Complex emotion



転校してきて数ヶ月。

生徒会長の流した妙な噂のせいで、妙な視線で見られるのももう慣れた。
昼休みにサッカーしてきた姿を見ておいて薄倖の少年とかため息吐いて言われても。
どうやらあの噂によると俺は病気だったらしいから? それについて言われてるんだろうと思うが、薄倖と病弱の意味を取り違えてるんじゃないかと思う。だって、薄倖って幸が薄いんだぞ? 
どう考えても言われて嬉しい台詞ではない。つーか、病気なんてめったにしないっての。

慣れないのはしょっちゅううちの教室に来る生徒会長。
慣れないっつーか、苦手?

人の動向を見て楽しんでる節があるから。
それが他人事だったら自分も同じようなことをやってそうな気がするが、まあそれは棚に上げておく。
人をからかって遊ぶのはともかく、遊ばれる趣味はない。
同じ理由で牧村も苦手。
この二人が揃ったら碌な事を言い出さない場合が多いが、今回もそうらしい。

「珠樹ちゃん、真衣は?」
「告白されにいきましたけど。」
「は?」
「昼休みに、お昼休みにお呼び出しのベタな手紙が入ってたら、普通告白でしょう。真衣はまったく気付いてないみたいだけど。」
「おもしろそー。見に行かない?」

「お断りします。」
「えー。告ってる奴が前みたいなろくでなしだったらどうすんのさ。」
「あら。今回は普通にいい人ですよ?」
「そう? でもいい人の方が断りにくいんだよな。ほだされちゃったらどうする?」
「何だかんだ言って真衣お人好しですしね。押し切られてデートの約束くらいならしちゃうかもよ?」

二人だけで話を進めているくせに、最後の言葉だけは俺に向けられている。
・・・だから嫌なんだよ。

がたん、と音を立てて立ち上がり、教室から出て行こうとすると後ろから声が追いかけてきた。

「場所は体育館裏ねー。」
「あと真衣に昨日のやつちゃんと聞いといてって伝えといて。」

―――ほんっと嫌だ。



***



同居を始めて数ヶ月、真衣と一緒にいて気付いたこと。

真衣には警戒心というものが欠けている。
欠片すらも感じられない。

たまにリビングのソファーで寝てるし。
簡単に部屋に入ってくるし。多分部屋に鍵掛けたりとかもしてないんだろうなぁ。

無防備なことこの上ない。
信頼されているのはいい事なのかもしれないが、信頼されすぎているのも問題だ。

早紀子さんも最初のころはちょくちょく帰って来てはいたが、今じゃすっかり放ったらかしでたまにふと思い出したかのようにやってくる。家に来る頻度で言ったら克己くんの方が多いんじゃないだろうか。
でも克己くんもなぁ。すぐ人の事からかってくるからな。
まあ、その矛先はたいてい兄貴に向かってるからいいんだけど。

何で今そんな事を考えているのかと言うと。
目の前にその警戒心の欠片も感じられない状況があるからだ。

英語の課題が分からないから教えてほしいと言って、躊躇も逡巡も何もなく自分の部屋に招き入れている。
別にどうするつもりもないけど、なんだかなぁ。
暗に対象外だと言われているようで複雑だ。本人、まったく気付いてないけど。
しかも、誰にでもこんな態度なんだから始末に終えない。

はあ、とため息を吐いたのをどう解釈したのか、真衣は視線をさまよわせて少し考えるような仕草をした後、言った。

「晩御飯一哉の好きなもの作ったげるから。」

名案!とばかりに全開の笑みで言って来る。が、論点が違う。
しかも、それもなぁ・・・

「俺は子供か。」
「ピーマン食べれないくせに。」
「・・・。」

そう言えば、前にちょっと喧嘩した時、飯にやたらピーマンが使ってあった。
ピーマンの肉詰めとか、ピーマン入りのオムライスとか。わざわざ入れなくていいじゃんと思うようなものにまでことごとく。
・・・意地で全部食ったけど。
何か、餌付けされてる気分。
まあそれを言ったら悠兄だってそうだ。

しかし、本当に何もない部屋だな。
唯一ある女の子っぽいものと言えばベッドに置いてあるぬいぐるみくらいだ。
確か、父さんが嬉々として真衣にあげてたやつだよな、あれ。

「じゃあ何がいいのさ。」

俺が黙ってたのを、教えるのをしぶってるのだと勘違いしてる真衣は、拗ねたような表情をしている。

「何してくれんの?」
「まあ、あたしに出来る事なら何でも。」

何でも、ねぇ・・・

「・・・・・一哉?」

しばらくじっと黙って見ていた俺に、真衣はきょとんとした顔で呼びかけた。
やべ。

「考えとく。」
「それ何か怖いんだけど。」
「じゃあ自力でやるか?」
「う・・・」

勝った。
まあ、何してもらうかはおいおい考える事にして・・・

「そう言えばさ、今日会長が言ってたのって何?」
「え? ああ・・・」

あの訳の分からない伝言、というか伝言自体はどうでも良かったのだが、それを言った時の生徒会長のしたり顔がやたら気になった。つーか、気に障った。
真衣は一瞬答えに躊躇したようだが、その割にはあっさりと凄いことを言った。

「一哉の場数はどれくらいなのかって。」

思わず吹き出しそうになった。
もし何か飲んでたら確実にやばかっただろう。

「何の話してんだよ・・・つーか、それを俺に言うか。」
「いや、だって圭くんが聞いといてって言うから。」

で、ほんとに聞くんだな。
そんなの聞かれても・・・何と答えろと?

あー。何か、会長が笑んでるのが目に浮かぶ。
何の嫌がらせだ。
つーか、こいつもどういうつもりで訊いてるんだか。
どうせ何も考えてないんだろうけど。
天然にも、鈍いのにも程がある。

「・・・気になる?」
「え?」

自分が訊ねてきたくせに、何を問われているのかも分かっていないような表情。
真衣が鈍いのも、そういう風に見ていないのも知っているけれど。
だからこそ、いっそ言ってしまおうかと思う時がある。

言えば、少なくともこの関係は変わるから。

不意に彼女に手を伸ばそうとした―――

が。

タイミング良く、インターホンの音が響いた。

「誰か来た。」

真衣はそう言って部屋から出て行ったが、誰が来たのかは大体想像はつく。

・・・このタイミングの良さは絶対克己くんだ。

でもまぁ、助かった、かな。



もう少し、このままの関係でも良いかと思うから。




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