Suger Sweet



どうしようかな、これ。

あたしは手元にある2つのチョコを見比べて、ため息をついた。

どっちも、侑城へのバレンタインチョコだ。
ひとつは市販のチョコ。もうひとつはあたしが作ったやつだ。

侑城はもてる。
あたしと付き合いだしたけど、そんなの関係なしにもてる。
どうせ、今日もいっぱい貰うんだろう。
毎年、侑城のロッカーや机に置いてある。まあ、もちろん直接渡す子もいるんだけど。

去年まではあげてなかった。
だって、侑城があたしからチョコもらって喜ぶとも思えなかったし。
でも、今年は一応彼氏彼女になったわけだし、無視するわけにもいかない。というか、無視はしたくなくて。だって、バレンタインは恋人達の三大イベントのひとつじゃない。まあ、侑城は興味なさそうだけどさ。

料理音痴だという自覚はある。
ここはひとつ、大人しく市販のものを上げた方が世の為人の為、何より胃の為に良い気がする。
けど、周りの子達が手作りのものをあげているのに、あたしだけ既製品っていうのはちょっと、いや、かなり嫌で。

そんなわけで、昨日は一日中キッチンにこもっていた。
だけど、やっぱりというか何というか出来はものすごく微妙で。
一回目に作ったやつは、かなり甘かった。
砂糖の塊? みたいな甘さだ。
あれ一口でかなり血糖値が上がると思う。
二回目のは苦かった。
はっきり言って一回目のやつよりまずかった。
そんな感じで何回もやり直したんだけど。ていうか、大分前から練習はしてたんだけど全然上達はしなくて。

それでも、朝は渡す気はあったんだけど。

そうだよ。朝会った時にさっさと渡してれば良かった。そしたら、こんなに考えなくて良かったのに。いや、でもそれはそれで後悔してたような気がする。

一番ましなやつを持ってきたけど、それはあくまであたしの中でましなやつであって、普通に料理の上手い子からすれば間違いなく失敗作に分類されるだろう。

・・・・あんなの、見るんじゃなかった。

たまたま、女の子が侑城にチョコを渡している現場を目撃してしまった。
女の子も可愛かったけど、その子が渡してるチョコも可愛くラッピングされてて。
きっと味も良いに違いない。
あたしのとは、きっと全然比べ物にならない。

でも、ショックだったのはそれだけじゃなくて。
侑城がそれをすんなり受け取っていたのも原因だった。

きっと、あたしが渡したら嫌そうな顔をするに違いない。
良くて無表情だろう。
今までの経験からその様子が容易に、かなり具体的に想像できた。

全部断って欲しい、なんて言えないけど。
でも、やっぱりどこかでそう思ってる自分がいて。

「侑城の馬ぁ鹿・・・」

あんなの見た後じゃ、尚更渡せない。
手作りのも渡せないけど、買ったチョコを渡すのも何か嫌で。

結局、放課後になってもどっちのチョコも渡せなかった。




「ただいま・・・」

まあ、誰もいないんだけどさ。
万年新婚馬鹿夫婦はデートだとか言ってた。

「おかえり」

ふいに、返ってくるはずのない返事が聞こえた。しかも、両親以上にいるはずのない人の声。
咄嗟に顔を上げると、侑城がいた。

「な、何でいるの?!」
「おばさんが、こっちで留守番しててくれって。由佳が変なもん作らないように」
「・・・悪かったわね」

あたしだって自分の料理の腕は嫌というほど分かってるんだから、そんな心配してくれなくても作らないわよ。

「部活は?」
「早く終わった。バレンタインだからデートするんだって先生が帰ったしさ」
「ふーん・・・」

何でか侑城にじっと見られている。
ものすごく気になるんですけど。

「何よ」
「目の下、隈出来てる」
「寝不足なの!!」
「何で」
「何でって・・・」

チョコ作ってたから、とは言えない。
言ったら、見せなきゃいけなくなるじゃない。あんなのあげられないし、市販のも嫌。
だから、もういっそ今年はなしでいいかと諦めかけていたのに。

「おばさんも寝不足だって言ってたけど。誰かが一晩中台所でがちゃがちゃ音たててたから」

でも、この話の流れからするとどうやらバレているらしい。
お母さんの馬鹿っ!!
余計なことばっかり言って・・・!!

