Love magic


「ただい・・・ま!?」
ごんっ
帰ってくるなり、悠都は頭をドアに思いっきりぶつけた。
「お帰りなさーい!!」という声と共に何かが飛びついてきたからだ。

「ま、真衣ちゃん・・・?」
悠都が頭を軽く押さえながら驚いたような声に出した。いや、実際驚いていたが。
悠都にいきなり飛びついてきたのは真衣だった。 普段の彼女では、まず有り得ない行動だ。
というか真衣のテンションが明らかにおかしい。高すぎる。
よく見なくても頬は赤いし、目もぼーっとしていると言うか・・・・・・
「・・・・酔ってる?」
悠都がそう呟くと、真衣は悠都にだきついたまま酔いつぶれたのか、眠ってしまった。


悠都がリビングに入ると一哉とそして何故か克己の姿があった。
悠都は、何でいつも克己は自分よりはやくこの家にいるんだろうかという疑問を持ちつつも、二人の前にあるテーブルに置いてあった瓶に目をとめた。
どう見てもお酒だった。
おそらく、真衣もそれを飲んだに違いない。
「・・・未成年に何飲ませてるんだよ。」
咎めるような悠都の言葉を気にする様子も無く、あっさりと克己は言った。
「まあそんな固いこと言わんでええやん。悠都だって成人前から飲んでたやろ?」
「だからって飲ませていいことにはならないだろ。」
飲んでたことは否定しないらしい。
「飲ませたんやなくて誤って飲んでしもたんや。事故や、事故。」
克己は手をひらひらと振りながらそう言った。が、いまいち信用できない。
「どんだけ飲ませたらああなるんだよ・・・」
明らかに誤って飲んだ、くらいのレベルの酔い方ではない気がする。
それとも、そんなに酒に弱いのだろうか。
そんな疑問を持ちながら、リビングのソファーに横になって寝ている真衣に目を向けて言った悠都の言葉に一哉が答えた。
「グラス一杯くらいしか飲んでないぞ。」
確かに、グラス一杯くらいならそんなには飲んでないようだが。
「まあ、弱かったらそれくらいでも酔うか。」
そう言った悠都に一哉はさらりと言った。
「小学生の時に一升瓶空けて平気な顔してたって聞いたけど。」
「・・・・・・。」

一升瓶を空ける小学生・・・・

悠都たちは知らないが、真衣の両親はめちゃくちゃお酒に強い。
そして真衣もその遺伝子をしっかり受け継いでいるのだ。
が、しかし。
「でもあれはどう見ても・・・」
今の真衣はどう考えても素面ではなく、酔っているようにしか見えない。
酒に強いのなら何で・・・

「なかなか効果あるみたいやな。」

ふむ、と1人で納得したように頷きながら言った。
悠都と一哉はその言葉に克己の方を見て尋ねた。
「何の?」
「媚薬。」
「・・・・・・は?」
克己の言葉が、一瞬理解できなかった。ていうか、したくない。
それは一哉も同じだったようで、きょとんとした表情をしている。
そんな二人に克己は淡々と説明を入れた。
「この酒、アルコール度数はそんな高くないけど、媚薬効果があんねんて。効き目は人によって違うらしいけど。真衣ちゃんの様子からして本物みたいやなぁ・・・。嘘かと思てた。」
「しみじみとそんなこと言うな! ていうか飲ますな! んなもの!!」
「貴重やねんで?」
「そんな事はどうでもいい!!」
「ていうか、そんなのどこから手に入れたのさ。」
「社長にもろた。ボーナスやって。」
「何の?」
今はボーナスをもらうような時期ではない。
というか、ボーナスなら普通に現金で渡せばいいものを。
何でこんなものを克己に渡すのか。早紀子は何を考えているのか。まあ、それは今に始まったことではないと諦めるしかない。
「お前らの動向を報・・・何でもない。」
二人に何だかものすごい目で見られてるのに気付いた克己は口を閉ざした。
「「・・・・・・・」」
二人の視線を断ち切るように一つ咳払いをした後、克己は話を戻した。
「まあ、こんなんもらっても特に使い道もないし。」
「女の子口説く時に使えば?」
「こんなんに頼らんでもいけるもん。」
半分冗談で言った一哉の言葉に克己はさらりとそう言ってのけた。



