「ああ、イサト、戻ってきたか!」

境内に入ると、勝真と同じ年頃の青年に出くわした。
意志の強そうな瞳が、イサトに良く似ている。

「兄貴、花梨が来てるのか!?」

紫姫の屋敷に使いが来たということは、八葉としてのイサトを知っているということだから、
使いを出したのはきっと彼だろう。

兄貴と呼ばれた青年は、少し困った表情をしながら、視線を泳がせた。

「ああ、たぶんそうだろうと思うんだが・・・。イサト・・・?」

彼の視線がふと、後ろから着いてきていた彰紋に向けられた。

「あ、こいつ、八葉の仲間なんだ。俺と同じ朱雀の片割れの、彰紋。」

「イサトのお兄さんですか。初めまして、彰紋と申します。」

彰紋がぺこりと頭を下げる。

「あ、ども。弟が世話になって・・・・。ん・・・?? 
(お、おい、イサト!? 彰紋って・・・もしかして、と、と、とうぐ・・・)」

「ああ、東宮のあきふ・・・、うぐ!?」

「ちょっと失礼します・・・。」

イサトの兄は、彼の口をバンッと押さえながら、その首を抱え込むと、
一方で彰紋ににっこりと会釈をして、そのままイサトを樹の陰に引っ張り込んだ。

「・・・痛ってえな、なにすんだよ!」

「お、おまえ、仮にも東宮様に向かってなんて口の聞き方するんだ!?」

「なんだよ、兄貴だって貴族なんか嫌いだって言ってたじゃねえか!」

「それはそうだが・・・、貴族っていったって、勝真みたいな末成り貴族とは訳が違うんだぞ!?」

くしゃみが聞こえてきそうである。

「勝真はいいヤツだよ!」

「いや、それは認めるけどな・・・・じゃなくて! 勝真はどうでもいいんだ、今は東宮様だよ!」

少なくとも呼び捨てにして良い相手とは思えない。
しかもイサトの場合、彼に対する態度がまた横柄すぎる。



「あのー、ちょっとよろしいでしょうか・・・?」

不意に横から控えめな声が聞こえてきた。

「・・・!! と、と、東宮様! あ、あの・・弟がとんだご無礼を・・・! こいつにはよく言っておきますので、どうか・・・。」

イサトの兄は、弟の頭を押さえつけて平伏させながら、自分も身体を直角にして頭を下げる。

「あ、いえ! どうぞお気になさらずに・・・。
僕は今、イサトと同じ八葉として動いているので・・・。どうかお顔を上げてください。」

彰紋が慌てて取り成す。

「ほらみろ! 本人がああ言ってんだからいいんだよ!!」

イサトは兄の腕を振り払うと、勝ち誇ったように言った。

「しかし・・・。」

「あの・・・。勝真殿にも呼び捨てにして頂いてますし、イサトだけというわけではありませんので。」

まだ納得いかないという表情の兄に、彰紋が付け足す。


「は・・・!?」

『勝真殿』??『呼び捨てにして頂いてます』??
東宮様に敬語を使わせておきながら、自分たちは彼を呼び捨て状態ということか・・・!?

(・・・こいつら乳兄弟は一体どうなってるんだ?)

同じ乳兄弟でも、自分だけは、ものすごーくまともに成長したと思うイサト兄。

(なんか・・・・俺ひとりあたふたしてるのも、アホらしくなってきた・・・。)


ようやく納得(?)したらしい彼を見て、彰紋は先程からずっと気になっていたことをやっと口にした。

「あの、そんなことより、花梨さんはどこにいらっしゃるのでしょうか?」

「「・・・あ!」」










少し高台にある寺院からは、木々の向こうに京の街が見え隠れしている。

時折強く吹く風が、木々をザーッと揺らす。
揺れる木の葉の間からは、天頂を少し過ぎた太陽の光がキラキラと零れ落ちていた。




「・・・つまりだ。一言でわかりやすく言うと、見失った、ってんだな?」

「面目ない・・・。」




今朝、イサトが出かけて少し経った頃、どこかあどけなさの残る少女が、きょろきょろしながら境内に入ってきた。
遊び相手を探していた寺の子供達が、すぐさま寄って行き、彼女も楽しそうにしていたので、
その時は、どこかの屋敷の女童か何かかと思っていたのだ。

