「あの〜、彰紋様? あれって、心が通じ合ったんでしょうか・・・。」

二度目に聞こえてきた大きな物音に、一体何事かと塔に駆けつけてきて、
二階で話している二人の声を聞いてしまったが。

「ど、どうなんでしょうね・・・・?」

彰紋も、何と言っていいかわからず、笑ってごまかす。

「まったく・・・あいつも、まだまだだな。」

彼女をモノにする絶好の状況だったにも拘わらず、自分でぶち壊してしまう弟の性格に、思わず笑ってしまう。
まあ、あの二人の場合、次の段階へ進むにはもう少し時間が必要なようである。

そう考えていた時、てっきり同じことを考えているのだろうと思っていた彰紋の口から、意外な言葉が漏れた。

「とりあえず、花梨さんの唇は守られたようですね。良かった・・・。」

「えっ・・・?」

「あ、いえ、こちらの話です。」

・・・・・なんだか今、ものすごく引っかかる発言を聞いたような気がする。

(彰紋様・・・も、もしかして・・・・?)

連れ立って塔の外へ出ながら、思わず彰紋の顔を覗き込んだが、
穏やかに微笑むその表情からは何も読み取れない。

だが・・・。

(イサト・・・身を引いた方が良いのでは・・・///)

やっぱり、東宮様をダチだなんてとても言えない性格の、イサト兄であった。











「それにしても、なんであんなトコにいたんだよ。」

重い扉を開け、暗い塔の中から外に出ると、あふれる色彩が渦となって目に飛び込んできた。

「だって・・・あそこでしょ? イサト君が連れて行ってやるって言ってた場所・・・。」

額に手をかざしながら、花梨がこちらを見上げてくる。

「ああ。・・・よくわかったな。」

塔から歩み出た惰性のまま、どこへという訳ではないが、何気なく境内を歩く。

「ここに来たのは偶然なの。イサト君のお寺がこっちの方にあるって聞いてたから、いつのまにか向かってて・・・。
途中までの道は知ってたし、あとは何となく歩いてたら、ほんとに着いちゃった。」

何となく歩いてて、目的の場所(だったのかどうかは知らないが)へ着いてしまうというのも、すごい話だ。
妙に感心しながら聞いていたのだが、その後の花梨のセリフに、イサトは思わずひっくり返りそうになった。

「あ、そうそう! 途中で変な人に会ったのよね。
可愛いねって言われて・・・ありがとうって笑ったら、すごくお金になる仕事があるから来ないかって言われて・・・。
断ったのに、しつこく追いかけてきたから、走って逃げてたらここに着いたの。」

「な・・・・!?」

「ちょっと怖かったけど、ここにたどり着けたのは、あの人のおかげかもね。」

あくまでも能天気に笑う花梨とは裏腹に、イサトは額から血の気が引くのを感じた。

「お、お、おかげ、じゃねえよ!! おまえ、花街へ売り飛ばされそうになったんじゃねえか!?」

「??・・・・花街って?」

「・・・い、いや・・・///」

花梨が怪訝そうな顔で見ているが、そっち方面の話題は不得手なので、ごまかしておく。
要は・・・・。

イサトは、立ち止まって花梨の方へ向き直ると、パンと手を合わせて頭を下げた。

「花梨! 俺が悪かった! この通り謝っとくから・・・だから、喧嘩するたびに行方をくらますのだけは止めてくれ!」

聞きようによっては、「妻の尻に敷かれた夫のセリフ」のような気もするが、そう思いたい奴には思わせておく。
八葉にとって、ひいては京の行く末にとって、これは全くもって、切実な願いなのである。

そして────。

「おまえに何かあったら、俺たち八葉は・・・・。いや、俺が・・・、俺が一番困るんだ!」

何故困るのか、それはうまく説明できない。
ただ、花梨にはいつも、自分の傍らで微笑んでいて欲しい。
がんばっている彼女を、いつも一番近くで見ていたい。

彼女が目の前から消えてしまったら、今こうして光り輝いている眩しい景色も、暖かな風も、
全てがモノクロの世界に沈んでしまうだろう。



そういえば、先ほどまでは、眩しいとしか感じなかった世界が、
花梨を見つけてからは、それまでと違って色鮮やかに見える。
木々の間を渡っていく風の音が、清清しい音色に聞こえる。

