「いつまでもそんな顔しないの」
辛気臭い、と奈緒ちゃんからデコピンをくらった。
「だって・・・」
「仕返ししたいんなら合コンにでも行く?」
「何で合コン?」
「ハムラビ法典」
目には目を、ということらしい。
「・・・別に先輩は合コンに行ったわけじゃないし」
「合コンもお見合いも変わらないじゃない。お見合いの方が真剣な感じがする分余計に悪いんじゃない? しかも、相手の女が朝っぱらから高宮先輩の家にいて、たまたまエントランスで鉢合わせて宣戦布告されて。間が良いんだか悪いんだか」
「そんな詳しく思い出させてくれなくていいよ・・・」
「あたしもその場にいたかったわ」
「何か楽しそうに見えるんだけど」
「小都に嫌いって言われた時の高宮先輩のカオ、見たかったわ」
・・・あれは我ながら超子供っぽかったと思う。
とっさに他に出てこなかったんだもん。
抱き合ってるのなんて見たら、平静でなんていられるわけない。
本当にお見合いしたのかなんて、知らない。
嘘ではないみたいだったけど、でも何か理由はあったんだと思う。
でも、やだ。
「他の女見てほしくないんなら、迫ってめろめろにすれば」
「めろめろって・・・」
「物事におぼれて本来の正常な精神活動が行われなかったり腰くだけになったりすること」
「別に意味を聞いたわけでは・・・ていうか、そんなの無理だよ! 何するのさ!」
「んー、上目遣いとか?」
「・・・上目遣い程度で寄ってくる男なんてたかが知れてるって言ってなかった?」
「まあね。けど高宮先輩はそんなのに動じなさそうだけど。まあ、好きな子がするなら効果あるんじゃない?」
―――好きな子。
「・・・何赤くなってんのよ」
「・・・だって」
少し赤くなってるかもしれない顔に手をあてつつ視線を逸らすと、奈緒ちゃんは仕方ないと言いたげにため息をついた。
「まあ、ものは試しでこんなのでもやってみれば?」
そう言って奈緒ちゃんからよこされた雑誌のタイトルに目を落としてみる。
“恋の必勝テク〜モテる女のコの仕草〜”
・・・世の中の女子高生はこんなものを見て勉強してるんだろうか。
肝心の内容は・・・
・歩いている時は後ろから“すそひっぱり”
・よくつまづく
・まったりモードの時、“疲れちゃった”と甘える
などなど。
・・・・・・。
何だこれ。こんな行動出来るもんか。考えただけで鳥肌が・・・
いや、可愛い子がこういうことをやったら確かに効くのかもしれないけどさぁ。
私には絶対無理だ。そんな自分、想像するのですら薄ら寒い。
「あんた素でやってるんじゃない?」
「やってないよ! こんなこと!!」
「でも、これとか」
奈緒ちゃんが指差した項目を読んでみる。
“ホラー映画を観た時、コワがって抱きつく”
「抱きついたりなんかしてないもん! ていうか無理だよこんなの! 奈緒ちゃんだってやらないでしょ?!」
「当たり前じゃない。あたしはこんな薄ら寒い行動とらないわよ」
・・・人に勧めたくせに!!
「まあ、ここまでしないにしても。要は男が保護欲をくすぐられるような甘え上手になれってことじゃない?」
「甘え上手・・・」
無理だ、そんなの。
唸っていると、奈緒ちゃんが更なる提案をした。
「じゃあ、真逆にすれば?」
「逆って?」
「冷たく門前払いをくらわすとか」
冷たく・・・それなら―――
・・・・・・無理そう。
だって、散々逃げようとしてたのに全然だったし。
「まあ、小都には無理かもね。相手を転がすっていうのはおもしろいけど、小都は罪悪感とか感じて出来なさそう。っていうか、顔に出てバレそう」
・・・反論できない。
―――“冷たく門前払いをくらわせる”
そんなこと、考えてたわけじゃないけど。
あれから、先輩を避けているのは確か。
別に、奈緒ちゃんに洗脳されたわけではなく。
いろんなことで、頭ぐちゃぐちゃでどうしていいか分かんない。
でも、いつまでも避けきれるはずもなく。
授業が終わってダッシュで帰ろうとした私を先輩が待ち構えていた。
どうやら、先輩はHRをサボったらしい。
問答無用で腕を掴んだ先輩にどこかの準備室かなんかに連れられて、あっという間に壁際にまで追い詰められた。
「なにか、用ですか」
「電話もメールも出ないし、居留守まで使ってるくせによく言う」
だって、何話したらいいのか分かんないんだもん。
「小都、誤解してるでしょ」
「誤解なんかしてません」
「じゃあ何で避けるの」
「それ、は・・・」
答えに窮して、逃げるように視線を逸らす。
一緒に顔も背けようとしたけど、先輩に顎を掴まれたせいで出来なかった。そして、先輩の顔がそのまま近付いてくる。
「やっ!!」
いきなり突き放された先輩は、珍しくきょとんとした表情をしてこっちを窺ってる。
けど、こんなんで誤魔化されちゃうのは嫌。
「小都?」
勿論、全然気にしてないって言ったら嘘になる。
けど、一番気にしてるのはそれじゃなくて。
先輩が、何も言ってくれないのが嫌だ。
先輩はきっと、何かあっても一人で解決してしまう。
私のことは、筒抜けなのに。
そりゃ、私じゃ何も出来ないかもしれないし、頼りにならないだろうけど、そういうのってすごく淋しい。
これって、我が儘なのかなぁ・・・?
