香る夢跡






無性にイライラする。

時折冷たい風が吹き抜けていく街中を、見回りと称して歩いてみるが、
心ここにあらず、である。

東の札の在り処の目処はついた。
あとは、紫姫の占いで出た当日に、札を手に入れるべく動けばいいだけだ。
札を手に入れるために、地の青龍としてすべきことは、今はない。
だが。

あちらこちらとぶらつきながら ( あくまでも見回りだ。) 勝真は、京職としての自分より
八葉としての自分で在りたいと無意識に思っていた。

なのに・・。




( なんで、札探しが終わった途端に、こっちの仕事まで元の暇な状態に戻るんだっ!)

札探しの最中は、それまでと違って、どうしても自分(+頼忠)が必要な状態であったのだから
誰に遠慮することもなく ( 遠慮するつもりも毛頭ないが )、
花梨の傍で、彼女を護る役目を存分に全うできたはずなのだ。

それなのに、よりにもよってちょうどその時期に、上流貴族たちの行事だか、お遊びだかしらないが、
その護衛の仕事が回ってきた。
しかも、同僚の一人が急に体調を崩したせいで、その彼の代わりまでしなければならなくなり、
その結果、札探しに関しては、どうしても自分が必要な時だけ、無理やり時間を割いて駆けつけるという
勝真にしては、珍しく多忙な日々が続いた。




そうこうするうちに、札探しも勝真の仕事も一段落し、久しぶりに花梨と二人きりになれたと思ったら
それまでの疲れが一気に襲ってきて、マヌケにも眠り込んでしまう始末・・・。

「全く、何しに行ったんだか・・・。」

彼女との思い出の場所で、お互いの気持ちを確かめ合って ( 注 : 変な意味ではない・・つもり )
二人の絆をより深いものに育て上げたい。
有態に言えば、おまえは俺のものだぞと、確認しておきたかったのである。

「けど、あいつの顔見てたらホッとしちまったんだよな・・・。」

目が覚めてみれば、すでに夕暮れ時。
しかも、なぜか花梨は妙に焦っているし、たいした話も出来ぬまま帰ってきてしまった。




あれから既に数日。
そして、どういうわけか、毎日置いてけぼりを食らっている。

最初のうちは、「今日出かけるところは、他の八葉の方が属性が有利だから」等と言われ、納得していたのだが
こう毎日、供に付けさせてもらえないと、避けられているのではないかという気さえしてくる。





「花梨のヤツ、一体何考えてるんだか・・・。あーあ、なんか心が寒いぜ・・・。」

思わず口をついたが、文字通り寒いセリフを吐いたせいで、不覚にも鳥肌なんぞが立ってしまった。


「寒いんなら、いい加減きちんと着物着ろよ!」

その時、ふいに聞きなれた声が、背後から響いた。

( イサトか・・・、こういう会いたくない気分のときに限って出てくるんだよなあ。)

勝真は小さくため息をつきながら振り返った。

「別に身体が寒いわけじゃないからいいんだ・・・よ・・・?」

だがそこに立っていたのは、想像していた赤い髪の快活な少年、ではなく、
陰陽を表す白と黒に分けられた狩衣に身を包んだ、精悍な姿の陰陽師・・・・。

「へ・・・・?」

「なんだ? 私の顔になにかついているか?」

いつも通りの抑揚のない声だ。

「あれ? おまえ、泰継・・・だよな。」

「今更確認の必要などないと思うが・・・。微かに気が乱れているな、どこかで頭でも打ったか。」

相変わらず、心配しているんだか、馬鹿にしているんだかわからない態度だ。
思わず言い返そうかと思ったが、コイツと話しているとだんだん焦点がずれてきて、
何が言いたいんだかわからなくなるので、やめることにする。

