夢色の星空の下で 3
「いや、これはそんなんじゃなくて…。」
「照れるなって。へ〜〜学園のプリンスがねぇ。ま、結構似合ってんじゃねえか。」
ハリーがニマニマと笑いながら、瑛くんをからかっている。
そういえば、ペンダント以外にもお面にヨーヨーと、私が渡したものを瑛くんは律儀につけたままにしてくれている。
「あの、それは私が無理やり…。」
他の物はともかく、ペンダントについてはこれ以上突かれると気まずいので、
ふたりの間に入って弁解しようとしたけれど。
……ダメだ、全然聞こえてない。
なんだかんだと言ってもこの二人、とっても仲がいいんだな。
そう思って微笑ましく見ていたら。
「作り直せ。それか、金返せ。」
「何言ってやがる。客の要望に真摯に応えただけじゃねえか。」
いつのまにか口喧嘩を始めてしまった。
仲の良い証拠だし、どうなるのか興味があるから、放っておいてもよいのだけれど。
他の客から見たら、店員と客がもめているようにしか見えない。
本人たちは全く気づいてないけど、周りの人たちが「どうした?」という顔で集まり始めていた。
『あ〜佐伯君だぁ。』 『ハリーも! なになに、どうしたの?何してるの?』
またそんな声が聞こえてくるのは、やっぱりゴメンだ。
私は、慌てて二人の間に割って入った。
「わ〜、おいしそう〜。いただきま〜す。」
「おまえ、本当にうまかったのか、あれ。」
そろそろ花火大会が始まる時間なので、夜店の並びを離れ、海岸に向かって歩く。
皆、同じことを考えているのだろう、ゆったりとした人の流れが出来ていた。
海岸線にはポツリポツリと置かれた灯りしかないので、人の顔は判別しにくい。
ここまでくれば、同級生たちに見つかる可能性もグンと低くなるだろう。
それと同時に、一度はぐれてしまうと見つけられなくなる確立も高くなる。
そう思って、彼の袖をつかもうとしたとき、瑛くんはさりげなく私の手を取ってくれた。
その温もりがいつもより頼もしくて、思わずドキッとする。
「シロップ漬けかき氷のこと?」
傍らを見上げると、夜店の灯りがまだ届いているらしく、瑛くんの顔は意外とよく見えた。
瑛くんは、私の問いには答えず、ブスっとした表情を見せている。
「ふふふ。」
だから私もそれ以上は答えずに、笑っておいた。
そんなわたしに彼は、少し首をかしげてこちらを眺めているようだった。
「おまえ、なんか今日はいつもと違ってる気がする。」
瑛くんがぼそっとそう言った。
そうかもしれないなと思う。
彼に気づかれないように周りに注意を払っていたけど、やはりどこか挙動不審な印象を与えていたのだろう。
それとも、先ほどやきもちに似た態度を出してしまったせいだろうか。
といっても、彼はやきもちだなんて気づいてないと思うけど。
そういえばまだ、ゴメンって言ってないな…。
「そう? 浴衣のせいじゃない?」
そんなことを思いながら、はぐらかすように言うと、なぜか彼の頬が赤らんだ。
「……?」
今更、浴衣姿に反応…?
「ったく、針谷のやつ…。」
瑛くんがボソッと言うのが聞こえた。
ハリー?
なんだ、かき氷の話から離れてなかったんだ。なんで赤くなってるのか意味不明だけれど。
「このへんでいいか…。」
「う、うん。」
なんでこんなところまで来ちゃってるんだろう。
花火大会の会場となっている浜辺からいつのまにかどんどん離れ、ふと気づくと、
辺りは奥まった小さな浜とそれを囲むような岩場。
足元が悪いからと言う瑛くんに甘えて、彼の腕にしがみつき、
その温もりと香りを感じながら、夢見心地な気分で歩いていたけれど。
人影の少ない穴場、と言っていたけれど、少ないを通り越して誰もいない…よ?
それに、こんなに離れてしまって花火見えるのかな?
そんなことを思いつつ、浜辺に座ることを想定して持ってきていた小さなシートを広げる。
「あれ、ちょっと小さかったね。」
二人用と書いてあったのに、並んで座るのが精一杯だ。
「いいさ、サンキュ。」
だが彼は、特に気にする様子もなく、腰を下ろした。
(いい…んだ。)
瑛くんにつられるようにその横へ腰を下ろすと、自然と身を寄せ合うように、くっつくことになった。
さっきから、どうしたことか彼との距離が近い。
ついこの前まで、「手はつながない主義だ。」とか「ベタベタするな、暑苦しい。」とか言ってたのに。
今の場合も、「おまえひとりで使えよ。俺、地べたでいい。」なんて言うかと思ったのだけれど。
それになんとなく口数も少ない。
先ほどの気まずい雰囲気は、ハリーのおかげですっかり吹き飛んだはずだけれど…。
どうしたのだろう。
疲れたのかな?
「瑛くん、眠い? 肩貸してあげようか?」
何気なくそう言うと、彼は一瞬だけ私の顔をみつめ、ふいっとそらせるといきなり私の頭を小突いた。
なんでここでチョップ!?
