the strongest



空気が重い。

どうしてかというと、悠都さんと一哉がケンカしてるせいだ。
理由は分からないけど。
だって、聞いても教えてくれないんだもん!!
あたしには普段と変わらない態度で答えてくれるけど、ケンカのことについて尋ねた途端豹変する。
一哉は不機嫌になるし、悠都さんは逆に笑顔になる。
どっちにしろ答えてくれないし、怖い。

でも、お互いに口きこうとしないし、目も合わせない。
あたしには兄弟いないから、普通の兄弟喧嘩がどんななのかなんて分かんないからどうすればいいのかも分からない。



「どうしたらいいと思う?」

お昼休み。一哉はミーティングだかなんだかでいなかったので、珠と圭くんに相談してみた。
二人とも兄弟いるし。

「珠はお兄ちゃんと喧嘩したりする?」
「あたしが負けるわけないじゃない。」

・・・そうですね。
でも、それって参考にならないよ・・・。

「圭くんは?」
「あたしは年が離れてるからしないけど。うちのチビ達はよく喧嘩してるぞ? 殴ったり蹴ったり。でもまあ、子供の喧嘩だから一晩寝れば前の日どんなひどい喧嘩しててもけろっとしてるけど。」

圭くんの弟たちは小学2年生。
でも、次の日けろっとしてるのはそれは子供だからというよりは、性格のせいなのでは?

「先輩はお兄さんとは喧嘩しないんですか?」
「喧嘩にならない。」
「仲良いんですね。」
「いや、そうじゃなくて。」

圭くんには2歳上の兄がいる。
でも、苦手らしい。
優しいと思うんだけど、圭くん曰く「人当たりだけは果てしなく良い、性格破綻者」なんだって。
お兄ちゃんの猫被りは遺伝だ、って言ってたけど。
何にせよ、喧嘩するタイプではなさそうだ。

「いいんじゃない? 放っとけばそのうち仲直りするでしょ。」
「そうそう。喧嘩するほど仲がいいって言うし。」
「そうかなぁ・・・」

でも、あの空気もう嫌なんだけど。


***


訂正。
嫌っていうか、もう限界。
だって、会話がないんだもん。
ご飯食べてる時も無言。
いや、喋らないわけではないんだけど、あたしとしか話さないし、しかも遠まわしにお互いに言い争ってるというか。

「好き嫌いはほとんどないから。誰かさんと違って。」

とか、

「誰かと違って素直だから。」

とか。

人を挟んで喧嘩しないで下さい。

まあ、そんなしょうもない言い合いは別にいいんだけど、だんだんエスカレートしてきてものすっごい険悪ムードになってきたんですけど・・・!!

「何が言いたいわけ?」
「別に? お前に関係ないだろ。」

久しぶりに直接話したかと思えばこれか。

「―――もういい。」

「・・・真衣?」
「真衣ちゃん?」

あたしを見て二人が声をかけてきた。
でももう、遅いんだから。

「もう、知らない!! 勝手に怒ってれば!?」

そう啖呵を切って、自分の部屋に戻っていった。


***


「ええの? 帰らんで。」
「いいんです!!」

とくに行く当てもなかったのでとりあえず事務所に行ってみたところ、母さんはいなかった。
で、偶然克己さんに会って近くのお店でご飯をごちそうになっていた。

「話し合ってって言っても聞かないし、あんな空気の中で生活したくありませんから。」

まだちょっと怒ってるんだからね。
二人とも妙に頑固で放っといたらいつまでも仲直りしそうになかったし、それに―――

「・・・だって、淋しかったんだもん。」

「お互いに避けてるから部屋からあんまり出てこないし、理由聞いても教えてくれないから仲直りさせようにもどうしていいか分からないし。」

傍にいるのにいないみたいに振舞っているのが嫌だった。

何にも出来ないのがもどかしくて。
何にも話してくれないのが寂しくて。

―――『関係ないだろ』

あたしに向けられた言葉ではなかったけど。
何も話してくれないのはあたしにも関係ないって言われてるみたいで。

・・・やつあたりだったかな。

そりゃ、ケンカする事だってあるよね。
お互いに認め合ってるからケンカするんだって言ってたし。
でもお互いに傷つけあうようなのは嫌で。
ケンカするんなら、それこそ一発殴るとか気の済むまでその場で発散すればいいのよ。
あんな冷戦みたいなのは嫌。

