夢色の星空の下で 1
「おまえ、昼飯食わなかったのか?」
瑛くんが、横を歩いている私をチラッと覗き込み、呆れ顔でそう言った。
「それはそれ、これはこれ。」
にっこり笑顔でごまかしつつ、彼の腕をひっぱる。
せっかくの夏祭り、楽しまなければもったいない。
「瑛くんも食べるでしょ?」
「おっ。うまそうじゃん。」
呆れていたわりには、まんざらでもないのだろう、鉄板の上できれいな焦げ目をつけているフランクフルトを見て、
彼は子供のように目を輝かせている。
「はい、ど〜ぞ!」
「サンキュ。」
2本買って1本を彼に渡すと、瑛くんは嬉しそうに頬張った。
「……って! なんだこれ…っ。」
「なにって、フランクフルトだけど? からしもケチャップもたっぷりよ。店の人が自由につけていいって言うから。」
「だからっておまっ…。からし効きすぎだっ。よく平気だな?」
「私はケチャップだけだもん。」
そう言ってにこやかに頬張っていると、それを聞いた瑛くんがいきなりチョップを落としてきた。
「いったぁ〜い!」
思わず頭を押さえて睨むと、涙目になった瑛くんが鼻をつまみながら、
頬張ったフランクフルトを必死に飲み込もうとしていた。
その様子が妙に可愛くて、思わず笑いが漏れる。
今日は、年に一度の夏祭りの夜。
普段のデートではもう別れる時間だけれど、今日は特別。
まだまだこれからだ。
辺りが少しずつ暮れなずみ、海岸通りにずらりと並んだ屋台にあかりが灯っていく。
今日は、初めての夜のデート。
そしてふたりともいつもとは違う、浴衣姿。
先日ふたりでショッピングセンターへ行ったとき、彼が「これなんか似合いそうだな。」と言っていたけれど、
その場では買わずに帰ってきた。
今、身に纏っているのは、濃紺に花火をイメージしたカラフルな模様の入った浴衣。
基調は、彼が好きだといっていた濃い青。
別のお店で、彼が何も言わずにじっと見ていた代物だ。
きっととても好きな色合いなのだろう。
私に似合うかどうか少し不安だったけれど、彼にみつめられていたその浴衣を着てみたかった。
待ち合わせ場所で会った時、彼はこの浴衣を見て一瞬目を丸くした。
彼好みの色合い。
でも似合ってなかったら最悪だ。
「どう…かな。」
おそるおそる聞いてみたが、「うん…。」と言ったきりなんのリアクションもない。
出かける前に鏡で見た時は、そんなにおかしくなかったと思うけれど、そういう反応では不安になる。
「似合って…る?」
だが、袖を広げたり反り返ったりして自分の浴衣を見ていると、いきなり彼が私の手をつかんで歩き始めた。
「…あ〜、似合ってるからっ。」
「ほんと?」
「しつこいなぁ。いいと思うって言っただろ。」
確かに最初、そんな言葉を聞いたようには思うけれど。
瑛くんは私の手をぐいぐい引っ張って歩いていく。
なにか怒っているのだろうか。
でも彼は私の前では、キザなセリフやお世辞の類は、絶対に口にしない。
「いい」と言うなら、そう思ってくれているのだろう。
私はそれ以上は追及せず、体勢を立て直して歩調を整え、彼の横に並んだ。
握られた手をそっと握り返すと、ほんの少しだけ彼の歩みが遅くなった。
「次は焼きそばだ!」
今度は俺が、といって瑛くんが店の前に立った。
「ほら、食ってみろ。」
先ほどの仕返しをされるのかと思って一瞬躊躇しながら、そーっと口に運んで見る。
「え? おいしい…。」
「だろ? 瑛さまスペシャルブレンドだ。」
どうやら、青海苔・かつお節・しょうがなどのトッピングを自分でやらせてもらったらしい。
「たくさん付けりゃいいってもんじゃないんだ。バランスが大切。わかったか。」
「恐れ入りました…。」
鼻高々な彼に、私は素直に負けを認めた。
といっても、最初から勝負なんてしてたつもりは毛頭なかったんだけど。
瑛くんが満足そうな表情でにっこりと笑った。
学校で見せる作り物の笑みではなく、心からの笑顔。
