鍬 山 神 社
くわやまじんじゃ(亀岡市上矢田町)

 鍬山神社は和銅2年(709年)に創てられたと伝えられる古い社で、鍬山大明神または矢田社とも呼ばれていました。大国主命が亀岡盆地が湖だった頃、鍬で峡を切り開き農地にされたという国造りの伝説があり、この神徳を称え天岡山の麓にお祀りしたのが始まりで、開削に使った鍬が山積みにされたことから鍬山大明神と呼ばれました。
 この神社で行われていた神事芸能の一つに、現在の能楽の源流の一つともなっている「丹波猿楽」があり、平安京はもとより摂津・河内など各地に出向いて活躍していましたが、天正4年(1576年)明智光秀の丹波進攻の混乱により廃れたと言われています。