泰継は、人型をした白い紙を取り出して、なにやら呪を唱えているようだった。

するとその紙は、みるみるうちに等身大にまで伸び・・・。



「※Λ♂♯β〒§♀〜〜!???」

・・・あまりのことに、言葉にならない。




「よし。やはり本人が目の前にいるとうまくいくな。」

泰継が満足そうに頷いている。

「ちょ、ちょっと待て、泰継!! こ、こ、これは一体、何のマネだーー!!」

これでもかというくらい取り乱した勝真を、泰継は怪訝そうに振り返った。

「見てわからぬか? どこからどう見てもおまえだろう。」

「て、て、てめえ! 性懲りもなく、またこんなもん作りやがって・・・!!」



いつだったか、泰継が自分の姿をした式神を使いに寄越したことがあり、
すっかり騙された勝真は、式神には式神らしい格好をさせろ!と怒ったのだ。
そのときは泰継も「わかった。」と頷き、反省している風にも見えたのだが・・・

どうやら口だけだったらしい。

しかも、今回は勝真の姿をした式神だ。
自分と同じ姿をした者が目の前にいるなんて、どう考えても気持ちの良いものではない。

「い、い、一体、どういうつもりだ!!?」

「どうとは・・・。おまえが教えてくれぬので、これに聞くのだ。
この式神は姿を模しているだけではない。その者の心の内もある程度反映させることができるのでな。」

「こ、心の内・・・?」

いやーな予感が際限なく広がってゆく。

冷や汗を垂らしながら凝視している勝真を無視して、再び泰継が問い掛けた。


「おまえは今、何を考え、気を乱したのだ?」

「だから、言えねえ!って・・・・。」

勝真は当然のごとく拒否しようとしたが、あろうことか、彼の姿をした式神が口を開いた。

『イサトと花梨が一緒にいると聞いて、俺は・・・・。』

「!? うっわ〜〜〜〜!!」

こいつは、当の本人に何の断りもなく、いきなり何を言い出すのだ!
動転した勝真は、余計なことを言い出した自分(注:式神)の口を塞ごうと突進した。
だが、その身体に触れたと思った瞬間、その輪郭はゆらりと崩れ、あっけなく元の白い紙に戻った。

「何をする勝真、これは本人の心を映すことができる分、他の式神より繊細に出来ているのだ。むやみに触るな。」

せっかくうまくいきそうだったのに、また作り直さねばならぬ・・・とブツブツ言いながら泰継が形代を拾い上げたとき、
彼の懐から落ちた別の形代が、みるみるうちに人型をとった。しかも、今度は・・。

「・・・え? イ、イサト・・・!?」

開いた口が塞がらない、とはこのことだ。勝真は呆気に取られて、彼(?)をみつめた。



「先程かけた呪が、こちらにも影響していたか・・・。」

どうやら、目の前にいる人物(この場合、勝真)に近しい人間を模った式神(この場合、イサト)も具現化しやすいらしい。

そういえば先程勝真が、イサトはどこへ行ったのかと首をかしげていたが、この式神を通して彼の声を聞いていたのだろう。
直接言葉を発したわけではないのに、感じ取れるとは、乳兄弟とは大したものだなと、泰継は少し羨ましく思った。
(とはいえ、それが「羨ましい」と形容される感情であるとは全く意識してはいなかったが。)



「ちょうど良い。イサト、神子は無事か? 護衛の任務は全うしているのであろうな?」

もう何がなんだか・・状態の勝真を無視して、泰継は式神イサトに問い掛けた。

『当然だ、俺が付いているんだからな。ただ・・・。』

「ただ・・・どうしたのだ。何か問題があるのか?」

『なんか、こないだから様子が変なんだよな。さっきまで元気にはしゃいでたかと思うと、
急に黙り込んで何か考え事してる様子だったりしてさ。』

それを聞いて、半ば放心状態だった勝真がピクリと反応した。

「なんだって・・・・?」

そんなこと初耳である。
もっとも、ここのところ、一緒に行動させて貰えなかったのだから、気付かなくても当然ではあるが・・・。

いや、それ以前に、何か悩み事があるのならなぜ自分に相談しない?


表情を曇らせた勝真に気付いた式神イサトが、しばらく勝真をじっとみつめていたが、
やがて、意外なことを口にした。

『勝真、おまえが原因なんじゃないのか?』












「なあ、花梨、勝真となんかあったのか?」

京の街中の小さな通りを、次の目的地へ向かっててくてくと歩く。
先程やった「貝並合見」を完璧にこなした花梨はおおはしゃぎで、イサトと一緒に大いに盛り上がったのだが、
今は打って変わって、黙りこくっている。

この間から時々供に付いているが、どうも様子がおかしいように思う。

「勝真殿・・・ですか。そういえばもうすぐ東の札を入手しなくてはならないのでは?
最近あまりご一緒されていないようですが、大丈夫なのですか?」

もう一人の供、幸鷹が心配そうに口を挟んだ。
だが彼の心配とイサトのそれとは、多少、焦点がずれている。

「幸鷹さん・・・。ええ、そちらはもう大丈夫です。あとは当日、青龍のお二人にご一緒して貰えれば・・・。
だから今は、属性の有利な方とのアイテム集めに重点をおこうと思って。」

