「降りてきませんね・・・。何やってんだ?イサトのやつ・・・。」
イサトが塔に登ってから、かれこれ半刻になる。
塔の方へ目を遣りながら、イサトの兄は傍らにいる彰紋に声をかけた。
彰紋は、寺の子供達に囲まれ、半ばもみくちゃにされながらも楽しそうにしている。
「おまえたち、いい加減にしないか! 彰紋さまの衣が汚れてしまうだろうが。」
今はイサトと同じ八葉だからと、『東宮様』と呼ぶことをやんわりと断られたので、仕方なく名前を呼ばせてもらう。
それにしても、『彰紋』と呼び捨てにしてしまうイサトや勝真の神経だけは、全く理解できない。
「あ、気にしないで下さい。花梨さんのお供をしている時は、いつもこんな感じですので。」
彰紋はにっこりと微笑むと、塔の方へちらりと視線を投げた。
「きっとあそこに花梨さんがいらしたんですよ。もう大丈夫、そっとしておきましょう。」
「はあ・・・。それなら良いのですが・・・。」
それならなぜ、いつまでたっても降りてこないのだろう。
「・・・・・花梨さんが甘えられるのは、イサトだけなんですよ・・・残念ながら。でも、ご本人はそれに気付いておられなくて。
甘えたいのにそれが出来ないとき、イサトの気を引きたくて、彼女はこんな行動に出られるのです。」
たぶん・・・と付け加えながら、彰紋は苦笑した。
「あいつの気を引くため・・・ですか。」
あの龍神の神子にとってイサトは特別な存在ということだ。
そういえば、寺へ駆け込んできたときのイサトも、今までに見せたことのないほど真剣な表情をしていた。
「でも、あいつもそれを自覚していないみたいですね。」
「そうですね、でも・・・。」
彰紋は、先程イサトがしていたように、子供たちの頭をほんの少しだけ荒っぽく撫でてやった。
「今頃は、お互いのお気持ちに気付いておられるのかもしれませんよ・・・。」
「え・・・。ということは・・・。」
想像したら、気恥ずかしくなる。それにしても弟の分際で・・・。
どんな顔をして降りてくるのか知らないが、後で思いっきり小突き回してやる。
イサトの兄が、心ひそかにそう決意した時、塔の方からバタンという大きな物音が響いてきた。
☆
何か叫び声のようなものが、聞こえた気がする。
そう思った次の瞬間、身体がふわりと浮くような感覚を覚えた。
空を飛んでるようで気持ちがいい・・・能天気にそんなことを考えていると
バタンという大きな音とともに、いきなり全身に衝撃を感じた。
咄嗟に、手に触れたものに縋りついたが、またしても宙を舞うような感覚を覚える。
ハッと意識を覚醒させたイサトは、状況を把握しようと辺りを見回したが・・・。
「・・・・!! な、な、なんだぁ・・・・!!?」
咄嗟に腕が掴んでいたものは、展望廊下の手すり。
そして身体は、外側へ向かって宙吊り状態。
ぶらさがった足の少し下に、急な角度のついた二階の屋根瓦が伸びている。
花梨を見つけてホッとしたのか、どうやら眠りこんでいたらしいが、
それにしても、なぜいきなりこんな状態になっているのだ?
いや! 今はそんなことはどうでもいい。
こんなところから落ちたら、いくら何でも洒落にならない。
「きゃ〜〜〜イサト君!!」
花梨が、慌てて駆け寄ってくる。
その様子をちらりと横目で追いながら、壁を蹴って反動をつけたイサトは、
掴んでいた手すりを軸に身体をクルリと回転させて、元いた場所へと着地した。
「イ、イサト君・・・大丈夫!?」
花梨が心配そうに、イサトの前にかがみこんだ。
顔面蒼白状態で、こちらを見つめている。
「ああ、心配すんな。ちょっと驚いたけどな。あの程度でどうにかなるほどヤワじゃないぜ?」
イサトは、花梨のそんな表情にドキリとしながらも、彼女を安心させようと、ニッと笑ってみせた。
「それにしても、なんであんな状態になってたんだろうな・・・。」
全く訳がわからない。
だが、首を傾げているイサトの横で、いきなり花梨が泣き出した。
「ご、ごめんなさい〜〜〜///」
「え!? な、なんだよ、いきなり・・・。ってか、なんで謝りながら泣いてんだ?」
垂直な縄ばしごの真ん中あたりまで降りると、腕で身体を支えて足を外し、そのまま下へ飛び降りる。
「おまえの心配そうな顔に、ちょっとでもドキッとした俺がバカだった。」
「だから、ごめんなさいって・・・・。」
後ろから花梨が、縄ばしごに一歩一歩足を掛けながら降りてくる。
その様子をちらりと見たイサトだったが、そのままそっぽを向く。
こんなお転婆娘に、貸してやる手などない。
「あ!イサト君、こっち見ないでよ!?」
「はあ? 見てねえよ!ってか、何で見ちゃいけねえんだよ!?」