少しムッとした表情を見せただけで、泰継の言葉を無視した勝真は、ぐるりと辺りを見回した。

「どうかしたのか?」

「いや・・・。ただイサトはどこへ行ったのかと思ってな。今確かに声を聞いたんだが。」

きょろきょろと見回してみるが、大して人通りが多い訳でもなく見通しも良い場所なのに
どういうわけか、それらしき姿はどこにも見えない。

「イサトか? あの者なら今日は神子の供に付いているのではないか? このようなところにいるはずがない。」

「ああ、そうなのか・・・。」

自分と一緒ではないときの花梨が、誰と何をしているのかなんて、考えたくないので、
供を断られたら、その瞬間にさっさと屋敷を後にしていた。
だから今日も、花梨とイサトが一緒に出かけているなんて、知らない。

(やなこと、聞いちまったな・・・。)

いつだったか、イサトが花梨の額に触れて微笑んでいるのを垣間見た時のことが甦ってくる。
イサトも八葉の一人なのだから、神子を守り気遣うのは当然のことだ。
ましてや、二人の間に何か特別な感情があるなどどは思ってもいない。
わかっては、いる。

だが・・・。

いや、わかっているからこそ、そんな光景を思い浮かべて余計なことを考えないようにと、こうやって背を向けているのだ。



「くそっ、やっぱり見回りなんてやめて、遠乗りにでも行くか・・・。」

遠方まで思いっきり駆け抜けたい気分だ。
今日は冬にしては珍しく、憎らしいほどに晴れ渡っている。
さすがに空気は冷たいが、今はそのくらいの方が心地よい。

幸い馬なら連れている。
最初から遠乗りに行こうと思っていたわけではないが、無意識のうちに、そうしたいと思っていたのかも知れない。
そんなことをぼんやりと考えていた時、またどこからか、快活な声が聞こえてきた。

「何、うじうじやってんだ? なっさけねえヤツ!」



「・・・・!??」

慌てて辺りを見回してみるが、思い当たる姿は、やはりどこにも見えない。

(何なんだ、一体?)



「どうした勝真。気の乱れが急に激しくなったようだが・・・。私は何か、おまえの気を乱すようなことを言ったか?」

泰継に声を掛けられ、勝真はハッと我に返った。
ふと見ると、泰継が微かに眉間に皺を寄せて、こちらを見つめて(睨んで?)いる。

「あ、いや、あんたには関係ない。」

イサトの名を聞いて、心乱したのは確かだが、泰継のせいというわけではない。

それにしても、幻聴が聞こえてくるなんて、どうやら相当疲れが溜まっているらしい。
京職の仕事はもちろん、八葉としての勤めにも暇を出されているような状態なのに
なんで疲れるのか疑問だが、とにかく今日のところは、やっぱり帰って寝ることにしよう。

「・・・じゃな。」

「待て、勝真。」

勝真は泰継に背を向けようとしたが、どういうわけか、呼び止められた。

「・・・・?」

「関係ないとは言わせぬ。おまえは今、私の前で明らかに気を乱した。
私の言動もしくは行動に何か原因があるのであろう?
だが私は、自分の何が他人の感情に影響を与えるのか、未だに良くわからぬ。
おまえが今、何によって心乱したのか教えてはくれまいか?」

「・・・はあ?」

そんなことを聞いてどうするというのだろう。
だいたい、感情なんて人に教えられて理解できるようなものではないはずだ。
それに・・・。

何によって心乱したか、だと?

「い、言えるか、そんなこと!」

「なぜだ?」

「な、なぜって・・・。」

認めたくはないが、これはたぶん嫉妬というものだ。



「言えないものは言えないんだよ!」

勝真はさっさと踵を返そうとしが、その時、後ろから泰継の意味ありげなセリフが聞こえてきた。

「・・・そうか、おまえも教えてはくれぬのか・・・。では仕方がない、やはりあれを使ってみるとするか。」

「・・・?」

何だかいやーな予感がした勝真は、思わず足を止め、肩越しに恐る恐る振り返った。



〜続く〜




どうも私の中では、乳兄弟ペアの他に、
勝真さんとくれば泰継さんという図式もあるようです。
泰継さんの天然ボケコメントにいちいち反応してくれる勝真さんがツボでして・・(笑)
(今回はちょっとブルーなので、反応のテンションが低いですが(^^;)

そうそうこの話、タイトルからも察しがつくかと思いますが、
しっかり裏創作ネタを引きずります。(裏ではありませんよ、念のため///)

(2004.4.26)