そのうち、昨日階段を転げ落ちた少年が、『おねえちゃんにケガを治してもらった』と嬉しそうに報告にきた。
彼の顔をよく見ると、確かに腫れがかなり引いている。
驚いて、彼女に声をかけたのだが・・・。

『あ、ごめんなさい! えっと、もう帰りますから・・・イサト君には黙ってて・・・。』

『え、イサト・・・?』

『あ、なんでもないです! さよならー!』

そう言って、彼女は一目散に走り去った。






「なんで追いかけなかったんだよ!!」

「そうは言われてもなあ・・・」


女童のような少女・・・。
ケガを治す力・・・・そして、イサト・・・・。
イサトは・・・八葉としての顔を持つ。
八葉が付き従うのは・・・・龍神の神子。
ケガを治す(穢れを払う)力=龍神の神子・・・。

『ああ!? もしかして龍神の神子さま??』


「というふうに順を追って、気がついたわけなんだな。うん!」



額のあちこちから、プチップチッという何かが切れるような音を聞きながら、
必死に耐えつつ兄の話を聞いていたイサトだったが・・・。

「気付くのが遅すぎるんだよ、バカ兄貴!!」

満足そうに頷く兄を見て、ついにブチ切れた。

「バ・・? バカとはなんだ、兄に向かって! ちゃんと気付いておまえにも知らせてやったじゃないか!!」

「結局、見失ってんじゃ、意味ないんだよ!!」

「そ、そこまで言うか・・・? だいたい、あんなのが龍神の神子だなんて、普通思わんだろうが!!」

「あ・・・!? あんなのとはなんだ!!」

「正直な感想だ!!」


「・・・ちょ、ちょっと! やめてください〜〜!!」

顔を突き合わせて怒鳴り合いを始めた二人の間に、彰紋が必死の思いで割って入った。

「兄弟喧嘩なんかしてる場合じゃないでしょう!? とにかく今は花梨さんを追いかけないと・・・!」

「あ・・・と、東宮様・・・! 申しわけありません・・・。」

「・・・ふんっ!」

慌てて頭を下げる兄の横で、イサトはそっぽを向いている。
そんな彼をちらりとみながら、彰紋は兄の方へ向き直った。

「とはいえ、かなり時間が経ってしまっていますが・・・。彼女はどちらへ走り去ったのですか?」

「それが・・・。『さよなら』と言ったくせに、門とは逆方向へ走って行ったので、
もしかしたらまだこの寺院の中におられるのではないかと思うのですが・・・。」

「当然、探されたのですよね? でも見つからないと?」

「はあ・・・。誠に面目次第もございません・・・。」

片手で頭を抑えながら、イサトの兄がペコペコと頭を下げる。




「・・・門と逆の方向か。」

そっぽを向いたままそれを聞いていたイサトは、ふと、寺院の背後に迫る山に目をやった。
そこから視線を移すと、本殿から少し離れたところに小ぶりな塔が立っている。





『じゃあ、明日は息抜きに、景色のいいところに連れてってやるよ。』

『ほんと!? どこに連れって行ってくれるの?』

『俺が子供の頃、ひとりになりたくなった時、よく行ってた場所だよ。
ただし、見晴らしはいいが、付いてくるのは大変かもしれないぜ?』

『大丈夫! イサト君の行くところならどこだって付いて行けるもの!』





「・・・・・なあ兄貴、あの塔の中は捜したか?」

塔の方へ目を向けたままイサトは、後ろで彰紋にヘコヘコしている兄に尋ねた。

「ん、塔か・・・? そういや、入り口の扉が少し開いていたからな。一応、中を確認したが、誰もいなかったぞ。」

頭を下げかけた体制のまま、首だけこちらに巡らせて、兄が答える。

「上は? 二階から上は見たのか?」

「いや、そこまでは・・・。いくらなんでも、そんなところに・・・。」

だが、塔を見つめていたイサトは、兄の言葉を最後まで聞かずに走り出した。









