「今回の同行には是非サガに付いて来て欲しいのよ」

沙織のどこか楽しそうな声が室内に響いた。






ONOPOLY







「は・・・私がですか」
思いもよらぬ言葉を投げかけられ、サガは不思議そうに顔を上げた。
「そうなのよ、何時もなら星矢達に護衛を頼んでいるのだけれど、今回ばかりは星矢達には荷が重い内 容だから・・・」
「其れほどまでに危険な仕事なのですか?」
サガはサッと顔色を変え、厳しい表情を作った。
普段女神である沙織の周りには、護衛と称して常に青銅たちの面面が周りを固めている。
青銅というランクにこそあるものの、星矢達の実力は決して黄金の面面に引けを取らないとサガは思っ ている。その星矢達にも頼めないほどに今回の任務は危険なのだろうか?
「いえ、そうではないのよ、誤解を生むような言い回しをしてしまったわね、御免なさい」
難しい表情をしたままのサガが可笑しいのか、沙織は少女らしい可憐な笑みでコロコロと笑った。
「では・・・一体何故私が・・・」
解せない、とでもいうように眉を寄せ、自分よりもずっと大きい体を折り曲げて膝まずくサガを見や り、沙織は再度楽しそうに笑った。
「だってねぇ、今回は護衛と言うより同伴者と言った方が正しいし」
「と言いますと?」
女神の布を一枚噛んだかのような遠まわしな言い方に、サガは少し苛立つ気持ちを抑えつつ聞き返し た。
自分は聖闘士だ。戦う以外にどのような使い道があるというのか。
「サガには日本で開かれるパーティーに一緒に出席して欲しいのよ」
「パーティー・・ですか?」
てっきり女神の護衛をするものだとばかり思っていたサガは、あまり身に経験の無い単語を出されて戸 惑った顔をした。
「そう、私は城戸沙織として今回日本で開かれる祝賀会に呼ばれたのよ。来る人たちは皆上流階級の人 ばかり。とてもでは無いけれど星矢達が同伴するのは無理でしょう?」
ね?と同意を求めるように見つめられて、どう答えてよいものか分からないサガは曖昧に首を擡げた。
確かに沙織は、サガ達含め、聖闘士の頂点に君臨する女神という崇高なる存在であるとともに、もう一 つの顔、と言うには大きすぎる存在、城戸カンパニーの若き総帥でもあるのだ。
今回沙織は、女神としてではなく、城戸の頭首として一般の(聖域以外の)重鎮達と会合をするという のだ。
確かに、星矢達の出る幕では無いだろうな、という事はサガにも何とはなしに理解は出来た。