落ち込んでいると、考えていることを見透かされたように克己さんに頭を撫でられた。
子供扱いされてるなぁと思うけど、家を飛び出してくるなんて子供じみた行動をしているし、何も言えない。
それに、別に嫌じゃないし。
何か、面倒見のいい頼りになるお兄ちゃんって感じだし。

「で? これからどないするん?」
「えーと・・・」

飛び出したのも勢いだったので、あてなんてあるはずもなく。
珠のところにでも行こうかなぁ・・・。
考え込んでいると、克己さんがにっこり笑って言った。

「うちに来る?」
「え?」


***


「・・・真衣は?」
「・・・いないの?」

この時間、いつもならキッチンにいるはずの真衣の姿が見えない。
部屋をノックしてみたが返事はなく、ドアを開けてみても姿はなかった。
部屋にとじこもって出てこなかったので、しばらくそっとしておこうと思ったのだが、いつの間にか出て行ったらしい。

「「・・・・・・」」

沈黙していると、電話の呼び出し音が響いた。

「もしもし?」
『自分らの探しもの、うちにおるから。』

探しもの、と聞いて思い浮かぶのは一人しかいない。
何で一緒にいるんだ、とかいう台詞はとりあえず今は置いておく。

「―――迎えに行くから」
『ええよ、来んで。邪魔やから。』
「何言ってんだよ。」
『俺の座右の銘知っとる?』
「はあ? それと何の関係が・・・」
『据え膳食わぬは男の恥。』
「おい・・・」
『こないな状況になったんは、自分らが喧嘩しとったせいやろ? 真衣ちゃんの気持ちも考えんと大人気ない。』
「それは―――」
『ってな訳でガキのところには帰さんから。ほな。』
「ちょっと待て!!」

が、それ以上まったく話す気はないらしく、会話と同じく一方的に電話が切られた。

克己が言うと、何だか洒落にならない。

真衣が克己に口説き落とされるとも思えないけど、自分たちが真衣を怒らせてしまったのも事実で。
彼女の性格からして、そんなに簡単に自分から帰ってきたりはしないだろう。
妙に意地っ張りなところがあるのだ。

同じ結論に辿りついたらしく、喧嘩していたはずの二人は顔を見合わせてそのまま部屋を出た。


***


「悠都さんでも喧嘩なんてすんねんなぁ。イメージ湧けへんわ。」
「・・・うん。」
「すぐに仲直りするよ。大丈夫やって。」

あたしはお言葉に甘えて克己さんの部屋に来ていた。
だって、由貴ちゃんもいるって言うんだもん。
由貴ちゃんは克己さんのお隣さん。
親に女の子の一人暮らしは危ないからと言われて隣に住むことになったらしい。
まあ、そんな感じで由貴ちゃんに悠都さんと一哉の喧嘩の事とかここ数日の出来事を話してたところ。
話を聞いてもらったら大分すっきりした。

黙って家を飛び出してきちゃったけど、心配してるかな・・・?

「あの二人、多分もうすぐ迎えに来るから。」
「へ?」

さらりとそう言った克己さんに、あたしはきょとんとし、由貴ちゃんは疑うような視線を向けた。

「・・・あんた、また何かいらん事言うたやろ。」
「何の事?」
「とぼけたってあかんよ。その人を小馬鹿にしたような顔!! 絶対何か企んでるやん!!」
「人聞きの悪い。ええやん、別に。今回は二人が悪いねんし。」