イサトはふと目を伏せると、小さく呟いた。

「ああ・・・。俺、おまえがいなきゃ、ダメなのかもな・・・・。」

「え・・・?」

聞き取れなかったのか、花梨が顔を覗き込んでくる。

だがイサトは、それには応えずに再び歩き出すと、境内の端までやってきて、遥かに見える京の街を見下ろした。

太い木の幹に片手をつき、ゆっくりと花梨を振り返ると、
今度はちゃんと聞き取れるように、彼女を正面から見つめて言った。

「花梨、俺がどこへでも連れて行ってやるから・・・。だからもう、勝手にいなくならないって約束・・・してくれるか?」

花梨は、いつもと違う雰囲気を感じ取ったのか、イサトの顔をじっと見つめていたが、
やがて先ほどのイサトと同じように、目を伏せると搾り出すように小さく呟いた。

「ごめん・・・なさい。」













「あの男の子がね、教えてくれたの。イサ兄ちゃんの好きな場所はあそこだよって・・・。」

「・・・・あいつ、覚えてたのか。」

そういえば、いつだったか、そんな話をしてやったことがあった。

「それからね、昨日イサト君が遅れて来た訳も・・・わかった。」

そろそろ夕暮れ時なので、紫姫の屋敷への道を二人で歩いている。

「ごめんね、イサト君・・・。」

並んで歩く花梨が、うつ向き加減になって、ぼそっと言った。

「なんだよ、妙に素直じゃねえか。」

イサトはくすりと笑うと、花梨の頭に手を伸ばし、ぽんぽんと撫でた。
なんだか彼女が可愛くて仕方がない。

思わず、抱きしめたい衝動に駆られたが、さすがにこんなところでは・・と、理性のブレーキがかかる。

だが花梨は、何を思ったのか、頭の上を上下していたイサトの手をパッと掴んだ。

「ん・・・・?」

「イサト君、手、擦りむいてるよ。」

全く意識していなかったが、改めて見てみると、手の側面から甲にかけての辺りが赤くなっている。

「ああ、きっとおまえに突き飛ばされたときだな・・・。ったく、お転婆娘にはかなわないぜ。」

イサトはクッと笑って手を戻そうとしたが、花梨はその手をぎゅっと握ったまま引き寄せると、自分の頬に当てた。
そのまま両手で包み込んで、目を閉じる。

「お、おい・・・///」

突然の花梨の行動に、イサトは大いに焦った。

思わず無理やり手を引っ込めようとして、すんでのところで思い留まったものの、
どう反応したものかと、内心大きく焦っていると、ふと暖かいものが流れ込んできた。
同時に、微かに感じていた傷の痛みが、スッと消えていく。

手のかすり傷の所でしばらく留まっていたその暖かな感覚は、しだいに大きな流れとなってイサトの身体を巡り、
やがておおらかな温もりとなって、その身を包み込んだ。


「痛くなくなるおまじない・・・。」

しばらくしてゆっくりと瞳を開いた花梨は、えへへと笑いながらイサトの手を離した。
支えがなくなったせいで、自分の手なのに急に重みを感じる。

「・・・・離すなよ。」

「え・・・?」

「もっと・・・感じていたい・・・。」

自分の中を駆け巡った優しい感覚を、花梨の包み込むような暖かさを・・・
ずっとこの胸の中で抱きしめていたい。

イサトは、もう片方の手も伸ばして花梨の頬に触れると、両手で彼女の頬を包み込んだ。

「あ、あの・・・・。」

花梨の頬が少しずつ熱を帯びてくる。
そして大きく開かれた瞳は、驚きと戸惑いを滲ませながらこちらを見つめていた。

「・・・・・・・。」

その瞳に引き寄せられるように、イサトは花梨の額に口付けた。



穏やかな風が、いつも以上に優しく二人にじゃれついていた。




続く




花街なるものがこの世界にあるのか?という懸念もありますが、
まあ、それはどうでもいいとして・・・(こら。)

冒頭の東宮様の反応に私も「え?」でしたが、
まあ、この話の中ではこれ以上出張っては来られないかと思います(笑)
その件に関してはたぶん別の話としてシリーズ化・・・ってまた自分の首をしめるようなコトを・・・!(汗)

さて前回、あんまりな終わり方をしたので、今回またイサト君にリベンジしてもらいました♪
が、今の彼にはこれが精一杯のようです^^;(どうぞご勘弁を・・・笑)

ということで・・・ラスト1回です。
すみません、後少しだけお付き合いください(^^;