若葉の煌き
またやっちまった・・・・。
ザーっという清清しい音を立てて流れる鴨川のほとり。
天中近くなった太陽の光を受けて、水面がきらきらと光っている。
河川敷に転がっている小ぶりな岩に腰掛けて、その流れを見つめながら、イサトは途方に暮れていた。
(なんでこうなるんだ?)
座ったまま、手近にあった小石をひとつ、川に向かって投げる。
一瞬現れた波紋は、瞬く間に豊富な流れにかき消された。
この間のは、俺が悪かった。
それは認める。
だけど、今回のは・・・・どう考えたってあいつが悪い。
いや、たぶんだけど・・・。
なのに、あいつの心配をさせられながら、こうしてあたふたと探し回るのは
いっつもこの俺・・・。
二日ほど前、明日も一緒に出かけて欲しいという花梨に、
じゃあ明日は息抜きに、景色のきれいな場所に連れて行ってやるよと約束して別れた。
そしてその日の朝(昨日のことだが)、いつものように出かけようとしたときのこと。
イサトによく懐いている僧兵仲間の弟が、門の所まで見送りにきてくれたのだが・・・・。
その子供が、何かの弾みで門の前にある石段を踏み外し、何段か転げ落ちてしまった。
幸い大した怪我はしていなかったのだが、慌てて寺の中へ連れ帰り、
一通りの手当てをしてやっていた為、出かけるのがかなり遅れた。
それから大急ぎで紫姫の屋敷に向かったのだが・・・。
なかなか来ないイサトに痺れをきらせたのか、花梨は既に他の八葉と出かけてしまっていた。
遅れた言い訳をするためと、もう少し待っててくれてもいいじゃないかと文句のひとつも言ってやりたくて、
その日はそのまま彼女が帰ってくるのを待っていた。
だが、夕刻になって、他のやつらと嬉しそうに話しながら帰ってきた花梨を見たとき・・・・。
弁解よりも先に、憎まれ口が出た。
そして──────。
『私はずっと待ってたのに・・・! イサト君のばか!!』
『俺だって好きで遅れたわけじゃねえんだよ! もう頼まれたって一緒に出かけてなんかやるもんか!!』
捨てゼリフを吐いて、帰って来てしまった。
(あれ? やっぱり俺も悪いか・・・?)
「はあ・・・。」
今日、何度目かのため息をつきながら、イサトはゆっくりと立ち上がった。
それにしても、一体どこへ行ってしまったのだろう。
彼女が行きそうな場所は、全部当たってみた。
もちろん神泉苑にも。
だが、どういうわけか、どこにも姿がない。
こんなことは初めてだ。
押さえつけていた不安がどんどん広がっていく。
治安は決して良いとはいえないし、怨霊だってどこに現れるかわからない。
それが現在の京の姿だ。
(早く見つけ出さないと・・・。)
だが、焦る気持ちとは裏腹に、探すべき場所が思い当たらない。
手にしていた錫杖を地面に突き立てると、イサトは髪の毛をかきむしった。
「・・・ちっくしょうー! あのお転婆娘ー!!」
illustration by 紫翠様(自由京)
「イサト!? ああ、やっと見つけた!」
聞きなれたその声に振り返ると、彰紋が土手を駆け下りてくるのが見えた。
「なんだよおまえ、ひとりか!? いいのかよ、東宮様が・・・。」
辺りを見回してみるが、従者らしきものの姿はどこにもない。
イサトの前まで駆けて来て、前屈みになったまま、息を整えているところを見ると
どうやら、ひとりで走ってきたようである。
「イ、イサト・・・僕は今、東宮ではなく・・・八葉として・・・。ふぅ・・・。
・・・失礼しました、八葉として動いているので、お構いなく。」
彰紋はスッと姿勢を正すと、にっこりと笑って言った。
「あ、ああ・・。」
一見ひ弱に見える彼だが、曲がりなりにも八葉だ。
自分の身を守る術くらい持っている。
それに、今は彰紋の心配をしている余裕などない。
イサトは、気を取り直すと改めて彰紋に問い掛けた。
「それにしても、そんなに慌ててどうしたんだ? 花梨が見つかったのか!?」
そうあって欲しいと願いつつ、だが、出来るなら自分の手で見つけ出したいという想いで
複雑な気分になりながら彰紋の言葉を待つ。
「いえ、それはまだ・・・。
実はイサトの寺院から使いの方が来て、イサトに早急に戻ってきて欲しいと言ってるらしいのです。」
「はあ・・?」
寺からの使い?
早急に帰って来いだって?
