薄紅の宴 1
「というわけで、みんなの慰労も兼ねてクリスマスパーティを催したいと思います。」 今後の方針を話し合うため主だったメンバーが顔を揃えた楼台で、千尋が嬉しそうに宣言した。 「ちょっと待ちなよ、なんでクリスマスなわけ? 」 那岐が怪訝そうな顔で口を挟む。 「この時期ならもうすぐ正月じゃないか。」 「そうですねぇ、こちらの世界でクリスマスと言ってもピンと来ないでしょうし。新春パーティの方がいいんじゃないですか?」 その横で風早も小首をかしげながら那岐に同調した。 状況は安定しているのだから、一週間くらい違ったところで大差はない。 「だって…それじゃ遅すぎるんだもの。」 「……?」 「あ、ほら、ハロウィーンもあったし、バレンタインもあるし、全部まとめてやるってことで!」 「なんだよそれ…。」 クリスマスやハロウィーンはともかく、バレンタインは祭りなのだろうか? 「だからね、みんなでちょっとした仮装をして、ご馳走を用意して、チョコレート菓子をプレゼントするのっ。」 なんだか、言ってることが無茶苦茶だ。 無茶苦茶だが、千尋は一度言い出したら聞く耳を持たない。 「あっそ…。わけわかんないけど、勝手にすれば?」 那岐は、あきらめにも似たため息をついた。 「なんとかウィーンとか、スマスとか、意味はさっぱりわかんねーけど、要するに祭りなわけだよな?」 そこへ、三人のやりとりを聞いていたサザキが、興味津々に口を開いた。 「いいじゃねーか、口実は何でも。姫さんが言いたいのはみんなの慰労を兼ねてってことなんだろ? 盛大にパーッとやろうぜ!」 「それもそうですね、たまにはいいかもしれません。みんな、どうです?」 それを受けて、風早が皆の顔を見渡した。 苦笑いを浮かべているのは、那岐と同じように千尋の性格を理解しているからだろう。 「仮装か、面白そうだな。」 アシュヴィンが口元に手をやりながら、にやっと笑った。 「そうだ、いいことを思いついた。姫、常世の国から婚礼衣装を取り寄せてやろう。この国のものではないから、立派な仮装になるぞ。」 「なんで婚礼衣装? あんた何考えてんのさ。」 「どうせなら、派手な方がいいだろう?」 那岐が呆れ顔でアシュヴィンを見たが、彼は腕を持ち上げて軽く受け流した。 「忍人はどうです?」 それまで興味なさそうに腕を組んで聞いていた忍人が、ふと顔を上げたのを見て、風早が問いかけた。 「婚礼衣装なんて、いいよ〜。絶対似合わないしっ。」 「そうか? 意外といけるような気がするがな。」 だが忍人は、千尋とアシュヴィンのやりとりをじっと見ている。 「…忍人?」 風早が再び声をかけると、忍人はふと我に返ったように風早を見た。 「なにか?」 「ですから、君の意向はどうなのかと。」 「…慰労会の件か? たまには良いのではないか。兵たちにも休息や楽しみは必要だろう。もっとも、俺は積極的にかかわるつもりはないが。」 そういうと忍人は、踵を返して出口へ向かった。 「他に議題がないなら、俺はこれで。」 「あ、忍人さんっ。パーティは明後日の予定ですからっ。」 その後姿に千尋が必死に声をかけたが、忍人はそのまま出て行ってしまった。 「ちょっと、千尋。クリスマスならもう少し先だろ?」 「え、えと…。いろいろ兼ねてるから、明後日でいいの! じゃ、みんな準備よろしくね。」 那岐の指摘に、千尋は一瞬慌てたように見えたが、強引にまとめると散会を言い渡した。 「待って下さい、忍人。」 楼台を出て、回廊を歩いていく忍人を風早が呼び止めた。 「まだ何か?」 忍人はちらりを振り向いたが、風早が追いついたのを見てまた歩き始めた。 「君も出るでしょ、パーティ…。ええと、ハロウィンとクリスマスとお正月とバレンタインを兼ねた宴?」 「正月以外は何を言ってるのかさっぱりわからんが。要するにどんちゃん騒ぎのことか?」 「はは…まぁ…。」 「俺は見張り台にでもいる。見張り役の者までいなくなっては困るからな。」 