花梨はにっこりと笑って見せた。

「そうですか。それならば安心ですね。」

幸鷹も軽く微笑んで、この話は一件落着・・・しそうになったのを見て、イサトが慌てて口を挟んだ。

「ちょ、ちょっと待てよ。」


今、花梨の言葉の中に、なにやら意味不明な単語があったように思うが、前後の言葉からだいたいの意味はわかるし、
幸鷹も気にしていない様子なので捨て置こう。
それより今は・・・。


「東の札がどうとか、この際関係ねえんだよ。俺が言いたいのは、なんで勝真と一緒に行動しないんだ?ってことだ。」

今みたいに黙りこくっているときは、たぶん勝真のことを考えているのだろう。
二人が心を通わせるきっかけとなった、ちょっとした事件に居合わせた(引き起こした、ともいう)イサトとしては、
そんな彼らの様子が、どうにも歯がゆくてならない。
目の前でいちゃつかれたらやはり腹が立つが、花梨にこんなふうな暗い顔をされるよりは、よっぽどマシである。

「なんかおまえ、あいつのこと避けてないか?」

単刀直入なイサトの問いに、花梨は返答に詰まった。

「イサト、どうしたのですか。神子殿をお守りするのは、我ら八葉に与えられた平等な勤め・・・。
勝真殿一人に任せられるものではありませんよ?」

そんな花梨の様子を見て、幸鷹が助け舟を出す。
とはいえその内容は、言葉は穏やかだが、要するに、彼だけに独り占めされるわけにはいかないと言っているのだ。
そんな意味を敏感に感じ取ったイサトは、思わず声を荒げた。

「もう、平等じゃないんだよ。あんただって気付いてるんだろ? こいつらのこと。」

「そ、それは・・・まあ、風の便りに何となくは・・・。」

今度は幸鷹が言葉に詰まる。
何しろ、風の便りどころか、目の前でバッチリ目撃しているのだ。

「なら、黙ってろ。」

ビシッと言われて、幸鷹はしぶしぶ引き下がった。


それを見て、イサトは改めて花梨の方に向き直った。

「それで? けんかでもしたのかよ?」







『けんかでもしたのかよ?』

式神イサトに問い掛けられて、勝真は首をひねった。

けんか・・・?
そんな覚えは全くない。
それどころか、この前二人で出かけたときは、大半を眠っていたとはいえ、それなりにいい雰囲気だったと思う。

ただひとつ気になることといえば、目覚めた後、花梨が妙にそわそわした感じだったこと・・・。
そういえば、その次の日に誘いに行った時も、それに輪をかけたような状態で、
今にして思えば、なんだか追い返されたような感じもする。

『ほ〜・・・・・その辺りに原因がありそうだな。』

その辺りに・・・?
そういえば・・・あそこで眠っている間ずっと、あいつを感じていたような気がする。
それもかなりの親密度で・・・。

『ふ〜ん、なるほどな。つまりは夢の中で、口づけ以上のことを花梨にしたわけだ?』

口づけ以上のこと?

そ、そういえば・・・・。
あんなことやこんなことや、あまつさえ、そんなことまでしたような・・・・?////

( げっ・・・・!?)

なぜこんなにも綺麗さっぱりと忘れていたのか、不思議に思えるほど、いろんなことが甦ってきた。
その時の感触まで、手の中に残っているような気がする。

ま、まずい・・・。
まっ昼間から、しかもこんな大路の真ん中で何を考えているんだ。

勝真は不覚にも顔が赤らむのを感じた。

『まあ、仕方ないんじゃないか?男なら。』

それはそうかもしれないが・・・。
・・・・ん???

さっきから、何か引っかかる。

「あ・・・!? ちょっと待て! おまえ、なんで俺の心の中がわかるんだよ!?」

ずいぶんマヌケなタイミングで気付いた照れ隠しもあって、勝真は、思わず式神に詰め寄ったが、
後ろからすごい力で引っ張られて、あやうくひっくり返りそうになった。

「またさっきのように消されては困る。」

そのまま泰継に引きずられて、三歩ばかり後退させられた。

「おまえが先程、この式神の声を聞くことが出来たように、これもまた、おまえの心の声を聞いているのだ。」

「なにするんだ、この馬鹿力・・・! え・・・?こ、心の声だと・・・・・??」

一体、いつから読まれていたのだろう。
今、かなりハズカシイことを考えていたような気がするが・・・。

勝真の背中を冷や汗が一筋、伝った。







相変わらず、むちゃくちゃな設定をしてます私・・・。
ほんとにこんな式神がいたら、コワイって・・・(><)
私は泰継さんを、なんでも出来る魔法使い、もしくはドラ○もんとでも思っているようです(^^;

さて、番外編として書いた例のお話ですが、もう見たくないといいつつ、
やっぱり無視し切ることが出来ませんでした(笑)
例の夢を思い出した勝真さん、これからどうするつもりなんでしょうね・・・(って、おい。)

ちなみ幸鷹さんのリアクションについては、ちょっぴり「金木犀・おまけ編」を意識してたりします(笑)

(2004.5.26)