「ただの護衛なら星矢達で十分事足りる事なのだけれど、事が事でしょう?一緒に行動する人には最低 社交界のルールを知ってる人じゃないと困るのよ。そこで、貴方が幼い頃から神官業を習っているとシ オンから聞いてね、今回の同伴者はサガしかいないと思ったのよ」
「ならば、他の黄金聖闘士達も同じでは・・・?」
「その中でも貴方が一番優れていると、シオンはそう言ったわよ?」
「そ、そんな、私など・・・」
沙織の揶揄するような言い方に、サガは恐縮して身を引いた。
「サガは私と一緒に随伴するのが嫌なのかしら?」
「いえ、決してそのような事では・・・!」
慌ててサガは顔を上げた。そうしてサガは、目の前でしてやったり、というような目をした沙織と目が かち合った。
「なら決まりね、サガ、これからよろしく頼むわね」
「は・・・・」
自分の半分以下も年の離れた少女にあっさりと言いくるめられ、サガは有無を言わさぬ会話にやや力 が抜るのを感じた。
どうやら上手く立ち回られてしまったらしい。
どうにも断わるような空気では無い事を悟ったサガは、いいや、と小さく首を振った。
内容がどうであれコレは女神直々の勅命、断わる権利など自分には無い。サガはこの事象を畏まって受 け取る事にした。
「了解しました。双子座のサガ、この身をもって女神のお役に立ちましょう。」
「ありがとうサガ、貴方の働きに期待してるわ」
「は、」
真剣な様子で膝をついているサガの頭上で、沙織はあぁ良かった、と明るい声をあげた。
「サガが承知してくれて本当に良かったわ、じゃあ早速カノンにも伝えなくちゃ」
「・・・カノン?何故カノンの名がここで出てくるのです?」
「あぁ、御免なさい、言い忘れてたけど今回は貴方達二人で随伴をお願いしたの」
「カ、カノンも一緒なんですか?!」
サガは思わず女神の前にも関わらず大声をあげた。そして直ぐにしまった、と顔を歪め、非礼を詫び た。
そんな様子のサガを気にする事も無く、沙織はいいのよ、と笑ってから言った。
「それがね、ほんの少し前の事なんだけれど、執務室にいたカノンにサガを日本に連れて行きたいっ て言ったら、いたく反対されてしまって・・・」
「あの馬鹿・・・!」
その様子がありありと映像で浮かびそうで、サガは頭が痛くなった。絶対なる存在の女神に対して何 たる非礼、何たる愚挙。
直ぐにでもカノンの元へ飛んで行って殴り飛ばしてやろうか、そうサガが思いはじめた時、沙織は何 とも無いような口調でしらりと言った。、
「で、じゃあカノンも一緒に来ればいいじゃない、って言ったらOKしてくれたから・・・」
その言葉を聴いた瞬間、再度サガは固まった。
「なっ、何故そこでそういう流れになるのですか?!」
「何故と言われても・・・話の流れ上、としか言いようがないわね」
キッパリと言い放った沙織を前にし、サガは重い息を吐き出した。
「では・・・・最初から私が行く事は決定していたのですか?」
「そうねぇ・・・後は貴方を説得するだけだったから、寧ろ順序は逆になってしまったけれど」
終わりよければ何とやら、上機嫌で微笑んだ沙織に対し、サガは日本に行く前からどっと疲れが噴出 してくるのを感じた。







「一体何時の間にそんな話になっていたのだか・・・・」
「だって仕方ないだろう?サガ一人で行かせるなんて危なっかしくて見てられないぜ」
シャツを羽織ながら、サガは思わず、は?と眉根を寄せた。


すでに日本に到着した沙織達一行は、本日行われるパーティーに向けて準備をしていた。
普段サガは聖域の由緒あるローブを、カノンはラフなTシャツにジーンズを着るのが常だったが、ここ 日本ではそうはいかない。
聖域のルールが通用するのは聖域だけであり、しかも今日行われるのは上流貴族の集まるパーティーな のだ。身に纏うものは必然決まってくる。
サガとカノンは、沙織に用意されたフォーマルなスーツに着替えながら会話を続けた。

「何を言っているのか理解できんなカノン、お前と私、今現在で何歳になっていると思うんだ」
それに私は聖闘士だ、何を心配する事がある。
馬鹿にされてるとでもとったのか、不機嫌そうにしている兄の方を見やり、カノンは解ってねぇな、と 肩を落とした。
「兄さんは知識だけの頭でかっちだからな、俺が手助けしてやるって言ってんだよ」
「馬鹿な、お前に手を貸してもらう事など何もない」
「だって、サガ聖域から殆ど出た事無いんだろ?箱入りもそこまで行くと凄ぇよな」
「な、何だと・・・!」
カノンの鼻にかけたような物言いに反論しようとしたが、半ば事実な事を言い放たれサガは一瞬言葉を 失った。
事実サガは聖域から外の事は文献や書物などで仕入れた情報だけで、知識のみ、と言われても反論は出 来ない。
悔しそうにフイとそっぽを向いたサガは気づかなかったが、カノンは少しだけ真面目な顔に戻り小さ く呟いた。
「本当は俺付きでも、お前を外に出すのは嫌だったんだけどな」
ポソ、と言い放ったカノンのセリフは、サガの耳にハッキリと届く事はなく、サガは首のみ捻ってカ ノンに向かって言った。
「カノン、今何か言ったか?」
「いいや、何も」
そうか?と、少々引っかかった顔をしながらも、サガは器用に手だけをちゃんと動かして上着を羽織 った。
「どうだ、カノン?何か変なところは無いか?」
スーツなど初めて着るサガは、頭ではこれで合っているはずだと思いつつも、流石に不安なのかカノ ンにどうだ?と見せるようにクルリと回って前後を見せた。
その様は、ただ普通に立ち回っただけなのにサガがやると妙に絵になっていて、カノンは思わず自身 の目が縫い付けられるのを感じた。
同じ顔、同じ声、全てが同じはずの存在であるはずのサガ。しかし、自分が同じ事をやったとして、 カノンが同じく魅せられるとは思えなかった。
サガはやはり自分と違う存在なのだ。当たり前過ぎる思考がカノンの頭を巡った。