そう思って抗議の声を上げようとしたとき。
その反動で、自分の体が彼にもたれかかり、その腕に包まれていることに気づいた。
「え…?」
「肩を貸すのは、俺だよ。」
そう言った彼は、思わず身を固くした私の緊張をほぐすように、私の頭にそっと手をやった。
「て、瑛くん…。」
なんかいつもと違ってる気がする…さっきの瑛くんのセリフ、あれは私じゃなく彼の方だっ。
どうしたんだろう、急に胸の鼓動が早くなってきた。
少し肌蹴た彼の胸元から、微かに汗の匂いがする。
誰もいない夜の海辺。
いやでも、彼が男性だってこと意識してしまう。
もちろん、男の子だってわかってる。
わかってたけど、今までは仲のいい男友達って感覚で…。
でも他の女の子たちに囲まれてたら嫌だなって思う自分もどこかにいて…。
ああ、さっきのだって、「やきもちに似た」じゃなくて、思いっきり「やきもち」だったんだ。
胸のドキドキが収まらない。
彼にもこの鼓動が伝わってるんじゃないだろうか。
なんだかとても恥ずかしい。いろんな意味で。
落ち着かなきゃ…そう思って目を閉じる。
すると、それまであまり意識していなかった波の音が、胸の内に深く響いてきた。
浴衣越しに伝わってくる彼の温もりと、微かに感じる息遣い。
さりげなくわたしの肩を抱いている手。
瑛くんという存在が波の音と混ざり合って、私を優しく包んでくれている。
早鐘のようだった鼓動が徐々に収まり、代わりに安堵に似た感覚が広がり始めていた。
彼は私のことをどう思ってくれているのだろう。
私は、この温もりの中に、こんなふうに身を任せていてもいいのかな。
ドーンという威勢のいい音にふと目を開くと、オープニングを飾るべく、大小色とりどりの花火が空を飾っていた。
会場からは離れてしまったけれど、ここでも充分見ごたえがある。
「さすが瑛くん、ほんとに穴場だね。」
同じように花火を見上げている彼に、ちらりと視線を移して話しかけたけれど、返答がない。
たぶん、次々と打ち上げられる花火の音にかき消されて聞こえていないのだろう。
(花火、好きなんだな…。)
一生懸命、空を見上げている彼の横顔が、なんだか可愛い。
そう言ったらまた文句を言われそうだけど。
そんなことを思いながら花火に視線を戻すと、打ち上げ音の合間に彼が、空を見上げたまま言った。
「さっき…悪かったな。その…1年の相手をしてたとき…。」
「え?」
一瞬、なにを言っているのかわからなくてその横顔をじっと見てしまう。
けれどすぐに、輪投げのときのことを言ってるんだと気づいた。
私が不機嫌になった理由に、瑛くんは気づいてたんだ。
「あ、ううん…。あれは…私の方こそ、ゴメンね。」
そう言うと、瑛くんが少し不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「…? なんでおまえが謝るんだ?」
そんな彼に、私は小さく笑っただけで、また花火を見上げる。
彼のその問いに答えるには、私の中のいろんな思いを告白しなきゃいけなくなる。
やきもち。独占欲。嫉妬…。それはきっと私が瑛くんの「特別」になりたいと思っているから。
でも今はまだ、このままでいい。
花火がどんどん上がって、空を埋め尽くす。
少し離れた会場からは、歓声やどよめきが微かに伝わってきた。
瑛くんは、私に答えるつもりがないと知って諦めたのか、それ以上は何も言わず、また空を見上げている。
「あ…のさ…参考までに聞いてみたいな…とか思うんだけど…。」
しばらくして彼が、どこか戸惑いを含んだ声で呟くように言った。
「…ん?」
なんだろう。
花火の種類なんて聞かれたとしても、私にはわからないけど。
「ええと…。」
なぜか言いよどんでいる彼の、次の言葉を待つ間、夢見心地な気分の中で、私もふと考えていた。
私の肩を抱いている手にそっと手を重ねると、瑛くんは一瞬言葉を切り、ほんの少し驚いたようにこちらを見た。
そんな彼に身を任せたまま、想いをめぐらせる。
私も今、すごく聞いてみたいことがある。
──私、瑛くんの傍にいてもいいかな…。
「いるだろ。」なんて野暮な返答はナシで。
これからずっと。
一緒にいられないときも、学校で営業スマイルで接してくるときも。
わたしの心は、いつもあなたの隣で寄り添っていたい。
いつだったか、軽い気持ちで言ったセリフ。
今度は、心をこめてお願いしたい、今の私の一番素直な気持ち。
瑛くんが、次の言葉を出そうと口を開きかけている。
彼の花火への質問が終わったら、そっと囁いてみようか。
彼に聞こえなくていいから。
──あなたの心…独り占めしてもいい?
夢のように彩られる空の下、彼のその優しさに少しだけ甘えながら。
〜fin〜
ずいぶん引っ張ってしまいましたが、 この3話目が「夏の夜は夢模様」の大部分とリンクしてる部分です。 主人公側から見てるので、瑛とハリーのやり取り等は省いていますが 彼ら二人のひそひそ話が瑛の言動に微妙に影響を与えているので あちらと読み比べてもらえれば面白いかと思います。 最後の部分は、瑛編ではあっさりしてますが、 瑛が思ってる以上に彼女の方はいろいろ考えていたわけで。 こちらでは結構長くなってしまいました。 こんなふうに、二人の想いが近づいていく瞬間って良いですね☆ ( 2010. 10. 20 ) |