shopping



「買い物?」
「そ。パーティーの服買いに。」

そう言えば、母さんから参加しろとのお達しが。
何のパーティーだかは覚えてないけど、夏澄ちゃんも関わってた気がする。何かカメラ関係の賞のやつだった。
夏澄ちゃんがこの間出した写真集にも不本意ながらも参加させられたし、夏澄ちゃんのお祝いってことには抵抗はない。素直に嬉しい。けど。

「何で?」

わざわざ買わなくても持ってるし。
そんなに数はない、っていうか一着しかないけど、別にそんなしょっちゅう着るわけでもなし、使い回しでいいじゃん。
別段お金に困っているわけでもないが、必要ないんだから買わなくていいじゃないかと思う。

「買い物なら食材買いに行きましょうよ。お米とか飲み物とかお一人様一点限りとかの特売品買ったりとかー。」

その方が建設的だ。是非そうしたい。
が、「後でね。」とあっさり切り捨てられた。
むぅ・・・

「ていうか、服くらい一人で買いに行けます。」
「早紀子さんが」
「ん?」
「『真衣に任せてたら値段で決める上にそこはかとなく無難に適当に選ぶから却下』って。」

・・・バレてたか。

でも、高い服って精神的に肩こるじゃない。
あたしは機能的な服が好きなんだもん。ジーンズ万歳。
ついでに、店員さんと話すのも苦手。落ち着かないし。
だって、客商売なんだから何着ても「似合わない」とは言えないじゃない。
褒められるのも、何かむず痒くなるからいらないし。
一哉たちと買い物に行くのに抵抗がある原因もそこにある。

一緒に暮らすようになって数ヶ月。
生活には慣れたけど、言動には慣れない。
さらに具体的に言うなら、褒められるのに慣れない。

だって、さらっと言うんだよ?
何であんな平然としてるのさ。動揺してるこっちが馬鹿みたいだ。そう思っても焦っちゃうんだけど。
帰国子女って皆あんななの?
いや、元々の性格か。克己さんとかもそうだし。

目敏いと言うか何と言うか・・・

髪切ったら絶対気付くんだもん。
自分でもよく分かんないくらい、長さも大して変わってないのに。
笑顔でさらりと「可愛い」とか言われても。
どうしたらいいの。


母さんセレクトの服も嫌だ。
無駄にひらひらしたやつ選ぶんだもん。あんなの着れるか。絶対嫌がらせだよ、あれ。

となると、自分で選ぶしかないのだ。


***


「うわ―――。」

高そうな店、と呟く。
一人で来てたら即回れ右をして帰ったに違いない。
でも、二人はそんなことをさせてくれるつもりはないらしい。

男の人はいいなぁ。スーツ着てればいいんだもん。あたしもそれがいい。
こういう時はちょっと圭くんが羨ましい。
堂々と男物のスーツで来るもん。
いっつもおばさんに怒られてるけど。まあ、似合ってるし。

やる気なく服を眺めていると店員さんが寄ってきて、新作やらをすすめてくる。けど、一向にその気にならない。

「着てみればいいのに。」
「嫌ですよ。試着だけでも疲れるもん。」
「やる気ねーなぁ。」
「無理矢理連れてきたくせに。そんなに言うなら一哉が着たらいいじゃない。似合うよ、きっと。」

やさぐれ気味のあたしの言葉に、一哉がにっこりと笑んだ。
そりゃあもう、満面の笑みで。
こわいこわいこわい!!

「いや、その。あたしだって嫌だって言おうと思ったんであって・・・」

しかしどうやら逆効果。
古傷を抉ってしまったらしい。
そんなに気にしてるとは・・・

「真衣ちゃんっ」

すっごく怖い空気を破ってくれた救いの天使は、由貴ちゃんだった。

「・・・由貴ちゃんも、買い物・・・?」
「まあ、それもあるけど、社長に真衣ちゃんと買い物してきてって頼まれて。」
「何で?」
「曰く『あの子、美少女に弱いのよ。』って。」

人聞きの悪い。

どうやら由貴ちゃんがここにいるのは、あたしの逃げ出し防止策の一環らしい。

「お前自分で美少女とか言うなよ。」
「あたしが言うたんちゃうもん。」

そう口を挟んだのは克己さんで、由貴ちゃんは克己さんの言葉にそっぽを向きながらも応戦してる。

「こういうのは?」
「そういうのは由貴ちゃんの方が似合うと思う。」

見ない方がいいような気もしたけど、やっぱり気になる。

「ゼロがいっぱい・・・」
「真衣ちゃん、社長令嬢やんなぁ。」
「お金は必要なだけあればいいんです。」

たまに美味しいものを食べに行く、とかはしたいけど。
服とかは機能性重視。
広い家とか、掃除大変じゃない。

って、何の話だ。

ずれたことを考えていると

「「これ。」」

二人が示したのは、白のワンピース。
結構レースを使ってあるけど、ごちゃごちゃしてなくて、可愛い。
可愛いとは思うけど、似合うかどうかは別問題。とか考えている間もなく