それって否定はしないんですか?
そんな事を考えていると、インターホンが聞こえた。

「出ないんですか?」
「鍵開いてるし、勝手に入ってくるやろ。それに、今出てったら掴みかかられそうやから嫌や。」
「一発くらい殴ってもらった方がいいんとちゃう?」

しばらくすると、ドアを開ける音がして、すぐにリビングのドアが開いた。
そこには、息を切らした二人の姿。

「・・・ど、どうしたの?」

何だか鬼気迫る二人の様子に、思わずそう尋ねる。

「克己くんが・・・」
「克己さんが?」
「何もされてないよな?」
「何もって何が。」

ほんとに何言ったんだろう?
きょとん、とそう返すと二人はそろってため息を吐いた。
その様子は普段と変わらないように見えて。

「・・・仲直りしたの?」

そう訊ねると、二人ははっとしたように呟いた。

「・・・忘れてた。」
「あんなに怒っといて?」
「真衣のせいだろ。」
「あたし?」

何で?
怒鳴って家飛び出しちゃったから?

「―――ごめん」
「謝るのは、あたしにだけ?」

二人とも、あたしには謝ってくれたけど、あたしが怒ったそもそもの原因の解決がされてない。
忘れてたというからには、まだちゃんと仲直りはしてないんだろう。
あたしの言葉に、二人とも微妙な表情を浮かべる。
まだ怒ってるのかな?
んー、でも今までよりはマシになったような気がするんだけど。

「別に無理に仲良くしなくていいけど? でも、ちゃんと仲直りするまで帰らないからね。」

あたしがそう言うと、またしても同じような表情を浮かべる。
ケンカしてても、こういうとこは変わらない。
じっと二人を見ていると、頭をわしゃわしゃと撫でながら言った。

「あーもう、分かったよ。悪かった、ごめんなさい!」
「俺もごめん。」

何か投げやりな気がするんだけど。

「・・・口だけじゃだめだよ? 不満とか、言いたいことがあるならちゃんと言って。」

謝るだけじゃ、意味ない。
気持ちが追いついてなきゃ、駄目なんだから。

「大丈夫だよ。もうそんな気ないから。」
「つーか、怒る気も萎えた。」

どうやらいつも通りに戻ったらしい。

「じゃあ、帰る。」

苦笑を浮かべて言った二人を見て満足したあたしはにっこりと笑って言った。


「・・・最強やなぁ。」
「おもろいからええんちゃう?」
「それはそうやな。」

あたし達の会話を聞いていた克己さんと由貴ちゃんがそんな会話をしていたのは聞こえなかった。


***


「ねえ。そう言えば喧嘩してた理由ってなんだったの?」

帰り道。
そもそもの発端を問いかけると、二人が微妙に動揺してるのがみてとれた。
効果音をつけるなら、「ぎくっ」といった感じ。
・・・何で?
やっぱり言いたくないのかなと思って見ると、言いたくないというよりは決まりが悪そうな表情をしている一哉と目が合った。

「・・・怒るなよ?」
「何で怒ってた理由聞いて怒らなきゃいけないのよ。」
「でもどれが原因かって聞かれても分かんないけど。」
「はあ?」

「何だっけ? 悠兄が俺のCDなくしたから・・・」
「一哉だって人のもの勝手に持ってくだろ。冷蔵庫に入れてあったの勝手に食うし。」
「でもその前に俺のプリン食ったじゃん。」

二人の口から次々と出てくるちっちゃないざこざらしきもの。

・・・・・・うん。ちょっと待って?

「・・・つまりそんなちっさい事の積み重なって、最終的に爆発したってこと?」
「そんな感じ。」

塵も積もれば山となるってやつ?
そんなくだらない理由であたしはここ数日悩まされてたわけ?!
ていうか、そんなのその場で文句言って発散してよ!!
馬鹿みたいじゃない!!!

「・・・やっぱ帰るのやめ」
「ごめんって!」
「もうしないから!」

引き返そうとすると、慌てた二人に止められた。

「本当に?」

あたしの問いに頷く。
二人のこんな慌てっぷりは滅多に見られないから、ちょっとおもしろいかもしれない。



――――たまには、こういうのもあり、かな?



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