「ん・・・」
そうこうしているうちに真衣が目を覚ましたようだ。
やはり、こんな短時間では冷めないらしく、まだ目は焦点が合っていなかったし、ぼーっとしている。
そのまま三人のいる方にてとてとと近寄ってくると、近くにいた悠都にぎゅっと抱きついた。

そのままにしておいても構わないといえば構わないのだが、こっちを見てくる克己の視線がそこはかとなくムカついたので、とりあえず離そうとすると真衣はさらにぎゅっと抱きついて
「離しちゃやだ・・・」
と酒のせいで潤んだ瞳でそう言った。
普段の真衣なら絶対に言わないであろう台詞と真衣に上目遣い(身長差のせいで自然とそうなる)でそんなことを言われるとは流石に予想していなかった悠都はそのまま固まる。
「危ないから離れた方がいいぞ。」
言われた言葉の意味は全く分かっていないだろうが、真衣は声のした方――、一哉のところにとてとてと寄って行った。
そしてキッチンの椅子に座っていた一哉に後ろから抱きつく。

真衣の行動は媚薬効果で迫ってるというよりは、どっちかと言うと小さな子供の行動の様に見える。
媚薬とか聞いた時は一瞬焦ったが、真衣は抱きつく以外に何をするわけでもなく、見た目も酔っているようにしか見えない。酔っ払った抱きつき魔くらいの認識でみておけばいいだろう。

そう考えて、抱きつかれても平然としていた一哉だったが、真衣の一言によってその考えは続かなくなった。
「一哉」
「ん?」
酒を飲みながらそう答えた一哉に真衣は無邪気にこう言った。
「ちゅーしよ。」
「は?」
酔っ払いという認識でほぼ問題はないが、抱きつき魔の上にキス魔だったようだ。
一瞬思考が停止している間に、真衣が近付いてくる。
もともと抱きついていたのだから、距離もそんなにない。
「ちょっ・・・真衣」
一哉も流石にこれには慌てたが、

かんっ。

「って!」
飛んできた何かが一哉の頭にクリーンヒットした。
投げられた一部へこんでいる酒の空き缶が床に転がった。
結構本気で痛かったため、一哉は思わずかがみこんで頭をおさえた。 まあ、おかげでよけられたわけだが。
「大丈夫?」とやはりどこか地に足が着いてないような様子で一哉の顔を覗きこんでいたが
「真衣ちゃん、純情な青少年からかったらあかんよー。こっちおいで。」
手招きをしながらそう言う克己に、真衣は素直に寄っていった。

真衣が抱きつく前に、克己に抱きしめられた。
「克己さんには抱きついていいの?」
さっきから抱きついては剥がされているのを微妙に気にしているらしい真衣が克己にそう言った。
言ってる本人は言ってる意味をよく分かっていないのだが。
「ええよ。何ならキスもしたげようか?」
克己は本気とも冗談ともつかない調子でそう言ったが
「「調子に乗るな!!」」
即座にそう言った二人に制止された。
克己は悠都と一哉の方を見てつまらなさそうな表情をする。
「何や、お前ら固まっとったんちゃうんか。・・・てゆーか、あれくらいで情けないなぁ」
「余計なお世話だよ。」
「つーか、いつまで抱きついてんだ。」
二人の非難を気にすることも無く、むしろ見せ付けるかのように真衣を抱きしめる手に少しだけ力を込めて笑顔を浮かべた。
「んー・・・役得?」
「訳分からん事言ってないでさっさと離れろ!!」
そう言うと悠都と一哉はほぼ同時に真衣の腕をひいて克己を突き飛ばすようにして二人を引き剥がした。
流石兄弟、息ぴったり。
「ひどいなぁ。」
「自業自得だろ。」
そう言ってから、二人は真衣がやけに大人しくなったのに気付いた。
見ると、騒ぎの元凶――いや、本当の元凶は克己だが――すやすやと眠りについている。
「寝てる・・・?」
「また目覚めたらああなるのかな・・・。」
何だか疲れた表情をした悠都と一哉に克己が言った。
「それは大丈夫やろ。効き目があんのは20〜30分くらいとか言ってたからなぁ。」
「・・・何でそれを先に言わないんだよ。」
「言ったらおもろないやん。」
「お前なぁ・・・っ!!」
「大声出したら真衣ちゃん起きるで。」
しーっと口に人差し指を当てて言われた言葉にぐっと詰まる。
ものすごく癪に障るが、まだ媚薬の効果も切れていないだろうという事もあり、起こすわけにもいかない。

