Humpty Dumpty sat on a wall,
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses,
And all the king's men,
Couldn't put Humpty together again.





Humpty Dumpty






長い長い、目の前に広がる青銀の髪は、己と同じ筈なのに全く違うもののように艶やかで美しい。 指を通すと、シュルリと、まるで逃げるように手から離れていく感触が楽しくて、何度も何度も繰り返 す。
飽きる事がない。梳けば梳くほどに、より艶が増していく。そして己の指がそれを成しているのだと思 うだけで、背筋に何ともいえぬ快感が走り抜ける。
「サガ、サガ、美しい俺の兄さん」
シュルリシュルリと、指を通し、髪が逃げる。
「兄さん、これからはずっと一緒だ。もう誰にも俺たちの邪魔はさせない」
シュルリと、今度は逃げる髪を捕まえて、そっとそこに唇を落とす。
「ずっと一緒だ、サガ、ずっと」






「カノン、ちょっといいか」
背後から聞こえてきた忌々しい声を、カノンはあっさりと無視した。扉を潜り、そのまま足を帰路へと 進める。このような下らぬ男に構っている時間など、カノンにはない。
「聞こえないのか、カノン!」
業を煮やしたのか、追いかけて来てぐいっと肩を掴んだその手を、カノンは思いっきり払いのけた 。
「俺に触れるな、アイオロス。殺すぞ」
獣が唸るように発した声音に、しかしアイオロスは怯むことなく対峙する。
アイオロスにとって、このようなカノンの態度は常のことだった。その存在を知った幼少時の頃から、 この目の前の男はアイオロスに変わらぬ憎悪を向けている。
「・・・・サガはどうしている?何故双児宮から出てこないんだ?」
相次ぐ戦闘で死に絶えた黄金聖戦士が、再びこの世に生を受けたのはつい4ヶ月前のことだった。
アイオロスにとって実に13年ぶりとなる自宮の人馬宮。そこで目を覚ました後、同じく各自宮で目覚 めた黄金聖戦士たちと再開を果たしたが、その中に双児宮の守護者だけがいなかった。
その時はただ単純に、13年前にあった出来事故に、自分とは会い辛いのだろうと思ったのだが、その3 日後に再び教皇の地位に着いたシオン、そして女神と謁する為に黄金聖戦士全員が教皇の間に召喚され た時、そこにはサガではなく、双子座の聖衣を纏ったカノンがいた。
訝しく思いながらも此方が「サガはどうしたのだ」、と問うと、サガと瓜二つの姿を持ちながら全く違 う存在であるこの男は、片方の口角を歪めて、ただ「体調が思わしくないのだ」とだけ言い放ったの だ。
それから現在に至まで、誰一人としてサガの姿を見ていない。微弱ながらも双児宮からサガの小宇宙が 感じられる為、蘇っていることは確かなのだ。しかしそれだけだった。サガは双児宮から出て来なかっ た。
教皇補佐の立場にある双子座の仕事は全てカノンが行った。確かに聖衣を纏える以上はカノンも黄金聖 戦士であり、サガの代行としては資格・能力共に十分であった。
そしてその間誰かにサガの事を訪ねられると、カノンはその度に「まだ体調が万全ではない」、「 外に出られない容態になった」などと言っては、追求を煙に巻いた。
それではと、此方から双児宮に見舞いの名目で訪ねようとすると、決まって双児宮は迷宮と化し、来客 を拒む。それをカノンに訴えようものなら「俺が全て面倒を見ているのだから、見舞いなど必要ない」 と返されて終わるのだ。
「サガに、会わせてくれ」
「なんだ、まだ諦めてなかったのか?サガは・・・・・兄は誰にも会わん。特にアイオロス、貴様 にはな」
くつり、と喉を震わせながら、真摯な眼差しで問い掛けるアイオロスに対し、カノンは侮蔑の視線でも って答えた。
「それにサガが宮から出ない事に関しては、教皇は元より、女神にも承諾を得ている。貴様が如何こう 言う事ではない。何せ尊い、教皇サマと女神サマの許可だからな!」
「くっ・・・・・」
正にアイオロスを始め、黄金聖戦士たちが強引に出れない訳はそこにあった。教皇と女神の許可。何故 このような事に承諾したのかは分からないが、それでもこの二人の言葉は絶対だ。理由がどうあれ、 一介の聖戦士が抗えるものではない。
「分かったらもう、馬鹿げた言動は止すんだな。貴様のその口からサガの名を聞くだけで虫唾が走 るっ」
殺意を隠すことなく言い捨てると、カノンはそのまま双児宮へと続く階段を下っていった。
最早アイオロスにもう一度、カノンを呼び止める事は出来なかった。







