ギルド結成  .

今日も適当な所で探索を切り上げて、海都の町並みのあちこちに生えている丈夫な木に登って、今日の収穫物を貪っていた。
枝を跨いで幹に背を預け、ぼんやりと町を見渡す。
冒険者なんてやってると(特に浅い階層を行き来してるだけじゃ)儲かるはずもなくて、こうして樹海の食物が俺の日々の飯になってるわけで。

(お、あれは…)

不意にこちらへと近付いてくる見知った人を見かけ、タイミングを見計らう。
そういえばこの道はあいつの家へと続いていたっけか。

「ソールフっ!ナンパに成功したのか」

開口一番、枝に足をかけ木からぶら下がって逆さまの状態で挨拶をする。
すると向こうは連れとの話に集中していたのか、一拍置いてから僅かに笑みを浮かべた。

「…やあ。君は毎度私を楽しませてくれるね」
「それほどでも」

少なくとも褒められているわけではないと理解しつつ、枝にかけた足を外してソルフとその連れの前に着地する。
それから振り返って、彼の隣に居る連れをまじまじと見つめた。
赤毛で後ろに一本の長い三つ編みを結っていて、向こうもオレをじっと見つめる。

「オレ、ナスタ」
「レイユ」

うん、なんとなく気が合う気がする。
そう確信しながらも、レイユの視線がオレの持ってる木の実に注がれてるのが分かって笑ってしまった。

「ほら。美味いぞ」

手持ちの木の実を二つ袋から取り出し、一つずつ二人に投げ渡す。
ナイスキャッチを見せた二人はそれぞれソルフは不審そうに木の実を見つめて、レイユはとりあえず一口齧った。

「うお、酸味はあるけど美味いなこれ」
「だろ。アンラの実っつって樹海で取れる木の実なんだぜ」
「へえ!俺も早く樹海に行ってみたい」

本当に楽しみだと言う風にアンラの実を眺めるレイユ。
鍛えられた体してるからてっきりもう冒険者なんだと思ってたけど、初心者だったのか。

「あ、じゃあさ。オレと行こうぜ。オレ一応ギルド持ってるし」
「お。マジで?でも…」
「私が先約だからね。悪いけれど」

勧誘モードに入った俺が近付いた分だけ、ソルフはレイユの腕を引いて下がった。
それがどういう意味なのか一瞬理解できず、ぽかんと口を開けたままソルフを見る。

「え、何それ。あんたギルド作ったの?」
「まだギルド名は未定で、申請中というところだ」

いつも通りの涼しい顔で言ってのけるソルフ。
この人は前々からこのアーモロードに住んでいて、俺が樹海に探索しに行くたびに世界樹を見上げるように立っていたのが印象的だった。
きっかけはなんだったか、つい気になって話しかけてみたところ、それなりに仲良くなって。
歴戦の戦士のような風格を漂わせていながら、今まで眺めるだけで探索に出かけないのが不思議で仕方なかった。

「やっと潜るのか」

オレの問いに、ソルフは静かに頷く。
よし、それなら、次にオレが取る行動は一つだ。

「じゃ、オレがあんたと一緒に行くわ」
「…は?」
「オレの方は一人ギルドだし。申請と同時に消すから問題なし!」
「いいのか…?」

珍しく、ソルフが表情を崩してオレを見るもんだから、オレは慌てて訂正する。
レイユはそんなオレたちのやり取りをじっと見ていた。

「や、オレだって仲間と探索したいからさ」
「君のギルドに入りたい人はたくさん居た。私の加入すら、断ったのに?」
「そ、れは…。…正直に言うけど、あんたって人の下につくタイプじゃないだろ?それくらい分かるって」

だってソルフがそう申し出た時はその場で仲間になるんじゃなく、いつか入れてくれ、って言ったんだ。
そんな不確定な時期まで、オレが樹海から生きて戻る保障もなかったし。
守れないかもしれない約束はできない。

