煌びやかなシャンデリア、豪華な調度品、格調高い音楽が流れる中に響く芝居がかった笑い声。
正に貴族の会合、としか言いようの無い様子が広々とした空間で繰り広げられていた。
集まった人々の手馴れた様子からしても、決してレベルの低くない会合だと見て取れる。
しかし、本日のパーティーは何時もとは大きく異なった雰囲気を醸し出していた。


人々の目線は、ある一定の方向、ある一定の人物達に釘付けになっていたのだ。







ONOPOLY







「カノン、」
「あぁ?何だよ」
「・・・・やっぱり私の格好は何処かおかしいのでは無いのか?」
「は?」
真剣そのものな声色で問いかけてきたサガに、カノンは思わず間抜けな声を出してしまった。
しかしサガは、そんなカノンを叱咤することすら後回しにして、やや不安げな顔でチラと周りを見や った。
その目には、今のこの状況が酷く居心地悪いとでも言いたげな感情がありありと映し出されており、 カノンはあぁ、と溜息を付いた。

サガとカノン、そして沙織はつい先程到着したばかりで、やや遅れ気味の出席と相成った。
表向きは同伴者だが、本来の自分達の任務は女神をお守りする事。サガたちは自然な距離を保ちなが ら沙織の横脇を固めながら入室した。
重々しいドアが開け放たれ、聞こえてきたクラシックな音楽を後ろに3人が入った瞬間の事だった。
さわり、と一瞬にして空気が変わったのを沙織達一行は直ぐ様感じた。今まで穏やかに会話やダンス を楽しんでいた紳士淑女たちが皆一斉に沙織達の方を見たのだ。
最初こそサガは、その視線たちを当然の事して受け止め流した。
自分達にとっては沙織は偉大なる教主、女神という認識しかないが、世間一般からしたら城戸沙織と いう人物は世界に名高い城戸財閥の跡取り娘なのだ。
このような社交界ではさぞかし注目の的なのだろう、そうサガは結論付けた。
しかしその思惑は外れていたという事をサガは直ぐに思い知った。
自分たちが入ってから数分経ち、更に寸刻過ぎても自分たちに向けられた視線は少しも外される事無 く続いた。
これにはサガも辟易した。幾ら世界の城戸沙織と言えども、このような注目はおかしい。
沙織はこのような場には慣れているはずだし、落ち度は無いように思われた。沙織では無いないなら ば、もしかしたら自分は何所か間違った事をしてしまっているのではないか?
そう思ったら急に不安になり、隣に控えているカノンに声をかけていた。

「私はこのような場所に来るのは初めてだから・・・よく分からないんだ。神殿の司祭ならば自信は あるのだが」
不安げな様子のサガを見やり、カノンはやれやれと首を捻った。
(やっぱりこの状況を分かっていないのは、兄さん、アンタだけだ)
カノンは心の中で呟き、普段よりやや幼いような顔をした兄の顔を見つめた。
普段のサガは、戦闘時には苛烈と言っていい程の強靭さと冷静さを保つ戦士で、皆の尊敬を一身に浴 びてきた。実際『神の化身』、と呼ばれていたのも強ち大げさな言い方では無い。
しかし、それはやはりサガという存在の一部分に過ぎず、寧ろこの兄は一たび戦場を離れると、どち らかというと世間知らずな面が浮かび上がってくるのだ。
村人から幾ら多大な尊敬と信頼のの視線を浴びようと、また、どれ程雑兵から崇拝と畏怖の念を向け られようと、この兄は一向に怯む事は無い。寧ろその者達の望む様な虚像を作り上げ、期待に答えて しまうような器用さ、偽善さを持ち合わせている。
だが流石のサガも、この状況には対応できなかったらしい。
当然だ、とカノンは思った。
聖域に居たあいつ等と、今この場にいる奴等では、自分達を見る目は明らかに違っていた。


