「み、み、道変えましょう、彰紋様!!」
イサトにすっかり忘れられた彰紋を送って行く途中だったイサトの兄は、
大慌てで彰紋の前に立ちふさがり、その視界をふさぐと
後ろ手に彼の腕を掴み、ぐるりと方向転換させた。
「は・・? あの、どうかされましたか?」
「いえ! こっちの方角、今日は方忌みでした!」
「はあ・・・お兄さんがですか? でしたら僕はここからひとりで帰りますので・・・。」
「彰紋様が、です!」
先程までの控えめな態度はどこへやら・・・。
イサトの兄は、彰紋の腕をむんずと掴んだまま、どんどん歩いた。
「え、でも僕、今日はこちらの方角から来たのですが・・・って、聞いてない・・・ですね?」
彰紋が控えめな声で何か言っているが、無視して、とにかくそこから遠ざかる。
(イ、イサトのやつ・・・、俺にこんな苦労ばっかりさせやがって・・・!)
自分が勝手にしている苦労なのだが、不幸なことに(?)イサトの兄にはその自覚がない。
(ああ、もう、涙出てきたぜ・・・。イサトォォ! 帰ってきたらタダじゃおかないからなー!)
「イサト・・・? こんなところで、何やって・・・って、なんだ、兄貴の方か。」
彰紋を掴んでいるのとは反対側のもう一方の腕で、涙をグイと拭いながら歩いていると、
ふいに聞き覚えのある声がした。
「ん・・? あ、勝真・・・。」
その声に、立ち止まって顔を上げると、勝真が腕を組んで面白そうにこちらを見ていた。
「なんだよ、珍しい組み合わせだなあ。彰紋と二人、お手々つないでどこ行くんだ?」
言われて、彰紋の腕を強くつかんでいたことに気付き、慌てて離す。
「あ、彰紋様、申し訳ありませんでした///」
身体を直角に曲げて謝った後、改めて勝真に向き直る。
「勝真、おまえな、東宮様に向かってそういう呼び方はどうかと思うぞ!?」
「はあ・・・? なんだよ、いきなり・・・。」
開口一番に小言を言われた勝真は、当然のごとくムッとしながらこちらを見た。
「あの、お兄さん、その話はもう納得して頂けたのでは・・・。」
彰紋が慌てて、取り成しにかかってくる。
それを見て、先ほどのイサトとの口論の二の舞になるだけだと思った兄は、しぶしぶ引き下がった。
「わかりました、彰紋様・・・。今の勝真の発言は、聞かなかったことに致します。」
彰紋にそう言って頭を下げた後、もう一度勝真の方を向いたイサトの兄は、
彰紋に対するのとは打って変わって、尊大な態度を取った。
「勝真! 百歩譲って今回はなかったことにしてやるが、見逃してやる代わりに、おまえ、彰紋様をお送りしろ。
俺は、急用ができたんでな。いいな?丁重にお送りするんだぞ!?」
そう言って、彰紋の両肩を後ろからそっと掴むと、勝真の前に押し出す。
「では、彰紋様、私はこれで失礼致します。任せたぞ、勝真。」
そう言って念を押すと、きょとんとした顔でこちらを見ている二人を尻目に、
イサト兄は、くるりと身を翻して全力で駆け出した。
今、彰紋を引っ張ってきた道を、猛スピードで戻る。
「なんなんだよ、あれ?」
かなりムッとしながらも、反論する機会をつかみ損ねた勝真は、
両腕を組み小首を傾げながら、ちらりと彰紋の方に視線を投げた。
「さ、さあ・・・。」
「俺、おまえを送ってかないといけないのか? 神子じゃなくて八葉を・・・?」
今の勝真にとって彰紋は、当然のことながら、自分と同等の存在である。
「え、えーと・・・・。い、意外とおもしろい方ですよねえ・・・。」
それ以上のコメントが出ない彰紋であった。
☆
繋がった手から伝わってくる暖かさが、ほんのりと心地よい。
いつも大して意識せず、ごく自然につないでいた手なのに、今は全神経が集中している気がする。
歩きながら、そっと横目で花梨を見ると、夕日に照らされているせいか、彼女の頬もほんのりと染まって見えた。
少し恥ずかしそうに、俯き加減で歩いている様子が、どういうわけかいつもより大人っぽく見えて、
イサトは思いがけず、ドキリとした。
「あ・・のさ・・・。昨日、『ずっと待ってた』って言ってたよな・・・?」
イサトの声を聞いて顔を上げた花梨と、目が合いそうになって、思わず前を向く。
「それなのに、何で他のヤツと出かけちまったんだ?」
もう少し待っていてくれたら良かったのに、という思いがやはりまだどこかにある。
