round0.5 事の始まり
私は呼び出されていた。
誰にって、高宮先輩に。
先輩が呼び出されることはあっても、呼び出すってことは滅多にないんだろう。
だって、先輩が私を呼び出したときの女子の反応が怖かったんだもん。
羨まれても嬉しくないし、妬まれるのはもっとご免だ。
まあ、起こってしまったものは仕方ない。
さっさと用件済ませて帰ろう。そうすれば、今度こそ関わることもないだろうし、私の平和が保証されるというものだ。今逃げたって、どうせまた来そうだし、第一、私に逃げ出す理由はない。
学校であんなことしてる方が悪いのだ。
そう。先輩に呼び出される心当たりなんて一個しかない。
「昨日のことは誰にも喋ってませんよ? する気もありません」
口止めなんてする必要ない。
他人様の恋愛に口出しする気なんてないし、噂にも興味ない。
大体、噂ほどあてにならないもんはないのだ。
「そうみたいだね」
「じゃあ、戻っていいですか?」
そう言うと、先輩が何故か一歩こっちに近付いてきて、思わず後退さる。
もともと、距離はあったし、一歩近付いたくらいでどうというわけでもない。
・・・それなのに、何故か悪寒が。
普通、そんな反応されたら顔を顰めそうなものだけど、
自分でも不思議な行動だったのに、むしろ先輩は笑みを浮かべている。
そこで、更に違和感。
いや、違和感なんて覚えるほど先輩のことを知っているわけじゃないんだけど。
「勘がいいんだね」
何のことでしょう?
感心したようにそう呟く先輩にそう問う前に、先輩が寄ってきた。
それだけならともかく、知らない間に壁際に追いやられていた私は先輩に抱き込まれるような体勢になっていた。
離れたくとも手が腰にまわされているせいで、逃げられない。
手際が良すぎるというかあっという間のことで、反応する暇もなかった。
誰だ! クールでかっこいい優等生とかうっとりとのたまってた奴!
確かに顔はいいかもしれないが、紳士で優しい王子は、こんなセクハラ行為しない!!
「な、何の真似ですか?」
何かの手違いとか、具合が悪いだとかいうケースも考えて、パニックになりそうな頭を抱えたい衝動を抑えつつも必死に冷静さを保とうとする。けど、好意的な解釈は先輩が浮かべた笑みによって削除される。
「何だと思う?」
「か、彼女に誤解されてもしれませんよ?!」
こんなところ、もし誰かに見られようもんならあっという間に噂の的だ。
それはご免被りたい。
「彼女なんていないけど?」
「え? だって昨日の―――」
ああいうことをするのを、一般的に恋人というんじゃないだろうか。
まさか今みたいにセクハラしてたんじゃ・・・でもそうは見えなかったし。
「あれは向こうから寄ってきただけ」
最悪だ。
恋愛も理解できてないと思うけど、そんな付き合いはもっと理解できない。したくもない。
でも、先輩の異性関係なんて私の知ったことではない。
さっさとこの状況から抜け出したい。
なのに。
「もうやめるよ。それよりおもしろそうなもの見つけたから」
そう言うと、手をとられた。
しかも、あろうことか手の甲に口付けられた。
「なっななな・・・っ」
あまりの展開についていけず、脳みそがストライキを起こしそう。
そんな私を愉快そうに見た先輩は、私に始まりを告げた。
「よろしくね、小都」
にっこりと笑った先輩の言う「おもしろそうなもの」が何であるのか気付いた時にはもう遅く。
それから、連日先輩にいびられる平穏とは程遠い日々が始まった。
ちなみに、先輩に女性関係の噂が全くなかったのは、先輩が上手く立ち回ってるに他ならず、嘘八百並べ立てるのなんてお手のものだと認識したのは、先輩の性根のひん曲がりっぷりをもしっかりと認識させられた頃だった。

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