夢色の星空の下で 2
「あれ、おまえら…。」
「え…?」
かき氷を買おうと立ち寄った店の前で、聞き覚えのある男子の声を聞き、思わず身構える。
男子生徒であろうと、瑛くんが気を許していない相手なら、彼がバリアを張った態度になるのは目に見えている。
女子のように、取り巻いたり、一緒に遊ぼうなんて言いだすことはないと思うけど、
その男子と別れた後、場合によっては瑛くんのテンションがガタンと落ちるだろうということは、
経験済みのため予測できる。
そんなことを一瞬のうちに考えながら、恐る恐る顔を上げると、
つんつん頭のやんちゃそうな顔がニッと笑いながらこちらを見ていた。
「あれ? ハリーだぁ!」
相手を確認した私は、ホッとした反動ともうひとつの理由から、思わず嬉しそうな声を上げてしまった。
声をかけられた瞬間はビクッとしたけれど、彼なら大丈夫。
瑛くんは横で「げっっ。」とか言いながら引きつっているようだけれど、
ハリーは、素の瑛くんを知っている数少ない友人のひとりだ。
その証拠に瑛くんは、嫌そうな顔をしながらも、私と一緒に店の前に立っている。
「…おまえらそういう仲なわけ?」
ハリーがニヤリと笑いながら言った。その言葉にふと我に返る。
「そのペンダント、お揃いじゃんか。」
含み笑いをしながら言うハリーに、私は慌てて自分の胸元を見た。
さっき、輪投げの店で景品としてゲットしたペンダントだ。
瑛くんの胸にも同じものが架けられている。
銀色をした小さなハート型で、真ん中にはダイヤモンドに見立てたような、光る透明な石が埋め込まれている。
瑛くんは気づいていないようだけど、中に写真を入れられるようになっているらしい。
もちろんおもちゃだけれど、その店の前を通った時ひと目で欲しいと思い、
私は思わず瑛くんの袖を引っ張ったのだった。
ハリーの氷屋さんに来る少し前の話。
「今度は何…。おっ、輪投げじゃん。」
お面やヨーヨー釣りに比べたら勝負心をくすぐられたのだろう、瑛くんは乗り気で輪を手に取った。
「よし、俺様のワザを見せてやる。」
器用な彼は、そう言うと6本の輪のうち5本を棒に入れた。
「どんなもんだ」と鼻高々な彼に、わたしも思わず気合が入る。
「負けないもんっ。」
でも、「勝負!」と勢いよく言ったものの5本目まで全てハズレ。
「ふっ。口ほどにもない。」
それを見た瑛くんが、鼻で笑うのでムキになって最後の1本を放り投げたら…。
そういうわけか、一番後ろにある点の高い棒に引っかかった。
「あら?」
「マジかよ。」
思わず瑛くんと顔を見合わせると、後ろからどよめきが上がった。
何事かと周りを見回してみたら、よほど気合いの入った勝負をしていたのか、いつのまにかギャラリーが出来ていた。
「うそ…。」
「はは、どうも…。」
瑛くんは注目を浴びて気を良くしたのか、頭をかきながら照れ笑いをしている。
でも、こんなに注目を集めて、もしも同級生たちに見つかったら、ややこしいことに…。
「あの、もしかして佐伯先輩じゃ…。」
「え?」
「あ、やっぱりそうだぁ〜。」
「きゃ〜〜! こんな近くで見れるなんてっ。」
きゃぴきゃぴ声に慌てて振り向くと、数人の女の子がこちらを見て目を輝かせていた。
いや、正確には瑛くんを見て。
しまった…。彼の人気を甘く見てた。
瑛くんを知ってるのは、同級生だけとは限らなかったんだ。
下級生には、わたしの知らない顔もたくさんある。
「や、やあ、君たち。ええと…羽学の1年生、かな?」
「そうで〜す!」
あっという間に取り巻かれてしまった。
瑛くんが。
わたしは、呆気なく弾かれて蚊帳の外。
当然といえば当然だけど。
瑛くんはというと、予想通り、一瞬で優等生&王子様モードに切り替わっている。
その表情の中には、迷惑だとか困ったとか、そういう様子は微塵も表れていない。
その笑顔を見た私の中に、妙な敗北感が漂った。
…あんなに頑張って注意を払っていたのに。
やっぱり彼は、みんなのアイドルなのかな。
私が、取り巻き連中に見つからないようにと必死になって取っていた行動は、
私のただのわがままで、彼にとっては何の意味もなかったのかもしれない。
「あの一番奥の5点って書いてある棒、先輩が入れたんですか〜?」
「すっご〜い!」
「あ、いや、あれは…。」
あれは私が入れた輪ですけど。
なんだか帰りたくなった。
…帰ろうかな…。
「はい、5点以上はこちらー。ふたつどうぞー。」
そのとき夜店のおじさんが、ボーっと立っている私に声をかけた。
そうだ、景品…。
(あのハート型のペンダントは…。あ、あった。)
おじさんが示した景品の中に目的のものをみつけた私は、促されるままにそれを手に取った。
「はい、ありがとー。また来てね。」