「・・・イサト君を探しに行ったの。」
「え・・・?」
思いがけない返答に、イサトは思わず花梨を見つめ直した。
「しばらく待ってたんだけど、いつまでたっても来ないから、
何かあったんじゃないかって気になって、じっとしてられなくなって・・・。」
ひとりで出かけようとしたが、さすがにその場にいた八葉に止められて、供に付いてもらった。
「イサト君のお寺に向かったんだけど、途中で出会った僧兵さんに、イサト君なら出かけたって聞いて・・・。」
仕方がないので、そのままあちらこちら探し歩いたのだが見つからず、屋敷に戻ったところで、
女童にイサトが来ている事を教えられ、ホッとして部屋に駆け込んだ。
「それで、嬉しそうな顔してたのか・・・。」
だが、ずっとイライラしながら待っていたイサトには、
花梨が丸一日、楽しそうに過ごして帰ってきたようにしか見えなかった。
ほんの少しのすれ違いだったのだ。
お互いに、もう少し余裕があったなら。
「もうちょっとイサト君を待ってれば・・・。」
「ちゃんとおまえの話を聞いてれば・・・。」
図らずも二人の言葉が同時に出て、思わず顔を見合わせて苦笑する。
後悔する点はいろいろあるが、結局、雨降って地固まったのかもしれない。
「俺達、ちょっとは成長したかな・・・。」
同時に絆も深まったのだろうと思うが、気恥ずかしいので口にしない。
だが、イサトの言いたいことを感じ取ったのか、花梨はにっこりと笑った。
「そ・・・だね。」
暖かな空気が自分達を包み込んでくれているのを感じながら、大路を歩く。
だが・・・・。
「ねえイサト君、なんか変な音、聞こえない?」
「ん・・・?」
花梨に言われて振り向くと、道の遥か向こうから、
舞い上がった土ぼこりがものすごい速さで近づいてくるのが見えた。
「なんだ・・・?」
目を凝らして見てみると、土ぼこりの原因はどうやら、猛スピードで走ってくる人間らしい。
何か叫びながら近づいてくるが、どうも自分の名を呼ばれているような気がする。
どこかで見たような気がするのだが・・・、あれは・・・。
「げっ・・・! あ、兄貴・・・・!?」
「イ〜サ〜ト〜ォォォ〜〜〜〜!!」
どういうわけか、イサトの兄が血相を変えて走ってくる。
「や、やべ! 逃げるぞ、花梨!!」
「え、なんで・・・。」
「いいから! 何を怒ってんのか知らねえが、ああなったら手が付けられねえんだ!」
花梨の手をぎゅっと握りなおすと、イサトは彼女が付いて来れるぎりぎりの速さで走り出した。
なんだか、以前にもこんなことがあったような気がする。
どうも自分達は、よくよく人に追いかけられることに縁があるらしい。
「しっかり付いて来いよ!」
そして、その後のセリフは、心の中で呟く。
いつか、面と向かって言える日がくるまで、大切にとっておこう。
花梨・・・この手は絶対に離さないからな──────。
〜fin〜
ああ、やっとまとまった・・・・。 冒頭のけんかの原因・・・。 『何故花梨ちゃんが、 なかなか来なかったとはいえ約束していたイサトを無視して、他の八葉と出かけたのか』 ・・・ということについてはっきりさせておきたくて、もう一話引っ張ったんですが・・・。 すみません、ありきたりというか、あまりひねりのない理由でした(^^; まあ、ちょっとしたすれ違いの原因なんてそんなものですよね!? (何気に自己弁護・・・(^0^;) それから最後の走って逃げるシーンは、「水鏡」を意識したものですが、よく考えたら ゲームの中でも、出会いのシーンのスチルがそんな感じでしたね〜。 あと、方忌みについては本来は、今居る場所から見てこっちの方角はダメ、ということだと思うので、 彰紋君が「今日はこちらの方から来たのですが・・」って言ってるのはほんとは変です。 が、ゲームの中では行けない場所が固定されてるし・・、まあいいか〜と思って・・・(^0^; ま、あまり深く考えす、読み飛ばしてください(汗)←そんなんばっかり・・・// と、いうことで。 どうしても爽やか系になってしまい、萌え度が少ない作品になってしまいましたが、 ここまでお付き合い頂き、どうもありがとうございました☆ (2004.7.22) なんと!イサト兄のラフ画を描いて頂きました!こちらからどうぞvv ♪(樹原さま) ♪(京井明美様) |