とりあえず克己を睨むことで抗議の意を示す悠都を無視して克己は立ち上がった。
「どこ行くんだよ。玄関はあっちだぞ。」
確実に「帰れ。」という意味を込めてそう言った。
「毛布とってこようかと思って。風邪引いたらあかんし。」
しかし、やっぱり悠都の言葉を気にした様子は無く、克己はそう言い「お前らどうせ動かれへんやろ?」と付け加えた。
「は?」
克己の言った意味が分からず、訝し気な表情をした二人に克己は真衣の方を指差した。
克己が指を差した先を見ると、真衣は悠都と一哉の服の裾をしっかりとつかんだ状態で眠っていた。
「無理矢理剥がしたら起きるかもしれんやろ?」
「だからってこんなとこで寝かすわけにもいかないだろ。」
「真衣ちゃん酒強いけど、最近あんまり飲まんようにしてんねんて。」
「お前人の話聞いてんのか!?」
「・・・何が言いたいの?」
一哉の問いかけに克己は笑みを作って答えた。
「酒飲んだまま寝るとうなされる事が多いねんて。誰かがそばにおればマシみたいやけど。」
そこまで聞けば、悠都も一哉も克己が何が言いたいのかは分かった。
そして、自分たちがとるであろう行動も。
克己の思うままになっているようでものすごく腹が立ったが。



「・・・・ん」
いつの間にか寝てしまっていたらしい。
さっきまで夜だったはずなのに、部屋の中はすでに明るかった。
もともと光が当たって眩しかったから目を覚ましたのだから当然だが。
もう朝か、と思うと同時に
「・・・・重い。」
両肩が重いことに気付いた。
肩が重い。というか、動けない。
「・・・・・っ!?」
ふと、横に視線をやると、すぐそばに悠都と一哉が眠っている。
しかも、自分に寄りかかって。
こうなると、肩が重いとかいう事は頭から抜け、軽くパニックになる。
それでも声を上げたり、逃げ出したりしなかったのは「起こしちゃ悪いだろう」と無意識に思っていたからなのだろう。

な・・・何で・・・っ!?

何があったのか思い出そうとしてみるが、何も思い浮かばない。
というか、昨夜の記憶が全くない。

えーと・・・克己さんが来てた辺りまでは覚えてるんだけど・・・
何だか軽く頭痛もする。
もしや、これが俗に言う二日酔いってやつ? でも、そんなに飲んだ覚えないんだけどなぁ。
真衣はそんな事を考えつつ、ふと自分の手に目をやった。
しっかり二人の服をつかんでいたらしく、皺になっている。
まあ、洗濯するのもアイロンかけるのも自分だから別にいいか。って、そうじゃなくて。
もしかして、自分が二人を離さなかったんだろうか。
ちょっと顔を赤くしながらそう思ったが、記憶が無いのではっきりしない。
でも、それなら起こしてくれればいいのに。
そう思いながらも、自分の手を覆うようにして重ねられている手を再び見る。

何だか安心する。
状況はまだ何だかよく分からないけれど。

自分が動けば確実に二人を起こす事になるので動けない。

そんな事を考えている内に、また眠くなってきた。
真衣は再び目を閉じ、もうしばらく温もりに包まれたままで眠りについたのだった。




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