「何も、何も間違っちゃあいないぜ、兄さん?」


カノンは唇を皮肉に歪め返した。そう、間違いがあるとすれば、ここに居る事自体がカノンにとって は大きな間違いだった。
この場所に入ってから現在進行形で続く不躾な視線。
もちろんカノンはこの意味する所に気づいていた。
女達の薔薇色に染まった浮ついた表情、男どもの烈烈なる含みのある表情。
それらは、自分達の中心に立つ沙織を通り越し、自分達双子に注がれている事は明白だった。
カノンは、その事象の意味しうる事に逸早く気づき、憎憎しげに舌打ちをした。


サガとカノンが入った瞬間、会場にいた者達は皆一様にして意識を持っていかざるを得なかった。
それ程、二人は異彩を放っていた。
片方の男はスーツをラフに着崩し、目線をどこか面倒くさそうに投げやっていた。その様はどこか退廃 的な貴族のように見えて、女達はこの危険な魅力溢れる青にうっとりと見惚れた。
そしてもう一人の片割れは上等なスーツを完璧に着こなし、傍らの美しい少女に控えめな微笑を傾け ていた。それは本人の持つ美貌とも相まって、まるで格式高い上流貴族の王さながらのように周りを惹 きつけた。
高級で美しい物を腐るほど見てきた上流階級の紳士淑女達ですら、それはかつて見たことも無い光景だ ったのだ。
世にもお綺麗な美男子が二人、合わせ鏡のように全く同じ顔をして立っている。その存在感たるや見な い方がおかしかった。
だが、自然熱っぽさが加わり、取り繕う事さえ忘れた好奇の視線は、余りに直接的だったと言えた。
狭い世界で暮らしてきたサガにとって、其れらの視線等さぞかし居心地悪かろう事は、容易に想像で きる。

カノンは本気で面倒くさそうに周囲に目線を投げた。糞ったれ、俺達は見世物パンダじゃねぇんだぞ。
心の中でカノンはファックポーズを取った。勿論今の状況など自分にとっても不快以外の何物でも無か った。
しかしそんな弟の様子など気付くはずもないサガは、カノンの否定の言葉を受け取っても未だ硬い色の ままの顔だった。再度疑問符を上げる。
「では、何故私達はこんなに見られ続けているのだ?私達が双子という事がそんなに珍しいのだろうか 」
不思議そうに語りかけてきたサガに対し、カノンはからかいの笑みを作り損ねて、渋い顔しか出来な かった。
ここが聖域ならば、カノンとて笑って流しただろう。サガの普段と勤務時とのあべこべなギャップは 、自分の愛する所でもある。
しかし今の状況は、カノンに取って非常に面白くなかった。不愉快、と言いきっても良い程に。
「サガ、カノン、難しい顔をしてどうしたの?」
少女特有の高めの声を聞き、サガ達はハッと声のした方へと眼をやった。
声をかけた沙織は、華奢な体を揺らしてニコリと微笑んだが、サガは己達の会話に気を取られて反応が 遅れてしまった事に焦った。
「いえ、何でもありません女神、私たちの事ならお気になさらないでください」
沙織に気を使われた事に対し恐縮するサガを尻目に、沙織はそう?と子供っぽい瞳で笑った。
「本当にゴメンなさいね、こんな場所に貴方達を引っ張り出してしまって・・・特にサガは聖域から外 は慣れない事だらけでしょう」
そう口にしつつも、沙織の様子はとても楽しそうに見えた。実際、沙織はこの状況をとても上機嫌でも って受け止めていたのだ。
美麗な双子への感歎とした視線は、まだ年若い少女の感性をいたく満足させた。
それは自分の持ち物をを見せびらかして、友達に羨ましがられた時のようにむず痒い、ひどく気侭で子 供らしい優越感だった。

