sweet on you



最近、真衣の周りをちょろちょろしてる奴がいる。

大石尊。
中等部の後輩らしい。
真衣に気があると思うが、真衣はまったく気付いていない。
何で自分に向けられる好意にはこんなに鈍いんだろ。

独占欲とか、強い方じゃないと思ってたけど。
どうやら違ったらしい。

すっげームカつく。




「あの子世話焼きだから、頼られると放っとけないのよね」

近くにいた牧村がおもむろにそう言った。
視線は俺と同じく真衣たちの方を向いてるけど、こっちを観察されているような気がしてしょうがない。

「でも、一哉くんのせいよ?」
「何が」
「だって今までは恋愛に興味ないお子さまで済んでたのに彼氏なんて作ったもんだから恋愛音痴が認められなくなって。付き合ってくださいと言われれば“どこに?”と素で返すようなお子様なのに」

そこまで酷いのか。
でも、真衣なら言いかねない。

「一哉君みたいに不特定多数からもてたりはしないけど、真衣を好きになる子って一途なのよね。」
「そっちのが質悪いだろ・・・」
「まあね。大石くんは自分の武器をフルに使ってるわよね。積極的ー。見た目女の子みたいだから真衣も警戒心ゼロだしね。もともとないけど。でもまあ・・・」

そこで言葉を切った。
続きが気になったが、真衣が戻ってきたから仕方ない。


牧村の言う通り、真衣を好きになる奴は本気の奴が多いと思う。うちの兄貴然り。

ほんとに、質が悪い。

あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。
真衣は単純なようでいて、何というか、掴み所がない。

我ながら重症だと思うが、頼むから目の届くところにいてくれ、と思う。

大石が邪魔だし、他の奴も鬱陶しいし。
何より真衣自身に自覚がないから困る。
警戒心を持てと言っても「大丈夫だよ」と言うだけで気にしてない。
というより、そもそも自分がそういう対象に見られることを考えてない。
俺ですら、普段は忘れているだろうとしか思えない。
そういう雰囲気になった時に初めて思い出して、それから無駄に慌てるんだ。

・・・何かすっげー不毛な気がする。







「言いたい事があるならはっきりどうぞ?」

昼休み。
また現れた大石を見ていると、おそらくしかめっ面をしていたのであろう俺を見てそう言った。

喧嘩売られてるような気がする。
というか、自分で思っていたより気が短かったらしく、そろそろ苛々も限界だ。

じゃあ言ってやるよ。
真衣の腕を引っ張って、自分の方に引き寄せる。

「触るな、俺のだから。」
「・・・・・・ばっ! 馬鹿じゃないの?! あたしはものじゃないわよ!」
「――だそうですが?」

真衣の反応はいいけど、大石の反応がむかつく。
こいつ、絶対性格悪いだろ。

「けど、こいつは俺の彼女だし、他の男がちょろちょろしてるのは普通に邪魔」
「狭量ですね」
「口説いても無駄だって言ってんの」

これはあながち嘘でもない。
真衣を口説こうと思ったら、誰にでも分かるように直球で言うしかないし、それでも気付かないことすらある。
これだから天然は。
けど、奴は気にする素振りもなく。

「無駄かどうかは分かりませんよ? 彼氏のいる人を口説くのが無駄なら、浮気とか心変わりとかいう言葉はありませんよね?」
「するの? 心変わり」
「へ?」

そう訊ねると、真衣はいきなり話を振られたせいか、きょとんとしていた。
心変わりも何も、付き合ってない。
とは、この状況では言えないはずだ。
大石の前だからというだけでなく、周囲から好奇の視線が集まってる。
そういや、さっき抱き寄せた時も何かうるさかったし。

廊下なんかで騒いでれば、注目を浴びるのは当たり前だ。
真衣も嫌がるし、普段ならこんなことはしない。
けど、今の俺はちょっと余裕が足りない。

だから、ずるいかもしれないけど、これも周囲に対する一種の牽制だ。
傍から見れば、いちゃついてるようにしか見えない。
こういうことに慣れてないせいで真っ赤になってるのがそれに輪をかけてる。

利用できるものは、最大限使わないと。
頬に手を当てて目を逸らせないようにして返事を迫る。
と。

「知らないわよ! 馬鹿――っ!!」

周囲への効果はともかく、肝心の彼女の機嫌は損ねてしまったらしい。
そう叫んで、逃げていった。

あーあ。






真衣を探してたはずなのに、いけすかないのに遭遇してしまった。
ここからだと陰になっててよく見えないけど、誰かと話をしていた。

「嫉妬ですか? 心配しなくても僕は先輩一筋ですよ」
「誰がそんなこと聞いとるか! ふざけんな、ボケッ!」

えらく口の悪い女だな。
でも、この声聞き覚えがある気がする。

どかっと何だか豪快な音がして、しばらくするとこっちに気付いたらしい大石と目が合った。

「立ち聞きですか? 悪趣味ですね」
「悪趣味なのはどっちだ。今のはどういうことだ?」

今のはどう見ても、こいつが迫ってるとしか思えなかった。
本人も、悪びれず肯定する。

「口説いてたんですよ。勿論、真衣先輩じゃないですよ? それに、人目を忍んでる分、先輩よりましだと思いますが」
「余計なお世話だ」
「そんな怒らないでくださいよ。真衣先輩を好きだったのはほんとですけど。でもとっくに振られましたし。ていうか、告白だとも気付いてませんでしたけど。」

牧村の言ってたお子様ボケか。

「で、それが何で真衣にちょっかい出すんだよ」
「嫌がらせに決まってるじゃないですか」
「はあ!?」
「いえ最初はそんな気なかったんですが、先輩方の反応がおもしろくてつい。それに、僕はなかなか振り向いてもらえないのに、学校どころか家でまで一緒にいる先輩が憎らしくて」
「八つ当たりじゃねーか」
「そうですよ?」

殴っていいか、こいつ。

「でもまあ、いいじゃないですか。先輩も周りに目一杯威嚇できたでしょ?」

反省の欠片も見られない態度に、この学校で関わりたくない奴がまた一人増えた。





「何よ」

やっと見つけた真衣は、まだ怒ってるらしく、俺の姿を見るなり睨みつけてくる。全然怖くないけど。
でも、ここは素直に降参しておこう。

「悪かったよ。ごめん」
「・・・また噂になるじゃない! 尾ひれつきまくって、知らない人から冷やかされたりするんだから!!」
「人の噂も75日ってよく言うだろ」
「二ヵ月半も噂されてろと?!」

そう考えると長いな。

「けど俺だって被害者だっての」

むしろ俺が一番振り回されてる気がする。

真衣は何があったかも気付いてないし。
牧村あたりはきっと全部知ってたんだろうな。だから苦手なんだよ、あいつ。

はあーっと特大のため息を吐いて、その場にしゃがみ込む。

「・・・一哉、は、もう怒ってないの?」
「は?」
「何か、最近機嫌悪かったじゃない・・・」

理由に思い当たらない鈍さはともかくとして、一応気付いてはいたらしい。

「だから、何かしたかなってちょっと悩んでたのに、  くんにも相談してたのに。でも、あんなことするし」

そう言って、赤くなって俯く。


無自覚で無意識で無防備で。

だから。


頬に手を当てて―――




―――思いっきりつねってやった。


「いた――っ!!」

涙目で睨んでくる。

「何すんのよっ!!」
「こっちの台詞だっての。」

危うく手出しそうになった。

でも意識されすぎて避けられても困るし。

ほんと、手のかかるお子様。



けど好きなんだから、仕方ない。







  index 

top