運命の赤い糸

 赤い糸というのは確かに存在するのです。
 「前世療法」のワイス博士の「魂の伴侶」という本では、エリザベスという32歳の女性が、暴力的な男性や、その他何らかの性格的欠陥者を相手に選んでしまい、本当に深い愛情を持つ相手をどうしても見つけることができないことからワイス博士の治療を受けるのだが、幾度か受けた退行催眠のなかで、古代のパレスチナで彼女の父親で陶工のエリがローマの軍人達に殺される場面が出てきた。そこのところを少し抜粋してみる。

 その当時、ローマの軍人達はパレスチナに住む初期キリスト教徒を頻繁に苦しめていた。彼らは自分たちが楽しむためだけに残忍な迫害の遊びを考案した。そうした遊びの一つが、エリザベスの最愛の父を死においやったのだった。古代のパレスチナではエリザベスの名はミリアムといった。

 軍人たちは、まず、エリの両足首をロープでしばり、馬に乗った軍人が、彼を馬のうしろに引きずって走った。無限に感じられるような時間がたって、馬はようやく止まった。父親の体は傷だらけだったが、彼はこの試練を何とか生きのびたのだった。恐怖に震えている娘の耳に軍人たちの高笑いがひびきわたった。彼らはまだ父親を許そうとはしなかった。

 今度は、二人のローマの軍人が、自分たちの胸のまわりにロープのかたはしを巻きつけると、自分たちが馬になったつもりで、父親をさらに引きずって歩きまわり始めた。父親は急に前に倒れ、頭を大きな岩にぶつけた。彼は致命傷を負ったのだった。

 軍人達は倒れた父親を、ほこりだらけの道に置きざりにした。この一連の残虐な出来事の無意味さは、ミリアムはやり切れない悲しみにつき落とした。彼女は父親の無残な死に対し、激しい怒りと絶望感を感じた。軍人たちにとってこれは単なるスポーツにしかすぎなかった。中略

 彼女は血のしみが落ちたほこりまみれの路上で、父親の大きな頭をひざの上に抱きかかえて、体を前後にゆらしていた。彼はもはや口がきけなかった。血が彼の口のはしから流れ出していた。何とか息を吸うたびに、彼の胸が苦しそうに音をたてて鳴るのが聞こえた。死は間近に迫っていた。彼の目の中で光がうすれていった。彼の人生の終わりだった。

「お父さん、とても愛しているわ」 光を失いつつある彼の目を悲しげにのぞきこみながら、彼女はやさしく彼にささやいた。「いつまでも愛しています」
 夕日がその日の終わりを告げるまで、彼女は父の体をゆすり続けていた。葬式の支度をするために彼女の家族や村人が父親の体を彼女からそっと取りあげた。心の中で彼女はまだ父親の目を見ていた。父親はわかってくれたと、彼女は確信していた。

 この体験が現在の彼女に、暴力的な男性や、その他何らかの性格的欠陥者を相手として選んでしまい、本当に深い愛情を持つ相手をどうしても見つけることができないのと、何らかの関係があったのかも知れない。

 一方メキシコ人のペドロはハンサムな男性だった。ペドロの兄は十ヶ月ほど前、メキシコシティでひどい自動車事故にあって亡くなったのだった。しかし、十ヶ月が経過してもペドロの悲しみは薄れず、ワイス博士の治療を受けていた。
 彼の悲しみは兄の死に限ったことではなく、もっとずっと深いものだった。その後のセッションで彼が何回もの転生で愛する者と死に別れており、愛する者を失ういうことに対して、非常に敏感に反応するようになっていることがわかった。兄の突然の死は、千年以上もの間に起こったもっと大きな悲劇的な別れの記憶を、心の奥底の無意識のすき間から、浮かび上がらせたのだった。

 ペドロの家はいわゆる特権階級で父親は大会社と工場をいくつも所有していた。ペドロは大学でビジネスを学び何人か女友達もいたが、その誰とも真剣な関係を持つことはなかった。ペドロの母親はペドロが付き合う女の子の欠点を見つけ出してはペドロの頭にそれを叩き込んだ。

