薄紅の宴 2

船内の隅々に、さなみのようににぎやかな雰囲気が広がっている。

カリガネが中心になって作ったたくさんの料理や酒類・デザート類が振舞われ、皆が集まる広間を始め、
回廊や楼台、堅庭にまで人の輪が出来ている。

「なんか、クリスマスっていうより忘年会みたいだけど。」

那岐が呆れたように呟いた。

「あっちもこっちも酒臭いし。僕は自分の部屋で寝てるよ。」

もともと騒がしいのは苦手だ。那岐はそう言うと背を向けようとした。
だが、その腕を風早がつかむ。

「そうはいきませんよ。これから余興が始まるんですから。」

「そんなの勝手にやればいいじゃないか。」

「君にも参加してもらいます。そのために俺が苦労して取り寄せたんですから。」

「はぁ…?」

那岐が迷惑そうな表情を浮かべたが、風早はそれを無視して彼を小部屋へ連れ込んだ。

「あ、那岐。」

「千尋…?」

そこにいた千尋が嬉しそうに声をかけてきたが、那岐は彼女を見て目を丸くした。

「なに、その格好…。」

「俺が取り寄せた婚礼衣装だ。思ったとおりだ、よく似合うな。」

その声に那岐が首をめぐらせると、アシュヴィンが満足そうな顔で彼女を見ていた。

「しかし…。こっちの衣装を着るのがなぜこいつなんだ?」

だが、那岐に視線を移した彼は、口を尖らせた。

「まぁまぁ…。君が着ては洒落にならなくなるだろう?
那岐と千尋は幼いころから一緒に育った兄妹のようなものだから、差し障りがなくてちょうどいいんだよ。」

風早がアシュヴィンをなだめながら、那岐にそれを差し出した。

「はい、那岐。これ着てください。」

「な…に…これ…。」

差し出されたものを見て、那岐はじりっと後ずさりした。

「常世の婚礼衣装、男性用です。」

「な、なんで僕が…。いやだっ。」

「…とは言わせませんよ。もうみんな待ってるんですから。」

風早はそう言うと、傍らに貼られた大きな布の袖をヒョイとめくって見せた。
いつの間に作ったのか、その先は舞台になっており、その前に大勢の者が食べ物を片手に陣取っている。