「カノン?」
やけに静かなままの弟を気味悪そうに見たサガは、やはり変なとことがあったのか、と不安に駆られ て己の服をチラチラと見やった。
「やっぱり何所かおかしいのか?」
不安そうに顔を傾げるサガに、カノンはハッと現実に戻っていいや、と首を振った。
「や、別にそれで合ってるけど。・・・・て、」
ぎこちない言葉を紡ぎながら再度サガを見つめたカノンは、途中サガの首元辺りで視線が止まった。
そしてからかうでもなく、本当に不思議そうな声を出した。
「何でネクタイしてないんだサガ?」
その言葉を受け、サガはしまった、とでもいう風な顔を上げた。
「・・・・・そ、それは」
どこか言いにくそうに口をモゴモゴさせながら、サガは困ったような顔をして顔をうっすら赤めた。
瞬間、カノンは一瞬にして意識があらぬ方向に飛んで行きそうになった。
無意識に繰り出されるサガのこういう顔に自分は弱い。意識を無理矢理此方側に呼び戻したカノンは 、何でもないように振舞いながらサガに続きを促した。
「あ?何、どーいうわけ?」
「・・・分からないんだ」
「は?」
「だから・・・結び方」
は、と短い声を発してカノンは目を数度瞬かせた。
瞬間サガが何を指して言っているのか理解できなかったカノンだったが、直ぐにその意味を理解して キョトンと目を見開いた。
まさかサガがネクタイの結び方が分からずに立ち尽くしていたとは。
カノンは思わず口元が緩んでしまった。
幼い頃から『神のような』、と称されていたサガ。
しかし、そんなサガなど一部に過ぎない、まやかしだ、とカノンは思っている。
サガは決して完璧などではなく、良くも悪くも人間なのだ。
普段冷静で理知的に振舞う完璧なサガを、聖域という特殊環境が作り上げた双子座の聖闘士サガだと するならば、今目の前にいるサガは、まさしく自分と等しく血と肉を分けた半身のサガだった。
本当に親しい者(ほぼ自分)にしか見せない、サガのこんなような表情。
カノンはサガの普段とギャップのあるこの顔を見るのが大好きだった。(困った顔を見るのが好きだ なんていったら、問答無用で異次元に送られてしまうので言わないが。)

カノンは可愛い兄の姿に、唇をいびつに歪めてクツクツと笑った。
しかしサガはそんなカノンの様子を見て、馬鹿にされている勘違いしたのか、カノンの様子に更に恥 かしそうに眉根を歪め、知らなくて悪いか、と虚勢を張るかのような声を上げた。
そんな様のサガを見て、カノンは直ぐに意識を立て直すと面白そうにニヤ、と薄く笑った。