暫くそうしていると、笑って会話を続ける沙織達の雰囲気に後押しされたのか、遠巻きに見ていた者達 が沙織達に近づいてきて声をかけた。沙織はそれに逸早く気付き、流石としか言いようの無い程可憐な 笑みを向けた。
「今日は。皆さん」
柔らかい雰囲気に触発されたのか、今度はまた違う数人が沙織達に近づいて声をかけてきた。
「沙織様、お久しぶりでございます」
「また一段とお美しくなられましたなぁ」
「お会いできて光栄です」
口々に沙織への賛美の言葉を投げかけてきた人たちは、さりげなさを装って一番気になる事柄について 口を開いた。
「所で沙織様、後ろの方たちは一体・・・?」
興味津々の目線を受けて、サガとカノンは一瞬怯んだ。沢山の眼が此方を凝視している。
「初めまして、私達は沙織お嬢様のお供を勤めさせていただいている者です」
サガは、即座に対人用の笑顔を作り恭しく礼をした。子供の時から天使のようだと崇められてきただ けあって、其れは皆を魅了するのに十分な効果があったと言えた。
「日本語、お上手なんですね」
婦人の一人が、うっとりとした顔で答えた。お世辞では無く、本当に感心したかのような表情だった。 サガは恐縮したかのように一礼を掲げ、ありがとうございます、とまた完璧な発音で返した。
次の瞬間、沙織達はわっと沢山の人だかりに囲まれた。今まで声をかけたかったのに、軽々しく話しか けれなかった者達が集まってきたのだ。
一旦切られた口火は歯止めを知らず、瞬く間に沙織達は格好の見世物となり、サガは困った顔を、カノ ンは苦々しい顔をした。
「あて・・いえ、沙織様、どうしたものでしょう?」
「そうねぇ・・・どうしようかしら」
助けを求めるかのようなサガの視線を受けて沙織も呻った。ここにいる人たちは沙織に取っても大事な 社交の相手ゆえに、無下に追い払うわけにもいかない。
思案に暮れるサガの横で、今まで黙っていたカノンが口を開いた。
「俺達が固まってるから目立つんだろう?なら、バラければ済む事だろうが」
「カノン?!」
グイと腕を引っ張られ、サガは驚いた声を上げた。今度はギリシャ語だったので周りには何を言ってい るのか理解できなかった。
「それもそうね・・・じゃあ此方は任せておいて、取り合えず貴方達は向こうに待機しておいて頂戴。 今ちょっと収集つかなくなっているようだし」
「女神まで何を?」
今だよく事態を把握しきれていないサガは、訳が分からないと言った風にカノンと沙織の顔を交互に見 やった。
しかし二人から明確な答えなど返ってくるはずも無く。あっという間にサガは会場の何処かへと連行さ れていった。
そんな二人の様子を笑顔で見送り、そして直ぐに周りの漣いだ和を正すかのように、沙織はニッコリと 可愛らしい笑みを作った。
「お騒がせして御免なさい。さぁ話の途中でしたわよね?」
集まった人々は一瞬其方に気を取られたものの、礼儀を重んじる暗黙の了解として城戸総帥の少女との 談に戻るよう心掛けた。世界の城戸に対して、無闇に詮索する希少な輩など、この会場には皆無なのだ った。






