文化祭。
授業もなくなるし、こういう行事が好きなあたしとしては、もっとうきうきしててもいいはずだ。
実際、楽しみじゃないわけではない。
あれさえなければ。
「往生際が悪いわねえ」
「何さ、他人事だからって・・・京ちゃん代わってよ」
「何でバレー部のあたしが料理部の催し物に出なきゃいけないのよ。あたしも今日は忙しいのよ。遊びには行ってあげるから頑張りなさい」
「・・・来なくていい」
「侑城くん連れてってあげようか」
「余計だめ!!」
分かっててあえてそんなことを言う京ちゃんを睨みつけた。
来られちゃ困る。
あんなの、絶対見られたくない。
料理部の出し物は喫茶店。料理部だし、喫茶店というのは妥当だろうし嫌じゃない。問題は衣装にある。
・・・あんなの着られるもんか。
メイド喫茶というわけではないが、それを彷彿とさせるふりふりの衣装。手芸部と連携して作ったものだからか、やたらと凝った造りをしている。
見てる分には可愛いかもしれないが、自分が着るとなれば話は別だ。恥ずかしい。柄じゃない。似合うはずもない。
勿論全力で反対した。したけども―――
「いや! 絶対いや!!」
「何言ってんの。調理出来ないんだからウェイトレスやんのは当然じゃない。さぼる気?」
「あんなの着るのが嫌なんです!!」
「いいじゃない。多数決で決めたんだから。公平でしょ? 協調性を持ちなさいよ」
「個人の自由は?! あんなの着たい人だけ着ればいいじゃないですか!!」
「あんた他では役に立たないんだから、これくらい部に貢献しなさいよ」
「貢献してますよ! 会場の設営とか、宣伝とか!!」
「うっさい! あんたがどれだけ不器用でも猫の手よりは使えるでしょ! 文句言わず働け! 部長命令!!」
「・・・横暴だぁ!!」
――という訳で全く聞く耳持たずに一蹴されてしまった。
くそぅ。こんなことなら宣伝するんじゃなかった。
お客なんて来なきゃいいんだ。
いくら念を込めたところで勿論お客が来ないなんてはずもなく、サボらせてくれるわけもなく、大盛況だった。宣言どおり来た京ちゃんにはにやついた表情で「似合うわよ」なんて説得力の欠片もないことを言われた。
でも高野くんに邪気の欠片もなく褒められた時の方がその何倍も対処に困った。
「可愛いですね」と、にっこりと笑って言う高野くんの方が可愛いと思う。
きっとこの制服も彼のほうが似合うに違いない。
弱み握られてる立場なので、言わないけど。
侑城には黙っててほしいと口止めした時の彼の「勿論ですよ」と無駄に可愛らしい笑顔での答えに一沫の不安を感じてしまったのはあたしの心が荒んでしまってるせいだろうか。
「由佳、上がっていいわよ」
「え?」
部長にそう言われて時計に目をやる。予定の時間よりも少し早い。
鬼の目にも涙。
何か違うかもと思いつつ部長に感謝しつつ、このまま逃げ切れるかも!!と思ったのも束の間。
「お迎えが来てるみたいだから」
部長の一言でどん底に突き落とされた。
あたしの感謝返せ。
あたしは確実にひきつっているだろう表情で“お迎え”を見る。
「ゆ・・・侑城・・・」
何でいるの?!
普段なら頼まれたって来ないくせに!!
こんなの見られたら爆笑されるに違いないと思って隠し通してきたのに!
侑城に隠し事できる自信なかったから文化祭前の忙しさのどさくさに紛れてあんまり顔合わせないようにまでしたのに、何で来るのよ。
とりあえず今は笑われてはいないけど。ていうか、むしろしかめっ面。・・・そんな顔するほど変とか?
「侑城・・・何で?」
「さあ。気が向いたから」
絶対嘘だ。
何の嫌がらせかと考えを巡らせていたけど、すぐに原因が分かった。
「高野が嬉々として報告に来てたしな」
裏切り者――っ!!
「第一挙動不審なんだよ。普段ならうるさいくらい来いっていうくせに」
あう。
何だかいろいろいたたまれなくなって逃げようとしたけど、あっさり捕獲された。
侑城はあたしの腕を掴んだままずかずかとどこかに向かう。
「・・・!?」
適当な空き教室に放り込まれて、反抗する間もなくそのまま口付けられた。
「・・・い、いきなり何すんのよ!」
「仕返し」
「何の!?」
「色々」
「何それ!」
あたしは何だかいっぱいいっぱいなのに、侑城が平然としてるのが悔しくて、睨みつけると笑みを浮かべる。
やな予感。
「そんな態度とっていいわけ?」
「な・・・何がよ」
「親、来てるみたいだけど」
嘘っ?!
ある意味、侑城よりも見られたくない。ていうか、仕事だったんじゃなかったのか。
お母さんがこんな格好を見れば、指をさして大笑いしそうだし、お父さんが見れば泣いて喜ぶに違いない。
笑われるのも腹立つけど、こっちのが困るのだ。
うちの父はあれでいてなかなかの親ばか、子煩悩なのだ。
何だか娘に妙な夢を持っていて、女の子らしい服を着せようとする傾向がある。
そんなのにこの格好見られたら・・・
確実に部屋が乙女グッズで埋まる。
・・・・・・・嫌だ。そんな部屋絶対くつろげない。
あたしの思考を読んだらしい侑城が、口角を上げて性格の悪そうな――いや、実際に悪いんだけど――笑みを作って言った。
「口止め料」
何てあくどい奴なんだ。
口止めと言わず、口封じをしたい衝動に駆られる。
仕返し怖いからしないけど。
「お金なんてないわよ」
お小遣い前だもん。
「由佳からキスしてくれたら黙っててやってもいいけど」
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
「ばっ・・・!! 何言って―――あったま沸いてるんじゃないの?!」
仮にも彼氏に対してなんつー言い草だ。とも思うが動揺しすぎて何も分かっちゃいないのだから仕方ない。
「ならいいけど。俺は別に困らないし」
そう言うと、携帯を取り出した。どこにかけるつもりかなんて、訊くまでもない。
「わーっ! ちょっと待って!!」
「何」
憎ったらしい顔・・・っ!!!
「すればいいんでしょう、すれば!!」
侑城の余裕の表情を崩したくて思わず口走ってしまった台詞に更に追い詰められてしまった。
あたしのバカ・・・!!
―――あたしの必死のお願いも虚しく、着替える前に運悪く父さんたちに見つかってしまい別の意味で疲れる思いをしたのはこのちょっとあとのこと。

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