「温泉宿の大広間をイメージしてみました。」

風早は得意そうににっこりと笑った。

「ぼ、僕に見世物になれっていうのかっっ。」

「人聞きが悪いですねぇ。仮装大会ですよ。」

「仮装大会ってのは、みんなでやるもんだろっ。なんで僕だけが…っ。」

「まぁまぁ、細かいことは気にせずに。はい、さっさと着て下さい。」

風早は那岐に近づくと、有無を言わせずに服を脱がせにかかった。

「ほら、アシュヴィンも手伝って。」

「こんなに嫌がるヤツに着せるより、俺が着た方が早いというのに。」

アシュヴィンがぶつぶつ言っているが、風早はそれを無視して強引に那岐を花婿に仕立て上げた。

「うわぁ、那岐、カッコいい〜。」

それを見た千尋が無邪気に喜んでいる横で、那岐は頭を抱えてかがみこんだ。

「もう…勝手にしてくれ…。」

「これでよしっと。さて、問題の彼は…。大丈夫、いませんね。」

風早は舞台袖から表を覗いて何事かを確認すると、千尋を那岐を振り返った。

「はい、出番ですよ。二人とも行ってらっしゃい。」




「おお〜〜! 姫さん、別嬪さんだなぁ!」

「那岐さんも素敵やわぁ〜。」

観客席から、大勢の歓声とともにサザキや夕霧の声が響いている。
アシュヴィンも客席に移動して、酒を片手に満足そうに眺めているようだ。

「これでアシュヴィンの顔は立った…と。さて、次の段階に入りますか。」

皆と一緒に、客席からしばらく二人を見ていた風早は、傍らにいた兵に目配せをした。
その兵が万事承知したと頷いて出て行くのを見送って、また舞台袖へと戻る。

そこへちょうど、那岐が転がり込むように戻ってきた。
その後ろから千尋が軽やかな足取りで入ってくる。

「はい、お疲れさま。」

「つ…疲れた…。」

「じゃ、次はこれです。」

今にも、「もう帰って寝る!」と言い出さんばかりの那岐に風早が先制をかけた。

「まだやるのか!?」

「君たちにとっては、仮装でもなんでもないですけどね。」

「え、これって…。」

風早が差し出した衣装を見たふたりは、同時に目をまん丸にした。

「高校の…?」

「制服じゃないか…っ。」

「俺もほら、これ。」

そう言うと風早は、スーツと眼鏡を嬉しそうに示した。

「こんなのどうやって調達したんだよ。」

「ふふ〜ん、それはね…。」

返答を固唾を飲んで待つふたりに、風早は首を少し近づけた。

「そ、それは…?」

だが次の言葉を待つふたりに、ニコッと笑って見せた。

「内緒。ほらほら、細かいことは気にせずに早く着がえて。じゃないと、すれ違いに…。」

「すれ違い…?」

「…ってか、ごまかさないで教えなよっ。」

風早は、首をかしげる千尋と、抗議の声を上げる那岐を奥の部屋に押し込むと、会場を覗いた。
思ったとおり、忍人が所在なさげに姿を現した。

見張り台にでもいたのだろうが、先ほどの兵に交代を迫られたのだろう。
「将軍殿にこのような役ばかり押し付けられない」とでも兵が言えば、譲らないわけにはいかない。

「二人とも準備できましたか? じゃ、行きましょうか。着慣れた服だろうから、このまま楽しみましょう。」




「さて、異国の婚礼衣装の次は、異世界の学生服です。」

風早の声が響いたかと思うと、よく似た衣装に身を包んだ千尋と那岐が姿を現した。
見慣れない姿だが、二人にとても似合っていてしっくりとくる。
きっと、彼らが過ごした世界で、日常的に着用していたのだろう。

忍人は、自分の知らない彼女の姿に少し戸惑いを感じながら、傍らの柱にもたれてそれを見ていた。

「どうです、千尋、かわいいでしょ?」

その声に振り向くと、風早がにっこりと笑いながら立っていた。

「風早…。本当に取り寄せたのか。」

「おや、君が言い出したんでしょう?」

確かに、不愉快さの勢いに任せて「異世界の物を」とは言ったが、本当に手に入れるとは思っていなかった。
それゆえ、アシュヴィンの言っていた婚礼衣装を見るのも癪だし、当初思っていたとおり、宴の席から離れたところにいたのだ。

それなのに、後から来た兵に交代を迫られ、一緒にいた兵には言葉巧みにこの場へ誘導されてしまった。

「なるほど…。あの兵たちは君の差し金か。」

「何のことかな。 それより、ほら。俺もなかなかイケてるでしょ?」

嬉しそうに言う風早に忍人が彼を良く見ると、風早も一風変わった服装をしていた。

「それも異世界の衣装か?」

「教師の服装だよ。ま、先生たちが皆、こんな格好をすると決まってたわけではないけど。」

風早が照れくさそうに笑った。

「いやぁ〜風早さんもカッコええなぁ〜。」

そこへ夕霧が声をかけてきた。

「千尋ちゃんたちもみんなの輪に入ったようやし、お二人も一緒に飲みましょ。」

「いや、俺は…。」

「忍人、付き合いも大切だよ。ほら、行こう。」

風早は忍人の腕をつかむと、皆の輪の中へ引っ張り込んだ。

「あ、忍人さん。良かった顔を出してくれて…。」

それを見た千尋が、嬉しそうな笑顔を見せた

「あ、ああ…。」

異国情緒をまとった彼女の笑みに、吸い込まれそうな錯覚を覚える。

「よぉ、忍人。あんたがこんなところへ出てくるなんて珍しいねぇ。」

一瞬、千尋に見惚れていたのだろうか、横から聞こえてきた声に慌てて我に返ると、
そんな忍人を岩長姫が意味ありげにニヤッと笑いながら見ていた。

「し、師君…っ。」

「ま、出てこなきゃ、あの子ががっかりするからねぇ。聞いたよ、この宴は千尋があんたのために開いたんだってね。」

「俺の…?」

忍人に耳打ちするように言う岩長姫に、忍人は驚いて彼女を見た。

「おや、知らなかったのかい? 今日はあんたの記念日なんだろ、風早がそう言ってたけどねぇ。」

いつから飲んでいるのか知らないが、ずいぶん酔いが回っている様子だ。

「もっとも、あんたの記念日を祝いたいなら、こんな宴開くより二人きりでひっそりとやった方が、
あんたの性に合ってるだろうけどね。」

岩長姫は杯をあおりながらカラカラを笑った。

「ほら、千尋、こっちにおいで。こいつがこんな場に顔を出すなんて希少価値なんだから、そばでじっくり拝まないと。」

そう言って千尋を呼び寄せ二人の杯に酒を並々と注ぐと、岩長姫は「飲み比べだ!」と言って絡んできたサザキの方へ行ってしまった。
にぎやかな宴の中で、思いがけず二人きりの空間ができる。

「え、えと…。あ、希少価値って…もしかして忍人さん、宴とかって苦手…でした?」

無表情の忍人と二人にされた千尋が、恐る恐るその顔を覗き込んだ。

「うわ、どうしよう私…。ごめんなさいっ。いつだったか、夏祭りを一緒に回ってくれたから、気が付かなくて…。」

でも確かに苦手かもっ…とかなんとか言って、ひとりでプチパニックになっている。

「いや…。」

そんな彼女に、忍人はフッと笑みを漏らした。

「たまには、いい。」

彼女が忍人の好みの気を遣ってくれている、その気持ちは純粋にありがたいと思う。
忍人は、岩長姫が注いでいった酒に口をつけた。




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