「おい、カノン!お前何を考えているのだ、私達は女神の護衛なのだぞ、護衛が本人から離れてどうす る!」
強い力でそのまま会場のバルコニーにまで引っ張られてきたサガは、掴まれた腕を振り払いながら外聞 も無く怒りも露わに怒鳴った。
「あぁ、あぁ、相変わらず兄さんはクソ真面目で仕事熱心だな。」
「何を、カノン貴様、この兄を愚弄するか!」
しれしれとした態度は何時もの事ながら、サガはカノンの嘲笑めいた物言いに更に激昂した。
しかしカノンにとって、そのようなサガの態度など慣れたものらしく、ニヤと口角を上げながらどうど うと諌めるかのように両手を挙げた。
「まぁ落ち着けよサガ、何もそう気を張る事もあるまい。護衛と言っても今回はだたの付き添い、お飾 りみたいなもんだ。それにこんな普通の奴等がウロチョロする場で一体何が起こるっていうんだよ?」
「だからと言って職務を怠る理由にはならん、女神の身に何かあったら一体どうするつもりなのだ!」
「なに、離れたと言っても、此処から女神までほんの数メートルの距離だ。離れた所で何も変わりゃし ねぇよ。俺達にとってこんな距離など間近にいるのと大差無い」
「それは、そうだが・・!」
まるで油を挿されたかのようにペラペラと喋るカノンに、サガは眉を曲げた。カノンの尤もらしい話術 に一々反応してしまうのは昔から変わらない二人の風景だった。
確かに光速を誇る黄金の自分達にとってみれば、例え女神から何十メートル離れようと、其れは無に等 しいと言っても過言ではない。
このような場所にて真に女神が危険に晒される可能性なども皆無に近い事も理解できる。
何より、自分達が主として崇める沙織という存在は、紛れもない神、大神、戦女神なのだ。サガ達が思 うより脆弱では無い。
一瞬怯んだ様子のサガを見やり、カノンはわざとらしく首を傾げた。
「それとも何か、兄さんはベッタリ女神にくっ付いていなけりゃあ自信か無いのか?対応出来る自信 が無いと?」
再び揶揄するかのようなカノンの物言いに、サガは再び顔を険しくした。何所かに持って行かれそうだ った激昂が舞い戻ってきたのだ。
そもそもこの口達者な弟に口論で言い負かそうとする事自体無駄な行為だったのだ。
サガはそう結論づけると、フンと短い息を付き自棄めいた声色で言い放った。
「あぁそうだ、私は小心者なのでな、女神のお傍でないと安心して仕事が遂行できないのだ。私はも う戻るから、お前は其処でゆるりとしているが良い」
踵をくるりと返して歩こうとしたサガは、しかしピタリと立ち止まると、己の腕に掛かる重圧に気づき 顔を後ろに捻った。
「・・・離せ」
「厭だといったら?」
サガの細い手首は、カノンの腕にしっかりと握られており、それを視界に入れたサガは不機嫌そうに言 った。
「何を言い出すかと思えば。下らない真似は止せ、私は戻る!」
「行かせない」
「なに?」
「行くなよ、サガ」
カノンは殊更殊勝な顔つきをし、幼い声を出してサガを引き止めた。
それはまるで子供の頃兄に甘えていた弟がそのまま居るかのようで、サガは何を、と戸惑ったような声 を上げた。
しかし其れも、直ぐにカノンお得意の小芝居なのだという事にサガは気づかされた。
思わず肩の力が抜けたのを見計らって、カノンはサガを腕ごとグイと引っ張った。
「な・・・!」
何を、と抗議の声をあげる間も無く、気づいた時視界に入ったのはカノンの顔だった。
「カ、カノ・・・!」
名前を言い終わる前に、サガはカノンの唇によって口を塞がれていた。それは触れるだけの極浅いも のだったが、生真面目なサガにとっては驚倒に近しい行為だった。
「な、何をする!この愚弟!」
恥かしさと怒りで顔を赤く染めたサガは、掌でカノンの顔を押しやった。押しやった後、自分の状況を 理解して更に慌てた。
カノンの両の腕はしっかりと己の体に回され、まるで抱きかかえられているかのような体制だった。
いくら会場の外とはいえ、窓の後ろでは今だ大勢の人間達がひしめき合い談笑している。何かの弾みで 自分達を見られないとも限らないのだ。そうはなるものか、とサガは急いで手を突っぱねて空間を作ろ うとした。だがカノンは其れを許さず、余計に力を込めてサガを引き寄せた。
「カノン、離さないか!」
「厭だっつてんだろ」
「カノン!」
「離したら向こうに戻るだろうが」
「当たり前だ」
「じゃあ離さない」
「論点がすれているだろうが!お前は一体何がしたいんだ?子供のような駄々を捏ねるな」
双子ながら、まるで年の離れた聞き分けの無い弟を窘めるかのようなサガの物言いにカノンは面白く なさそうな顔をした。
五月蝿い、そう小さく呟いたカノンの言葉はサガの可聴より下回り、サガは聞こえない、と言おうと した。
だが其れもまた言い終わる事は無くカノンによって阻まれた。
「・・・・んぅ!」
気づいた時には弟の顔が目の前にあり、再び接吻されたのだという事を理解した。今度は先程の触れ るだけのものとは違い、それこそ獣のような荒々しい口付けだった。
思わず後ろに下がって距離を取ろうとしたが、逆に強く押さえ込まれてしまい、サガは苦しそうに喘 いだ。
その隙を見計らっていたかのようにカノンの下がぬるりと進入し、口腔を思うままに貪らる。
「カノ・・・ッ!」
息すら奪うかのような蹂躙に、サガは切羽詰ったかのような声をあげる。このような何時見られるかも 解らないような場所で深く探られるのはサガにとって如何ともしたかった。
しかし嫌がるサガの様子に余計に力を入れて返したカノンは、唾液を多量に絡ませてサガの舌を吸い上 げた。
サガは苦しそうに呼吸をしようと薄い唇を開閉させた。飲み干しきれなかったどちらとも判別の付かな い唾液がサガの顎を伝って落ちる。
暫くすると、あれほど抵抗を表していたサガの動きが段段と緩慢になってゆき、仕舞には体の力が抜け て壁に押し付けられていた。
「は・・・っ」
それから暫く、あらゆる角度から味わうかのように続いた愛撫がようやっと収まり、サガを十分に堪能 したカノンは満足そうに唇を離した。
ようよう開放された時にはサガはすっかり甘い感覚に支配されており、熱を盛られたかのようなとろん とした顔をしていた。
「あ、サガ今すっげやらしぃ顔してる」
「ばっ・・・!お前がやった・・・んだろう、が!」
息も絶え絶えな兄の様子は、沸きあがる熱を捌ききれずに翻弄されているようで、瞳にはしっかりと快 楽を感じていると書かれていた。
サガのその様は、カノンの情欲を刺激するには十分な程で。
サガは突然雄の顔に豹変した弟の様子に、怒りや恐怖を感じる前に訳が分からないとでも言いだげに顔 を顰めた。
「カノン・・・一体、どうしたと言うのだ?何か、私が怒らせるような事でも、したのか・・・?」
不安げに見つめる腕の中の存在に、カノンは再び激情にかられそうになる気持ちを押さえ込んだ。
ぎゅ、とより強く抱きしめると、サガが腕の中でビクリと跳ねたが、今度は抵抗されなかった。
「別に・・・・サガが悪いわけじゃないけどさ、」
「?」
何所かふて腐れたかのうような弟の言い方に疑問を感じつつ、サガは探るかのようにカノンの顔を覗き 込んだ。
それは、双子の兄である自分しか見たことは無いであろう。この弟は、時たま照れて恥かしい時このよ うな顔をするのだ、という事をサガはぼんやりと思い出した。
「・・・カノン?」
「何時だって求められれば笑うんだな、お前は」
「は・・・?」
「聖域の時はまだいいんだよ、あいつ等はお前の事を『黄金聖闘士様』だの『神の化身』だのと崇め奉 ってるだけなんだからよ。だが、今回の奴等は違う」
不機嫌そうな顔は、だたふて腐れているのだという事は、長年兄弟をやってきたサガにも見て取れた。
しかしその蒼く光る双眸には、押さえきれない感情が宿っている事にも気づいた。
其れも、サガは幼い時からよく弟に見て取った光景だった。カノンが嫉妬に身を燃やしている事に、サ ガは遅まきながら漸く理解した。
「カノン・・・もしかして此処にいるの面白くなかったのか?」
「当たり前だ!ったく誰彼構わずお愛想振りまきやがって、此処は聖域じゃあ無いんだぜ?お前、周り に与える影響とか考えてないだろう?!」
眉を吊り上げて怒鳴ったカノンに、サガはくるりと眼を瞬かせた。言ってる意味があまり理解できなか ったのだ。
「何故だ?此処は女神に取って大事な交流の場だ。私達が粗相をすると女神にご迷惑がかかる。それに 周囲には礼儀を払うのは当然の事だ」
それこそ世界の真理だと言わんがばかりにきっぱりと言い放つサガに、カノンは再びイラリと神経が逆 撫でされた。
この偽善者が。そう言いたくなる唇を押さえて、カノンの指はサガの白い顔に添えられた。
「お前、箱入りも大概にしろよ。俺達の顔は相当周りに影響を及ぼすらしいんだぜ?サガが愛想振りま いてた時の奴等の顔見えて無かった訳じゃ無ぇだろ?」
あの媚びた顔した女達と、品定めするかのような男達の目。其のうちの幾ばく(それにしても希少、で は絶対に無い)は紛れも無くサガに向けられたものだった。
カノンは、サガに対する狂気じみた独占欲を今まで隠そうとはしなかったし、そのつもりも無い。
その視線さえ自分の物にしたいとさえ思っているカノンにとって、身も知らぬ有象無象共に振りまわら れる笑顔など、胸糞悪いだけだった。
天使のような顔をしたまま悪魔の所業を平気で行えるのだ。この聖人君子を気取ったオニイサマは。
それが愛おしくもあり、憎さも余りあまって。カノンは時々何もかもめちゃめちゃにしたくなる衝動に 駆られるのだ。
そんな幼稚な独占欲など、自分だけしか感じていないのかと思うと、カノンは悔しいような怒りとも判 別付かない不思議な感覚に囚われた。