「…そうなのか」
「そう!っつーわけで、よろしく!レイユ」
「おう、よろしくー」

何か考え込み始めたソルフは暫く固まるから放置して、オレは隣のレイユと硬い握手を交わす。

「樹海の話でもしようか?」
「聞きたい!」

キラキラと目を輝かせて素直に食いついてくるのが可愛い。

「…ナスタ。一応言っておくが、レイユは男だぞ」
「いやいや、ンなこと声聞けば分かるって。でも性別抜きで顔が好みなんだよな」
「はあ!?」
「あ、別にどうこうしたいとかは無いから安心して。で、樹海の中なんだけど…」

一瞬レイユの顔が不穏な方向にガラッと変わったが、オレが樹海の話をし始めるとそれも引っ込んでまた目を輝かせる。
ソルフはそれなりに頭もいいし、気も遣える奴だけど、たまに天然なのがいけない。
誰だって仲良くしたいのは一緒なんだから話をこじれさせるなって言うのがオレの言い分なんだけど、まあ、正直に顔が好みだって言っちまうオレもオレか。

「そろそろ聞いてもいいだろうか」
「何?」

歩きながら、ようやくソルフの家も近付いてきた所で言われて振り返る。
レイユはオレから聞いた話に一喜一憂していて、余韻に浸ったようにふわふわ歩いてたので軽く腕を引いて支えてやった。

「君は一体どこまでついてくる気かと」
「何言ってんの。あんなでかい家に二人で住んどいて俺の部屋が用意できないなんて言わないだろ?」

ソルフの家は、近所じゃちょっと有名になるくらいにでかい屋敷だ。
以前はれっきとした貴族が住んでいたらしいが、住む人間が居なくなって以来空き家だったのを買い取ったんだとか。
まあオレもそこまでソルフのことに詳しいわけじゃないから、真偽は定かじゃないけど。

「…住むのか?」
「だってもう仲間だろ?アーマンの宿代結構きついんだよ。助けると思って、な?」
「いや、住んでくれるならむしろ歓迎だ。ただ、…君は順応力があるね」
「ははは!よく言われる。何も抱えてないから気楽なもんさ」

断られなかったことに内心ほっとしつつ、軽く笑って肩を竦める。
そしたら、隣のレイユがぐいぐいと服を引っ張ってきた。
何事かと見やれば、思いの外真剣な表情をしていて。

「あんたってさ、人脈広かったりする?」
「へ?あー…まあ、ここに居る冒険者は大体知り合いだけど」
「じゃあ!…レンクって奴知らない?俺とそっくりの」

ぎゅっと服を掴む手に力が込められて、よっぽど大切な奴なんだと分かる。
しかもレイユそっくりってことはもしかしなくても双子か?
オレの好きな顔が二つってなんつー楽園だよそれ。
と、思考が脱線しつつも記憶を探ってみたが、残念ながら一致する奴は居なかった。
それにこの顔見たら絶対覚えてるはずだし。

「いや…、知らない」

頭を振ると、レイユはがっかりしたように服を掴む手を離した。

「はぐれたのか?」
「海の上で、嵐に遭ってそれっきり」
「…そっか」

それは余計なことを聞いてしまったと、後悔する。

「でもイリーヤは、あいつが生きてるって言ってた。星がどうとか」
「なんだ。イリーヤがそう言ってたんなら悲観することないって。絶対会える」

一回占ってもらったことがあるんだけど、その日「今日は良い事ないですね」って言われて散々な目に遭った。
恐ろしいくらい当たると評判の占いだが、その効力を身を持って体感したオレはイリーヤの占いに絶対的な信頼を寄せている。
レイユもその効力をなんとなく察しているのか、俯いたもののその表情は翳っていなかった。