でも。
「いっつも何にも言ってくれないし、私一人であたふたしてて、馬鹿みたい・・・」
先輩にとっては何でもないことでも、私は気にする。
信じてないわけじゃない、けど、言ってくれなきゃ不安にだってなる。
ちゃんと先輩の口から聞きたかった。
「先輩なんて嫌いっ!」
そう言って、その場から逃げ出した。
・・・どうしよ。またやっちゃった。
癇癪起こすなんて、子供みたい。
こんなんじゃ、頼ってもらえなくても当然だ。
嫌いって言っちゃったし、先輩怒ってるかな。呆れてるかもしれない。
愛想つかされてたら、どうしよう。
とぼとぼと家路につくと、家の前に見慣れた姿――先輩が、いて。
逃げようとは思わなかったけど、どうしていいか分からずにただその場に突っ立っていると、先輩が近付いてきて、そのままぎゅっと抱きしめられた。
「せ・・・先輩?」
腕の中でもがいたけど、一向に力を緩めてはくれない。
「離したらまた逃げそうだから嫌だ」
今まで散々逃げていたし、あながち否定できない。
「・・・怒ってはないんですか?」
「怒ってたのは、小都の方でしょ」
怒ったというか、癇癪というか・・・思い出すと結構恥ずかしい。
「他の女なんてどうでもよすぎて話すとか思いつかなかった」
・・・それもどうかと。
「親の仕事の関係で出た話だったけど、話が来た時点で断ったし、あの時は朝っぱらから向こうが勝手に押しかけてきただけ。即追い返したし、二度と来ないから安心していいよ」
「・・・先輩?」
「だって、そのせいで小都に避けられたし。あれでも妥協した方だよ」
何したんですか。
気になるというか、相手の安否が気にかかったけど「俺も丸くなったよね」なんて言ってる先輩には聞けない。
「小都」
「・・・何ですか」
「怒ったりするのは構わないけど、それで望月さんのとこ行くの禁止」
「奈緒ちゃん?」
「そう。小都が泣きついてきたって、それはもう得意げに・・・」
「泣いてないです! ていうか、何でそれが自慢になるんですか」
「俺のことで悩むんなら、俺のトコに来ればいいでしょ」
人の話はスルーして、不機嫌そうに言った。
「―――先輩、もしかして奈緒ちゃんに嫉妬してる・・・とか」
「そうだよ」
否定されると思ったのに、間髪いれずに返ってきたのは肯定の言葉で。
「先ぱ・・・わぷっ」
どんな表情をしてるのか見てみたくて顔を上げようとしたけど、さらに強く抱きすくめられたせいで出来なくて。
冗談で言ったんだけど、まさかほんとに・・・?
・・・ずるいなぁ。
何かもう、怒ってたのとか悩んでたのとかどうでもよくなってきちゃった。
でもまだ言わない。
この温もりが心地良いから、もうちょっとだけこのままがいい。
先輩の胸に額を当てて、体を預けるように力を抜いて、離れようともがくのを止めた。
それで何か伝わったのか、抱擁の手が少し緩んで髪を撫でられた。
「どうしたら許してくれる?」
「・・・好きって、言ってください」
からかい混じりでしか聞いたことない気がするから、ちゃんと聞いてみたい。
「好きだよ」
胸の奥がぎゅっとなる。
照れて恥ずかしいのもあるけれど、あったかくて、すごく嬉しい。
「・・・もっと」
「好きだよ。他の女なんてどうでもいい。小都だけが欲しい」
「・・・信じますよ?」
「信じてくれないと困ったことになるけどね。―――小都が。」
・・・何か最後の一言がおかしかった気がする。
いつの間にか、がっちりと腰に手まで回されていて逃げられないし。ヤな予感。
「あの・・・! は、放し・・・」
「でもまだ許してもらってないし」
信じてもらえるように表現してるんだけど?などとうそぶく。
「も、もういいです!!」
慌ててそう言って離れようとするのに、先輩は腕の力を少し緩めただけで放してはくれず、何だかすっかりいつものペース。
「また、突き飛ばす?」
再び私の顎を掴んで視線を合わせてきた先輩の表情から目が逸らせない。
もしかしてさっきの根に持ってるんだろうか、と思考が少し働きかけた頃には、キスされたせいでまた頭が真っ白になっていて。
結局先輩の気の済むまで、私の頭にはまともな思考力は戻ってこなかった。

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