「兄さん、ただいま。今帰ったよ」
まだ日も沈んでいない刻限だと言うのに、そこには闇夜があった。
ほの暗い闇に光を差し入れたその空間を、カチャリ、となるべく大きな音を立てないようにして閉め る。それによってこの場は再び夜となった。
そっと足音を忍ばせて目的の部屋に進む、その足取りに迷いはない。まだ視覚が暗順応を成しきって いなくとも、どこに何があるかなど把握しきっているのだ。危険なぞある訳がなかった。
一つの扉の前に辿り着く。カノンはノックをする事もなく、ノブを捻った。
「サガ、ただいま」
そこは寝室だった。中央より窓際に、大きな寝台が一つあるだけの部屋。
大の大人が2人で寝ても、まだかなりの余裕があるだろう程に大きなその寝台には、現在、ひっそりと 一人の体が横たわっていた。
カノンはその人影を認めると、口角を緩め、目を細めた。
恍惚とした、その表情。
「兄さん、今日もいい子で待っていたか?」
ゆっくりと、寝台に近付く。それに伴い、部屋の四隅に置かれた照明に明りが灯る。ぼんやりとした橙 色のその光は、闇夜だったその部屋を夕闇に変えた。
「兄さん・・・・俺のサガ」
寝台に腰掛、シュルリ、と仰向けに横たわっているサガの髪を梳く。
梳かれる度に、白いシーツの上に広がる美しい青銀の髪。その持ち主であるサガの、湖のように静かに 凪いだ、青翠の瞳は開かれていた。
眠っているわけではない。眼を開けたまま、しかしサガは何の反応も示さない。
カノンは気にするでもなく、髪を梳きながら言葉を綴る。
「今日は帰りがけに、アイオロスの野郎に捕まってね。少し遅くなった」
全くついてない、と吐き捨てたカノンは、アイオロスの名前を口に出した瞬間、フルリ、とサガの睫が 震えたことに当然気付いた。
「ああ、安心していい。サガに会いたいなぞ吐かしてやがったが、黙らせてきた」
シュルリと、今度は宥めるように髪を梳く。
「俺がサガをアイツに会わせる訳がないだろう?」
顔を近づけ、耳にそっと囁かれたカノンの言葉。それに安心するかの様に、サガはパチリと瞬いた。
サガの反応に満足したのか、カノンは今度は耳に舌を這わせながら言葉を紡ぐ。
「大事な俺の兄さん。心配しなくても、俺が傍にいるよ、俺だけが」
鼓膜を震わせるその低音にか、それともピチャリと耳を這う舌の感触にか、サガの睫が再びフルリと 震えた。その兄の様子に、カノンはゆったりと笑った。
「さて兄さん、夕飯の前に風呂に入ろう。兄さんは風呂、大好きだもんなぁ」
立ち上がり、サガを両腕に抱き上げる。サガを包む白いローブがふわりと揺れた。






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え〜と、続いてしまいました、「カノサガで監禁」話;。
いや、別に1話に纏めても全然いける長さなんですけど(だってきっとそれでも天音っちの1話の長さ より短いよ)、個人的に区切りが良かったので前後編にします。
でもこれって「監禁」じゃないよね〜・・・・「軟禁」でその上「壊れ」だ。




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