地震予知で知られた人がいる。鍵田忠三郎・前奈良市長である。鍵田忠三郎(以下敬称略)は1922年奈良市生まれ、17歳で曹洞宗永平寺名古屋別院の大洞良雲老師から得度を受けた。奈良市長を6期務め、兵庫県南部地震直前の1994年に故人となった。天・地・人それぞれが宇宙において関連しあい、その調和の中で生きている。自然界の調和と不調和には前兆現象がある。大空は大地の顔であり、地中で何かが起これば大空の雲に反映する、と説いた。         TOPに戻る 
 『福井地震を予知する』
 今でもはっきりと覚えているのは、昭和二十三年(一九四八)六月二十八日に起こった、あの福井の大地震です。大きな地震で、福井の市街が一瞬にして壊滅した。私は軍隊から帰って、病気で寝ていましたので、はっきりと覚えています。
 その二日ほど前に、奈良の東の春日山から西の生駒山にかけて、青空を二つに割るように、長い縄のような断層状の白灰色の雲が出ました。そのときはまだ地震雲と名づけていませんけれども、一見気持ちの悪い、異常なものを感じる、そういう雲でした。十七歳のときの経験もあり、年来すべて天災地変には前兆現象が現れるのだ、というようなことを考えてきましたから、これは何か大きな異変があるに違いない。が、当時の私には、大地震が迫っていることとはわかりません。しかし、大きな地震か何か異変があるぞ、ということを直感した。
 そんなおりに、当時の野村万作という奈良県知事が奥さんと一緒に、見舞いに来て下さいました。私は、「大きな異変があるように思います」「大きな地震が起こるのかも知れません」と伝えました。「なぜだ」と言われますから、「東西に大きな何か異常な雲が出てる……」また「生駒山から春日山までずっと跨いで雲が出ているので、異変があるように思う」とご夫妻に伝えました。そうしたら二日後に大きな地震が起こりました。
 福井の大地震です。まさに福井市の直下、浅いところで起こったものですから、福井の街が一瞬のうちに壊滅した。奈良からも救援隊がたくさん派遣されたほどです。そのときに野村万作知事(当時)から「どうして、福井地震のことが、事前にわかったんだ」というようなおたずねが、ときの坂口自作出納長を通じてあったのを覚えています。
                 『決定版 雲はあなたを大地震から救ってくれる これが地震雲だ』鍵田忠三郎、NGS社発行 

※『福井地震を予知する』という見出しは適当ではない。鍵田忠三郎が近々どこかで大きい地震が起こることを予見したというのが正確なところである。

 
 私が体験した福井大地震
 
一九四八年六月二十八日午後四時十三分頃、福井県丸岡町付近、深さ十四キロの地点を震源とするマグニチュード7・1、震度7の大地震が起きました。
 福井県では死者三千七百二十八人、負傷者二万千七百五十人、家屋全半壊四万三千七百余戸、焼失三千八百五十戸と福井平野全体の倒壊率は九割にも達し、石川県でも、加賀市を中心に死者四十一人、家屋倒壊は八百二戸におよび、小松市で震度5前後の激しい揺れがありました。
 地震当日は朝から風もなく、非常にむし暑い日だったのを覚えています。当時六年生であった私は、午後三時頃より、幼い弟を連れて小学校のグラウンドで遊んでいました。それから約一時間過ぎたころ、突然ゴーッというものすごい地鳴りがして、立っていられない状態になるほどの縦揺れと、しばらくして横揺れがありました。
「竹やぶに逃げろ」
 だれが叫んだのか、私たちは即座にグラウンド横の竹やぶへと逃げ込みました。竹やぶには無数の根が張っているためか、不思議な事に次から次に襲ってきたという大きな余震でもほとんど揺れを感じなかったことを今でも鮮明に覚えています。

                                『地震雲を追いかけて』上出孝之、北国新聞社出版局

 

 大地震は繰り返し発生することが知られている。福井大地震から半世紀以上も経過したが何年程度の周期性があるのか、というような将来に向けての研究が必要である。前回は東南海大地震(1944年)と南海大地震(1946年)の直後に福井大地震(1948年)が起こっているが、それらは福井地震との間に連鎖性があるのだろうか?地震には活動期(数十年から100年間)と静穏期があり兵庫県南部地震(1995年)を期に活動期に入ったと幾人もの地震学者は考えている。南海大地震などに比べる福井大地震の情報が少なすぎるが、日本列島が大地震の活動期に入っているとすれば東海地震や南海地震よりも福井の人にとっては福井地震への備えが大切である。