「…おう。だから、…早く会いたい」
「それもそうだよな…。うし、じゃあ知り合いに片っ端から聞き込みしてみるわ」

慰めるようにレイユの肩に手を置く。
生きているとは言われたが、ここに辿り着いたとは聞いてないんだろう。
もちろんアーモロードに居ない可能性もあるが、知り合いの冒険者は海に出ることも多い。
人の噂なんて早いもんで、他の島に居たとしても有力な情報を掴める可能性はゼロじゃない。

「ありがとう、ナスタ。私ではどうにもできない問題だった」

不意に後方から礼を言われ、気恥ずかしさに頬を掻く。

「あんたなあ…。もうちょっと人に頼ることを覚えてもいいと思うぜ、オレは」
「そうだな。そうしよう」

ソルフは何でもできるように見えて、意外と不器用だ。
困ってる奴は率先的に助ける良い奴なのは確か。
だけど、自分のこととか、自分の身の回りには無頓着で。
なんでも自分だけで解決しようとするし、イリーヤにもそんな頑固な所が若干受け継がれてたりもする。

(ああ、なんだかんだ言ってオレ、人の世話焼きそうだなあ…このままだと)

なんて思いつつ、目の前にまで近付いたやたらとでかい門を手で押して開ける。

「ソルフ!これがあんたの家!?」
「ああ、そうだよ。好きな部屋を選んでくれれば、そこを掃除しよう」
「マジ!?やった!絶対ナスタより良い部屋取る!」

喜んだレイユは、オレの横をするりとすり抜けて屋敷の中へと入っていった。
物怖じしない活発な良い子だな。可愛い。

「君も、好きな部屋を選んでいいよ」
「よし。レイユの隣の部屋はもらった」
「………そうかい」

半分本気、半分冗談で言ったらどこか冷めた目で返された。
人の感情に対してそういう反応はどうかと思うよ、オレ。

「そういえば、先日から居候が増えてね」
「レイユ以外に?」
「そう。紹介しよう」

玄関の戸を開き、中に促されるままに入る。
ソルフの自宅に入るのは実は初めてで、中は外観から想像するよりも更にでかく見えた。
やたらと広い玄関フロアの上は吹き抜けになっていて、余計に広く感じる。
その中央で、レイユともう一人知らない奴が話しているのを見つけた。
白金の髪に赤い目が印象的な…たぶんあれも男か。
レイユと同じくらい長い髪を、室内だからか纏めることなく垂らしていた。

「あれがファネメリー。どこかは聞いていないが、島国の王子だそうだ」
「へえ…だからあの気品か」

どこか近寄りがたい雰囲気を漂わせていたのは、王族特有の気品だったことに納得する。
そうして様子を窺っていると、向こうも気がついたのかこっちを見た。

「初めて見る顔だな」
「ファネメリー。彼はナスタ。我々と共に探索へ赴いてくれる仲間だ」
「よろしく。ファネメリー」

ソルフに紹介され、オレは近付いて手を差し出す。
握手のつもりだったのだが、彼は一瞥して眉を顰めた。

「出会って早々金品の要求か?」
「ンなわけねーだろ!握手だ握手!」
「…あくしゅ…」

まさか、知らないのか、こいつ。
オレが手を出したまま呆然としていると、事の次第を見ていたレイユがオレとファネメリーの手を掴んで互いに握らせた。

「これが握手!な!親交の証で初対面だと結構求められるから覚えとくといいと思う」
「なるほど…。非礼をすまない。よろしく、ナスタ」
「お、おお」

随分と世間知らずだとは思ったが、悪い奴じゃなさそうだ。
色々教えてやれば仲良くなれそうだし、不安はないな。

「おかえりなさい、ソルフ。こんにちは、ナスタ」
「イリーヤ。ただいま」

親が帰ってきた気配を察したのか、奥の廊下からひょっこりと顔を出したイリーヤが歩いて近寄って来た。
寝起きらしく、眠そうな目を擦っている。

「おう、元気にしてたか!ちびっ子!」

ソルフは割と外で見かけるが、イリーヤは夜に出歩いてるらしくあまり会う機会がなかった。
久しぶりに会った姿もソルフには勿体無いくらい可愛らしくて、頭を撫でて愛でてやる。
気持ち良さそうに目を瞑るのがまた猫っぽいよなあ。

「…いくら君でも、イリーヤに手を出したら裂くよ」
「何を!?オレを!?」

物騒な言葉がソルフから聞こえて、オレは慌ててイリーヤの頭から手を離す。
親馬鹿にも程がある。愛でるくらい良いだろ、愛でるくらい!