「そーかそーか、兄さんは聖域でずっと暮らしてきたもんな、ネクタイの結びかたなんて知らねぇよ なー」
至極楽しそうな弟の声色に、サガは怒りも露わに声を上げた。
「からかうのならばもういい、お前には頼らない、私はこのままで行く!」
怒りのままクルリと踵を返し、早足で扉に向かおうとするサガに、カノンは笑いながらも素早くサガ の腕を掴んだ。
「おおっと、それは止めとけって、ノーネクで出席なんかしたら常識無い奴に見られちまうぜ?」
その言葉に、今にも扉から出て行きそうだったサガの体がピタリと止まった。そして、恐る恐るとい った様でサガはゆっくりと顔を傾けた。
「・・・そうなのか?」
「マジマジ、」
サガは、真偽を確かめるかのように、じっとカノンの顔を見やった。
茶化すように言ってはいるものの、カノンの言っている事は本当なのだろう。そんな事ぐらいは長年 双子の片割れをやってきたサガにも分かった。
だがその事と、これは別問題だ。
サガは、掴まれた腕が痛いのか気恥ずかしいのか、腕ごと身を捩った。
「意地、張んなよ」
「別に意地など・・・」
思わずサガは決まりが悪そうに顔を背けた。が、それをカノンは許さずに逸らされた視線の先を追っ て、更に覗き込んだ。
「張ってないって?」
「・・・・」
「サーガ?」
クイ、とカノンは掴んだ腕を引っ張った。その様に観念したのか、しばらくしてサガは短い降参の溜 息をついた。
「・・・・・カノン、頼む。」
「あいよ、」
少し罰が悪そうに呟いたサガの姿に笑いながらも、カノンはサガの後ろに回りこんでネクタイを受け 取った。
カノンがそっと長い蒼銀の髪を掻き分けると、サガは自身の髪が作業の邪魔になっている事に気づき 、あぁすまない、と謝った。
カノンがやりやすいようにと、サガはそっと自分の腰まで波打つ御髪を片手で持ち、左肩に流した。
サラリと波打ちながらサガの髪が流れ、普段髪に隠されて見えない白いうなじが光に照らされてぼん やり浮かんだ。

瞬間、カノンはその白い首元に喰らい付きたい衝動に駆られた。
それは何の脈絡も無い、単純なまでに簡単で、しかしカノンの中には昔から存在する感情だった。
警戒など欠片も感じぬ姿。信頼の元曝け出される首元。その様が自分にどれ程の劣情を掻き立てるか 、サガはきっと今だ理解していないのだろう。
サガの首は日に焼けた後など全く無い、白蛇の腹のような色をしていた。


「?どうしたカノン、早くしてくれ」
「あ、あぁ、ほら出来たぜ」
意識を飛ばしていたカノンは、白い首が静かにうねり、声を発したのを不思議に感じながら、1拍拍 子を遅らせて返事を返した。
サガは、ネクタイを無事完成させたカノンの掌からスルリとすり抜けて行き、ありがとう、と返した。 白い首から、サガの蒼い髪、瞳へと視線が移り、カノンはそこで漸く意識が戻ってくるのを感じた。
そして、改めて半身を上から下まで隅々と眺め、今度は苦々しい気持ちに支配されて小さく舌打ちし た。


先程の内に、いっそ噛み切ってしまえば良かった。


カノンは本気でそう思った。
そうすればサガは、人前にでる騒ぎではなくなってしまい、この姿を人目に晒す事など無くなる。

幼い独占欲としか言いようの無い感情を持て余しているカノンを尻目に、サガは壁に張り詰けられて いる大鏡のほうへと歩いていった。
「カノン?お前まだ着替え終わってないのか?早くしろ、女神を迎えにいけないではないか」
己の姿を鏡に映し、サガはカノンの方に目線をやりながら言った。カノンは未だシャツ姿のままだっ た。
「あぁ、分かった分かった。直ぐ用意するって」
手馴れた様子でスルスルとスーツを羽織ったカノンは、チラと壁にある時計を見た。
もうそろそろで沙織を迎えに行く時刻になろうとしていた。






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・・・・・・・・・ナンダコレ。(爆)




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