花梨の唐突な発言に、イサトは思わず彼女を見上げた。
すらりとした白い足が目に入る。
「あ。」
「見ないでって言ってるでしょ、エッチ〜〜〜!!」
「・・・えっち??」
花梨は、慌ててスカートの裾を押さえると、必死ではしごを降り始めた。
だが、片手を縄から外したせいで微妙にバランスが崩れる。
上階から垂らされただけの縄ばしごが大きく揺れ始めた。
「きゃ!?」
「バカ、手を離せ!」
衣の裾を押さえている手を離せ、そう言ったつもりだったが、
何を考えたのか、花梨は縄ばしごを持っていた手をパッと離した。
「は・・・・!??」
花梨が自分めがけて降ってくる。
「あ、あの・・・・ごめんなさい・・・・・。」
「お・・・おまえ・・・・、何度、俺を突き飛ばしたら気が済むんだ・・・・。」
咄嗟に手を伸ばして受け止めようとしたイサトだったが、ほんの一瞬遅かった。
顔面に花梨の直撃を受け、ものの見事に床に押しつぶされた。
「え、えーとほら・・・不可抗力ってことで・・・。」
花梨がえへへと笑いながら、こちらを見ている。
「不可抗力か・・・・いい言葉だな・・。」
なんとか平常心を保とうと、必死で声の調子を押さえるが。
「百歩譲って、今のは不可抗力だったと認めてやる・・・・・。
だが・・・・さっきのはヘタしたら死んでたぞ!?」
先程、眠っている花梨の頬に口づけたイサトは、そのまま眠ってしまったらしい。
そこまでは良かったのだ。
だが、先に目を覚ました花梨は、目を開いた途端に飛び込んできたイサトのドアップに驚き、
気付いた時には、彼の身体を思いっきり突き飛ばしていたらしい。
最初に感じたふわりと浮く感覚は、突き飛ばされたとき。
そして次の衝撃は、手すりにぶつかった時のもの。
更に、人が登るというよりも景観を考えて造られた塔は、手すりもごく低いものだったので、
ぶつかった反動で、イサトの身体は容易に外へ放り出されてしまったのだ。
「で、でも、あの程度でどうにかなるほどヤワじゃないって、さっき・・・。」
「それとこれとは話が別だ!!」
彼女の能天気な笑顔に、切れそうになる。
「どうでもいいけど、いい加減おりろよ!」
仰向けに倒れたイサトの上には、花梨がちょこんと馬乗りになっている。
「あ、ごめん・・・///」
「ったく・・・もうちょっと女らしくなれよな!!」
花梨が慌てておりたのを見て、イサトはやっと上体を起こした。
「こんな暗いところに若い男と女が二人きりで・・・しかも俺は押し倒されて! いや、それは逆だけど・・・。
普通だったらもうちょっと甘い雰囲気とかになるもんだぞ!?」
「え"・・・・////」
何気なく、本当に何気なく、イサトはそう言ったのだが、それを聞いた花梨はピクッと身を固まらせた。
「なんだよ、どうかしたか?」
「べ、別にどうもしないもん。」
花梨はプイッと横を向いたが、そう言いつつも、イサトを思いっきり意識している様子が伝わってくる。
心の中では、相当に焦っているらしい。
(へえ・・・。)
意外とかわいいところもある。
そういえば、今日はさんざん彼女に振り回された。そのお返しに、ちょっとばかりからかってやろう。
イサトは、花梨の腕を掴んでグイッと引っ張ると、彼女の顔を自分の目の前に近づけた。
「・・・・なってみるか?甘い雰囲気ってやつに・・・。俺も・・・男だぜ?」
「イ、イサト君・・・。」
だが、焦って逃れようとすると思われた花梨は、顔を強張らせてはいるが、
意外にも顔をほんのり赤らめて、こちらを見つめている。
( え、あれ・・・? う、うわ、やべ!!)
イサトは掴んでいた腕を慌てて離した。
「な、なーんてな! は、はは・・・。」
余裕の笑みのつもりだったが、ひきつり笑いになる。
( な、なんだよ、いきなり女みたいな顔しやがって。いや、女だけど・・・。
ああ、あっぶねえ〜・・・もうちょっとで理性がぶっ飛ぶトコだった・・・・!
)
・・・いや、よく考えたら、唇を奪うくらいのことはしても良かったのだ。
だが思わず、そこから先を考えてしまったせいで、雰囲気をぶち壊してしまった。
( しまった・・・・。)
ひきつり笑いが、ため息に変わる。
「え、えと・・・やだなあ、イサト君ったら!」
花梨の声も微妙に裏返っている。
二人の白々しい笑い声が響いた。
続く
せっかく甘い雰囲気だったのに、 花梨ちゃんが目を覚ました途端にこうなってしまいました・・・(^^; さすが、お転婆娘・・・・!って、感心してる場合じゃないですが(汗) 果たして、イサト君に彼女の唇を奪える日は来るのでしょうか・・?(笑) 以下、次号・・・・(^^; (2004.4.26) |