再び考え込むような表情のまま固まったカノンを暫く見守ったサガは、そろそろと手を伸ばし、自分の 頬に添えられたカノンの手に重ねた。
「カノン、」
「・・・・何だよ」
「お前はこの兄が笑うのが気に食わぬのか?」
「そうじゃねぇよ、ただ、どうでもいい奴等にやんのが気にいらねぇだけだ」
「そうか、ではカノン。お前は本当に彼等に対して私が笑っているとでも思っているのか?」
「はぁ?」
突然真剣な表情で訳の解らぬ事を言われ、カノンは深刻な雰囲気にも関わらずに間抜けな声を出した。
「確かに私は昔からお前に言われてきたように、心とは裏腹に体裁を取り繕う。それはもう仕方のない 事だ、其れが私の取り続けてきた処世術なのだから。しかし私はこの心まで安売りした覚えは一度足り とて無い」
今度は主導権が逆転されたかのように、サガが強く言葉を発した。
「私は周囲の人間の和を乱すことに恐れを感じているが、其れは私達が幼い頃生きていくために精一杯 だったせいだ。本当のところ、私は私達以外の何者もどうでもいいんだ。だから私は笑う。口角を引き 上げるだけのアレを、本当に笑顔と呼べるのかどうかは私には解らないが」
所詮、あそこにいる者達は自分達の事を上っ面だけでしか判断していない。面の皮1枚だけに騙されて 翻弄される安っぽい感情など、自分にとっては無に等しき存在だ。
だから。そうサガは続けた。
「カノン、私は本当に、一番大事な部分はお前にしか見せてないし、見せるつもりもない。私のあの笑 みに一体どれ程の価値があろうというものか」
そう言ってサガは微笑んだ。其れは先程サガ自身が言った、偽善の笑みでは無く。カノンにだけ見せる 甘く柔らかい微笑みだった。
「・・・サガ、」
まさかこのような返しが来るとは思ってもみなかったカノンは、暫く声を出すのも忘れ、その全く自分 と同じの、しかし全く違う蒼を覗き込んだ。
ある意味でなくても最強の告白とも取れなくはないサガの物言いに、カノンは狂喜しだしそうになる体 を押さえ込む。
サガはと言うと、言い終わった後で己で言った科白の臭さに今更ながら恥かしくなったらしく。
頬を朱に染めて、もういいだろう、と重ねたカノンの掌をやんわりと掴んで下へ降ろそうとした。
が、そうはさせじと、逆に手首をくるりと返されカノンに手首を掴まれた。
「・・・カノン、もういいだろう。離しなさい」
「厭だね」
カノンは掴んだサガの白い指をちゅ、と自分の唇に持っていき甘く噛んだ。
「ッ・・カノン!」
そんな些細な刺激すら甘美に響き、サガは慌てて指を引っ込めようとした。先程の余韻が未だ身体に残 っているようだった。
「カ、ノン・・・カノンもう戻ろう」
「ケチケチすんな。もうちょっと兄さんを味わせろ」
「ば、馬鹿者!時と場合を考えろ!」
羞恥に身を焼いたサガは、カノンの腕から必死に逃れようともがいたが、カノンは勿論許さなかった。 あんな事言われちゃあ、此方とて堪ったものではない。カノンはもうちょっとだけ、とサガの耳元で囁 くとサガは耳まで真っ赤に染めてビクンと震えた。
あれ程盛大な事を言ったのに、何時までたってもこういった生娘のような初心な反応を示す兄を可笑し く思い、しかしこれも自分だけにしか見せないサガの一面かと思うと、逆に愛おしさが込み上げてき た。
「サガ、」
最後の方は抵抗とすら呼べないような小さな動きで、サガは身体を捻ったが、カノンは気にも留めずに サガの薄く桃色に色付いた唇に自分のを重ねた。