 南海大地震には随分古くからの記録が見られる。歴史的に東日本よりも西日本の方が早く開かれたことが関係しているのであろうが、684年(天武)、887年(仁和)、1099年(康和)、1361年(正平)、1605年(慶長)、1707年(宝永)、1854年(安政)、1946年(昭和)の記録が見られる。間隔を考慮すれば物証も示されていることから1498年(明応南海)に地震が起こっていた可能性が高い。
「 ・・・四国などで遺跡を調べたら、室町時代の明応東海地震(1498年)に連動して南海地震も起きていた。」(地震考古学者・寒川旭、日本経済新聞2007年6月4日付け夕刊)
1498年の明応東海地震では、この発生により淡水湖だった浜名湖が、この地震の津波によって海とつながったことは良く知られている。

 近い将来予想される東南海大地震や南海大地震は、今すぐに起こるかも知れない東海大地震とを併せて地震3兄弟と言われ、これらは極めて同時期に起こることが分かっていて、安政東海地震(1854年12月23日)の僅か32時間後に安政南海地震が起こった。
 1605年の慶長地震(東海・東南海・南海地震が同時発生)で死者5000人以上、1707年の宝永地震(東海・東南海・南海地震が同時発生)で死者20000人以上、1854年の安政地震(東海・南海地震が連鎖的に発生)では死者8000人以上とされる。

 1703年から1707年まで大地震が相次いだ。1703年の元禄地震の後、1707年には南海トラフで殆ど同時に宝永東海大地震、宝永東南海大地震、宝永南海大地震が起こり、そしてその後の富士山噴火と続いた。

 

 

 

 

 

 

 

関東大地震

1649(慶安)

1703(元禄)

1855(安政)

1894(明治)

1923(大正)

2003(平成)

M)7.1

M)8.2

M)6.9

M)7.0

M)7.9

まで

経過年(地震名)

34年間

54年間

152年間

39年間

29年間

80年間

江戸地震

元禄地震

安政江戸

明治東京地震

関東地震

小田原地震

    1633(寛永)

1703(元禄)

1782(天明)

1853(嘉永)

1923(大正)

2003(平成)

   M)7.1

M)8.2

M)7.3

M)7.0

M)7.9

まで

経過年(地震名)

   ?年間

70年間

79年間

71年間

70年間

80年間

寛永小田原

元禄小田原

天明小田原

嘉永小田原

関東地震

東海大地震

    1361(正平)       1498(明応)

1605(慶長)

1707(宝永)

1854(安政)

2003(平成)

M)8.3

      (M)8.3

M)7.9

M)8.4

M)8.4

まで

経過年(地震名)

265年間

      137年間

107年間

102年間

147年間

149年の沈黙期間

正平東海

  (明応東海

慶長東海

宝永東海

安政東海

東南海大地震

  1498(明応)
   M)8.3

 1605(慶長)
   (M)7.9

1707(宝永)

1854(安政)

1944(昭和)

2003(平成)

M)8.4

M)8.4

M)7.9

まで

経過年(地震名)

  137年間
   (明応東南海)
 

  107年間
  慶長東南海

  102年間
宝永東南海

147年間
安政東南海

90年間
昭和東南海

59年間

南海大地震

   1498(明応)

1605(慶長)

1707(宝永)

1854(安政)

1946(昭和)

2003(平成)

   (M)8.3?

M)7.9

M)8.4

M)8.4

M)8.0

まで

経過年(地震名)

   137年間?

107年間

102年間

147年間

92年間

57年間

 (明応南海)?

慶長南海

宝永南海

安政南海

昭和南海

1707年(宝永) 1948年(M)7.1
富士山噴火 福井大地震
                                                                   大地震と経過年数表(「地震雲を追いかけて」上出孝之、北国新聞社)参照

  ここ150年間も沈黙している東海大地震の危機が間近に迫っている。しかも、これらの大地震は日本の製造業が密集する太平洋ベルト地帯を直撃することになる。

 ※関東大地震については69年説があって1923年から60年目に当たる1983年頃から大地震の再来が危惧されている。1923年9月1日の関東大地震後は1929年7月27日に震度5(M6.3),それ以来56年間大きな地震に見舞われていなかった東京で1985年10月4日に震度5(M6.2)を記録。この時もその3日前、関東上空で、震源地となった千葉県・茨城県境の方向に伸びる地震雲が撮影されている。首都圏1都3県は「3300万人の人口、国内事業所の3割、資本金50億円以上の大企業の6割」(朝日新聞)が集中する日本経済の中枢だ。

「地震雲で予知できるハレー彗星大地震」佐々木洋治、恒友出版社