その笑顔を見ているだけで、わたしは幸せな気分になれる。
だがその時、とある一団が彼の後方にいることに気づいた。
「て、瑛くん! ヨーヨー釣りやってる!あれやろっっ!」
私は慌てて彼の袖を引っ張った。
思い切り引っ張ったので、彼が少しバランスを崩してムッとしたみたいだけど、そんなことに構っている暇はない。
「お面の次はヨーヨーか? おまえ、子供みたいだな。」
呆れ顔になっている瑛くんを無視して、ヨーヨーの水槽の前に引っ張り込む。
店のおじさんに釣り紐をもらったとき、いつも瑛くんのとりまきをしている連中が4〜5人、
私たちの後ろをにぎやかに通り過ぎていった。
「よかった…。」
「何がよかったんだよ。」
ホッと息をついていると、さっそくヨーヨー釣りを始めていた彼が、これまたすぐに紐を切ってしまったらしく、
恨めしそうにこちらを見ていた。
「あ〜え〜とぉ…。あ、釣れなくてもひとつ貰えるんだって! はい、これどうぞ! よかったね。」
そう言ってごまかして、店のおじさんに貰った水風船をひとつ彼に握らせる。
「はぁ? 俺が持つのか?」
瑛くんは、やりたいと言ったのおまえじゃなかったか?とかなんとかブツブツ言っているけど、適当にあしらいつつ、
私は周りに視線を走らせた。
このお祭りは年に一度の盛大なイベント。
なので、この街の人々は皆、ここぞとばかりに集まってくる。
ということは、同級生たちもこぞって出かけてきているわけで。
瑛くんは、普段、学校ではこんな風な砕けた雰囲気は出さない。
だから先ほどのような取り巻き連中に見つかったら最悪だ。
きっと彼のことだから、一瞬で優等生モードに切り替わるのだろうけど。
でも、こんな日にまで彼にそんな無理はさせたくない。
そして何よりも。
きっとこちらの理由の方が余程大きいのだろうけど…。
彼とのデートの邪魔をされたくない。
学校で彼が私に見せるのは、周りを気にかけた、アイドル的営業スマイル。
何かの拍子に、本心を見せる瞬間もあるけれど、基本的には一歩距離を置かれている。
学校で毎日のように会っても、それは私とって本物の瑛くんではない。
だから、休日のこんな時間がとても貴重で大切なんだ。
「なにキョロキョロしてるんだ?」
私が渡した水風船を律儀に指にはめた彼が、怪訝そうにこちらを見た。
「え? あ、ううん、何でも!」
いまのところ、知ってる顔は見当たらない。
私は大きく息を吸ってゆっくりと吐き出した。
ホッとしながら、改めて彼を見る。
「瑛くん、水風船もお面も似合ってる。かわいい〜。」
思わずそう言ってくすっと笑うと、てっきりチョップを仕掛けてくると思った彼は、意外にも目を丸くして動きを止めた。
「おまえなぁ。かわいいなんて言われて喜ぶ男がいると思うか?それにそういうのは、おまえみたいな…。」
首の後ろに手をやって、視線を泳がせている。
「え…?」
最後の方がよく聞き取れない。
だが瑛くんは、それ以上は何も言わずに言葉を切ると、おもむろに柔らかな笑顔を見せた。
「あ〜なんでもないから。ほら、行くぞ。」
目が優しい。
上っ面や飾り物ではない、私だけが知っている本当の彼。
彼が差し出した手をそっと握ると、瑛くんも何も言わずに、優しく包み込むような笑顔を見せてくれた。
瑛目線で書いた「夏の夜は夢模様」を主人公目線で書き直したものです。 あちらの後書きでも書いていますが、前回書いたものに対して書き足りない感があったので、 あちらを軸に大幅に膨らませてみました。 まぁ、粗筋が同じなので、自己満足のための作品と言えないこともないですが(^^; 女の子側から書くのはあまりないので、なんだか新鮮な感じでした。 やっぱり感情のひだが細やかと言うか。 「夏の夜は夢模様」で瑛が全く気づいていなかった 彼女の心の内面を楽しんで頂けたら嬉しいです☆ ( 2010. 9. 18 ) |