 ある日の催眠トランス状態でペドロは古い時代の人生に戻っていた。その人生で、彼は革の服を着た軍人たちに引きずられて死んでいた。彼の命は、愛する娘のひざに頭をのせている間に尽きたのだった。そして娘は絶望にうちひしがれて、体をゆっくり前後にゆすっていた。ワイス博士はペドロに娘の顔をもっとよく見て、知っている人かどうか調べるように言った。
「いいえ」 と彼は悲しそうに答えた。「私は彼女を知りません」
「あなたの名前はわかりますか?」
 ワイス博士は、彼の注意をパレスチナでの昔の人生に戻すために尋ねた。ペドロはしばらく考えて「いいえ」と答えた。博士は幾度か、ペドロに当時の名前を思い出すように工夫を凝らしたが、どうしてもペドロは当時の名前を思い出すことはできなかった。その時博士の心に、まるで音のない爆発のように、不意にはっきりと浮かんできたものがあった。
「エリ」と博士は言い、「あなたの名前はエリですか?」とペドロに聞いた。「えっ、どうしてしっているのですか」ペドロは大昔の深みの中から答えた。
「そう、それが私の名前です。エウリと私を呼ぶ人もいます。エリと呼ぶ人もいます・・・・どうして知っているのですか? あなたもそこにいたのですか」
 博士にもこの名前が不意に出てきたわけが分らなかった。しかし、その謎はその日の晩になって解けた。二ヶ月ほど前エリザベスが退行催眠で語ったパレスチナの陶工の娘だった時代に経験した悲劇だった。

 ペドロの治療が間もなく終わるので、ワイス博士は二度ほど、エリザベスとペドロの二人の治療の予約を同日にしたりして二人が接近するように計ったが、二人は待合室でニ度とも顔を見合わせて会釈する程度だけだった。
 しかし、二人の再会は運命づけられていた。

 ペドロは仕事でニューヨークへ行った。ニ、三日そこで過ごしたあと、彼はロンドンへ二週間の出張をかねた休暇に出かけそのあとメキシコへ戻ることになっていた。エリザベスはボストンで会議に出席し、そのあと大学時代のルームメートを訪ねに行く予定だった。二人は同じ航空会社の便に乗ることになっていたが違う時刻の便だった。

 空港のゲートに着くと、エリザベスは自分の乗るはずのボストン行きの便が欠航になったと、知らされた。機体の故障のためだとのことだった。運命は着々と進行していた。

 彼女はあわてた。友人に電話して計画を変更しなければならなかった。彼女は他の便でニューヨークまで行き、そこから翌日の早朝、ボストン行きの便に乗ることにした。彼女はその朝にどうしても欠席できない大切な会議を控えていた。

 そうとは露知らずに、この新しいスケジュールのために、彼女はペドロと同じ便に乗り合わせることになった。彼女がその便のゲートに行った時、彼はすでに、そこで搭乗の開始を待っているところだった。目の片すみで彼女の姿を捕らえた彼は、彼女がカウンターでチェックインをし、待合室のいすに腰をおろす様子を、注意深く見守っていた。彼は完全に彼女のことしか頭になかった。彼女が私(ワイス博士)のオフィスの待合室でほんのつかの間出会った女性であると、彼はすぐにわかったのだった。

 よく知っているという感覚と、もっと知り合いたいという気持ちで、彼は一杯だった。彼女がいすにかけて本を開いた時、彼の関心は彼女に釘づけになっていた。彼は彼女の髪、手、すわり方や動き方を観察した。なぜかとても親しみのある感じがした。彼女とは、ほんの一瞬、待合室で会っていた。しかし、なぜこれほどに親しい感じがするのだろうか? 待合室で会う以前にも、会ったことがあるに違いない。彼はどこで会ったか思い出そうと頭をしぼった。

 彼女は、誰かに見られていると感じていたが、それはよく彼女に起こることだった。そして、読書に集中しょうとした。中略
 見られているという感じはまだ続いていた。彼女は目をあげて、彼が自分を見つめているのに気がついた。彼女はまゆをひそめたが、すぐに、会ったことのある男性であるのがわかって、にっこりした。直感的にこの人は安全だとわかったのだ。でもどうしてわかったのだろうか?
 彼女はしばらく彼を見ていたが、やがてまた、本に目を戻した。しかし、もはや、本のページに意識を集中することはできなかった。彼女の心臓の鼓動は早くなり、呼吸もせわしくなった。彼が自分に魅かれていること、そして、彼がすぐ自分のほうにやってくることを、彼女は一片の疑いもなく知っていた。

 彼女は彼が近づいてくるのを感じた。彼が自己紹介をして、二人は話し始めた。二人はすぐに、非常に強く互いに魅かれ合っていた。数分後、彼は二人が並んですわれるように、座席を変えてもらおうと言い出したのだった。
 飛行機が離陸する前に、すでに二人は知り合い以上になっていた。

 こうして二人は恋に落ち、結婚して現在はメキシコで幸せに暮らしているという。エリザベスはかわいい娘を育てていると本の末尾に書いてあった。
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