺がどれだけ心配したと思ってんだよ?! おまけにやっと見つけたと思えば泣いてるし!!」
「何しようと人の勝手でしょ!! どうせ明日にはいなくなっちゃうんだから、放っといてよ!!」

あたし、ほんと素直じゃない。
ほんとは、壱が来てくれてすっごく嬉しいのに。

「卒業したら、帰ってくる」
「え?」
「こっちの大学受けて、戻ってくるから」
「・・・あんた、受かると思ってんの?」

あんなに馬鹿なのに。
一浪や二浪は固いというのが、友人の間での満場一致の意見なのに。

「うっせーよ! 俺はやれば出来る子なの!!」
「へえ。」
「むかつく!!」

壱の表情はほんとに悔しそう。
でも、壱のお馬鹿っぷりは半端じゃないのよ?

「―――やっと笑った」
「へ?」

あたし、笑ってた?
ていうか、あたし今までも普通に笑ってたわよ?
態度は悪かったかもしれないけど。壱に対して。

「お前、ずっと空元気だったろ。あんな顔するくらいなら別れるとか言ってんじゃねーよ」

ぐっ。
なんで、そんなこと気付くのよ。お馬鹿なのに、そんなとこばっかり鋭い。

「・・・別れるとか言うなよ」

ぎゅって抱き寄せられた。
だめだよ。あたしやっぱり・・・

「嘘ついたら・・・」
「ん?」
「一発で合格しなかったら・・・浮気してやるんだから」
「げっ・・・」

やっぱり、壱が好き。

「やれば出来る子なんでしょ?」
「わーったよ! やってやるよ! だから、ちゃんと待ってろよ?!」
「うん・・・待ってる」

でも、それにはやっぱり糧がいると思うの。
近くにいるならともかく、遠くに行っちゃうんだから。

「壱」
「何?」
「・・・好きって言って」

最初に聞いた時、嬉しさに浸ってる暇なかったんだもん。
だから、ちゃんと聞きたかった。

「聞きたくないんじゃなかったっけ?」
「今は聞きたいの!!」
「じゃあ、麻生も言って」
「へ?」
「俺、お前の口から聞いたことねーもん」

壱の表情、すっごく楽しそう。
絶対からかわれてる。

「ほれ、言ってみ?」
「・・・大学受かったら言う」
「やだ。今聞きたい」

やだ、って。駄々っ子じゃないんだから。
そりゃ、壱に言ってほしいと言いながら自分は言わないっていうのは、ずるいかもしれないけど。
だって、恥ずかしいんだもん。

「言ってくれたらすげー頑張れそうな気がするんだけどなー」

言い方がわざとらしいんだよ!!
・・・でも。

「・・・好き」

人が勇気とか根性とか振り絞ってやっとそう言ったのに、壱はきょとんとしてる。
何さ、その反応。もっと嬉しそうな表情とか出来ないの?!
呆けてた壱は、我に返ったのか勢い込んであたしの肩をつかんだ。

「もっかい言って!!」
「も、もう言わないわよ! 馬鹿壱!!!」

そんなにほいほい言えるか!!

真っ赤になってるあたしを見て壱が楽しそうに笑う。
何だか悔しくて、壱の胸倉を掴んで引き寄せた。

「・・・・・・勉強の激励」

あたしからキスするのは初めてで。
うあー。これはこれで、かなり恥ずかしい。
壱を驚かせてやろうと思ったんだけど。確かに一瞬呆けてたけど。奴はすぐににっこりと笑って迫ってきた。

「もう1回してくれたら、もっと頑張れるけど?」
「調子に乗るなぁ!!」






でも翌日「行ってらっしゃいのキス」とかって、された。

―――みんなの見てる前で。
・・・信じらんない。
壱は、そのまま行っちゃったからいいかもしれないけど、残ったあたしはすっごい冷やかされたんだから。


次会ったら、まず最初にひっぱたいてやる。


覚悟してなさいよ、壱。




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