重い扉を押し開けると、暗くガランとした室内に明かりが差し込んだ。

確かに人の気配は感じられない。だが・・・。
イサトは、点検用に上へ登れるようになっている場所から、上階を覗き込んだ。

「おい、イサト、いくらなんでも、こんな垂直な縄梯子しかないところから上へは登らないだろう?」

それには答えず、縄梯子に手足をかけると、イサトは素早く上の階を目指した。
二階の床に手をつくと、反動をつけて身体を持ち上げ、ストンと着地する。

「・・・・・。」

暫く様子を伺ってみるが、特に何も感じない。
イサトはスッと立ち上がると、入り口からの微かな明かりを頼りに、
更に上へと続く縄梯子がある位置へ移動した。

上階を見上げてみると、微かに光が入ってきているようだった。
先程と同じような素早い身のこなしで、もうひとつ階を登る。

小さな塔なので、ここが最上階だ。

ぐるりと見回すと、建物の周囲に造られている展望廊下への出入り口が一ヶ所、わずかに開いていた。

近づいて、その引き戸をそっと開けると、一気に視界が開けた。

「・・・・・・っ!」

暗い塔の中から、急に光が溢れる世界へ出たせいで、一瞬目が眩む。
手をかざしながら、何とか目を開いて見渡すと、
寺の境内に植えられている木々の向こうに、遥かに京の街が望めた。

目が慣れてくるまで待ちきれず、手をかざしたまま、イサトは1〜2歩踏み出した。
床が微かに軋む。
すると、不意に何か柔らかいものに触れた。

(・・・・・・?)

黄色っぽい衣が目に入った。
その衣に埋まるように、茶色い髪の毛が見え隠れしている。

「ん・・・? あ、花梨! やっぱりこんなところに・・・!
・・・・っと、なんだこいつ寝てんのか?」

かざしていた手を下ろし、改めてよく見てみると、
花梨が、抱え込んだ膝を枕にして、午後の日差しの中で眠り込んでいた。

「・・・ったく心配させやがって・・・。」

彼女の傍らに膝を付く。
衣の中に顔を半分うずめて、唇を半開きにしたまま、花梨はすやすやを無邪気そうな寝息をたてていた。

(あ・・・・。)

だが、彼女の顔を見つめていたイサトは、その頬にうっすらと残る涙の跡に気付いた。
よく見ると、心なしか瞼も腫れぼったい。
この場所でこうして膝を抱えたまま、ずっとひとりで泣いていたのだろうか。

手を伸ばし、頬にかかる髪の毛をそっとかきあげてやりながら、白く乾いた涙の跡を辿る。

「なんでおまえが泣くんだよ・・・。俺だって昨日からずっと泣きたかったんだよ・・・。」


そうだ、泣きたかったのだ。

遅れてしまったときも、花梨が出かけてしまったと知ったときも。
帰ってきた彼女を見たときも、喧嘩してしまった後も・・・。



花梨の横に腰を下ろし、そっと肩を抱き寄せると、彼女の頭を自分の肩にもたせかける。

「おまえも・・・同じように感じてたのか・・・?」

花梨の涙の跡を見つめていたイサトは、吸い寄せられるように顔を近づけた。
目を伏せながら、その頬にそっと口付ける。

微かに涙の味がした。



続く



ああ、花梨ちゃん、やっと見つかった・・・(^^;
イサトが自分の家(?)に行くのなら、そこには家族がいるはず。
むしろ出てこなきゃ不自然?と思い、お兄さんを登場させたら、
ついつい、そちらとの絡みが長くなってしまいました。

で、イサトの兄ってことは、勝真とも乳兄弟なはずなのに
何故勝真は、同い年の兄の方より、イサトの方と仲がいいのか!?
と考えていたら・・・お兄さん像はこんな感じになってしまいました(笑)
つまり、マジメすぎて勝真には面白みがなかったのでしょう☆
(って、勝手にこんな設定・・・大汗)

そんな寄り道をしていたら、なかなか進まない・・・///
この調子では、後1回ではまず終わらないですね・・・
もうしばらくお付き合いいただけると嬉しいです。

(2004.3.29)