「ど、どうせいっぱい貰ってるじゃない」
「由佳からは貰ってない」
「・・・欲しいの?」
「・・・どうだろ」
「何よそれ!」
「だって今までの経験から考えると、なぁ?」
「ぐっ・・・」

言い返せないのが口惜しい。
でも、自分から切り出しといてそれはないんじゃない?!

あたしは勢い良くテーブルにチョコを出した。
市販のやつを。

だって、やっぱり自信ないんだもん。

「これ、買ったやつ?」
「お腹壊す心配がなくて良かったでしょ!」

侑城はあたしが置いたチョコを手にとって見た後、あたしに視線を向けて言った。

「作ったやつは?」
「な、ないわよ。そんなの。昨日だって夜食作ろうと思っただけだもん」

すっとぼけてやろうとすると、侑城は淡々と切り返してきた。

「今日おばさんが、由佳が一日中料理してて何も壊れなかったなんて奇跡だ、って言ってたけど」
「・・・」
「甘い匂いが漂ってて、それだけで太りそうとかも言ってたな」
「・・・・・・」
「他にもいろいろ言ってたけど、まだ聞きたい?」
「もういい!」

こいつ、やっぱ性格悪い!!!

「作ったけど、失敗したからないの!! 今までの経験から分かるでしょ?!」
「じゃあ、鞄の中に入ってるのは何だよ」
「何で知ってんの?!」
「・・・あるんじゃん」

あたしの馬鹿―――っ!!!

こんな簡単な手に引っかかるなんて・・・。

「あ、あたしのなんて気にしなくても、貰ったやつ食べてればいいでしょ」
「貰ってねーよ」
「机とかに積んであったじゃない」
「部室に置いてきた。捨てようかと思ったけど、捨てるならくれっつーから」
「捨て・・・!?」
「誰からのかも分かんねーものを食べる気しねーだろ」
「でも、直接渡されたのもあるでしょ」
「んなの毎年その場で断ってる。ホワイトデーとか面倒だし」
「・・・でも、貰ってたじゃない」
「は?」
「今日! お昼休みに!! 何か可愛らしいピンクのラッピングしたやつを、可愛らしい女の子から貰ってたじゃない!」

あたしの台詞に侑城は「ああ」と気のない声を出した。
何だ、その反応。

「あれ、俺のじゃないし」
「へ?」
「渡してほしい、って頼まれたんだよ」
「・・・侑城、いつもそんなの引き受けてんの?」
「相手の男が同じバレー部の奴だったし、そいつがヘタレであの子から逃げ回ってたから仕方なしに」
「・・・・・・」
「誤解解けた?」

解けたさ。解けたけど・・・

「・・・お腹こわしても知らないわよ」
「おばさんが今年はチョコの代わりによく効くって胃薬くれたから」

・・・それはそれで腹立つな。
仕方なく、鞄からチョコの包みを出して渡した。
侑城は意外にもその場で包みを開けてチョコを口に放り込んだ。
何か、すっごい緊張するんですけど。

「まずい?」

美味しい? と訊けないのが悲しいところだ。

「甘っ・・・」

「お前味見ってしてんの?」
「してるわよ! 一応・・・」
「あんこと、砂糖と生クリーム混ぜ合わせたような味がする」

それってまずいってこと?

「とりあえず甘い」
「でも、味見したけどそこまで甘くなか―――」

突然、唇に柔らかい感触がした。

「・・・甘いだろ?」

何てことするのさ―――!!

けど、当の本人は平然としていて。
・・・・・・何かすっごい悔しい。



―――――来年は、ものっすごく苦いビターチョコにしてやる!!!




index 

top