「ししょー。人間って裂けるんですか?」
「ナスタに限り裂けるよ」
「ナスタすごい」

もう突っ込む気力も失せて、はあ、と溜息を吐く。
ソルフはイリーヤが近くに居るとずっとこんな感じで手に負えなくなる。

「そんで?ギルド発足はいつの予定?」
「ああ…人数は、揃ったな」

現実問題を聞けば、ソルフは顎に手をやって少し考え込む。
オレらはその間じっと待つ。
こればっかりはソルフの意志に従う以外にない。

「ギルド名だが、レナソフィ、というのはどうだろうか」
「レナソフィ?聞いたことない」

ソルフの提案に、レイユが首を傾げる。
オレも知らないってことは、造語か何かってとこか。

「皆の頭文字を取った」
「へえ…いいんじゃないか?」

予想通り、とは言わないが、筋の通ったソルフらしいネーミングだ。
元々ギルドの名前に口を出すつもりはなかったし、素直に良い名前だと思った。

「異存は無い」
「レナソフィ結成…ですね」

全員が賛成して、ギルド名が無事決まった。
あとはギルド長に申請して元老院のテストに受かれば晴れて正式にギルドとして活動できる。

「んじゃ、今日中に申請しといて明日テストこなすってのは?」

それぞれに実力も知りたいし、それには樹海1Fの探索は適当な場所だ。
オレはもちろんテスト内容を知っているし、ソルフにも話したことがある。
一部危険な魔物も居るが、気をつければ乗り切れるはず。

「ナスタ。君にサブギルドマスターを頼みたい」
「いいよ。オレでよければ」

今日登録することに決めたらしいソルフに言われ、快く引き受ける。
冒険初心者に世間知らずな王子、賢いとはいえ幼いイリーヤに任せられるポジションじゃない。
オレもあまり適任とは言えないが、実際のところ樹海での非常時に一番動けるのはオレだろうと思う。

「では、お夕飯を作って待ってますね」
「え。イリーヤ、お前料理もできんの?」
「はい。ソルフに教えてもらいましたから」

レイユの素朴な疑問にもきっちりと答えるイリーヤ。
ほんとにソルフが育てた割にはよくできた子だよな…。
きっと良い嫁さんになると思う。男だけど。

「楽しみだな。よし、とっとと行ってとっとと帰って来るか」
「そうしよう。レイユとファネメリーは、その間に部屋を決めておいてくれ」
「はーい!」
「分かった」

返事をする二人を見て頷いたソルフが、玄関へ向かう。
すると、イリーヤがいつもより少し声を張り上げた。

「良いこと、起こりましたね」
「…そうだね」

ソルフが、そう満足そうに微笑んで外へ出た。
オレもそれに続いて屋敷を出る。

「何か占ってもらってたんだ?」
「そう。色々抱え込めって言われてね。迷い人と遭難者と放浪者を家に招いたら、そのまま仲間になってくれた」

遭難者がレイユで、放浪者が…オレ?ひどいな。
迷い人ってのには心当たりがないけど、たぶんファネメリーのことなんだろう。

「ははーん…。よかったな!」
「ああ。とても嬉しいよ」

景気づけに勢いよくソルフの肩を叩くと、こいつは本当に嬉しそうにはにかんだ。

レナソフィ、か。
これからの樹海探索が、楽しくなりそうだ。
10.04.10




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