ああ、 無情編
人間とは元来罪深いものである、双方が人間であるならばどんな時にもそこに人間ドラマ
が生まれ、緩衝材としてカタルシスを求めるのだろうが、いかんせん人間と機械の関係とは
クールでドライであることが多い。
それは、機械には「いずれ限界」があるという制約が潜んでいるからだ。
それが無ければいまでも人は原始人のままだろう。
私もまた、その一人と一機であり、私の能力が750ccを超えてしまったことに尽きる。
すまん、嘘だ。撤回する。
1100がほしかったのだ。すまん、本当にすまん。
扱えないけど、KATANAはイレブンだろう、という思いは捨て切れなかった。
別に240キロを出す気は無い、750も良かった、でもでも、1100でないと維持し続ける自信が
無かったのだ。
つーわけで、中古の1100を購入と相成った。
まだいくのか、お前? 本当に「また」カタナを買うのか?
そして手に入れた機体はこいつ。
主な仕様は、1984年 SE もちろん逆輸入。最初から足回りはGSX−R1100にコンバート
されていて、ブレーキ足回りのモディファイリングは当面必要の無い車体に思われた。
外装はオリジナルだ。
足は91年ごろの油冷最終のGSX−R 倒立サスに3本スポークキャスト。
スイングアームはOVER、リアサスはホワイトパワー、ACTIVEのオイルクーラー、KERKERの
メガホン、ヤジマのバックステップ、レイダウンキット。
キャブは初期型GSX−R750のVM29強制開閉フラットバルブキャブ装備。
現物確認しての購入ではなった。最悪部品だけでもそのくらいの価値はあるだろうという
算段の元の購入だ、細かいことは考えてなかった。またか!
とりあえず、ガレージに機体を移す。
この時点で既にリアハブベアリングがオシャカになっていたので、それはそれで交換とし
て良いのだが、残り少なかった車検が切れた。
ちょうどこのときは新居 (もちろん賃貸)を構えて引越しやら、生活やらが大変でろくにバイクなんか触れる状態ではなったのだ。
そのせいで半年機体を寝かすことになってしまった。
だから、この際だから全バラで組みなおそうと考えたのだ。
ガレージは新居に備え付けだから、ばらしてもいちいち片付けなくて済むのがいい。
いきなりフレームが黒になっているが、サンドブラスとかかけて全塗装したのだ。
黒にした理由は簡単、傷ついてもリペアが楽だから。
ついでにハッタリのガゼット補強も入れてみた。とりあえず、礼儀として入れたまでだ。
強度? そんなもん知らん。
一人でしこしこ、やっておりました。とりあえずせっかく塗ったフレームを傷つけないよう
に組むのが大変。もともと付いていたものだから簡単なんだけど。
んで、ぐちゃぐちゃとそのときに配線処理もすべてやり直した。
はっきり言って、あんまりこのときの記録も記憶もあいまいで、覚えてないのです。とりあえず
すべて自分でやってたので、「早く終わらせたい」というあせる気持ちと、偏執的なこだわりとが
せめぎあってもう私以外ではよくわからない仕様になっていた。
いきなり外装になっているが、詳細は想像に任せる。
マフラーは、TNKのカーボンステン、タンデムステップ、センタースタンドステーは切除、ついでにステップを カワサキZRX1200純正をチョイス。それと同時になぜかノーマルのままのリアブレーキマスターをXJR1200についていたブレンボ(という刻印の入った、笑)のリアマスターを装着。
で、バッテリーボックスを取り付けようとしたら、は、入らん!!
どうもピボット補強に横棒を入れた位置が悪かったみたいだ。いまさら触れないのでバッテリーボックスを加工して縦置きから横置きに改造。
当たり前だがそのほかの電装の位置もすべて変更し、ハーネスもやり直す。
塗装は本職なので職場でやればいいのに、なんとなく忙しいのでそのまま機会を失って結局市販の缶スプレーのソリッドレッドとあまり売ってないメタリックレッドを重ねて吹いて、仕上げのクリアだけウレタンスプレー(これも缶の奴、なかなか使える)を吹いて磨いて完成。
なんか忘れかけてるのでそのうちまた詳細はそのつどお知らせするとして、とりあえずは完成したのです。