暫くたってから、双子は沙織の元へと帰ってきた。もう随分と群集も掃けて、落ち着いた様子にサガは ほっと胸を撫で下ろした。
いくら先程はああ言ったが、今の自分達を凝視されるのはあまり気が進まなかった。
強靭な精神力で何でもなかったように振舞ってはいるが、用心に越した事はない、とサガは心の中で一 人そう呟いた。
「女神、遅くなってしまって申し訳ございません。お一人でお相手されてさぞやお疲れでしょう」
サガの声に導かれるかのように振り向いた沙織は、何時ものように女神たるべき慈愛に満ちた微笑を浮 かべた。
「いいえ。気にしなくていいのよサガ、こんなの子供の時からやってる事だから慣れっこですもの」
それより、と沙織は付け加え、少女らしい可愛げを含んだ顔でニコと笑った。
「でも休憩にしては随分と遅かったわね、いえ、随分早かったと言った方が良かったのかしら?」
ギクリ。
何かを含んだ沙織の言い方に、カノンは思わず身を竦ませた。サガは言ってる意味がよく解っていな いのか、また何時ものように微笑みながら、申し訳ありませんと頭を下げた。
沙織はニコニコしながらサガに面を上げるよう言った。言いながら、今度はチラリとカノンの方を見 やった。
瞬間、カノンは全て女神に見透かされていた事を悟った。