「いいですね、それ。はい試着ー♪」

いつの間にかしっかり自分の分も選んでいた由貴ちゃんに試着室に連れ込まれた。んだけど・・・

「・・・試着室って、普通はこう、カーテンで区切られたさぁ・・・」

最低限着替えに必要なスペースが用意された狭い空間だと思うの。
なのに、何この無駄にだだっ広い空間。

「そういうのもあるよ? でも二人で入るには狭いし。一人やとサイズが合わへんとか理由つけて返品するて言うてたから。」

値段>デザインがあたしの中のお買い物方程式だからね。

読まれてるなぁ・・・。

仕方ない。今回は諦めるか。
無駄な抵抗を続けるよりその方が早く帰れるし。

「・・・何?」

大人しく着替えようとすると、横から視線を感じた。

「スタイルええなぁと思て。」
「へっ?!」

突然、何を言い出すのかと思えば。

「・・・由貴ちゃんの方がいいじゃない。華奢だし。」
「細いけど、女らしないて言われるもん。牛乳飲んでも育たんかったし。」
「あの・・・」
「夏澄さんとかが抱き心地ええて言うてたん分かるわぁ。サイズは上から・・・ってとこ?」
「ゆ、由貴ちゃん?」

そう言いながら、抱きつかれてもどうしていいか分からない。
ていうか、夏澄ちゃんと何の話をしてるのさ。しかも、とかって何。


「由貴。セクハラしとらんとさっさと着替えろ。」
「どっかの誰かの悪影響やな。しかも何なん、盗み聞き? やらしいなぁ。」
「阿呆。んな事せんでも、そんだけでかい声で喋っとったら聞こえる。」

それはつまり、今の会話は筒抜けって事で。

・・・・・・。

・・・・・・逃げたい。


「羨ましいやろ。」
「うん。俺だけやなくて、特に横におる奴・・・った!! 本気で蹴んなや・・・」
「どうせなら蹴りやなくて踵落としくらい喰らったらちょっとは頭が正常に働くようになるんちゃう。」

由貴ちゃんは全く動じた様子もなくいつもと変わらぬやりとりを交わしていた。


「似合う似合う。」
「じゃ、もう着替えていい?」

サイズが合ってるんだから、試着はもういいよね。

「何言うてんの。外で待ってんのに。」
「・・・やだ。」

さっきの会話と相俟って、切実にこの場から逃げたい。

「そうやなぁ。」

由貴ちゃんが考えるようにそう言ったから逃げる希望をもったのに。

「折角やからもうちょっと・・・」
「由貴ちゃん?」

何だか、さっきとは違う意味でこわい。

・・・誰か助けて。



「お待たせー。」
「真衣ちゃんは?」
「往生際が悪くて。自信作やのに。」
「お前何しとったん?」
「折角やから、ヘアメイクを少々。メイクさんに習ったし、いい出来やねんけど・・・」

そう言いながら、腕を強く引かれ、更衣室から引っ張り出された。
細いのに、意外と力強いよね。

「可愛いやろ?」

にっこりと笑ってそう言う由貴ちゃん。

「可愛い可愛い。」
「あんたはそれ以上近付きな。」
「お前も似合うとるで。馬子にも衣装て感じで。」
「それは褒めてるつもりなん?」
「気に入らん? 最大級の褒め言葉やのに。」
「最悪やな。」

すぐ傍で繰り広げられる軽口の応酬を聞きながら、あたしは居心地の悪い思いでいっぱいだった。
無反応でじっと見られたら誰だってそうなると思う。

「えっと・・・」

ものすごくいたたまれないというか・・・逃げたい。
今日こればっかり言ってる気がするけど。

でも、選んだの二人だし。
似合ってなくても、あたしのせいじゃないもん、と責任転嫁をする。まあ、誰のせいでもないけど。

「・・・着替えて来る!!」

回れ右をして逃げ出そうとしたけど、腕を引かれて敢え無く失敗。

「すごい似合ってる。」
「可愛い。」

これはこれで、いたたまれない。
ていうかこっちの方が無理! 耐えられない!!
何でそんなことさらっと言えるわけ?!
これだから帰国子女は!!(偏見)

というわけで、今度こそ逃亡した。



逃げるが勝ち、だもんね。



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