その言葉に押し出されるように、その場を離れる。
「おい、こら、どこ行くつもりだっ。」
そのとき突然、グイッと腕をつかまれた。
「え?」
「え?じゃないっ。ふらふらと歩いてたらはぐれちまうだろ。」
声の方向へ顔を向けると、少し怒ったような表情でこちらを見ている瑛くんがいた。
「あ、瑛くん…。」
私だけが知ってる本物の彼だ。
「なにボーっとしてんだ?」
ホッとして惚けた顔でもしていたのだろうか。彼はそんな私を見て眉を寄せた。
「さっきの子たちは?」
「さっき? ああ、1年か? 適当に相手して、連れを待たせてるからって逃げてきた。」
「連れ…。」
確かにそういう表現が一番的確なのだろうけど。
さきほどのブルーな気分を引きずっているのだろうか、なんだか物悲しい。
どうしたんだろう、私。
「……。 あ、そうだ、俺の景品は? さっきおまえ、店の人に貰ってただろ。」
瑛くんは、そんな私を一瞬じっと見ていたようだけれど、
店を離れて人の流れの邪魔にならないところに落ち着くと、いつもと同じ調子で問いかけてきた。
下級生たちの相手をしながらも、私のことは見ていてくれたらしい。
「あ〜、え〜とぉ。」
手の中には、シルバー色の小さなペンダントがふたつ。
よく見ると中央の石の色が違っていて、片方は薄いピンク、もう片方は透明な水色。
「あ、はは…。こんなの取ってきちゃった。はい、瑛くんのはこれ。」
紐が長めだったので、水色の石の方を彼の頭からポンとかける。
「……? え〜、なんだよこれ。俺、ミニサボテン狙ってたのに。」
さすがにこんなものをかけられるのは恥ずかしいのだろう。
瑛くんはあからさまに嫌そうな顔をした。
「……。」
だがそれを聞いた私は、どうしたことか、急に腹立たしさがこみ上げてくるのを感じた。
なによ、瑛くんが女の子たちに囲まれてヘラヘラしてたからじゃん。
お揃いにするつもりなんて毛頭なかったし、ミニサボテンが欲しかったという彼には申し訳ないと思うけれど、
さっきから私ひとり周りを気にしてアタフタして。
でも結局、瑛くん取られて置き去りにされて。
なんだか私、バカみたいだ。
「同じのつけるのが嫌なら外してくれていいけど?」
涙が出てきそうになるのをぐっとこらえ、自分の首にはピンクの石の方をかける。
そっぽを向いて冷たく言い放った私に、瑛くんは一瞬驚いたように目を見開いたが、
私の首にかけられたペンダントを見て、何を思ったのか、何か言いかけていた口を閉じた。
「別に…いいけど。」
ボソッとそれだけ言って、歩き始める。
お祭りの楽しげなざわめきの中、ふたりの間に妙な沈黙が漂った。
瑛くんは怒っているようには見えないし、先ほどと同じように夜店をめぐっているのだけど、なんとなく気まずい。
とりあえず、はぐれないようにと、私は彼の浴衣の袖の端っこを、こっそりつかんだ。
学校の子たちに出くわさないように注意を払いたいとは思うものの、
彼にとってはそんな必要はないのかもしれないと思うと、顔を上げる気力が起きない。
沈黙が漂っているせいで、私の頭の中は、いろんな思いが巡っていた。
さっき瑛くんが女の子たちの相手をしてたのは、ほんの一時のことで、すぐに私のところへ戻ってきてくれた。
私には、とても長い時間のように感じたけれど、きっと1〜2分のことだったに違いない。
学校であんな状況になるのは日常茶飯事だし、きっと彼には、私が不機嫌になる理由なんてわからないだろう。
…っていうか、自分でもわからない。
冷静に考えれば、どうということもない出来事だったのに、なんでこんなに気持ちがぐちゃぐちゃなんだろう。
なんだか自己嫌悪。
やっぱり、先ほどの輪投げ屋さんに戻って、瑛くんの景品だけ交換してもらおうかな…。
そんなことを考えていたとき、ふと「氷」と書かれた四角いノボリが目に入った。
そうだ、デザートでも食べて気分を変えよう。
そうしたら、素直にゴメンと言えるような気がする。
「あ、瑛くん、かき氷! 次はかき氷食べよ!」
私は気力を振り絞って、思い切り明るめの声で言った。
「おまえ、まだ食うのか?」
そんな私に、彼も少しホッとしたような表情を見せた。
うん、持ち直せる。
そんなとき思いがけずハリーに出会い、気まずい雰囲気から解放されて、私は思わず歓声に似た声を上げてしまっていた。
瑛の目線で見たらなんてことない出来事が 女の子側から見ると、こんなにもいろいろ膨らむのかと 感心するやらおかしいやらでした。 きっと瑛から見たら、「口数が減ったな、疲れたのかな?」くらいの感覚だと思います。 だから、瑛編にはこんなエピソード出てこない(笑) (てか、ただ話を膨らませたかっただけ、とも言うv) 次話は瑛編とばっちりリンク致します(^^) ( 2010. 10. 6 ) |