苦笑いする風早に忍人は、前を向いたまま言った。 「それはそうだけど…。少しは顔を出してくれないと千尋ががっかりするだろうなぁ。」 「なぜ姫が?」 「う〜ん、直球で聞かれても困るんだけどね。」 忍人と並んで歩きながら、風早はどう説明したものかと頭をかいた。 千尋が急にあんなことを言い出したのは、どうも忍人を意識してのことに思えてならない。 「あ、そうだ忍人。君、誕生日っていつだったかな?」 「誕生日? そのようなもの、意識したことがないが。そういえば先日、姫にも聞かれたな。」 「あぁ、なるほどねぇ。」 風早は合点がいったのか、にっこりと満面の笑みを浮かべた。 それならば尚更、宴には顔を出してもらわねばならない。 「それはそうと、アシュヴィンが言っていた婚礼衣装っていうの、見てみたくないかい? 千尋は色白だからきっと似合うと思うよ。」 忍人の気を引くために言ってみたが、育ての親としてもぜひ見てみたい。 本番では複雑な気持ちになるだろうが、仮装なら気軽に楽しめる。 だが、それを聞いた忍人は、ぴたりと足を止めた。 「姫は中つ国の王族だ。何ゆえ常世の婚礼衣装などを身に着けねばならない。」 風早が慌てて歩を止めて振り返ると、忍人が、思いっきり気に入らないという顔で風早を睨んでいた。 「いや、あの、そんなに真剣に考えなくても…。ただの余興だろうし…。」 「余興ならば、中つ国の村娘の格好でもしていれば良い。」 「村娘って…。」 王族にそういう格好をさせるのは構わないのだろうか。 風早は一瞬突っ込もうかと思ったが、忍人の表情を見て、引きつり笑いをしながら口を閉じた。 どうやら、地雷を踏んでしまったらしい。 「常世の衣装はお気に召さないか?」 その時、背後から快活そうな声が響いた。 「アシュヴィン? また、ややこしいところへ…。」 声の主を見た風早は、思わず頭を押さえた。 同じように振り向いた忍人が、あからさまに不快な表情を見せている。 「婚礼衣装など不謹慎だと言っているんだ。」 「ほう、では常世の村娘たちが着る小綺麗な衣装でもご用意しようか?」 おどけたように言うアシュヴィンに、忍人はますます表情を険しくした。 「中つ国の姫に、村娘の格好をさせる気か。」 「あの、忍人? さっきと言ってることが矛盾してるけど…。」 風早が恐る恐る口を挟んだが、冷ややかな火花が飛び散る二人にあっさり無視された。 「なるほど。葛城将軍殿は、俺が姫の衣装を用意するのが不服と見える。」 「……。」 「図星か? だが、何ゆえそのように感じるのか、自分でも量りかねている様子だな。」 「何が言いたい。」 「いや。不器用な男だと思っただけだ。」 アシュヴィンはそう言うと、フッと笑った。 その笑みが妙に挑戦的に見える。 「ま、俺は俺のやり方で宴を楽しませてもらう。貴殿に遠慮する理由は何もないのでな。では。」 アシュヴィンはそう言うと、忍人の返答を待たず、片手を軽く上げて歩き去っていった。 「ははは…。相変わらずマイペースだなぁ。ねぇ、忍ひ…。」 風早は苦笑いしながらそう呟いたが、同意を求めるように忍人を振り返って、固まってしまった。 うつむき加減で表情はよく見えないが、全身からふつふつと怒りのオーラが発せられているのがわかる。 「風早…。」 押し殺したような、くぐもった声が聞こえた。 「は、はい…?」 「君たちがいたという異世界の衣装、まだ持っているか。」 「千尋や那岐たちと居た世界のかい? 今はないけど…用意しようと思えばなんとかならないことも…。」 「では、明後日までに用意しろ。異国の皇子などの好きにされてたまるかっ。」 風早が言い終わらないうちに忍人が言い放った。 「あ…はは…。対抗心に火を付けられちゃいましたか…。」 忍人の誕生日を祝いたいと思っている千尋の意向からは、ずいぶんズレが生じてきているようだが、 彼が宴に興味を示してくれるなら結構なことだ。 「承知したよ。」 風早は苦笑いを浮かべたまま頷いた。 |