今日は楽しんで貰えたかしら?


言葉にはせず、沙織はカノンにだけ聞こえるように小宇宙で語りかけてきた。
何処まで知られているのか、そう考えカノンはぶるぶると頭を振った。
そんな次元の問題では無いのだろうという事は、何とはなしに想像が付いた。何てったって相手は女 神、神様なのだから。理由としてはそれだけで十二分過ぎるほどのものだ。
カノンは、自分よりも一回り以上差の在る少女に対し、改めて畏怖めいたものを感じたのだった。
そうこうしてる内。固まったカノンをサガは不思議そうに見やった。何やら先程から様子が可笑しい ようにも思えたが、弟が可笑しいのは何時もの事なので、取り合えず放って置く事にした。

「さぁ、ではそろそろ帰りましょうか。積もる話も色々あるでしょうし!」
(ゲ・・・)
沙織の宣戦布告としか取れない科白にカノンは吃驚仰天し、サガは今回の日本へ着た様々な出来事を 思い出して、そうですねと柔和に頬を緩ませた。





END





6666キリバン、ぎんか様から頂いたリクエスト「カノサガで重要な任務に赴く小説(ギャグあり、 ラブあり)」でした。
えっと・・・このリク頂いたの何時だったっけか?
9月の終わり頃・・・?え、今何月?11月の初旬?(どーん)
はい、大変申し訳ございません;ぎんか様本当にお待たせしました!!(って言うか、もはや今だ待 っていてくださったのか甚だ疑問だ)

言い訳をさせて頂くのならば。
最初こそやる気満々で小説打ち始めたんですが、思いのほか難産で難産で、パソコンの前で呻る日々 が続いていました(汗)
てか、本当は一回途中まで書いた原型あるんですよ。
・・・途中で余りの面白なさに、続き打つの放棄してしまいましたけどね(笑)ちなみに内容は、双 子で冥界へ出張する話でした(うわベタッ!)
っつーか、今回の内容もどうなんだ;
何だ前後編って。何だこの取ってつけたような設定。何だこの気持ち悪い馬鹿双子は。(じゃあ書く なよ)
いやもう本当に。こんな駄作ですが、宜しければ受け取ってくださると嬉しいです(汗)
ぎんか様、6666リクありがとうございました!




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