今はそんな場合じゃない。
それにしても、たかが僧兵見習いの自分にわざわざ使いを出してくるなんて、一体どういうことだろう。
しかも、今は八葉として動いているのだ。
家族を始め、近しい人間はそのことを充分承知しているはず。
その役目を放棄してまで帰って来いとは・・・。
「どういうことだ?」
「それが・・・。紫姫が、今イサトは花梨さんを探しに行っているから暫く待ってほしい、とお返事したのですが、
使者の方がそれに関係あるかもしれないと言ったらしくて・・・。」
「・・・え?」
「それで、たまたま屋敷に戻っていた僕が、イサトに知らせに走ったのです。」
東宮様自ら使いっ走りとは・・・。
いや、今は神子の心配をする八葉として、行動しているのだ。
普段は手の届かない存在の彼が、今は身分など関係なく同じ仲間として行動している。
少し不思議な感じがする・・・。
そんなことを頭の片隅で考えながら、イサトはもう走り出していた。
彰紋が慌てて付いてくる。
☆
寺院の石段を上りきると、額と頬に擦り傷を作った、まだあどけなさの残る少年が、嬉しそうに飛びついてきた。
「あ、イサ兄ちゃん、おかえり〜!」
「おう! 傷の具合はどうだ? まだ痛むか?」
イサトはその少年の頭に手を乗せると、少々荒っぽく撫でまわした。
反動で少年の身体がゆらゆら揺れる。
「こんなのどうってことないさ!」
「ほんとか〜? 昨日はピーピー泣いてたけどな。」
イサトがニヤリと笑いながらそう言うと、少年が怒って腕に組み付いてきた。
だが確かに、今朝まで赤く腫れていた傷が、今はもう大分落ち着いているようだ。
「ああ、その調子なら確かにどうってことねえな。俺の手当てのおかげだ、感謝しろよ。」
イサトは少年の襟首を掴むと、自分の腕からひっぺがし、地面へポイと落とした。
「イ、イサト、そんな乱暴な・・・。」
横で彰紋が、おろおろと見ている。
「あのなあ・・・。」
全くこれだからお貴族様ってやつは・・・。
イサトは、ひとこと言ってやろうと口を開きかけたが、それよりも早く少年の方が反応した。
「うわぁ、なんかきれいな人〜! イサ兄ちゃん、この人だれ?」
きれい・・・?
なるほど、子供なりにも彰紋の醸し出す気品というヤツを感じ取っているらしい。
イサトは苦笑まじりに、少年に向かって言った。
「ああ、ダチだよ。まあ、勝真みたいなもんだ。一応貴族さまだからな。」
同じ貴族でも、彰紋と勝真では天と地ほどの違いがあるが、
今のイサトにとってはどちらも八葉の仲間という意味では同じだ。
「ふ〜ん・・・貴族さまって、こんなにきちんとした格好の人もいるんだね〜。」
少年は彰紋をみつめながら、しみじみとした調子で呟いた。
どうやら彼の中では、貴族とは皆、勝真のような人間だという構図が描かれているらしい。
・・・大きな間違いである。
「は、ははは・・・。」
彰紋が引きつり笑いをしている。
その彰紋に向かって、少年が話し掛けた。
「ねえ、貴族のお兄ちゃん、さっき来たきれいなお姉ちゃんは、お兄ちゃんのお友達なの?」
「え・・・? きれいなお姉ちゃん・・・ですか?」
思わず、イサトと顔を見合わせる。
「あの・・・その『お姉ちゃん』ってどんな人でした?」
「えっと・・・髪の毛短くって、元気で・・・。足のきれいな人!」
「あ、足って・・・・// おまえどこ見てんだ!!」
イサトは思わず少年の頭にげんこつをくらわせた。
「いってえ〜〜!! なにすんだぁ! さっきせっかくお姉ちゃんにケガ治してもらったのに〜!」
「怪我を・・・?」
「そうだよ。お姉ちゃんが『痛かったね、かわいそうね』って撫ででくれたら痛くなくなったんだよ!」
穢れを払って清浄な気を取り戻す神子としての力が、この少年の小さな怪我にも作用したのだろうか。
「花梨だな。」
「ええ、間違いないですね。」
灯台下暗し─────。
まさか、自分が住んでいる寺に来ていたとは・・・。
イサトは踵を返すと、大急ぎで寺の門をくぐった。
「水鏡」を受けて書いてみようと思ったら、 またしても花梨ちゃん、家出(?)してしまいました。 で、その家出先なのですが・・・。 どういうわけか、イサト君の家(?)らしいです(^^; 喧嘩しても、好きな人を近くに感じていたいという乙女心でしょうかねー? (って、なに他人事みたいなコメントしてるんだか・・・^^;) その辺りは、次回がんばって書いてみたいと思います☆ (2004.3.11) |